リトルキャラバン(1)
アイリーザへと続く街道を隊商は順調に西へと進んでいく。
構成は三台編成で、先頭と最後尾が荷馬車で、真ん中が依頼人や護衛達が搭乗している馬車だ。
先頭の馬車にはトオコが馬で併走して、最後尾の馬車にはもう一人の女冒険者が護衛として付いている。
俺はといえば、真ん中の馬車の中で待機中であるのだが。
「よう、てめぇトオコたんとどういう関係なんだコラ」
同じく馬車内で待機していた赤毛で筋骨隆々の戦士――ロドリゲスと言ったか。
そのロドリゲスが開口一番俺に言った言葉がそれだった。
……コイツもトオコシンパか。
そもそもこいつは顔合わせの時から、俺には敵意に満ちた視線を寄越していたのだが、どうやらトオコの目が無くなって抑えが効かなくなったらしい。
「どういう関係なんだと言われても……」
普通の恋人とはちょっと違う気がする。
トオコとの関係は『魔性の指』無くしては無かったものだしな。
夫婦ではもちろん無いし、トオコは俺を主と慕ってくれるけど雇い主という訳でも無いし。
俺は待機時間を使って馬車の中で作っていた『靴』を下に置いて考え込んだ。
「……相方、かなぁ?」
流石にコイツ相手に『愛人です』と正直に答える義理は無い。好んでトラブルを呼び寄せる気は無いし。
「いーーや! あれだけ俺等の面前でイチャイチャしくさって、『ただの相方です』だぁ!? 納得できる訳ねぇだろう!」
「やめなよ、ロドリー仕事の最中だよ?」
うんざり、といった感じでロドリゲスをいさめてくれたのはもう一人の護衛。
コイツは銀髪に黒いローブを着た優男風で、見た目通り魔導師らしい。
名前は確か……クローマと言ったか。そのまんまだな。
「……ロドリーはやめろ。女みてぇじゃねえか」
「じゃあゲス」
「下半分かよ! なお悪いわ! 鬼畜か!? 俺は!」
「あれだけいちゃつかれれば説明されなくても分かるでしょ~? だいたいトオコさんも十蔵君のこと主様って呼んでたじゃない」
「ぬぐぐぐぐくぐ……」
ああ、分かってはいたけど認めたくはなかったって風なのか……
それで突っかかってきた、と。
「まあウチとしてはそんな事より十蔵の作ってるそれの方が気になるわ」
馬車内の最後の一人――依頼人である小人族の商人が、そう言って話に割り込んでくる。
彼女はドロシー・アーキン。
神楽商会傘下の商人の一人らしい。
外見は、というと、ふわふわの茶髪で愛らしい顔をした9~10歳位の眼鏡っ子……という所だ。一部の大きいお友達に大人気になりそうな容姿である。
もっとも人間の感覚で、だが。実年齢で言えば彼女はれっきとした成人らしい。
「なあなあ、ちょっと鑑定してもええ?」
そう言うドロシーの手にはすでに真実のレンズが握られている。
その両の目は期待にきらきらしているし……この流れでは断るのも心苦しい。
「あー……いい、ですよ?」
そう答えると俺は古代王の迷宮の雑魚、切り裂きウサギの革で作った二足の白いショートブーツの内一足をドロシーの手に渡した。
古代王の迷宮で手に入れた素材の内、靴が作れる素材はこれしか無かったのだ。
「ほほう……この緻密な毛の生え具合と色つやの良さ、切り裂きウサギの革で作った靴やな? 縫製もしっかりしとるし、防寒性も高そうや……今はちぃと暑いかもしれんがな。おまけに魔道具師の十蔵が作ったちう事はタダの靴でも無いって事や……どれどれ」
靴の表面をなでさすりしてため息をついたりウンチクをたれたりしていたドロシーが、改めて靴に向かって真実のレンズを覗き込む。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『ラビットブーツ+10』
制作者:神楽十蔵
レベル制限 無し
種族制限 無し
クラス制限 無し
防御力 15+10
術防御 5+10
身体付与 SPD+1
特殊能力
スキル『跳躍』が使用できる。(スキルスロット不使用)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……これはまた、逸品やな」
「あン? 所詮切り裂きウサギの革で作った靴だろ? 逸品なんて程のものじゃねぇだろが?」
ドロシーの言葉に不審げに応えるロドリゲス。
「切り裂きウサギの革で作った靴やからこそ、や。流石に素の防御力は低いんやけど、この素材で身体付与や特殊能力付きの装備なんて普通は出来るモンやないで。金を掛けた素材……例えば蛟の革にオリハルコンの糸やらなんやらを使えば同等以上の装備が出来るやろうがな……おまけに+10やから、防御力の不足もある程度カバーしとるしな」
ついでに言えばスキル、『跳躍』はその名の通り、MPを2消費して10分間ジャンプ力を2倍にするスキルだ。
前衛職のトオコはもとよりスロットを占有しない技能なので俺が使っても価値がある。
……まさか俺も切り裂きウサギからこれほどの物が作れるとは思っていなかったが。
「そ、それは確かにすげぇな……わかった!その調子で贈り物責めしてトオコたんの心を……くぅぅ、汚いヤツめ!」
ああ、また話が元に戻ってしまった。
「十蔵、この靴、売ってんか? +10のラビットブーツは品薄でな~ましてやスキル付きや。せいぜい高う売らせて貰うで?」
「ああ、すまんね。これだけの物は滅多に出来ないし、俺とトオコで使うつもりだから……」
ドロシーの言葉に適当に言葉を濁す。
正直に、作る物すべて+10になってしまいます、なんて言ったら大騒ぎになるしな。
「ほうか~正直、十蔵は冒険者やっとるより魔道具師一本に絞った方が儲かると思うんやけどな……まあ、気が変わったらいつでも言ってくれたらええよ」
残念そうに渋々とブーツを返すドロシー。
「ああ、ありがとう。冒険者を引退したら世話になるかもね」
でもまあ、その頃には地球に戻っている予定だけども。
……などと馬鹿話をしている内に日も暮れて、護衛1日目は小川の側にキャンプを張ることになった。
※
「いやー、まさかこんな所で本格的な兎鍋を食えるたぁなぁ」
「ほんとね。まあ普通はこんな大鍋なんてかさばる物、圧縮袋にだって入れないもの」
満足げに腹をさするロドリゲスに同意するのは金髪のショートヘアの軽戦士キリエ・トヴァル。
スレンダーかつ長身の女性だ。確実に俺より5センチは高い。くそう。
……ちなみに大鍋は俺の私物で所持品欄に入れっぱなしになっていた地球製の中華鍋。
肉は昼間に作ったラビットブーツの不要部分――切り裂きウサギの肉だ。
「主様、こちらも良く煮えたようですよ」
「ああ、ありがとう、トオコ」
「ひゅーひゅー、お熱いね、お二人さん~♪」
かいがいしく椀に鍋の具を取り分け、俺に渡してくれるトオコ。
そして、それを何かとはやし立てるドロシー。
一人もそもそと食事を続けるクローマ。
それぞれがこの食事の時間を楽しんでいるようだ。
まあ、旅の間は食事くらいしか楽しみが無いからなぁ。
しばしそんな穏やかな時間が流れる。
元々ここらはまだ王都に近い街道沿いだ。魔獣もほとんど出ない。
「で、だ。そろそろ教えてくれるかい?隣国への護衛依頼がBランクという高ランクな理由を」
そんな中、一行の食事が一段落付いたのを見計らって俺はドロシーに疑問をぶつけてみた。
「あんさん等は契約に従ってウチ等を守る。ウチは契約通り報酬を支払う。それでなんか不都合があるんか?」
「あ?何か言えねぇ訳でもあるのかよ?」
露骨にとぼけるドロシーに突っかかるロドリゲス。
「……まあ、不相応に高い報酬から何かあるとは思ってましたが……事前情報はすべて開示して頂きたいものですね。依頼の成功率を上げる為にも」
「ふう……分かったわ。そうやな……ここまで来て逃げ帰る様な者もおらんようやしな……」
クローマの説得が功を奏したのか、渋々とドロシーは今回の護衛依頼の裏を話し始めた。
「ここ1月ばかりの間に、アイリーザとのちょうど中間地点当たりで賊に襲われる隊商が続発しているんや……それがな、ことごとく皆殺しにされていてな……」
「盗賊に襲われた、ということですか? しかし、たかが盗賊ならDかCランク依頼でも……」
「その襲われた隊商の少なくとも1つは冒険者を護衛に雇っておったようや。調べたところCランク4名の護衛が同行しとる……それにもかかわらずほとんど全滅や。かろうじて生き残った一人も『トカゲが』と言い残して先日息を引き取った」
「トカゲ?盗賊では無いのですか?」
トオコが当然の疑問をつぶやく。
「いや、盗賊は盗賊や。荷はあらかた略奪され、騎士団が駆けつけた時にはガラクタ同然となった馬車しか残されておらんかったらしい」
「なるほどな、Cランク4名が全滅させられる謎のトカゲ盗賊な……そりゃBランク依頼にもなるわな」
「まあ、まとめればゲスの言うとおり、そういうことや。かといってアイリーザへの取引をやめる訳にもアカン。もう納品期限間近な品も多いしなぁ。やから悪いとは思うたが、手っ取り早く集める為に依頼文には『Cランク4名が全滅させられた謎の盗賊』の部分を省かせてもろうたちう訳や!」
「……だからゲスじゃねぇっての……おまけに何でドヤ顔なんだよ」
「その隠していた危険も込みで報酬は適正な値段やろ? そこは商人の矜持としてキッチリとしといたったからな!」
……まいったね、こりゃ。思ったよりやっかいな事になりそうだ。
「ちっ……まあいい、確かに報酬はいいしな。俺とクローマがB、キリエとトオコたんがCランクだが……問題はDランクのてめえだ十蔵。トオコたんの足を引っ張ったらただじゃおかねぇ……邪魔にならねぇよう戦闘になったら後ろにすっこんでろ」
口調は荒いが、ロドリゲスの目には仲間を心配する表情が見て取れる。
……意外と良いやつなのかもしれなかった。
※
『リトル・キャラバン』は小規模な隊商と小人族の商人から着けた造語です。