グラス・ベッド
生産回
まだ夕食まで時間が有るので、買い物に行くことにした。
せっかく製薬スキルと材料があるんだからポーションを作ってみようと思ったのだ。
それにはまだ足りない物がある……入れ物だ。
小分けできる小瓶…出来れば中身の分かるガラス瓶がいい。
――という事でやって来たのは昨日お邪魔した『ルグリス魔道具店』
「バカなの? 死ぬの? 此処は魔道具店だって言っているでしょう? 普通のガラス瓶なんて売ってないわよ! 総合百貨店の神楽商会にでも行ったらどう!?」
対応してくれたのは昨日と同じくシモーヌ嬢。本名シモーヌ・ルグリスという店の主だった。
昨日はてっきり雇われ店員だと思ったのだが。
「うぐっ……すいません、下手に美しい女性からの罵倒は魂にダメージがっ……」
「なっ……美しっ……!?」
さっとシモーヌさんの頬に朱が上る。
肌が白いからなおのこと映えて可愛らしい。
「かっ……可愛らしいってなによっ!」
……どうやら無意識に口に出ていたらしい。
「……え?いや、綺麗なウエーブのかかった金髪とか、頬の形とか白い肌とかきりっとした眉とか濃緑の瞳とか……かな?」
「うわぁぁんっ! 一々詳細に答えるなぁっ!」
いや、どうしろと。
「ふー、ふー……仕方ないわね、本来売り物じゃ無いけど……うちで作っているポーション用のガラス瓶を分けてあげるわ……いくつ位必要なの?」
「あ、助かります。えーと99本×2種類で……198本」
「あるかっ!そんなに!……というか何に使うのよ、そんなに沢山」
「あー……自前でポーション作ってみようかなと思いまして」
「……作れるの?」
「まあ、スキル頼みですけど」
「……と言うことは『製薬』スキルを持っているのね……初心者のくせに生意気ー……まあ、いいわ、在庫と予備引っかき回しても50本位しか無いけど……それで良いなら1本5クラムで売ってあげる」
「おお、助かります」
「ただし! 作った薬が余ったら私の所に納品しなさい。販売価格の60%で買い取るから」
「はい、それはこちらからも頼もうと思ってました」
「うん、じゃあ商談成立ね……瓶は宿に運んでおけば良い?」
「あ、ここで持って行きますよ。倉庫に案内してもらえますか」
「……そういえば圧縮袋も持っているんだったわね……いいわ、こっちに来て」
よっしゃ、ガラス瓶ゲット。
俺はシモーヌさんに案内された地下倉庫で、ガラスの小瓶50個を所持品欄に入れると、銀貨2枚と銅貨50枚を支払い、冒険者の宿の自室へと向かった。
残金、銀貨11枚、銅貨20枚。
※
「下級HPポーションを作るにはクレソンと水……だったか。とりあえず、水を用意しないとな」
宿の部屋の机にガラス瓶をとりあえず5個ほど並べてみる。
「宿のくみ置き水使っても良いけど……衛生的に心配だよな……ここは魔法で作るか」
机の上30センチ位に魔法の発現位置を設定するつもりで集中し、呪文を唱える。
「『出でよ命の根源たる水』」
見事に机の上30センチ位にプリンスメロン大の水球が生成される。
「で、少しずつ下部から術を解いていくと……」
まるで出の悪い水道のように水が流れ、ガラス瓶の中に貯まっていく。
満杯になる直前で瓶をチェンジし、次々と瓶を水で満たしていく……するとちょうど5個を満杯にしたところで水球は半分ほどになった。
「ノーマルの……『出でよ命の根源たる水』は1リットルだったっけ……その半分で5本という事は一瓶100ミリリットル位だな」
俺は余った水を水差しに移すと、所持品欄から採取してきたクレソンを10本出して瓶の前に並べる。
「一つにどのくらい使うか分からないからとりあえずこれくらいで……『製薬』」
スキルを実行すると、2本の瓶の色がエメラルドグリーンに変わった。
「ってことは、ポーション一つに瓶1個、水100ミリリットル、クレソン5本ってことだ……ああ、あと、一応ちゃんと出来たか確認しないとな……スロットに呪術1をセット。『解析』実行」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【下級HPポーション+】
通常より回復力が高く、ノーマルHPポーションに迫る回復量を有する、高品質な下級HPポーション。
純粋な水、祝福された水で製薬すると出来やすい。
回復力:HP+40
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……なんと。
予定以上の物が出来たらしい。
2本とも『下級HPポーション+』となっていた。
解析結果を見るとやはり、原料の水を魔法で作ったのが良かったのか。
……………………そういえば生活魔法でもう一つ水に関する魔法があったな。
たしか……水を浄化する魔法。
「『水よ聖なる輝きを取り戻せ』×3」
俺は残る水の入った小瓶3本に水浄化の魔法を掛けてみた。
そしてクレソンを追加で15本瓶の前に置くとスキルを付け替えて『製薬』を実行。
わずかな光を発して消え去るクレソン。そして色付く小瓶。
出来た物は心なしかさっきより緑色が濃い。
「……スキルスロットに呪術1をセット。『解析』実行」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【下級HPポーション++】
通常より回復力が高く、ノーマルHPポーションと同等の回復量を有する、非常に高品質な下級HPポーション。
純粋な水かつ、祝福された水で製薬すると出来やすい。
回復力:HP+50
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おおぅ。きたぁぁぁ!!
予想通り2重に高品質の水を使ったせいか、より上位のポーションに!
しかも、3本のポーションすべてに++が付いている……
「この調子でもう少し作っておこうかな」
全部で10本位作ったら今日はやめておこう。MP的には負担にすらならない量だけど、今夜の実験の為にクレソンを残しておきたいからね。
――――10分後
俺は作り終えた下級HPポーション+2本と下級HPポーション++8本を所持品欄に仕舞うと、女将さんに銅貨5枚を支払いベッドシーツをもう一枚用意して貰った。
そしてベッドの上に余ったクレソンを丁寧に並べていく。
全部で64本あった。
更に、そのクレソンの上にもう一枚シーツを敷く。
今夜はこの上で寝る。
つまり、シーツとシーツに挟んでクレソンを寝押しする形になるのだが……
俺の予想通りならこのクレソンには変化が現れるはずだった。
※
「うーん、なんかクレソンの良い香りでリラックスできたかも」
まさかのアロマ効果も!?
午前7時頃、教会の鐘の音で目覚めた俺は早速シーツで寝押ししたクレソンを確認してみた。
シーツに挟まれて押し花みたいになってはいたが、ちょうど俺の寝ていた場所を中心にクレソンの色が真っ赤に変色しているのを確認。
「やっぱりこのクレソンって大量の魔力に感応して変異を起こすんだな……見た目は一緒でも地球のクレソンとは別物って事か」
赤く変色し吸魔草となった物と通常の物をより分ける。
64本の内42本が吸魔草に変化していた。
しかもなんか通常の物より赤みが濃いような。魔力を吸い過ぎたか?
何はともあれ、再び昨日に続き実験を開始。
HPポーション系とMPポーション系がクレソンと吸魔草にそれぞれ対応しているのなら、レシピもほぼ同じと推定されるから……
とりあえず昨日と同じにガラス瓶に『出でよ命の根源たる水』で水を入れ『水よ聖なる輝きを取り戻せ』で浄化する。
瓶は10本、吸魔草は42本すべてを並べる。
「『製薬』実行」
スキルを実行すると予想通り8本のガラス瓶が真紅に染まった。スキルを呪術1に付け替え『解析』を実行すると。
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【MPポーション+】
通常より魔力回復力が高く、MPポーション以上の量を回復する。高品質なMPポーション。
魔力が高純度に濃縮された最高品質の吸魔草と純粋かつ祝福された水で製薬すると出来やすい。
回復力:MP+60
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
……あれっ?
てっきり【下級MPポーション++】が出来ると思ったのに……その更に上が出来たか。
解析結果を見ると吸魔草が上等すぎたみたいだな。
まあ、予想以上の成功って所だ。
とりあえず実験はこんな所かな。
そろそろ朝食の時間だし。
※
俺は宿の一階で朝飯を食べ、昨夜の分の宿代、銅貨30枚を支払うと、約束通りポーションをシモーヌさんの所に売りに行く為に宿を出た。
残金、銀貨10枚、銅貨90枚。
※
ルグリス魔道具店の扉を開けてシモーヌさんに声を掛ける。
「どもっす。とりあえず試作品が出来たので持ってきましたー」
「ふうん?ま、見せてみなさい。鑑定したげるから」
俺は店のカウンターの上に『下級HPポーション++』を5本と『MPポーション+』を5本置いた。
下級HPポーション+2本と下級HPポーション++3本、MPポーション+3本は念のため所持品欄に入れておく。
シモーヌさんは俺が出したポーションを一目見て顔色を変えると、目に片眼鏡のような物を当てた。
……トオコさんも使ってた真実のレンズだな。
「あんた……これ、本当にあんたが作ったの?」
「あ、ああ」
「+が付く品なんて普通に作ったら10本に1本あればいいとこだし、ましてや++なんて100本に1本位だよ? 一体どうやってこれだけ揃えたのさ」
「えーっと、衛生管理?」
嘘じゃ無いよな。水に手を加えただけで後は特に何もしてないし。
「……まあいいわ。で、買い取りだけど『下級HPポーション++』は1本銅貨60枚。『MPポーション+』は1本銀貨5枚でどう? それぞれ店頭価格は銀貨1枚と銀貨8枚ってところね」
高っ!特に下級HPポーション++なんてほとんど原価は瓶代だけなのに。
「いやぁ……俺としちゃありがたいが、いいのか?クレソンなんてどこにも生えてるだろ?」
「多くは技術料よ。あとレアリティ。特にMPポーションはハイグレードな吸魔草が無いと作れないはずだし」
……すみません、昨日ベッドで量産してました。
「そ、それじゃ遠慮無く」
「……」
「あの?シモーヌさん?」
「……あんた、名前なんだっけ?」
「じゅ、十蔵、です」
「そっか、じゃあ、十蔵、ウチの店と専属契約を結ばない?」
「……専属契約?」
「そう。貴方が作った薬を他の店で売らないこと。定期的にある程度納品すること……そうね、月に5~10本くらいで良いわ。それをしてくれるなら、これからはガラス瓶代は取らないし、ウチの品をどれでも消耗品以外は1ヶ月に1個まで半額で売ってあげる……どう?」
「は、半額?」
「ええ、もっとも転売とかはダメよ。パーティメンバーに買ってあげる位は良いけど」
正直、定期的に納入ってのがめんどくさいが……昨日来た時に目を付けてたアレ……半額なら買えるんだよな。
「わ、分かりました。ただ、永久にずっとってのは……」
「うん、そうね……とりあえず1年契約にしましょうか。一年たってお互い不満が無ければ契約延長って事で良い?」
「ああ、そうですね。それなら……よろしくお願いします」
俺とシモーヌさんはにやりと不敵な笑みを交わし、がっしりと握手を交わした。
その直後シモーヌさんが腰砕けになって座り込んでしまったのには吃驚したが……具合でも悪かったのか?
……なんにしろ、俺はポーションの代金の銀貨28枚を受け取り、昨日目星を付けていた『技能の指輪』を定価の半額……銀貨35枚で購入した。
これで残金は銀貨3枚、銅貨90枚……あれ?
人工吸魔草で小金持ちになったはずなのに……一転して貧乏臭くなってしまった。
……ま、まあいいさ。
この『技能の指輪』はスキルスロットを一つ拡張することが出来るアクセサリーらしい。
これがあれば同時にスキルを2種類セットしておける訳だ。
一気に戦闘力がアップするはず。
このくらい討伐依頼ですぐ取り戻せるさ!
……たぶん。
トオコさんはクーデレとして、シモーヌさんはツンデレ枠だと思う今日この頃。
と言う訳で今日も十蔵君は貧乏なままでしたとさ。