黄金様の憂鬱で平穏な日常~陰陽師の昔語り~
玄の字、儂はようやれているかのう――――。
陰陽師としての御勤めを、立派に果たせているのかのう――――。
のう、玄の字……答えておくれ。何時もの様に。
儂は、そこで目を覚ました。
見たところ、此処はいつもの部屋の中。驚く事なぞ何一つない。
只、夢で見た光景が、今でも脳裏に焼き付いて離れぬ。
長い、永い時間を共にした、「あの人」の姿……。
その不確かな意識から儂を掬い起こしたのは、誰であろう、坂上楓で
あった。
「こぉら黄金!もう日が昇っちまうよ!!早く布団から出た出た!」
楓はそう言うと、無理矢理儂を布団から引っぺがす。
「むゆぅ……なにをするのじゃ楓。儂は今、ここちよい夢の世界へと
旅立っておったのに」
「もう銀河鉄道は出発しちまったよ!ほら、すぐに着替える!」
楓に急かされ、巫女装束に着替える。今日も法術のおさらいか。
「飯を食ったら直ぐ道場へ来な!ちゃんと目ぇ覚ましてからな!」
そう言うと、儂を退かした布団を持ってそそくさと行ってしまった。
……全く、人間というのは何故斯様にせっかちなのか。
もう一寸位のんびりしても良かろうに。生き急いでいるようにも見えてくる。
のう、玄の字や。お主はどう思っておる?
お天道様の上で、儂の姿を見て苦笑しているのかのう?
玄の字や。あの頃が懐かしい歳に、儂もなってしまった様じゃな。
「えへへ、玄の字ー!」
「こら黄金よ、あまり走り回るでない。蹴躓いたら儂が
叱られるのじゃぞ」
「えー、なんでー?玄の字は悪いことしてないよ」
「よいか黄金、お前さんは神様からの預かり物じゃ。
そんな大層なもんに疵がついたら、神様が黙っちゃおらんだろう?」
「大丈夫だもん!黄金は痛くてもがまんできるもん!」
「お前さんは大丈夫でも、儂が大丈夫じゃないんじゃよ。
だからお願いだ、どうか儂の言うことを聞いておくれ。」
玄の字、正しくは坂上玄海は、儂の保護者代わり
でもあり当代の『陰陽師』であった。その為、お勤めに参る際には常に
儂が見送っておったものじゃ。
儂は大仰に手を振って「いってらっしゃ~い!」と声を張り上げ
あやつの背中を見送った。あやつも、振り返ると手を挙げて返事をする。
それが日常じゃった。あの頃の儂にとって……。
しかし、楽しい日々はいつか終わりを告げる。
人間には「寿命」がある。こればかりは如何様にもならん。
儂もいつかは、玄の字を看取る時が来ると悟っておった。
そして、遂に訪れた「その時」――――
「黄金様、玄海様がお呼びです。どうか、最期を看取ってあげて下さい」
「うん、分かった……。」
儂は意を決し、玄の字の居る床の間に入る。玄の字は、今わの際でないかの
ように、穏やかな表情で眠っておった。
「……玄の字?起きてる?」
「……おお、その声は……黄金か」
「あ、黄金様!お爺様が……」
と、先に玄の字の傍らに居たのは次期当主であり坂上家唯一の子・櫻であった。
坂上家は常に嫡男を陰陽師と任命するが、今期は子宝に恵まれず困り果てて
いるのを、何度か聞いたことがある。果たして、玄の字は如何様な裁定を
下すのだろうか。
「黄金……そして、櫻……。よく聞いておくれ」
「玄の字、無理しないでね」
「お爺様……」
玄の字はゆっくりと、それでいて力を振り絞るように言った。
「儂は……此度の陰陽師の任を、黄金に託そうと……思っておる」
「え……そんな!
黄金は神としてまだ若いし、玄の字みたいな事できっこないよ!」
「お爺様、やはり黄金様を選ばれたのですね……」
櫻の言葉に、儂ははっとして彼女の方を向く。
「櫻、それってどういう……?」
「申し訳ありません、黄金様には言いつけてはならぬと、お爺様から
固く口止めされていたもので……」
「え……今までずっと?」
「儂は、兼ねてより、大国主様へ、陰陽師の任をおまえに託すことを
懇願していての……ゴホッ!」
「お爺様!?ご無理はなさらずに!」
「……うむ、ありがとう櫻。
そこで、条件付きで黄金を任命しても良いとのお達しを……頂いた。」
「条件付き?どういうこと?」
「坂上家は、今後黄金を補佐する側へまわること。そして……
黄金、おまえにこれを渡せ、と……」
玄の字が見据えた方向には、何とも立派な桐の箱が置いてあった。
「玄の字……あの中には何があるの?」
「ふ……儂と、大国主様からの、ささやかな餞別じゃ」
玄の字が息を引き取った後、儂はそっと桐の箱を開けた。
中には、それは立派な身の丈ほどもある、一本の筆が納められておった。
これこそが、儂が今日に至るまで携えている宝具・餓霊纏清である。
そして、あの時をもって儂は、人の世の『穢れ』を祓う陰陽師の命を
託された。
「ほら!前に言ったのとやり方が違うぞ!
もっとしゃんとしろ!」
「うう……楓ぇ、そろそろ休憩せんか?」
「馬鹿言え!あたしらはあんたの補佐を任されてんだ!!
半端にやる訳にゃいかないんだよ!ほら、早く構えな!」
……と、言う訳で。儂はこうしてしごかれておるのじゃが。
まあ、他ならぬ玄の字の頼みとあらば、快諾するしかないがのう。
それだけ、儂と玄の字は、奇妙な絆で結ばれておった。
こうして、何度も思い出してしまう位には、強い絆じゃと思うておる。
これからも、度々思い浮かべてしまうのじゃろうな……。
あの暖かな笑顔を。
==了==
さて、黄金に影響を与えた人物・玄海に、あなたは何を
感じたでしょうか?
私の描写不足もあり、色々と伝わり難い部分があるでしょうが
この物語の原点を作った切欠でもある彼に、少なからず何かを
感じて頂ければ幸いです。