七色朝顔のススメ
説明多め。
いまだに虹の谷の二人です。
「うーん、トオコさんがこんな状態じゃ動くに動けないな……どうするか」
ふと、俺の目に入ったのは2本の巻物といくつかのガラクタ。
「うん? これ……俺がこっちに来る前にいじってた母さんが虫干ししてたアレか」
巻物の他は指輪が一つに革手袋が一双……そして俺がこちらに来る原因となったペンダントが一つ。
「……俺が飛ばされた時に巻き込んじまったんだなぁ」
例のペンダントはもう光を放っていなかった。
何しろ元の世界に戻る為の唯一の手がかりだ、捨てていく訳には行かないが……
「しかし、光ってないからってこれらが安全だという保証も無いんだよな。どうするか……ん、これは……俺のじゃないな」
地面に転がり日の光を反射させていたのは、先ほどトオコさんが使った真実のレンズだった。
それを拾い上げた途端、再び空中にスクリーンが浮かび上がる。
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【七色朝顔】
虹の谷など極一部にしか咲かない花。
その花弁が七色に輝いている事を除けば朝顔にそっくりである。
朝顔とは言うものの、一日中咲いている。
その花弁は毒消しや清涼丹等の原料になり、根は体力回復の妙薬となる。
そのまま食してもある程度効果はあるが、製薬することによって効果は倍増する。
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浮かび上がったのは辺り一面に生えている七色朝顔の詳細。
どうやらレンズが七色朝顔の方向を向いていたらしい。
「おお、これって人以外にも使えるのか……便利だな」
「ああ、それは高い上に使用回数があるんだ。丁寧に扱ってくれよ」
急に耳元で聞こえた声に振り返ると、意外なほど間近にトオコさんの顔があった。
「あ、トオコさん、気が付きましたか……すみません、勝手に使って」
「ん、かまわないさ。どうやら醜態を見せてしまったみたいだし、使わせてあげる代わりに忘れてくれると嬉しい」
いつの間にか気が付いていたトオコさんは、興味深げに俺の足下に散らばっている道具類を見つめながらそう言ってくれた。
しかし醜態って……ああ、俺のステータス見て失神したことか。
「あ、でもさっき使用回数があるって……」
「うん、事前にMPを込めるんだ。MP10で1回分。50回分貯めておける」
「ああ、使い捨てじゃ無いんですね。それなら……MP込めるのって俺でも出来ますかね」
「あ、ああ、握って込めるMP量を念じるだけだから……」
「じゃあ、使った分、俺が込めておきますよ」
「……いいのか?……いや、そうだな、十蔵殿にとっては、それを満タンにしてもたいした負担では無かったのだったな……では、お願いできるかな?」
「ええ、もちろん……と、その前にちょっと使わせてもらいますね」
地面に散らばっていたそれらに一つ一つ真実のレンズをあて、その詳細を確認していく。
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【虫除けの指輪】
DEF+10
装着者にダニ、ノミなど害虫を寄せ付けないミスリル銀製リング。
虫系魔獣に対して、ダメージが+10%、被ダメージ-10%
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【守護の革手袋】
DEF+15
MP5を消費して5分間、両手にそれぞれ不可視の盾を出現させる。
5分間の間であれば盾の出し入れは自由。
盾の大きさは直径3センチ~30センチの間で自由に変えることが出来る。
盾の強度は金属製バックラーと同等。
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【スキルスクロール(素材調達)】
スキル『素材調達』を習得することが出来る魔法のスクロール。
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【スキルスクロール(製薬)】
スキル『製薬』を習得することが出来る魔法のスクロール。
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【界渡りの宝玉】
地球とファリーアスを移動できるアーティファクト級マジックアイテム。
常に身に着けておくことで少しずつマナを貯め込み、規定量に達すると前回転移した世界、時間へと転移する。
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「……ん、やっぱりこのペンダント……『界渡りの宝珠』ってのか。これが地球に帰る為の鍵だったんだな」
早速身に着けて、と。
これで少しずつマナとやらが貯まっていくのか。
後は……みんなそれなりに使える魔法の品っぽいな。
装備してしまうか。
『虫除けの指輪』を左手の中指に嵌め、その上から『守護の革手袋』を着ける。
「地球……? 何の事だ?」
不思議そうに聞いてくるトオコさん。
信用できそうな人だし、ある程度話して協力を求めた方が良いかもしれない。
「ん、実は俺はこことは違う世界から来たんだ……マジックアイテムの暴走でね」
「違う世界……?それが地球、と言う所か?」
「うん、信じられないかもしれないけど……」
「…………いや、それならばある程度納得がいく。十蔵殿のMPはレベル5どころか……高レベルの魔術師でもあり得ない量だ……それに真実のレンズは嘘をつかない」
「ありがとう……それで、まあ、実際困ってる。こっちの常識がまったく分からないし……生活の糧もどうしたら良いか当てが無い。なので街に着いたら色々相談に乗って欲しいんだ」
「ふむ、それはかまわんが……当座の資金と言う事ならそのスクロールを使ってはどうだ?」
と、トオコさんが指し示したのは残った2本の巻物。
「……これ? 高く売れるの?」
「うむ、売れるかと言えば結構な値が付くな……スキル入りのスキルスクロールは珍しいしな……だが、それは少々もったいない。その2本を十蔵殿自身が使えば、とりあえず生きていく位の技術は確保できると思うぞ」
「使う……って開けば良いのかな?」
思い切りよく『素材調達』のスクロールを開く。するとじわじわと頭の中に『素材調達』の使い方が染み込んでくる。
確かにこれでスキルを覚えられるようだ。
続いてもう1本『製薬』のスクロールも使う……うん、覚えた。
「覚えたようですな。では、早速使ってみては?」
「使うって……ああ、そういえばこの七色朝顔は薬草でしたね」
確かにスキルの試しにはちょうど良い……スロットから『加速』をはずして『素材調達』をセット。
「こう……かな?」
七色朝顔が咲き乱れる地面に向かってスキルを使用する。
すると……MPが2消費され、直径3メートル位の範囲の地面の植物が一瞬でまだら状に消滅した。
そしてそれと同時に、俺の手元に何種類かの薬草が種類別に分かれて出現する。
……MPは消費するが、便利だな。
ちなみに採取できたのは
七色朝顔18本
千振7本
竜胆6本
朝露草5本
の4種類だった。
「スキルを使わず手摘みしても効果は変わらないが、スキルを使うと圧倒的に効率が良い。次はそれらを『製薬』で加工するといい」
トオコさんのアドバイスに従って『素材調達』を外し『製薬』をセット。
その状態で4種類の薬草を見ると、加工できる薬の種類が浮かんできた。
早速MPを3消費し、『製薬』を実行する。
材料が俺の手の中で光りながら消えていき、代わりに錠剤が何種類か完成した。
解毒丹5個、清涼丹1個、十金丹5個、百金丹3個、延命丹1個、枯れ草1個
「どうだ、結構色々作れるだろう? 七色朝顔はいろいろな薬の原料の代用品になるんだ……むしろ効果が高くなるケースもあって結構な値で取引される」
「ええ、解毒丹5個、清涼丹1個、十金丹5個、百金丹3個、延命丹1個、枯れ草1個……ですね。枯れ草って何ですか?」
「うん、それは失敗作だな……しかし、それだけ作れれば十分製薬の才能があると思うよ……………て、え? 延命丹、出来たの?」
吃驚したようなトオコさんの声。
「ああ、一個だけだけどね……珍しいの?」
「……珍しい。元々私が七色朝顔の採取依頼を受けたのも、私的な分を採取するついでだったんだが……その理由が七色朝顔を街の薬師に持ち込んで延命丹を作って貰う為なんだ」
「そう、じゃあこれ上げるよ」
「!……いいのか? 街で売れば銀貨50枚は堅いぞ?」
「いいよいいよ、トオコさんのお陰で生活にも目処が付いたしね……ちなみに銀貨ってどのくらいの価値?」
「そうだな、食堂のそこそこ美味しいランチセットが10回食べられる位かな」
……ランチセットが1000円として銀貨は1万円位か?
とすると延命丹は一個50万円。
………勿体なかったかな。
「……本当に貰っていいのかい?」
「あ、ああ、もちろん!」
……今更返して、なんて格好悪くて言えないし。
ま、まだこんなに咲いているんだからまた作れば良いさ。
「さ、どうぞ」
トオコさんの手を取って延命丹をそっと載せてやる。
「あ、ありがと……んっ……んぅ」
「ど、どうした?」
「な、何でも無いっ!……十蔵殿、貴殿はやたらと婦女子の手を取らぬ方がよいな……その、色々やっかいなことが起きそうだ」
真っ赤になったトオコさんの顔。やっぱり何処か具合が悪いんだろうか。
「……?」
「……分からなければ良いっ……さ、昼をとってからもう少し採取をして街へ帰るぞ」
トオコさんは何かを誤魔化すように、沸かし直したお湯で調理を始めた。
※
食事の後、俺とトオコさんは採取と製薬(製薬は俺だけだが)をつづけ、かなりの収穫を得た。
で、延命丹があれだけ高く売れる訳も実感した。
あれから延々と採取、製薬を繰り返しているんだが延命丹だけまったく作れない。
さっき作れたのはよほどの幸運だったみたいだ。
結局、作れたのは全部で解毒丹15個、清涼丹9個、十金丹16個、百金丹6個、延命丹0個、枯れ草7個。
延命丹はトオコさんに譲ったのでゼロだ。
一応加工前の薬草もストックして置くことにして、トオコさんに見られないように所持品欄にいくつか放り込んで置いた。
「十蔵殿、あまり1箇所で取りすぎると来年から取れなくなる。このくらいにして、そろそろ街へ行きましょう」
「そうですね、よろしくお願いします」
「……この谷を街へ帰るには、どうしても魔獣のすむエリアを通ることになります。くれぐれも油断しませぬよう」
トオコさん真顔が怖いです。
「鋭意努力いたしますデス……ああ、そうだ、それなら、生活魔術には他にも種類あるんですか?」
「……?いきなりなんだ?」
「いや、そんな魔獣やら魔物やらが出るんなら他にも魔法覚えていた方が良いかなと思って」
「うーん……生活魔術では魔獣には役に立たないと思うが……そうだな……」
トオコさんは腰の水筒を外すと目の前に掲げてみせる。
「戦闘以外では役に立つことも多いだろうから、今の内に教えておこうか。まずこれは水を浄化する魔法『水よ聖なる輝きを取り戻せ』……水筒の中だから、いまいち効果が目に見えないだろうが……約1リットルの水を泥水でも飲める位に浄化する」
なるほど、旅には必須ですね。
「続いては『土よその身を塊と成せ』これは土や石からレンガ状のブロックを作り出すものだ……穴を開けたり凹ませたり多少の加工もできる……カマドや建材に使われるな」
おお……呪文と共にトオコさんの足下の土がボコッと抉れて、その隣に陶質のレンガが生成された。
「最後は『光りよ我が身を清めよ』これは旅の最中などで身を清められない時に重宝する」
うむ、きらきらとトオコさんの体が光って見た目にも美しくてよろしいですな。
「……まあ、生活魔術でメジャーなのはこんな所か。地方によって風で掃除をしたり植物の生育を早めたり色々あるらしいがな」
「なるほど……」
俺は自分でも一通り試してみて問題なく使えることを確認する。
「うん、役に立ちそうな魔法ばかりですね、助かりました……ああ、それとこれ、返しておきますね」
「ん、ああ、真実のレンズか……本当に使用回数がマックスまで回復しているな。ありがとう、こちらこそ助かったよ……私じゃ全回復させるのに2日時間を潰さなくちゃならない」
「いえいえ、おやすいご用です」
そうか、俺のMPだけチートにはそんな使い道もあるな。
『魔法の道具魔力込めます』なんて商売も成り立つかな?
そんなことを考えながら、俺はトオコさんの後に続いて街へと向かったのだった。
とりあえず次の休みまで更新出来なさそうです。