胎動
今回、前半部分に結構えぐいスプラッタ描写があります。
苦手な方はご注意を。
――――――――――――
……難産でした。
――???SIDE――
(――ちぃ、古竜があれほどのものとはな……
)
彼は今、竜牙山の麓から落ち延びて来た頃のことを思い出していた。
彼は当時、護符の力で里のリザードマンや竜牙山のレッサードラゴンらを配下に納めると、その勢いを持って竜牙山の主、古竜を配下に加えようと"竜の巣"へ乗り込んだのだ。
だが、いかにアーティファクトの力を持ってしても、神族と同等の力を持つと言われる古竜を配下にすることは出来ず、それではと力ずくに屈服させようとすれば出来たての一族ごと滅ぼされかける始末。
アーティファクトによって得た全能感も結局、借り物と言う事を思い知らされ、住み慣れた竜牙山の麓を逃げ出すことになったのだった。
(急ぎすぎたってこった……だが、あれから迎え入れた新たな眷属は順調に育っている。まさか「れべるあっぷ」が、これほど劇的な効果があるとはな……たかが人間風情に時として我らが狩られる側になるのはそういう訳か……ふふ、ならば人間狩りで経験を積み、装備を奪えば、いずれ古竜に復讐も果たせるかもしれんな……)
新たに設けた巣の中で、彼が一人古竜への復讐に思いを巡らせていると、側近の一人が巣の中に入って来た。
「アルジサマ」
「……何だ」
「東ニ人族ドモノ砦ヲミツケタ」
「……ほう、規模は」
「オレノ部隊ノ2ツブンクライダ……ツヨサハオレの半分クライダ」
「……とするとレベル20以下50人前後か……砦なら武器防具も多いだろ……大所帯になってきたところだし、新しい巣も必要だ……よし、次の目標はそこだな」
彼は手下に戦いの準備を命じると、巣の中にごろり、と横になった。
「手下の鍛錬には手頃だろ……兵士の肉は硬くて好みじゃ無いが」
そうつぶやくと彼は横になったまま目の前の大皿に盛られた肉に手を伸ばす。
「喰うならやっぱり人族の女が最高だな」
彼は丸みを帯びた、明らかに女性の腕と思われるそれを大皿からつまみ上げてかぶりついた。
ぐちゅ。ぐちゃ……と、不気味な音をたてなから、血を啜り、肉を噛みちぎり、骨を嚙み砕いてそれを飲み込むと、次の肉に手を伸ばす……それを無心に繰り返すうちに、大皿に盛られた大量の人肉は30分もしないうちに彼の胃の腑に収まってしまった。
……そうして、空腹を好物の女の肉で満たした彼は、大きくあくびをするとその場で丸くなって眠りについたのだった。
翌日、200体以上もの魔獣の群れに襲われたアイリーザ西の砦は3時間も経たずに壊滅。
ギルドから人員増強の為派遣されていた冒険者が数名、かろうじて砦から逃れる事が出来たのみであった。
護符から知識は得ても、彼の本質はリザードマンでしかない。
彼は、それが人族との決定的な対立を生むことになることまでは思い至らなかった……。
※
――十蔵SIDE――
ギルドでは、壮年のギルドマスターが直々に、Dランク冒険者のケイン、と名乗ったその男から詳しい状況を聞き出していた。
「それでは、調教師や召喚師の仕業では無いというのだな?」
「……ああ、あの物量を操ろうとすれば、少なくとも100人以上の術者が必要だろう」
「……なるほど、現実的では無いな。では、襲われた時の状況は?」
「……昼少し前頃か、西方から迫る大量の魔獣の反応を砦の術者が感知したんだ。こちらは砦の兵や派遣されていた俺たち冒険者を合わせても50名程度。奴らはおそらく4倍はいただろう……とてもじゃないが持ちこたえられなかった」
「ふむ、それほどの群……ゴブリンか?」
「いや、なぜか多くの魔獣が一緒に居たな……? 一番多かったのはリザードマンだが、フライングスネークやバジリスク、レッサードラゴンやワイバーンまで……」
「レッサードラゴンにワイバーンだと! 亜竜までいたのか!?」
「あ、ああ……俺が見たのは数体だけだが」
「……レッサードラゴンが他種と行動を共にするなど聞いた事が無い……本当だとすればレッサードラゴンやワイバーン以上の何かが群れを率いているのだろうな……」
むう、と腕組みをして考え込むギルドマスター。
「砦には生き残りはいないのか?」
「……定かでは無いが……10何名かは生きて捕らえられていたみたいだ」
「…………トカゲども、保存食のつもりか?」
リザードマンって人間食うのか。怖ぇぇ。
「……みな、聞いたな?」
ギルドマスターが自分の周りに集まってきていた冒険者達をぐるりと見回しながら声を上げた。
……イヤな予感がするので聞かなかったことにしたいのですが。
「アイリーザギルドは今回の件に関して冒険者諸氏に非常招集を掛ける! 国内のCランク以上の者は強制的に砦奪還戦に参加! Dランク以下の者にあっても協力要請をかけろ! ミリーくん、現在上位ランクは国内にどれだけ居る!?」
「あ、はいっ! Aランクが28人、Sランクが9人……EXランクはいません!」
迫力のあるギルドマスターの声に思わず直立不動の体勢で答えるギルド職員のミリーさん。
「そのうちすぐ連絡が付くのは?」
「ええと、5日以内なら……Aランクパーティ『シェラザード』『S&S』『バスターズ』の15名、Sランクパーティ『時の守護者』の4名ですね」
「遅い!明後日の朝ではどうだ?」
「『シェラザード』『S&S』『時の守護者』です」
「よし、そいつら全員呼べ! あと騎士団に連絡は?」
「すでに王宮に連絡員が向かいました」
「ならば騎士団とも連携を取って明後日には奪還戦に向かう! Cランクの探索者とレンジャーを数名、斥候として出せ……対魔獣の橋頭堡と言える西の砦が落ちたとあれば、魔獣の生息域の拡大を許すことになる……時間的な猶予は少ない。国民や捕らわれた者達に危害が及ぶ前に何とかせねばならん」
……うわー……なんだかものすごくやばげな展開になってるんだが。
「……なあ、トオコ、この場合、他国のギルド所属の俺たちってどうなんの?」
「ギルド自体、国を超えた組織なので、この場合アイリーザ国内にいる私達にも参戦義務が課せられまする」
「……だよなぁ……はあ……」
「ご安心を。主様の御身は私が身をもってお守りいたします!」
どん、と豊満な胸を叩くトオコ。
「あー……うん。頼りにしてる」
「お任せ下さい!」
トオコは自信満々に胸を張っているが、乱戦になれば何が起きるか分からない。
そうでなくてもMPチートの俺の場合、戦いが長引いてMPが尽きればただの人だしな。
なるべく目立たないところで適当に戦っておこうか……って、おい、ギルドマスター、なんでこっちに来る。
「ふむ……お二人には特に期待しておる。ドロシー殿からの話や、ここ最近の依頼遂行状況を鑑みれば……戦闘能力に限ればお二人が組んだ時のランクはBランク以上……少なくともAはあると見ているのでな」
俺とトオコの肩を叩き、そう宣うギルドマスター。
室内の視線が俺とトオコに集中する。
「……あの二人、この辺りの者じゃ無いようだが、そんなに腕利きなのか……」
「ドロシーって、Aランクトレーダーのドロシー・アーキンか。彼女の目利きなら確かだろうな」
「うむ、この非常時にAランク相当の冒険者が滞在しているとはまさに天の配剤よ」
だから目立ちたくないってのに……てか、俺のランクはCだっつーの。(泣)
「ギルド職員はこれから部隊編成案の作成と騎士団とのすりあわせだ。斥候の報告を待って作戦案を練る。日の昇るまでに目処を付けるぞ。冒険者諸氏は、明後日の早朝にはギルドへと集まってくれ。部隊の編成を行う……せめて今日は十分英気を養うように……では、解散っ!」
ギルドマスターの声を合図に、ギルド職員は会議場の準備を始め、冒険者達は外へと出て行く。
おそらく決戦の準備をしに行くのだろう……それにかこつけて逃げ出す輩もいるかもしれないが。
…………俺も今の内に逃げ出しちまおうかな……
「ああ、十蔵殿」
「あひゃい! い、行きますよ? 明後日……」
どうやって逃げるかを考えていたところにギルドマスターからいきなり声を掛けられたので思わず奇妙な声を出してしまった。恥ずかしい。
「ああ、いや、実は十蔵殿達には明後日の決戦の前にお願いがありましてな……」
「お願い、ですか」
イヤな予感がする。というかイヤな予感しかしない。
「適任者はお主達しかおらんのでな……是が非でも聞いて貰わなければならん」
厳めしい顔をずずいと寄せてきたギルドマスターのその迫力に思わず頷くと、俺たちは特別任務とやらを仰せつかったのだった。
※
翌朝。
俺たちはギルドマスターから指示された西の砦への潜入作戦の為、砦から数百メートル離れた岩陰に身を隠していた。
人数はわずか3名。俺とトオコと……俺たちの護衛として付けられたSランクパーティ、『時の守護者』の1人、ゴーバック氏だ。
運良くパーティの中でも彼だけが所用あってアイリーザに滞在していたらしい。
そこをギルドマスターにとっ捕まり、俺たちの護衛をしてくれることになったのだ。
この3人で砦に潜入し、捕らわれている者達を救出する、というのがギルドマスターから下された特別依頼の内容だった。
いや、まあ確かに、生き残りの者達が『生き餌』として捕らわれている可能性を考えれば、可能な限り早期の救出が必要だろうけども。
「いやぁ、お前等も大変だなぁ……いくら『透明化』が使えるからって、Cランクが押しつけられる依頼じゃねぇよなぁ」
「……ですよね」
どうもギルマスはハーフリングの商人からかなり詳しく俺のことを聞いていたみたいで、常識外れの豊富なMPや『透明化』が使えることを知っていたらしいのだ。
『透明化』は隠者の固有スペルのようで、使える者は非常に少ないらしい。
……まずったなぁ。口止めしとくんだった。
「まあ、俺は『こっそり』とか『秘密裏に』とかって任務は苦手なんだが、直接戦闘になったら任せてくれ。一応レベルも91だ。『王国の肉壁』の二つ名は伊達じゃねぇからな」
と言って、がはははははは、と豪快に笑うゴーバック氏。
流石Sランク。レベル91か……頼もしいぞ。
しかし肉壁て。言い得て妙だな。
実際ゴーバック氏の外見はまさに筋肉の塊といった風で、身長も2メートル近くある。
短いくすんだ金髪を赤いバンダナでまとめ、その全身は魔獣の甲殻を使った鎧で固められている。
獲物は本来は大剣らしいが、今回は砦内の潜入がメインという事で片手剣を腰に差していた。
パーティでの役割はアタッカー寄りのタンクというところか。
Sランクの肉壁、存分に頼りにさせて貰います。
「んー、じゃあ早速潜入準備をしますかね……常駐補助魔法掛けますね」
といっても俺とトオコの分はすでに4時間前に掛けてある。例によってトオコには『武器強化』×50、『防具強化』×100、俺自身には、『防具強化』×100だ。
効果時間はあと20時間はあるので、掛け直す必要は無いだろう。
なので今回掛けるのはゴーバック氏の分だけとなる。
「お、常駐系使えんのか。防御アップだけで良いから頼む」
「はい。じゃあ、『防具強化』×50、と」
俺がそう唱えると、ゴーバック氏の鎧が燐光を放ち始める。
仮にもSランクだ、50倍がけ……元の防御力の3.5倍もあれば十分だろ。
「ばっ……いきなりそんな無茶するヤツがあるか! 50倍って……お前が異常なほど魔力容量が高いのは聞いているが、これから『透明化』も救出者全員に掛けて貰わなくちゃならんのだぞ!?」
「あー、大丈夫です。このくらいなら全然問題ないっす」
「……あ゛?」
「ふふふ、主様を侮ってもらっては困りますね……魔力容量だけならすでにレジェンドクラスですし、魔力自動回復の固有スキルさえお持ちなのです!……あ」
だけっておい。
というか魔力自動回復についてはMP以上に隠しておきたかったんだが。
さくっとカミングアウトしてしまったな。
トオコもうっかり言ってしまった一言に『しまった』って顔しているし。後でお仕置きだな……主に性的な方面で。
「おいおい、マジか…………マジなんだろうな…………あれだけMP使ってケロッとしてやがるもんなぁ。顔色も良いし……んん?」
「な、なにか」
俺の顔色を確認しようと覗き込んでいたゴーバック氏の眉根が寄る。
「……十蔵つったか……何処かで会わなかったか?」
「いえ、今回が初対面だと」
「ゴ、ゴーバック殿、そのような下手な誘い文句では主様はなびきませぬっ! おっ……男同士なんて……ふっ、不潔です!」
不潔、いやらしい、と宣いながら、なにやら頬を赤くしながら期待に満ちた目をしてこっちを見やるトオコ。
……いや、そういう趣味は無いからね!? ガチムチ系はなおのことご遠慮申し上げる。
つつつ……とゴーバック氏との距離を少し開ける。
「いや、違うから。というか十蔵も微妙に距離を取るんじゃねぇ! そっちの趣味は俺だってねぇよ……ふむ……それにしても初対面だとしたら、誰かに似ている、のか。んー……歳を取ると記憶力が衰えていけねぇな」
「はは、ゴーバックさん、そんな事言うような歳じゃ無いでしょ?」
「ふふん。そう見えるか……そうだな、あんたらも大層な秘密を明かしてくれたからな。俺も信頼の証として一個だけ俺の秘密を教えてやる……それでお互い他言無用ってことでな」
「わ、わかりました」
むう。流石Sランク。戦闘だけじゃなく細かい心配りまで出来るとは。
実際、そういう事なら多少は安心、かな。
「俺はな、ギルドじゃ29歳で通しているが……本当は今年で1029歳なんだわ」
ゴーバック氏は『がっはっは』と漫画のような高笑いをしながら、おそらく史上最大のさば読みをしていることを告白したのだった。
……という訳で彼と親子2代にわたって共闘することになったのでした。
ただ、彼の長命の理由は世界の管理者がうんぬん……ということは無いので、ストーリーの重要な部分には絡んできません。たぶん。