マッチ1本火事の元
にっ……日刊一位にびびって……序章だけにしておくのが心苦しく、速攻で書きました……誤字脱字あればごめんなさいです。
「もし、ちょっと……起きなさい」
少し不機嫌そうな声が耳元で聞こえる。
「起きぬか!」
俺が中々反応しない……出来ないでいると、その声は更に大きくなる。
……五月蠅いな、分かったよ、起きるから……
「わかった……わかったって……起きるよ母さん……」
「誰が母さんかっ!!」
ボグッ!
「おごっ!」
痛た……頭部に鈍痛が……誰かに殴られたのか? 一体、誰……が……って
「………………ここはどこ……で、貴女はどなた?」
「……ここは七色朝顔の群生地、『虹の谷』。私は七色朝顔の採取依頼を受けた冒険者、トオコ・サヴァン。それでお主が居るのは私の昼食の上……了解したか?」
意識を取り戻した俺が最初に見たのは、一面に七色の花が咲き乱れる中、両手を腰に当てて静かに怒っているネコミミの女侍だった。
その子は胴を足軽のような鎧で包み、左腰には刀を佩いている。
鎧の下は草色の着物を着込み、下半身はズボン状の袴に脚絆だ。
容姿は、と言うと、肌は黄色人種に近く、長い黒髪を鉢金でまとめて後ろに流している。
結構な美人さんだった。
……一見日本人にも見えない事も無い。その頭のネコミミと後ろに揺れる長い尻尾が無ければ。
――――……まだ寝ぼけているのか、俺。
思わずそのネコミミに手を伸ばし確認してみる。
ぐにぐに。柔らかくて暖かい……本物?
「なっ……ひゃんっ!?」
「……な?」
目の前には真っ赤に染まったネコミミ女侍の顔。
「何をするか不埒物ぉーーーーーーっ!!」
ボゴォ!!!
「うぼぉぉぁぁっ!!」
再び俺に振るわれる強烈な拳。
ああ、やっぱりさっきもこの子に殴られたのか。
そう思いながら俺の意識は再び闇に沈んだ。
※
「ま、まったく、初対面の婦女子の耳をあんな風に……弄ぶなんて、常識を疑うぞ!?」
「いや、まったくもって申し訳ない」
俺は今、トオコさんに向かって日本人の最上級の謝意を表す姿勢――土下座を敢行していた。
二回目の失神からは幸いすぐに回復することが出来たのだが、俺はトオコさんに『獣人族の女性にとって耳がどんなにデリケートな物なのか』をこんこんと説教される羽目になったからだ。
俺が頭を地面に擦り付けて謝り倒すと、トオコさんもとりあえず怒りを納めてくれたようだった。
こんな訳の分からない状況で唯一の情報源から見離される訳にはいかない。
「その、それで――一体ここは……」
「ん、さっき虹の谷だと……」
「あ、いえ、もっと大きく……何て言う世界、あ、大陸かなと」
「可笑しな奴だな、グリーン・ロードに決まっているだろう」
ああ、やっぱり。
母さんの妄想話に出てきた地名だ……薄々そうじゃないかなーとは思っていたけど、単なる与太話じゃなかったのか。
まあ、普通、母さんのような1人戦術核兵器が現代日本にいる時点でおかしいもんな……
「お主こそ何者だ? いきなり人の食事の上に現れおって」
どうやら俺は、彼女が食材を煮込んでいた鍋の上に現れて、それをひっくり返してしまったらしい。
……よく火傷しなかったものだ。
「いや、それも含めて申し訳なかった」
「まあ、いい、どうせ転移系魔法の失敗か何かだろう?」
「はあ、まあそんな感じです」
失敗と言うか偶然の事故ですが……
「ふむ、お主の詮索は後にして……とりあえず昼食を作り直さねばな」
そういえば俺も昼飯を食べる前だった……ああ、カモシカの陶板焼きが……
「まずは水か……2リットル……必要MPは2倍という所か?『出でよ命の根源たる水』」
トオコさんがなにやら呪文のような物を唱えると、空中にメロン位の水球が出現し、それが徐々に崩れながら鍋の中にジャバジャバと、と音を立てて注がれていく。
え、何今の。
「ま、魔法!?」
「なんだ、生活魔法程度が珍しいのか? MPがあれば誰でも使えるだろう?」
え、そうなの? じゃあ、この世界に居た母さんも使えたんだろうか。
母さん、普段は大抵のことを力業で解決してたし、使う必要が無かったのかも……
……考えてみれば、俺が唯一使えるスキル『加速』も魔法みたいなもんだしな。
続いてトオコさんは、鍋のお湯をかぶって火の消えた燃えさしの薪を手に持った。
「『着火』」
トオコさんがそう唱えると、今度はろうそく程度の炎が薪の先端に出現する。
しかし濡れている薪に中々火は燃え移らない。
やがて10秒ほどでその魔法の炎も消えてしまった。
「おおー……それも生活魔法?」
「そうだ。だがスキルのセットも必要ない火魔法など所詮ろうそく程度……ち、だめか……倍がけでどうだ『着火』!」
スキルのセット……俺が『加速』をセットしておくようなものか。
それも必要ないって、生活魔法ってのはずいぶんお手軽なんだな。
今度はさっきより大きな炎が薪の先に出現する……だが、やはり炎は燃え移らない。
「完全に湿気てるな……MPも残り少ない、新しい薪を調達した方が良さそうだ……ああ、お主!……えーと、なんと言ったか……」
「十蔵です。あー、まだ名前も言ってませんでしたね。失礼しました」
うむ、不覚。自己紹介は基本だというのに。
「ああ、そうか、まだ名前を聞いて無かったか。十蔵、だな。私は薪を探してくる。お主は……十蔵は失礼ながら荒事には馴れておらぬようだ。森の中には魔獣もおる故、ここで鍋などの荷物番をして待っていてくれ」
「……魔獣……モンスターいるんだ……」
辺り一面、虹色の花畑で、魔獣と言うそぐわない言葉が奇異に聞こえた。
だけどまあ、ここが母さんの話していた冒険譚の世界なら、そりゃ魔獣位居る。
「うむ、ここは花の聖気を嫌って滅多に出てこぬが、薪のある林の中ならそこそこの魔獣が出るぞ」
「了解。大人しくしております。ハイ」
武器も防具も無く、持っている非常手段は『加速』だけ。
多分、向こうで食ってたカモシカにだって勝てない。
大人しく荷物番をしておりますよ。
「うむ、ではよろしく頼むぞ……行ってくる」
「いってらっしゃーい」
俺が笑いながら手を振ると、トオコさんはなぜか顔を赤らめて足早に林の方へ行ってしまった。
やべ、また怒らせたかな。
……うーん、それにしても魔獣か。
一人の時に遭遇したらどうしようかね。
……魔「獣」って位だから火には弱いんじゃないかなー
……………さっきの魔法、生活魔法って言ったっけ。
ずいぶんお手軽そうだったけど……「生活」魔法って響きからして一般人にも使えそう。
……試してみるか。
さっきの……ろうそくの炎をイメージして……
「『着火』!」
ぽっ……
ほんの少し体から何かが漏れ出た感じがして……俺の指先に小さな炎が灯った。
「お、やりぃ……て、熱っちぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
指先に走る熱さと痛みに、一瞬にして俺の集中は解け、炎は霧消した。
し、失敗した……そりゃ指先に火を灯せば熱いよな……
今度はちゃんと発火場所もイメージして……あ、ついでに鍋の火代わりに鍋の下で発現させれば無駄にならんよな。
……そういえば、さっきはトオコさんが2倍がけとか言ってたな。
あれか、MPとかを多く使えばそれだけ効果も大きくなるのか……?
じゃあ、こう、ガスレンジみたいに丸く炎を並べるイメージで……
効果が切れたらすかさず次の呪文を重ねて……
上手くいったらトオコさんが帰ってくるまでにお湯を沸かせるかな……
※
トオコさんは林へ出かけてから10分ほど経って、両手いっぱいの薪を持って帰ってきた。
「ふう、待たせたな、十蔵、荷物番……?」
「ああ、お帰り、トオコさん」
「……なあ、なんで薪が減ってないのに湯が沸いているんだ?」
「いやー、練習がてらに『着火』を使って直接沸かしてたんだよ-」
「…………『着火』を直接、湯沸かしに使った?」
「ああ、うん……なんかまずかった?」
トオコさんの瞳が信じられない物を見たように見開かれている。
「まず……くは、ないが……本当にか!? どうやって!?」
なかば悲鳴のようなトオコさんの声。
……俺、なんかしたか?
「どうやってって……トオコさんのマネしたら火を出せたから……その火を10個ほど鍋の下に丸く並べて……効果時間が切れる度にかけ直して……10分位かな? で沸いたけど……」
「……十蔵、体におかしな所は無いか? 具合悪い所は? 気分は悪くないか?」
俺の額に手を置いたり、体をぺたぺたと触りながら心配そうに聞いてくるトオコさん。
え、何?俺死ぬの?
「いや……今のところ何とも無いけど。すこぶる快調というか」
「……そうか……十蔵、いや、十蔵殿……これまでの無礼、許されよ。正直、貴方を侮っていた……出来ればいずこの賢者殿かお聞かせ願いたい」
急に俺から離れたかと思うと、片膝を地面に付き俺に頭を下げてくるトオコさん。
「ちょ……なんです?頭を上げてくださいよ? 賢者って何の事ですか?」
「いや、これは不躾であった。転移魔法で現れた所で察すべきであった……何かの……お忍びの仕事なのですな?」
「いや、だからね……」
結局、俺が賢者なんかでないことを納得して貰うのに更に30分の時間が必要だった……。
※
「結局、何でトオコさんは俺が賢者だなんて思ったのさ?」
俺はトオコさんがそう思うに至った理由を聞いてみた。
「ああ、『魔法』と『生活魔法』の違いは技術として確立されているかどうか、なんだが……そうだな、ただ、技術も無く殴るだけなら誰にでも出来るが、武術の理に沿って最大の効果を発揮するよう殴るのは、その技術を習得しなければ無理だろう?」
だだっ子パンチと正拳突きの違いみたいなものか。
「まあ、そうだね」
「生活魔法というのはつまり、技術も無くただ殴っているのに近い。簡単に使える代わりに力のロスが大きく、効果に比べて消費するMPが多すぎるんだ……たとえば十蔵殿が使った『着火』だが……これはMPを1消費する」
「……少ないよね?」
「……そう思うか? ところが、攻撃系の魔法職が使う初級魔法……『ファイアボルト』なら、MP5で着火の15倍の熱量を生み出すんだ」
「……えーと、単純計算で3倍の熱効率ってこと?」
「そう。この傾向は中級魔法、上級魔法と上位の魔法になるに従って顕著になる……逆に言えば生活魔法は最も燃費の悪い魔法なんだ……十蔵殿は同時に10の『着火』を約10分継続させてけろりとしておられる……着火の持続時間はせいぜい10秒……つまり10個同時発動×60回分……MPが600は必要となるという事だ」
「……それって多いの?」
「くっ……私はこれでも、魔法戦士のカテゴリーに含まれるレベル29の侍だが、最大MPは165だ……失礼だが、十蔵殿のレベルは気配からしてそう高くは無いと思われるが……それなのに600もMPを使って平然としておられる……その異常なMPはレアクラス中のレアクラスと言われた魔法職、『賢者』でしかありえないと……」
心なしか悔しそうなトオコさん。
「あー、それで誤解したんだ……そうか、俺ってそんなにMP多いのか……」
うーん、母さんの血だな。間違いなく。
「……十蔵殿」
「ん、何、トオコさん」
「その……賢者で無いとしたら……なぜそれほどのMPを」
「うーん、母さんが高レベルの冒険者だったらしいから、そのせいかなぁ」
「……ほう、母上が……ちなみに何という方かご尊名をお聞きしてよろしいか?」
「ああ、神楽紫乃っていうんだけど……あ、だから俺は神楽十蔵ね」
「……ほう!神楽家の血を引く方か!……しかしカグラ・シノ様とは神楽神様のご尊名と同じですな。うむ、一時期流行ったそうですからな。赤子に神楽神様の名をお借りすることが」
……すいません、多分それ本人です。
「それでな、誠に失礼ながら……十蔵殿に真実のレンズを使ってもよろしいか?」
「真実のレンズ?」
「うむ、ギルドカードと同様の内容を読み取る魔道具でな、本来は魔物の弱点を探る時などに使うのだが……恥ずかしながら、私はサムライ職でありながらあまり魔法が得意ではない。十蔵殿のその大量のMPの秘密の一端にでも触れられればと……」
ふむ。これはチャンスか? 俺としてもこの世界での自分の能力は知っておきたいし……
「あー、分かりました。その代わり、近くの街まで連れて行ってくれますか? 俺はこのあたりには明るくないので」
「そのようなことであればもちろん! ……では早速……」
トオコさんは懐から片眼鏡のような物を出してそれを俺に向けた。
すると、まるでRPGゲームのステータス画面のような物が空中に浮かび上がる。
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氏名 神楽十蔵 21歳 男性
総合レベル 5
クラス 無し
HP 45(MAX45)
MP 10005(MAX10520)
ステータス基本値(実効値)
STR 10(14)
VIT 09(13)
DEX 15(21)
SPD 11(15)
INT 13(18)
MID 13(18)
称号
真なるマナの申し子
固有スキル
魔力自動回復
魔性の指
属性補正
全属性+5
祝福
母の愛
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スロット数1
所有スキル 加速
セットスキル【加速】
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「む……職……? 無職のレベル5で……MP10520って……」
くるりとこっちを向いたトオコさんの目は心なしか据わっていた。
「は……ははは……理不尽な……ははっ」
腰が抜けたようにすとん、座り込み、そのまま前にぱたんと倒れるトオコさん。
「あ、ちょ、大丈夫ですかっ! トオコさーーーんっ!! 意識手放しちゃだめぇぇぇぇぇっ!! てゆーか、こんなとこで一人にしないでぇぇぇ!?」
俺の声は七色朝顔が風になびく花畑にむなしく響いたのだった。
やっと十蔵君イン異世界です。
よろしくお願いします。