潜入
「……1029歳ぃ?」
思わず洩らした俺の台詞は、つい、疑いのニュアンスが籠もったものになってしまった。
「はっは、そうそう信じられねぇよな? まあ、詳しく話すと長くなるから端折るが……俺は1000年前、シノちゃ……神楽神様と何回かパーティを組んだことがあるんだ」
「……確かに伝説では神楽神様は人の身として生まれ、やがて神性を手に入れた、とありまするが……」
あまりに荒唐無稽な話しにトオコも戸惑っているみたいだ。
「まあ、その時の冒険の一つに、『時の迷宮』の探索ってのがあってな。うっかり最深部のトラップに引っかかっちまって……呪われちまったんだよ」
「呪い?」
1000年以上の寿命を得たのならそれは祝福じゃないのか?
「『時止めの呪』つってな、……成長を100分の1にするってもので……はっきり言って冒険者にゃ地獄だったぜ」
「それってつまり……経験値が」
「ああ、100分の1になっちまってな、戦っても戦っても戦ってもレベルがあがりゃしねぇ……老化も100分の1になったのは不幸中の幸いだったが、レベル91まで来るのに1000年かかっちまった……シノちゃん……ああ、神楽神様が作ってくれたこの鎧がなかったら途中で心折れてたかもな」
「鎧、ですか」
「ああ、全基本ステータス+2、全属性耐性+30%、経験値+20%……『煉獄蟲の鎧』だ。滅茶苦茶な性能だろ?」
「ぜっ……全ステ……全属性……」
トオコが絶句している。
それほどに高性能なのか。
「特に基本ステータス上昇が大きかったな。レベルアップ時のステータス上昇が軒並み底上げされているのと同等の効果だからな」
「そ、それは確かに……アーティファクト以上……神器クラスの鎧ですな」
ごくり、と喉を鳴らしてゴーバック氏の鎧を見つめるトオコ。
「神格を得る前でさえ、創造者って呼ばれてた方だからな」
「神器って……母さん、そんなのまで作れるのかよ」
「「母さん?」」
あ、やべ。
「ああ、いや、神さん、かみさんって言ったんだよ」
「あ、ああ、なるほど……って、そうか!」
「うわぁっ!吃驚したっ……いきなり大声上げないで下さいよっ!」
「あー、いや、すまん。十蔵っていったか……お前が誰に似ているのかって話だよ。うん、シノちゃん……神楽神様に似ているんだわ。うん、あーすっきりしたぜ」
「へ、へー……ソウナンデスカ(棒読み)……偶然デスネ……(棒読み)」
「いやいや、偶然じゃ無いかもしれんぜ? 神楽の名字を持っているんだろ? 実際にシノちゃんの血が先祖のどっかに入っててもおかしくねえよ」
「うむ、主様は神楽神様の神像に似ていると、私も常々思っていたのだが……しかし、主様は確か……」
トオコには俺が異世界『地球』から来たことを話してある。
それを思い出して、神楽神の血脈に連なる者ではないか、という自分の思い付きを否定したのだろう。
「ま、まあ今は俺が誰に似ているかとかって話じゃ無いだろ? さっさと助けに行かなくていいのかよ」
「おっと、そりゃ正論だ……確か、この岩の影に……」
なかば無理矢理話題を変えると、ゴーバック氏は俺たちが隠れている岩の東側の地面を調べ始めた。
「……確かこの辺……っとあった。情報通りだな」
ゴーバック氏が見つけたのは地面に生えた錆び付いた取っ手。
「よっと」
地面に生えていたその取っ手をゴーバック氏が掴んで引っ張り上げると、至極あっさり地面から金属製の蓋が引き上げられ、その後にはぽっかりと暗い穴が口を開けていた。
それは万が一の時、西の砦から落ち延びる為に設置されていた秘密の通路の出口だった。
というか、この蓋、総金属製の分厚いヤツで、どう考えても人力で気軽に上げられるようなものには思えないんだが。どんだけの筋力なんだこの人。
「まあ、本来は外側から開ける場合、滑車か魔法を使って開けるんだがな。でも、ほら……めんどくさいじゃねぇか」
俺の驚愕の表情に照れたように話すゴーバック氏。
「ま、何はともあれ……進入作戦、開始と行きますか」
そうして俺たち3人は秘密通路の中へと入っていった。
※
通路の中はわずかにコケが光を放っていたが、足下が悪いので『光明』で明かりを付ける。
「……あー……思わず明かりを付けちまったけど、良かったか?」
使ってしまってから、敵にこちらの存在を知らせる目印になる可能性に思い当たり、遅まきながらゴーバック氏に確認する。
「かまわねぇだろう……砦が作られてから一度も使ってないって聞いているからな、リザードマン連中がこの通路を知っている確率は少ねぇ」
「……ですが、土や岩がむき出しの……通路と言うより洞窟ですから、洞窟蛇や掘削蟲位は居るかもしれません。ここは私とゴーバック殿が露払いを」
「だな。十蔵は今回の作戦の切り札だ。リスクを押さえるにこしたことはねぇ」
うーん、なんかトオコはともかく、ゴーバック氏にまで過剰に評価されている気がするが、正論なので大人しく両者の後ろについて通路を進んでいく。
しばらくそのまま何事も無く進んでいたのだが、通路に入って10分ほどしたところでトオコとゴーバック氏の足が止まる。
「……なんじゃこりゃ」
「分かれ道……ですね」
「いや、分かれ道って……脱出用の通路なんだろ?分かれ道作ってどうすんだよ」
右側の通路は今までの通路と滑らかにつながっており、おそらくこっちが正解の道だ。
それに比べて左側は少し小さいし、不自然に道から分岐しているみたいに見える。
「……あー……おそらく溶解蟻の巣の通路に繋がっちまったんだな」
「アシッドアント? トオコ、知っているか?」
「Cランクの魔獣という位は……あまり一般的な魔獣ではありません」
「食人性の巨大蟻の一種でな、蟻酸が他の種に比べてやたら強力なんだ。その酸で土壁を溶かして強固な巣を作ったりする……しかしまずいな、生存者を連れて戻るとなると、今の内に潰しておいた方がいいか……ちょっとここで待っててくれ」
「いや、まってって……何するつもりですか」
「アシッドアントはでかい代わりに、あまり大集団を作る種類じゃ無い。1つの巣に多くても10匹ほどだ。適当に蹴散らして女王を潰せば、しばらくは組織だった行動はしなくなるからな……ちょっと潰してくるぜ」
そう言い残すとゴーバック氏は「ちょっと近所のコンビニに」位の気安さで脇道へと入っていった。
そして待つこと3分。
カップラーメンが出来上がる位の時間でゴーバック氏は戻ってきた。
「いや~すまんね、女王が意外と硬くてな、いつもの大剣なら待たせずに済んだんだが」
そう言って戦利品……ビーチボールほどの蟻の頭を一つと、メロンほどの蟻の頭を5つ、どさっと地面に下ろす。
ぐえ、グロイ……てか、この短時間にこれだけの魔獣を狩ってきたのか。流石Sランク……
「……流石というか……女王はBクラスだと思いましたが……」
トオコも呆気にとられている。
「あぁ、まあ……装甲の継ぎ目を狙えば片手剣でも何とかなるしな。そんなたいしたことじゃ無い」
いえ、十分人間離れしています。Bクラス魔獣を雑魚扱いて。
「後は出来ればこの通路を塞いじまいたいんだが……こればっかりはな。今は時間を掛ける訳には行かないから、そのままにしておくしかないか……」
「あ、なら俺が塞いじまいますよ。『土よその身を塊と成せ』×500」
生活魔術を使って例のごとく巨大レンガを生成して通路の穴を塞ぐ……消費MP1500。
ゴーバック氏へ掛けた防御アップ50倍も1500MPなので合計3000MP使っている。
「……本当に非常識なMP量だな……生活魔術を土木工事に使うってコスト悪すぎだろ……ほんとにMPの残りは大丈夫か?」
豪快な割に意外と心配性らしいゴーバック氏。
「ああ、この通路に入ってから10分くらい経ってるでしょう? もう600ちょい位はMP回復しているから……」
「……とんでもねぇ回復量だな……10分で一流魔術師1人分フル回復するのか」
俺のMP自動回復は1分間にMP最大値の0.5%回復する。
レベルアップでMP最大値が上がっているから当然回復量もアップしているのだ。
「救助対象が少なくとも10人居るとして……静音結界がMP3、透明化がMP15だから1人頭18MP……持続時間を4倍にして20分持たせるとして72……10人で720MP……ああ、俺たちの分もいるか……とすると3人分足して936MP。余裕見て2000MP程度残しとけば大丈夫だろ?」
「いや2000程度って…………と言うことは、今使った1500MP分もあわせて……ええと……少なくとも3500以上のMP持ってるって事なのか……Sクラスの魔術師にも居ねぇぞ、そんなやつ」
「主様……流石です……それほどに複雑な計算を筆記具も使わずにあっという間になされるとは」
「いや、トオコさん? 驚くところ違うよね?」
トオコのボケにすかさず突っ込むゴーバック氏。
……突っ込み属性持ちだったのか。
「あー、あまり気にしないように。今はそんなどうでも良いことで時間を使っている場合では無いですし」
このままだと話が進まないので、ちょっと強引に話を戻す。
「おっと、いけねぇ。そうだったな」
「そういう事。とりあえず今は急ぎましょうか」
そうして、また俺たちは通路の奥を進んでいった。
※
あれから約40分程かけて、俺たちはゴール直前……砦側の入り口近くまで来ていた。
思ったより時間がかかったのは、この通路が基本的に内部からの脱出用に作られており、侵入者対策に出口側から入った時だけ作動するトラップ等が多く設置されていたからだ。
それに加えて、溶解蟻の巣穴から入り込んでいたのか、洞窟蛇や掘削蟲の他にも洞窟蝙蝠や赤目鼠などが住み着いていた為、その掃討に時間を食った、という事もある。
最も、そのすべてをゴーバック氏とトオコが片手間に駆除してしまったので、俺はあれから一度も魔法を行使せずここまで来ることが出来た。
そのお陰で俺のMPは使用分を取り戻し、現在12860(12860)と、マックスまで回復している。
そして目の前には鋼鉄製の扉。
おそらくここを開ければ砦内部へと入れるはずだ。
「……捕虜が捕らわれているとしたらやっぱり牢屋かな?」
「……リザードマンの考え方なんざ分からないが……普通ならそうだろうな」
「ふむ、ならばゴーバック殿。ここから内部に入るとして、とりあえず牢屋へはどう行けばよろしいので?」
「情報の通りなら、ここを開けると廊下の突き当たりに出るな。そこから1本目の十字路を左折すると地下室への扉がある……多分その中だろう」
ゴーバック氏が俺とトオコの問いに砦の内部図面を懐から取り出して答える。
今回の作戦の為に騎士団から借りてきたものだ。
「さて、こっからは十蔵の旦那の出番だぜ」
「分かってる。静音結界×3、透明化×3」
ゴーバック氏に促されて俺は自分を含め3人にそれぞれ魔法を使う。
途端に俺たちの姿は空気中に溶けるように見えなくなった。
(ゴーバックさん、トオコ、聞こえる?)
(ああ、大丈夫だ)
(聞こえまする……しかし、なにやらうっすらとお二方の姿が見えるのですが)
(仲間同士で見えないと連携が取れないからね……大丈夫、パーティメンバー以外からは完全に見えないし、聞こえない)
(なるほど……思っていたより使い勝手の良い魔法なのですね)
(まあね……ただ、蛇系の敵が居たら見つかるかもしれないから注意して)
(? なぜだ?)
ゴーバック氏に疑問の表情が浮かぶ。は虫類系の魔獣の中では蛇類は低レベルなものが多いし、なぜよりによってそんなものに注意しろというのか分からないんだろう。
(蛇の一部にはピット器官ていう熱を感知する感覚器官を持っている種がいてね……視覚に頼らずに体温を見る事が出来るんだ。魔獣にも当てはまるかは分からないけど)
(…………)
(…………)
(……どうしたの2人とも)
(いえ、蛇類の魔獣には隠形が効きにくいというのは知っていましたが……それなら頷けます)
(……すげぇな。さっきの計算といい、まるで「賢者」の知識だぜ)
(そ、そこまでのものじゃ無いけど)
地球じゃ動物番組でやっている程度の知識だしな。
(うはは、謙遜すんな!)
ドバンッ! と俺の背中を叩いてくるゴーバック氏。
そのままベシャっと地面に潰れる俺。
いてぇよ! というか手加減して下さい。Sクラス前衛職なんだから。
(ぬ、主様っ! お怪我は?)
(な、なんとか無事……)
(あー……すまん……じゃあ特に蛇系の魔獣には注意、と。あとはいいか? 2人とも準備が良ければ開けるぞ)
((はい))
俺たちの返事を待ってゴーバック氏が突き当たりの壁を押すと、ゆっくりと壁が回転していく。
(……よし、誰もいねぇ。行くぞ)
幸い、近くに魔獣達は居なかったらしく、隠し扉が開くところを見つかる、ということは無かった。
俺たちは扉の外に出ると、音を立てないようにそっと隠し扉を元に戻す。
静音結界は扉にまではかけてないからな。
そこからまっすぐ廊下を進む。静音結界のお陰で重装備のゴーバック氏さえ足音が響かない。
しばらくそのまま進むと十字路になっており、そこを左に曲がると数メートルも行かないうちに地下へと下る階段を見つけた。
(ここ……ですかね)
(おそらくな)
隠し通路からここに至るまでわずかに3分。割と近くで助かった……。
階段を下りていくと、すぐに金属製の扉があった。
完全な地下と言うより半地下のような形なのだろう。
(止まれ……生臭い匂いがする)
扉の前でゴーバック氏が俺とトオコを手で制すると、扉に付いている小さな覗き窓から中を確認する。
(いやがる……リザードマンが2匹。どっちも寝ているみたいだな。今の内に突入するか?)
(すげぇな、ゴーバックさん。こんな所からリザードマンの匂いを嗅ぎ当てるって……んー、仲間を呼ばれると面倒だし、ちょっと場所変わって……ああ、居るね。この位置なら……静音結界×2)
俺は扉の小窓越しに居眠りをしている見張りの2匹のリザードマンに静音結界をかける。
(OK、これで倒れたり悲鳴を上げても音がしないだろう)
(……本当に便利だな。十蔵の呪文……後は……扉に鍵は……かかってねぇな。入ったらすぐに俺とトオコさんで1匹ずつやるぞ)
(承りました)
(んじゃま……せーのっで!)
俺がゴーバック氏の合図に会わせて扉を開けると、同時にゴーバック氏とトオコが室内のリザードマン2匹に襲いかかる。
そして煌めく剣閃が二筋……一瞬でトオコがリザードマンの首を落とし、ゴーバック氏がもう一体の胴を両断する。
……静音結界必要なかったかもな。悲鳴を上げる暇もねえわ。
「だっ……誰だっ!」
戦闘行動を取った為、俺たち3人の『透明化』はすでに解けている。
その俺たちに向かってそう誰何したのは、檻の中にいた1人の女騎士だった。
同じ檻の中には他にも数名の兵士がいて、狭そうに身を寄せ合ってこっちを見ている。
(いやぁ、誰だと言われましてもね。怪しい者じゃ無いんですが……)
俺は彼女に向かって話しかけるが、彼女は不審げにこちらを見つめるのみ……って、いかん、静音結界掛かったままだった。解除、と。
「んん……おほん。うん、これで聞こえるかな……西の砦御一同を救出に来た、しがない冒険者です」
「な、なに……そんな危険な……見捨てられても仕方ないと思っていたが」
驚愕の表情の女騎士。ちなみに何で騎士と分かったかというと、武器こそ持ってないが、騎士団の鎧は着たままなのだ。
武装解除も適当なんだな。リザードマン。
「あー、とりあえずそこから出したげたいんだけど、鍵はあのリザードマンが?」
「……いや、奴らも持っていないだろう。この牢は扉を閉めれば自動的に鍵が掛かるんだが……鍵自体は3階の収監担当官しか持っていなかったはずだからな。そのあたりも確認せずに我ら8人をこの牢に押し込めたのだ。おかげで逆に奴らの食料となったり乱暴されたりは免れたのだが」
ま、間抜けな奴らだな。リザードマン。
「……しかし、これから3階まで鍵を取りに行くのはリスクが高けぇな」
「砦の鉄格子ともなれば耐魔法の付与もされているでしょうし」
しかし実際問題としてゴーバック氏とトオコの言うとおり、このままだと牢から出すのは難しい。
むう、いきなり救出作戦が暗礁に乗り上げちまったかな。
……うーん、鉄格子に耐魔法の付与ね……鉄格子に……?
「なあ、耐魔法って鉄格子にされているのか?」
「あ、ああ、そのはずだが」
俺の質問に怪訝な様子で答える女騎士。
「ふむ……んじゃ、こんなんでどうだ。『土よその身を塊と成せ』×200」
俺の呪文と共に鉄格子真下の石畳は一瞬にして200個の石のブロックに変わっていた。
「「「「「「「え?」」」」」」」
綺麗に驚きの声をハモらせる西の砦御一同。
「ほら、時間が無いからさっさと石のブロックをどかして」
「はっ、はいっ」
牢の外からは俺とトオコとゴーバック氏が。中からは女騎士他数名が。少し前まで頑丈な石畳だったそれを次々と脇に除けていく。
やがて5分もしないうちに、鉄格子の下には大人1人が匍匐前進で通り抜けられるほどの立派な(?)トンネルが出来上がったのだった。
ゴーバック……前作ではスケイルヴァイパーにさえ苦戦していたのに……立派になって。