プロローグ『玲於奈』
「つまらない・・・」
教室の隅の席でそう呟いた西門玲於奈はカバンを持って立ち上がった。
「オイ!西門!!授業中だぞ!」
立ち上がった玲於奈を見て教壇でそのつまらない授業を進めていた数学教師が大声で怒鳴っていたがそんな事はお構いなしという表情をして玲於奈は教室の引き戸を勢い良く開けると
「私・・・今日で学校・・・辞めるから・・・」
一言冷めた口調で教師に告げると玲於奈はスッキリした表情で教室を出た。
玲於奈は学校を出るとすぐに一つに纏めていた髪をおろして軽く頭を左右そして上下に振ってもともと色素の薄い茶色く染めたように見える少し癖のある長い髪を片手で掻きあげていた。
あらかじめ登校時に駅のコインロッカーに入れておいたボストンバックを回収してトイレへ入って私服のタイトなノースリーブの黒のシンプルなワンピースに着替えてかかとの高いサンダルを履いてしまうと身長168cmのモデル体型で鼻筋の通った整った綺麗な顔立ちをしている玲於奈をまだ15歳の少女だなんて誰も思いもしないだろう
玲於奈はトイレを出てすぐに切符を買うと家とは逆方向のホームへ向かった。
住んでいた家は今月一杯で賃貸契約を解約する手続きを済ませていたので要らない荷物は粗方処分して必要な物だけ玲於奈が新たに生活を始める新居へ送った。
それに玲於奈を産み育ててくれた唯一の家族だった母親はもうこの世には居ない。
末期の膵臓がんに侵されていた母親は一週間前に病院のベッドで呆気無く玲於奈を残して死んでしまった。
実の父親だと名乗る男の秘書と弁護士がお葬式の日に現れたが父親の世話になる気など玲於奈はこれっぽっちも無いと伝えて丁重に二人を追い返した。
あるお偉い代議士か何かの息子だったその男は地位や名誉を捨てて玲於奈の母親を生涯愛すると誓って駆け落ちしたはずが結局の所はその柵から逃げ切れずに玲於奈と母親を捨てる事を選んだのだった。
そんな男なんかに今さら父親面されてたまるもんかと玲於奈はギリギリと奥歯を噛み締めて込み上げてくる怒りを心の奥底へ沈めていた。
母親が残してくれた保険金の入った通帳と年齢を誤魔化してコッソリと働いて貯めていたお金を持って兎にも角にもあの男にだけは世話になりたくなかったので玲於奈は電車に乗って新たな人生を見つけるために母親が生まれ育った海の見えるあの街で暮らすことを決心したのだった。