序章(シノさんの日常)
お待たせいたしました。
偽クノイチ異界譚の続編、劣化賢者の幻想譚です。
とりあえず序章のみ投稿いたします。
新潟県の山中。
今は打ち棄てられた廃村の一角に、どう見ても新築と見られる日本家屋が建っている。
俺はその、『村にただ一つ残った人が住む家』に休みを利用して街の大学から帰ってきた所だ。
本来なら最寄りのバス停から歩いて2時間かかる僻地中の僻地だが、それを『加速』を使って短縮、30分で到着した。
「ただいま、母さん」
玄関の引き戸を開けると、そこには一見20代前半にしか見えない若い女性……母が笑みを浮かべて立っていた。
……街の人間と比べると本当に異常だよな。
もう40過ぎのはずなんだが。
「お帰り、早かったわね? 『加速』を使うのは良いけど、見られなかったでしょうね?」
「大丈夫、いつも通り誰も居ないよ、あんなバス停」
「ん、それならよし!……おなか空いたでしょ、すぐにご飯捕ってくるからね!」
「あいよー、母さんこそ他人に見られるなよ?」
「ふっふー、私を誰だと思っておる!」
「……はいはい、クノイチマスターのシノ様でしょ?」
「うう、十蔵君が冷たい」
地面にのの字を書いてすねる母さん。
これが年齢相応の姿なら寒いだけだが、凶悪に可愛いので息子としては反応に困る。
「……母さん、俺、腹減ったな-」
「あっと、そうだったわね。熊肉とカモシカ肉とイノシシ肉、どれが良い?」
「……カモシカ」
この山にはニホンカモシカが住んでいる。
天然記念物だが最近は増えすぎて獣害がひどいと聞いているから一頭位問題ないだろう。
広い意味で牛の仲間だから肉も美味だしな。
「りょうかーい」
エプロン姿のまま包丁片手に飛び出していく母さん。
「てぃっ!」
可愛らしいかけ声と共に、その姿はあっという間に村の鎮守の大木のそのまたてっぺんまで跳躍する。
「ご飯はどっこかなぁ~♪」
お気楽な歌が聞こえてくるが、その視線は山中深くを集中して見つめている。
おそらく『気配察知』で獣の居場所を探っているんだろう。
ここで自己紹介などするべきだろうか。
俺の名は神楽十蔵、21歳。
母曰く、真田十勇士の筧 十蔵から取ったそうだ。
昔から重度の時代劇オタクだった母は、『十兵衛』と『十蔵』、どちらにするかで三日間迷ったという。
……まあ、俺が生まれた頃に流行っていた、きらきらネームでなかったことは感謝したい。
スペックは黒髪黒目170センチ55キロ。
……もう少し背と筋肉が欲しい所だ。
容姿はそこそこ整っている、とは言われるが、人付き合いが苦手なので宝の持ち腐れのような気がする。
特技は荷物の運搬。
決して身体能力は高い方では無いが、この特技のお陰で引っ越しなどでは業者を頼んだ事が無い。
現在、県内の大学にアパートから通っていて、今日は久々に実家に帰ってきた、と言う訳だ。
そして今まさに、鎮守の大木のてっぺんから何事も無かったかのように普通に飛び降りて山中に飛び込んでいったのが……女手一つで俺を育ててくれた母、神楽紫乃。
すっぴんで女優並みの美貌、そして人間離れした身体能力と特殊能力の持ち主である。
もっとも、小さい頃は他に比較対象がいなかったもんだから、大人って凄いもんだ、自分も大人になったらああなれるんだ、等と思っていたが……成長するに従って嫌でも自分の凡庸さを思い知らされる事になった。
何しろ相手はひとっ飛びで大木のてっぺんまで飛び上がるわ、包丁一本でで岩石をたたき切るわ、素手で大木を切り倒すわ、がらくたから作り出した水車は水も無いのに回り続け、我が家の電力を賄っているわ……
非常識が服を着て歩いているような存在である。
そんな母から比べたら、俺なんて本当に普通。
かろうじて母からスキル『加速』と、異次元無限倉庫、通称『所持品欄』を受け継いだ程度……である。
将来は一人運送業でもやろうかと思っている。
バイク便などより都会では圧倒的に有利だと思うのだ。
閑話休題。
「お待たせ、十蔵君」
……どうやら自己紹介している間に母が帰ってきたようだ。
まだ10分も経っていないのだが。
「今日は……カモシカ肉の陶板焼きと熊汁かなー」
ひょいと、何も無い空間から絶命したニホンカモシカとツキノワグマを取り出す母。
母が今、使ったこの能力が異次元無限倉庫、通称『所持品欄』だ。
……どうやら熊までついでに狩ってきたらしい。
母にとっては『魔力の無い生物』など危険の範疇に入る物では無いのだそうだ。
その、魔力というのがよく分からないが……おそらくゲームで言うMPとかマナとか、そのような物らしい。
「……ばらすんだろ? 手伝うよ」
俺だって、この山中を遊び場に、曲がりなりにもこの母の元で育って来たので、獲物を解体する位は出来る。
「気を遣わなくていいの、久しぶりなんだから、ゆっくりしてなさいよ」
俺を居間の方へぐいぐいと押しやる母。
「ほらほら」
「ん、分かったよ、向こうで待ってる」
「すぐ出来るからね~……あ、それと」
「うん?」
「今、昔の道具類を縁側に広げて虫干ししているの。刃物類も結構あるから気をつけて、迂闊に触らないでね? 特に万が一、発光している道具を見つけたら絶対触らない事」
「……? あ、ああ、分かった」
昔の道具って、アレか。
……文句の付けようのない母だが、時々妄想を語る癖がある。
異世界に1000年飛ばされていたとか、クノイチマスターとして魔物を狩っていたとか、終いには神様扱いされて困った、とか。
子守歌代わりにそんな話を聞かされて育った訳だが、いくら母が異常な能力を持っていると言っても、流石にこの年になれば異世界トリップとかは小説や漫画の世界だと分かっている。
昔の道具類、と言うからには、その話に出てくる巻物だの魔法の指輪だの剣だのの事だろうが……
久しぶりに帰ってきた息子をビックリさせてやろうと、それっぽいガラクタでも集めてきたのか。
……とすると、あれだな、某芸人が『押すな押すな』と言うのと同じで、見て驚いて欲しい訳か。
……しかたない、付き合ってやろう。
俺は居間を通り抜けて、縁側へと出てみた。
「…………………ずいぶんと本格的だな」
そこには何枚もの風呂敷の上に並べられた、膨大な数の武器類や道具が所狭しと並べられていた。
いかにも切れそうな小太刀、鉢金、忍者服、巻物、指輪、水薬、宝石類、ネックレス、よく分からない字で書かれた本、クナイ、鎖がま、巨大な剣、何かの牙、小皿ほどのサイズの鱗……
よく見るとその中に光っている物が一つ。
「ははあ、これか、母さんが言っていたのは……ネックレス……ペンダントかな」
それはペンダントトップに大ぶりの真珠のような物が付いたペンダントだった。
その真珠(のようなもの)が蛍のようにゆっくり点滅しているのが分かる。
「今回はまた凝った悪戯だなぁ……刀とか本物にしか見えないし、このペンダント……中にLEDでも入ってんのか?」
そのペンダントの光がいやに綺麗で、思わず手を伸ばす。
「……でもなあ……本物でないとしても、あの母さんだし、電流を流す位の悪戯は仕込んでるかも」
どうするか……あ、いいもんみっけ。
俺はガラクタの山の中に巻物らしき物を見つけ、それを2本取り出す。
そして両手に1本ずつ持ち、それでペンダントをひっくり返したり、押してみたりといじってみた。
「……特に反応無いな」
やっぱり考え過ぎだったかと立ち上がった時。
「あ」
俺は急に立ち上がったせいで立ち眩み、風呂敷の端を踏んでしまったのだ。
主の意志に反して滑る俺の足。
結果、俺は転ぶまいと反射的に両手を前に出して――――
そのペンダントを思いっきり両手で押しつぶしていた。
途端に指の間から溢れる白光。
「ちょ、なん――」
その言葉を最後に、俺の姿は神楽家の縁側から消え失せたのだった。
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「ちょっと!十蔵……ああ、なんてタイミングの悪い……まさかとは思ったけど、マナが規定量まで溜まってたって事……?」
異変を感じて様子を見に来たのか、紫乃は心配そうな顔でつぶやいた。
「……まあ、いいか。あの子も大概チートだし、何とかなるよね。あの子の魔力量なら、『界渡りの宝玉』にマナが溜まるまで50年……? 100年はしないで戻ってこれるでしょう」
紫乃……心配、してるんだよね?
序章なので短くてごめんなさい。