赤い草
十蔵君無職からの脱却。初仕事です。
「ふーむ、依頼っても危険な物ばかりでもないんだな」
朝早くから宿を追い出された俺は早速ハロワ……もとい、冒険者ギルドで仕事を探していた。
壁に掛かった掲示板の紙を一枚一枚確認していく。
当然、最底辺の冒険者、Fランクとしては、なるべく危険の無い依頼が望ましい。
「お。これなんかいいかな……」
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『吸魔草の採取』(常時依頼)
依頼難度:Fランク
達成条件:MPポーション等、魔力回復系の薬の原料となる吸魔草を納品すること。
達成期日:無し。常時ギルドにて買い取り。
報酬:納品5本毎に銅貨50枚。
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「採取系で戦闘無し、期限も無いからゆっくり出来るな……おっちゃん、これ受けたいんだけど」
窓口のおっちゃんに依頼文を掲示板から剥がして持って行く。
「おっと、坊主、その依頼文は剥がさないでくれ。それらは常時依頼つってな、いつも募集している依頼なんだ」
「あー、ごめん、張り直しとくよ」
「ああ、よろしくな……で、その依頼だが……吸魔草ってのは川岸とか水辺に生える野草のクレソンの変異種でな、名前通り真っ赤な姿をしているからすぐ分かるぞ。街の東門をでて街道沿いに2~300メートルも行けば綺麗な小川があるからそこで探すといい」
「おー、街の近くなのは嬉しいね……なのにわざわざ依頼するのか?」
「うん、これはな、危険がどうとかよりも……見つかるのは運なんだよ。正体はマナで突然変異を起こしたクレソンって言われてるが……正直1日掛けても5本も見つかるかどうかだな」
「……なるほど、危険が無い代わりに見つかりにくいのか……ま、いいか、危険が無いなら。とりあえず手始めにこれでも行ってみますね」
「正直常に品薄だから助かるわ。頼むな」
……ということでギルドを出て王都の東門へ。
南門と比べても遜色ない大きさの門。
さすがに人通りは南門ほどは無く門兵も暇そうにしている。
その門兵に声を掛けギルドカードを見せる……カードは身分証を兼ねているらしい。
「お仕事お疲れ様っす」
「お? おお、君もな……仕事か? どこまでだ?」
「すぐそこの小川までです」
「お、というと吸魔草か。街近くだから魔獣はほとんど出ないだろうけど、気をつけて行けよ」
「はい。ありがとうございます」
確認を終えた門兵からギルドカードを返して貰い、目的地へと向かう。
やー、天気も良いし、目的は薬草摘みと来た。
これで弁当でもあればピクニックだな。
……などど思いながら歩いていると、やがて木製の橋が見えてきた。
馬車が一台通れる位の小さな橋だが……と言うことは、この下が吸魔草のある小川かな。
ひょい、と橋の下の土手をのぞき込む。
「おお、あるある。クレソンが群生しているな……これなら吸魔草も結構あるかもな」
思わず声に出してしまう。他に誰も居ないのに……それほどそこには大量のクレソンが自生していた。
「この中から赤いのを探すのか……結構骨だな……赤、赤……」
土手にしゃがんで地道に探すこと1時間。
「あった! これか!」
姿形は普通のクレソンと変わらないのにその色は真っ赤。間違いないだろう。
「でも、一応確認しとくかな……スロットに『呪術1』をセット……万物の理解き明かせ……解析!」
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【吸魔草】
周囲のマナや魔力を吸収し、その身に貯め込む性質があるクレソンの変異種。
その性質上、魔導師の家の側や伝説級の呪文使いの住み家近くの水辺には良く生えていたと言われる。
マジックポーションなど魔力回復系の薬の原料として重用される。
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「うん、間違いないね……てゆーか、今気が付いたけど俺って『素材調達』のスキル持ってたよな」
スロットに入っている『呪術1』を外して『素材調達』をセット。
クレソンの群れに向かってスキルを使用。
クレソン 15本
吸魔草2本
スキルを使った途端、わずかに地面が光ったかと思うと、クレソンと吸魔草が俺の手元にきっちり分けられて集まった。
その分地面の緑は無くなっている。
「おー、やっぱりこっちの方が高効率だ……クレソンも採取対象って事は何か使えるのかな? 『呪術1』に変えて……と……ああ、スロットが一個しか無いとめんどくさいな『解析』!」
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【クレソン】
食用となる野草。生食出来る。
『水』と『製薬』することにより下級HPポーションとなる。
作成時は別途瓶を用意すること。
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「おお、ポーションの原料になるのか……じゃあ取っとくか。どうせ所持品欄にいくらでも入れとけるし」
さらに続いて素材調達を実行。
クレソン 14本
吸魔草2本
「おお、また……というか、もう依頼分集まったな……1日かかるって聞いたのに……よし、せっかくだからもう少し取っておくか」
調子に乗って『素材調達』を連続実行。
30分ほど続けたところで一端収穫した物を整理した。
「えーと全部で……クレソン 114本、吸魔草17本か……んー、ずいぶん聞いてた話より取れるな……まあ、取れないよりは良いか」
「うわー、すごい、ずいぶん取れましたねっ」
「おわっ!」
急に後ろから掛けられた声に思わず大声を出してしまう。
振り向いてみればまだ幼い……12~13歳位の栗毛の少女がそこに居て、俺の手元を覗き込んでいた。
こんな子供にびびったのか、俺……うう、恥ずかしい。
「す、すみません……驚かせてしまって」
「ああ、いや、なに、気にしないでいいよ」
「あの……私も薬草摘みに来たんですけど、ご一緒して良いですか?」
「ああ、誰の物って訳でも無いだろ?……強いて言えば街道脇の土手だから国の物?」
「あははっ、かもしれませんねっ……じゃあ、お邪魔します」
少女はちょこん、としゃがみ込むと熱心にクレソンをより分け始めた。
当然だが、少女はスキルを使って一気に集めたりはしない。一々手でより分けている
「私も普段からここらで家計の足しに吸魔草摘んでいるんですよ?……何しろ、一本銅貨10枚にもなりますから……あ、あった!……ってこっちにも!?」
「そうかー、えらいね……ところで、いつもここはこんなに吸魔草が取れるのかい? もしかして穴場?」
「い、いえ、いつもは一日探して2~3本取れれば良い方なんですけど……あ、またあった……ど、どうしてこんなに取れるんでしょう」
ふむ、いつもじゃなくて、今日だけ異常に見つかるのか。
何か理由があるんだろうけど……ふむ。
その後、30分ほど少女と一緒に、たわいも無い話をしながら吸魔草を摘む。
少女に合わせてスキルを使わずに探していたが、それでも吸魔草を更に5本発見した。
これで吸魔草は22本……依頼4回分+2本。
まあ、とりあえず依頼4回分も集まったし、そろそろ納品に帰るかな。
「ああ、俺はそろそろ戻るよ。ギルドに納品に行かなくちゃならないからね……あ、これ、余ったから良かったらどうぞ」
俺は少女に挨拶をし、依頼には半端な吸魔草2本を握らせる。
「……あっ……んっ!」
一瞬、びくっとする少女。いかんな吸魔草を渡す時、うっかり手を握ってしまったか。
……まだ幼い少女に心遣いが足りなかった。
一瞬の混乱から立ち直ると、少女は自分の手の中に吸魔草があるのを見て目を見張っていた。
「……あの、いいんですか?」
真っ赤になりながらお礼を言ってくる少女。
「ああ、依頼分には半端だしね」
「あ、ありがとうございます……あの、よかったらお名前を」
ああ、よかった、不躾に手を握ったことは気にしてないみたいだ。
「ああ、別にそんな気にするほどの……」「よう、ずいぶん気前が良いな?」
……今日は、いきなり背後から声を掛けられることが多いな。
「なあ、ずいぶん取れてるじゃねぇか? 依頼は5本だろ? それ以外こっちに回せや」
いきなりの失礼な言葉……というか、もう恐喝だろ、という感じだが……に振り返ると茶髪で長身の男がにやにやと粘ついた笑みを浮かべて立っていた。
革鎧を身に着け、右手でダガーを弄んでいることから、この男も冒険者なのだろう。
「なあ、聞こえているか?吸魔草置いていけってんだよ。ああ、数えるのが面倒なら、別に全部置いていってもかまわねぇぞ? ああ、そっちの嬢ちゃんもな? 顔に傷、付けたくないだろぉ?」
「ひぃっ!?」
怯えてしゃがみ込んでしまった少女を背に庇って男を睨み付ける。
ダメだ、コイツ。冒険者っていうか、中身はただのチンピラだ……きっちり意思表示しないとどんどんつけ上がる。
「お断りします」
「は?ざけんじゃねぇぞコラ、武器も持ってねえトーシロが生意気に反抗か?」
「……ほう、人の事を素人呼ばわりするからには、さぞや立派な経歴の持ち主なんでしょうね? その割には人の収穫をかすめ取ろうなど考えがセコイというか、ほとんどやっていることはチンピラレベルですが」
「んだてめぇ、舐めてっとぶっ殺すぞコラ!!」
男は俺をねぶり上げるように睨み付け、ダガーで俺の頬を薄く切り裂いた。
「痛っ……」
「あ~あ、ほら、ふざけた事言ってるからよぉ、血が流れちまったじゃねえか。もう一回ふざけた事言ってみるかぁ!?」
「傷害と恐喝の現行犯って所かな?」
これくらい加害者がはっきりしていれば反撃しても良いよね?
「あン?」
「『着火』(ぼそっ)」
「……ぅ熱ちゃ!!」
いきなり右手に生じた熱に、思わずダガーを放り出して飛びすさる男。
うん、そのくらい離れてくれれば良いかな。
「『土よその身を塊と成せ』縦10倍×横5倍×奥行き10倍!」
ボアオークの時よりも少し明確に大きさを指定してやる。消費MP1500。
「ぅほぁっ!?」
男の目の前にはいきなり壁が出現し、同時に足下にはその壁と同サイズの穴が開く。
当然、男は避ける暇も無くその穴にすっぽりとはまり込む。
宿の裏庭で検証してみたところ、ノーマルな『土よその身を塊と成せ』は目測、縦20センチ×横30センチ×奥行き10センチのブロックを生成する事が分かった。
つまりヤツの足下に出来た穴は縦2メートル、横1.5メートル、奥行き1メートルほどのちょうど人一人がすっぽり隠れる位の穴と言う事になる。
「いってぇ……てめぇ!何しやがった!」
穴の底から叫ぶ男。まだ反省してないようなので追加でお仕置き。
「ああ、そこでギルドの方が来るまで、水でもかぶって反省していてくださいね……『出でよ命の根源たる水』×100」
更にMPを300消費して穴の内側に作り出される100リットルの水。
「ぶぁっ!つめてぇ……って、てめえさっきから一体何の魔法を……こんなの聞いた事ねえぞ……?」
「んー、内緒。『土よその身を塊と成せ』縦1倍×横5倍×奥行き9倍」
あと、一々男の叫びが五月蠅いので壁の「底の一部」を材料にMP135を消費して「別のブロック」を生成。
底の一部を材料として削り取られた格好になる壁は当然のごとく不安定になり――
「あ、ちょん、と」
こう、軽く押しただけで陶器の壁は『ズ…ズズゥゥン……!』と重い音を立てて穴の上に被さるように倒れ込む……蓋の完成だ。
あ、このままだと息が出来ないか……
「『土よその身を塊と成せ』×10」
蓋の一部を材料に別のブロックを作ってやる……当然その分、蓋に穴が開き、空気穴となった。
(うわーん、狭いよー暗いよー怖いよー)
……なんか強面兄さんは意外にも閉所&暗所恐怖症だったようだ。
「ふう……こんなもんかな……」
後はギルドに報告して任せるか。
でも、一応誰か見張ってないとまずいだろうし……彼女に連絡して貰うかな。
「あ、君、」
「うひゃい!?」
「うひゃい?……あー、こいつ、たぶんギルドの不良冒険者だと思うんだけど……今回コイツがやった事を証言してくれるかな?あと、俺が見張っているから、ギルドに行って職員を呼んできて欲しいんだ」
「はっ、はいっ!」
「あ、俺の名前は神楽十蔵。ギルドに登録してるから、言ってくれれば分かると思う」
「は、はい! 賢者様っ!……十蔵様、ですね? 私はメディナ・ハーヴと申します! 賢者様に助けて頂くなんて……その、恐れ多いことでっ! あのあの……すぐにっ呼んできますね!」
「あ、いや、賢者じゃ無くてね……呪術師……って……」
あー、行っちまった。聞いてないなこりゃ。
初めて会った時のトオコさんと同じ様な勘違いしてんだろうなぁ。
ピコピコーン
……なんの音だ……?ギルドカードが光ってるな……これが鳴ったのか?
「えーと、表示っと……あ、レベルが上がってら。コイツを討伐したと見なされたのか」
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氏名 神楽十蔵 21歳 男性
総合レベル8 ギルドランクF
クラス メイン呪術師LV8
サブ 魔道具師LV4
HP 72(MAX72)
MP 9040(MAX10910)
ステータス基本値(実効値)
STR 10(17)
VIT 09(15)
DEX 15(26)
SPD 11(19)
INT 13(22)
MID 13(22)
称号
真なるマナの申し子
固有スキル
魔力自動回復
魔性の指
魔力使用制限解除
属性補正
全属性+5
祝福
母の愛
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スロット数1
所有スキル 加速、素材調達、製薬、呪術1(解析、ヒールⅠ)、攻撃呪術1(ファイアボルト、ストーンボルト、アイスボルト)
セットスキル【呪術1】
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「お? おおお! きた! やっとまともな攻撃呪文が!」
今まで攻撃呪文無かったもんなぁ……これで討伐系の依頼も受けられるかな。
ギルド職員が来るまで試し撃ちでもして性能をチェックしておくか。
「ふむふむ、アイスボルト、いいね!氷は今まで作れなかったしな。まずはこれから……」
俺が魔法の練習をしながら待つこと約10分、男は駆けつけたギルド職員に穴から引っ張り出され、そのまま連行されて行った。
※
「いや、お手柄だったね十蔵君」
ギルドのカウンターで、俺は受付のおっさんに吸魔草20本を納品し、ついでにその後の男の処遇を聞いていた。
「いや、ヤツは最近悪い噂ばかり聞くヤツでね……明確な証拠や被害申告が無いので、今までどうしようも無かったんだけど、今回は流石に一般人とギルド員、二人の申告があるからね……あと、十蔵君の頬の傷も私達が現場に行くまで治さないでくれただろう? あれもよかった……物的証拠ってヤツだ」
「で、結局処分はどうなったんですか?」
「まあ、ギルドは除名だろうね……そうなれば身分も不確かになるし、少なくとも王国内じゃまともに暮らしていけないだろうな」
「……盗賊なんかに身を落とさなきゃ良いですがね」
「そうなればなったで、自業自得だし、今度こそ王国騎士団に追われるか、ギルドで手配を受ける賞金首になるかだね。なんにせよ君が気にすることじゃないさ」
「……はい」
「それよりもほれ、今回の報酬だ。不良ギルド員の捕縛って事で少し色も付けといたぜ」
「あ、ありがとうございます」
渡された金は銀貨3枚。吸魔草採取の依頼4回分が銀貨2枚+追加報酬銀貨1枚って事か。
これで残金は銀貨13枚、銅貨70枚になった。
……ふむ。これで今日の夜はちょっとした実験をしてみようか。