お化け少女と契約《エンゲージ》 2013 ハロウィン編
この作品は、『お化け少女と契約』という作品の番外編です。
先に『お化け少女と契約』を読まれることを強く推奨します。
『お化け少女と契約』http://ncode.syosetu.com/n0228bt/
原作、監修:探偵コアラ
執筆:譲木 那音
「ふんふん、ふふーん♪」
陽気な鼻歌で目が覚めた。
いつにも増して明るいそれは、まだ残っている俺の眠気を溶かしていく。
「おはよう、弥生」
あの弥生が俺より早く起きているのはもちろん、寝癖も綺麗になおしてある。よほどいい事があったに違いない。
「あ、ハル。おはようございます」
純粋無垢な笑顔で応える弥生。
「今日はやけに早起きじゃないか。何かいいことでもあったのか?」
「ハルってば、カレンダー見てないんですか?」
ぷくーっと頬を膨らませる弥生。カレンダーに目をやると、なるほど明日はハロウィンだ。
「ハロウィンですよ、ハロウィン! 言わば、私たちオバケの日です!」
オバケの日か。確かにそう言われれば、間違ってはいない。
そう考えると、弥生が目をパチパチさせながら喜んでいるのも妙に納得できる。
いろいろな期待が彼女の中で渦巻いているのだろう。
「ハロウィンを本物のオバケと暮らせるって、よく考えると貴重な体験だよな」
言いながら弥生を見ると、
「すー・・・すー・・・」
慣れない早起きで、完全に二度寝に入っていた。早い。早すぎる。
数秒前まであんなにはしゃいでいたのが、それこそ夢のようだ。
とはいえ、これはこれで都合がいい。
俺は早速陽花さんに電話をかけた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日は昼から、弥生を連れて陽花さんの家にお邪魔した。
陽花さんと一緒に明日のお菓子を作るためだけど、サプライズのつもりだから、弥生にはもちろんその事は言っていない。
まぁ、弥生は弥生で、リクにも陽花さんにも会いたがっていたからちょうど良かった。
「じゃあ早速、作ってみよっか」
エプロンを着て、手洗いをしてから、お菓子作りを始める。
陽花さんの家には手ぶらで来たけど、ある程度の材料や調理器具は一通り揃っているらしい。
本当に家庭的でいい人だ。
もっとも、明日のお菓子作りの提案をしたら、「そういえばそうだったね」とは言われたけど。
「はい・・・えっと、何を作るんですか?」
「うーん、そうだね・・・ハルくんは、何かリクエストある?」
「俺はこういうのに疎いので、特には」
「うーん、そういうのが1番困るんだけどなぁ」
沈黙が俺と陽花さんを撫ぜたが、お互いに案はでなかった。
陽花さんの視線が俺を急かし始めたそんな時だった。
「ぼく、クッキーがいいな」
かなり近いところから聞こえたリクの声。さすがに面食らった。
振り返ると、シンクを挟んでリクが後ろに立っていた。
「あれ、リク。いつから居たのー? ふふっ」
リクの方まで行くと、中腰になり、リクと目線の高さを合わせる陽花さん。
「最初から見てたもん・・・」
顔を若干赤らめて、陽花さんの視線から逃れようとするリク。少し拗ねているのかもしれない。
そして、その横でそわそわしている弥生。
「ふ、二人だけでお菓子作りなんてずるいですよぅ・・・私たちも混ぜてください・・・」
俺と陽花さんは苦笑いする。本人たちに見つかっては、サプライズも何もない。
「じゃあ、みんなでクッキー作ろっか。さぁ、手を洗って」
リクの髪をクシャクシャと撫でながら、陽花さんは可愛いオバケ二人に手洗いを促した。
「でも、みんなで作るのも面白いからいいよね」
俺に向けて言ったんだろうけど、もしかしたら自分自身への言葉だったのかもしれない。
陽花さんはタンスを開けて、エプロンを2着用意した。
弥生の分は陽花さんが昔着ていたもので、リクとは毎日のように料理をするから、用意してあるそうだ。
ちなみに今俺が借りているものは、陽花さんの予備のものらしい。ありがたいというか、申し訳ないというか、妙に落ち着かない。
本当に、足りないものは何一つないという感じだ。
弥生とリクが手を洗ってきた。
「じゃあ改めて、クッキーを作ろう」
「はい。陽花、何すればいいですか?」
「うーん、まずは・・・」
弥生がお手伝い精神に燃えている。
こういう姿を見ると、弥生は本当に可愛らしく思える。
「よし、弥生ちゃん、まずはお鍋に水を入れてくれる?」
「えっ、お湯を沸かすんですか?」
「うん。ホントはバターを寝かせて柔らかくしたほうがいいんだけど、今からだったら時間がかかるから。ぬるま湯につけておくの」
「はい! わかりました」
陽花さん、レシピも完全に頭に入っているのか。さすがすぎる。
ここまで開始三十秒、俺とリクはただ立ち尽くしている。
「ほら、ハルくんもリクもぼさっとしないの!」
「あっ、すみません。何をすればいいですか?」
「はい、これ! これでふるっておいてね」
渡されたのは、薄力粉と裏ごし器。
なんというか、本格的である。少なくとも俺がレシピを調べて作ろうとなっても、粉はそのまま使うと思う。
この辺りが男女の意識の差、もしくは陽花さんの魅力の理由なのか。
「じゃあリク、一緒にやろうか」
「うん、やるー」
リクとこうして何かをするというのはあまりなかったから、自然とスキンシップも取れる。
陽花さんは、その辺りも考えてくれたのかもしれない。
「陽花、お水はこのくらいでいいですか?」
弥生がお鍋を持ってトコトコと歩く。
「うん、バッチリ!ありがとう」
「どういたしまして」
「あ、陽花さん、こっちも終わりました」
「お、さっすが男の子!早いね。じゃあハルくん、オーブンを温めておいてくれるかな? 予熱ってボタンがあるから、180度に設定して、ボタンを押してね」
「はい」
「それからリクと弥生ちゃんは、冷蔵庫に卵があるから、それをボウルに割っておいて」
「はい、わかりました」
「うん、やるー」
陽花さんの分かりやすい説明のおかげで、何も迷うことなく次々に作業が進む。
「ハルくん、そこに大きいボウルとペットボトルがあるから、持ってきてくれる?」
「はい、分かりました」
大きいボウルとはいっても、その種類は素人から見れば無駄の域に達するほど多く、仕方なく一番大きいサイズのものを選ぶ。
ペットボトルは、いずれも500mlサイズのものでラベルは剥がされ、いつでもリサイクルに出せるように綺麗に洗ってある。
「陽花さん、持ってきました」
「ありがとう、ハルくん」
陽花さんはお湯を鍋からボウルに移し、さらにペットボトルにもお湯を入れている。
ふと弥生とリクの方を見ると、
「あうー・・・リク、殻が入っちゃってますよ?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
「ダメですよ、ちゃんと取らないと」
しっかりとできているようで安心する。
陽花さんも心配そうに見守っている。
「はい、二人ともありがとう。今日はちょっともったいないけど、黄身だけを使うからね」
そう言うと陽花さんは、ペットボトルからお湯を捨てると、ペットボトルをぎゅっと指でつまむように力をいれ、それを卵黄に押し当てた。
「みんな、見ててね。えいっ」
そう言いながら力を抜くと、卵黄だけがきれいにペットボトルの中に入っていく。
「陽花、すごいです!私にもやらせてください!」
一層目を輝かせた弥生がペットボトルを受け取ると、陽花さんと同じようにして、卵黄を取り出して見せた。
そしてこの、ドヤ顔である。
陽花さんがお湯の入ったボウルに水を加え、ぬるま湯を作る。
そしてバターの入ったボウルをぬるま湯に浸すと、リクを手招きした。
「リク、このバターをね、ずーっと混ぜるの。クリームみたいになるまで。できる?」
「うん、できるよ!」
リクも張り切った様子だ。
「よし、弥生ちゃんは私と卵のお片づけをしよっか」
「はい!」
ボウルに入った卵白を三角コーナーに捨て、二人でボウルを洗い始める。
やることのない俺はリクを手伝おうとしたが、リクに拒否されてしまった。
「ぼくがたのまれたからぼくがやる」、らしい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リクの作業が終えると、そこからは陽花さんの独壇場だった。
バターに塩を加え、そこから数回に分けて粉砂糖を加え、混ぜる。
そのすべてを陽花さんは手際よくこなし、必然的に俺たちは見ているだけの作業になる。
「よし! 難しいとこはだいたい終わったかな」
「すみません、全部お任せしちゃって・・・」
「いいのいいの、慣れてないと難しいし、私が勝手にやっただけだから。どうせならやっぱり、おいしいもの食べたいでしょ?」
俺の代わりに首を大きく縦に振るオバケ二人組。本当に素直でいい子たちだ。
「よしじゃあリク、弥生ちゃん、ここからはもみもみタイムだよ」
「もみもみです!」
「もみもみーもみもみー」
「ハルくんも・・・もみもみする?」
陽花さんの急角度な質問に、否応なしに動揺してしまう。
もみもみという言葉の影響か、陽花さんの胸についつい目がいって嫌でも意識してしまう。
なんて凶悪な言葉なんだ、もみもみ。
「あはは。冗談、冗談。さすがに3人でする作業じゃないよ」
「もう、勘弁してください・・・」
もみもみの内容は、生地に薄力粉を加えて手で揉んでいくことだった。
まぁ、普通に考えればそういう工程があっても不思議ではないけど、陽花さんがいうと色々よろしくない気がする。
生地がうまくまとまってきた段階で、それを透明の袋に入れる陽花さん。
引き出しから麺棒を取り出すと、次の作業の説明をした。
「次は、この棒で生地を薄く伸ばしていくんだけど、これは結構根気がいるから、みんなで順番にコロコロしようか」
一番最初に手本を見せる陽花さん。
端から端まで麺棒をまんべんなく転がしてくだけの、実に簡単な事だ。
陽花さんの次に弥生、リク、俺と順番に生地を伸ばしていった。
弥生が即興で作ったコロコロの歌に、その場の全員が和んだのも、心温まるエピソード。
しばらく生地を冷蔵庫で寝かせるといので、弥生とリクは休憩に入る。
俺と陽花さんは途中で使ったボウルや菜箸などをを洗う。
「陽花さん、今日は本当にありがとうございました。いくつか予定が外れたりもしたけど、あの子たちも喜んでくれていると思います」
「うん、こちらこそ。でもまだ終わってないからね、最後まで気を抜いたらだめだよ?」
左手で横の髪をかき上げる仕草がたまらなく可愛らしい。
「よし、そろそろかな?」
そういって冷蔵庫から袋を取り出す陽花さん。
袋から生地を取り出し、手で解している。
「よし、リク、弥生ちゃん、おいでー」
その声を聞いて二人が駆けつけてくる。
「今からクッキーを好きな形にしていこうね。ただ、あんまり厚すぎるとうまく焼けないから、気をつけてね」
そうして、みんなが好きな形に作っていく。
一人一人個性があって面白いが、リクのクッキーは器用に4人の形が出来ていた。
あんまりイメージはないが、リクもまた陽花さんに似て、手先が器用なのかもしれない。
「よし、みんな出来た? 出来たら、焼いていこうか」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「わぁ、すごい! おいしそうです!」
焼きあがったクッキーを見て、弥生は素直な感想を述べた。
「さっそく、食べましょう!」
「ダメだ、弥生。明日の分がなくなっちゃうだろ?」
「あうー・・・ハルのけちんぼ・・・」
「明日たくさん食べていいから。な?」
弥生を諭す俺を、陽花さんが遮る。
「少しくらい大丈夫だよ。弥生ちゃん、食べようね」
「わぁい陽花! 大好きです!」
ちょっとしたショックに見舞われた俺に、リクの一言。
「ハル、お菓子が目の前にある女の子には勝てないよ」
ああ、確かに言われてみればその通りだ。
でもまぁ、みんなの笑顔が見れるから結果的には問題ない。
「それじゃあ、いただきます!」
「いただきます!」
「いただきますー」
「いただきます」
お皿には、様々な形のクッキー。
俺と弥生の分、そして陽花さんとリクの分を残して、それ以外はここで味見、という訳だ。
「陽花、すっごく、すっごくおいしいです!」
「うん、おいしー」
弥生やリクの言う通りだ。
これは市販のクッキーと同じ、いや、それ以上においしい。
「陽花さん、これ、ほんとにおいしいです」
「ホント? ありがとね。みんなで協力して作ったし、みんなと一緒に食べるから、こんなにおいしいんだよ」
食べ始めてから食べ終えるまで、その席には笑いが絶えなかった。
俺の身の安全や、 陽花さんと貴重な休日を過ごせたことも含めて、とても良太には話せない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日の夜。
「ハル! お願いします! クッキーを・・・クッキーを!」
「ダメだ。これは明日食べる分だろ?陽花さんの家で、あんなにたくさん食べたのに」
「あうー・・・でも、食べたいです・・・」
今にも泣き出しそうな弥生。
確かにこのクッキーはとてもおいしかった。またお邪魔したいくらいだ。
「しょうがないな・・・でも、明日の分はないからな?」
「やったぁ! ハル、ありがとうございます! 大好きです!」
明日のことはともかく、こうして弥生の笑顔が見れるなら、それが最優先事項だ。
「もぐもぐ・・・ハルは食べないんですか?」
「俺は大丈夫。弥生が食べていいよ」
「ごめんなさい、ありがとうございます・・・モグモグ」
「それを食べたら、ちゃんと歯磨きするんだぞ」
「はい・・・モグモグ・・・」
まったく、こんなに嬉しそうな笑顔見せられたら敵わない。
やっぱり俺にとって、弥生はかけがえのない存在なんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「クッキー・・・すー・・・」
翌日の朝。
弥生はベッドから転がり落ちて、俺が寝ているカーペットで寝ている。
「とりくおあとりーと・・・すー・・・ハル・・・クッキー・・・」
寝言から察するに、とても幸せな夢を見ているのだろう。
俺の耳に弥生の鼻息が当たって、なんだかくすぐったい。
「すー・・・ハル・・・いたずらです・・・すー」
夢では貰えなかったのかと同情したが、よく考えればクッキーは弥生がすべて平らげたから当然だった。
俺の頬に当たった小さな熱が、弥生のいたずらかはわからなかった。
-完-
『お化け少女と契約 2013 ハロウィン編』いかがだったでしょうか。
今回コラボということで番外編を執筆しました、譲木 那音です。
僕自身『お化け少女と契約』及び探偵コアラさんのファンなので、今回のコラボはとても楽しく書けました。
また機会があれば、書いてみたいですね・・・(探偵コアラさんをチラ見しながら
今回はお立ち寄りいただき、誠にありがとうございました。
また、このコラボ専用アカウントの作成を助言・許可してくださった運営様、ありがとうございました。