続・劣化賢者
宿のセミスイートルームで、俺はベッドに金貨を並べて所持金を確認していた。
金貨280枚。
予想外に多かった耐魔のクリスタルリング+10の買い取り価格のお陰で今、俺の懐は非常に余裕がある。
これでしばらくは資金には困らないだろう。
資金の問題が解決したなら次に考えるのはこれからの行動指針だろうか。
「うーん、次はどんなダンジョンに潜るのがレベルアップにちょうど良いかな?」
「そうですね……定石では『大森林』の中にある『緑の迷宮』辺りが適正レベル20~50と言われていますが……ここに入るにはギルドランクC以上じゃ無いと許可が下りません」
俺の独り言に律儀に答えを返してくれるトオコ。
「おやま。……まあ、そうか、一気に迷宮でレベル上げられちゃったら低ランクの依頼を誰も受けてくれなくなるもんな……と言う事はとりあえず依頼を受けてランクを上げるのが先かなぁ」
「……いえ、それよりも主様」
「ん?」
「クラスチェンジしてみませんか?」
「……クラスチェンジって、魔道具師をメインにするって事か?」
「いえ、レベルも経験も積みましたし、条件次第では呪術師の上位職へのクラスチェンジが可能になっているかもしれません……なにより多量のMPは上位職へのクラスチェンジの重要な条件の一つと言われていますから、可能性はあるかと」
そりゃ興味があるなぁ……脱不遇職出来るかも。
「依頼はその後で軽めの物を受ければ、クラスチェンジ後のリハビリにもちょうど良いかと」
「ん、じゃあその方向でいくか……今日はもう遅いから休んで、明日にでもギルドに行って確認してみようか」
俺はそう言いながら金貨を所持品欄に戻す。
「は、はい……あの、それで、今夜は」
もじもじしながら顔を赤くして聞いて来るトオコ。
夜のナニの事だ。この世界にはyes/no枕なんて無いから直接聞くしか無い。
可愛がって欲しい時はちゃんと自分から申し出るようにと言ってある。
……いや、適当に二人で合図でも決めておけば良いだけだけど、トオコのおねだりが可愛いから却下です。
「もちろんyesで」
俺はトオコの左手を掴まえ、ベッドに引き込む。
「ひゃっ!?主様……っんっ!」
10本の魔性の指だと強すぎるので、なるべく接地面を少なくするよう気を遣ってトオコの両頬を両手で包んで口付ける。
……そして数分もしないうちに部屋には意外と大きいトオコの嬌声が絶え間なく響き渡る事になる。
……本当にセミスイートにしておいて良かった……
※
翌日。
俺は早速装備を整えるとトオコと一緒に宿を出た。
転職の際のアドバイスを求める為だ。
俺はこの世界の『クラス』というものに疎いし、トオコとパーティを組むのなら相性という物もあるだろうと思ったからだ。
ギルドは宿の隣にあるので、徒歩30秒で到着だ。
「おはようさん」
扉を開いて先客達に挨拶をする。
一瞬俺たちに視線が集まりざわつくがすぐに静かになる。
ここ最近、素材の換金やなにやらでトオコと一緒に顔を出す事が多かったので、流石に最初の頃のような騒ぎにはならなくなってきた。
「よう、おはようさん。今日は何用だ?」
声を掛けてきたのはいつもの受付のおっさん。
……そう言えば名前知らないな。いいか、おっさんで。
「あー、クラスチェンジが出来ないかと思ってね」
「ああ、そうか……クラスチェンジできるレベル20になったんだったな……トオコさんもかい?」
「いえ、私は今のままで……」
「ま、そう言うなよ。クラスチェンジやメインクラスの切り替えはそれぞれ銀貨1枚だが……測定だけなら無料だぜ? 測定だけでもして行ったらどうだ? 初期登録から上位職の侍になれた天才トオコ・サヴァンだ。そのトオコもこの前とうとうレベル30だろ? もしかしたら最上位クラスのいずれかになれるかもしれないぜ?」
初耳である。どうやらトオコはその外見だけで無く将来性からも一目置かれていたようだった。
「いいな。一緒に鑑定して貰おうぜ。俺も興味あるよ」
「ぬ、主様がそう言われるのであれば……」
「決まりだな。じゃあ一人ずつこの判定版に手を置いてくれ」
と、おっさんが出してきたのは、俺がギルドに登録する時にも手を置いた虹色に輝くマウスパッド大の石。
「ん……これでいいか?」
「……判定版を使うのは私もギルド登録以来です」
ひた……っとした感触は滑らかな大理石に近くて心地良い。
2人で順番に触ったその板をおっさんに返す。
「おう、十分だ……えーと……おお!やっぱりな……トオコさん、最上級職の適性が2つも出ているぜ! 侍大将と剣豪の2つだ!」
おお、なんか知らんけど名前だけで凄そうなクラスだな。
周りに居た冒険者諸氏もそれを聞いてざわめき始める。
「おい、侍系の最上級職って、ここ数年出ていなかったはずだろ?」
「さすが黒の舞姫……あの若さで」
「何であんな出来損ない術士とパーティを組んでいるんだ……」
「トオコたんマジサムライ」
……またおかしなヤツが混じっているみたいだが。
まあいい。
「んで……十蔵の方はっと…………んー……うん。一つ増えているな」
「おお、で、なんてクラスだ?」
「ああ、『隠者』、だな」
「…… 『隠者』?」
「んー……まあ、呪術師よりはマシだろ。一応中級魔術の一部までは使えるようになるし……呪術師以上賢者未満って感じだな」
……呪術師よりはマシってレベルなのか。
というか隠者って意味的にあまりよろしくないな。隠れ住む者……
元の世界なら引き籠もりニートって感じだもんな。
「いや、術師系に必須なリターン・ホームやリターン・グラウンドもこれで覚えられるしよ、攻撃術師の代名詞ファイアーボールだって使えるぞ。レベルのある術だってⅢまでは覚える可能性がある……呪術師よりは断然良いさ」
俺の不満げな顔を誤解したのか、おっさんが下手な励ましを言ってくる。
いや、実際、不満なんて無いけどね。今までもMPチートで何とかなってたし、この上MP効率が高い中級術を覚えられるってんなら万々歳だ。
いや、本当ですよ。決して周りの生暖かい視線に対して強がっている訳じゃありません。
「ああ、別に気にしている訳じゃ無い……不満は無いさ。早速クラスチェンジしたいんだが?」
「お、おお、そうか、うん、それなら良いんだが……クラスチェンジはそっちの左奥の部屋だ。前スキルの焼き付けをしたから分かるな?」
「ああ、ありがとう……トオコ、行こうか」
「はい、主様」
俺とトオコはおっさんに示された部屋の扉を開いて中へ入る。
そこは相変わらす壁一面が本で埋まっている奇妙な部屋だった。
「ヘーイ、ボーイズ&ガールズ、良く来たね♪これからクラスチェンジを行うけど、怖がらなくて良いんだよ~おねーさんが優しく教えてあげるから♪というか十蔵たんとトオコたん、3人一緒なんてちょー萌~みたいなっ」
部屋の中では白いローブの金髪巨乳美女が身をくねくねと揺らしながらテンションマックス状態で待っていた。
……あー……この姐さんも変わらないな。
「あー、盛り上がっているところ悪いが、さくっとクラスチェンジしてくれるか?」
「いやん、イケズ……で、なんのクラスになりたいのかなっ」
「あー……俺が隠者でトオコが……なににする?」
そう言えば侍大将と剣豪、転職先がトオコは2つあったんだったな。
「はい、剣豪にしようと思います」
「ふむふむ、侍大将ならある程度サポート技能も覚えるのだけど……と剣豪でいいのね?」
「はい、物理攻撃に特化した方が主様のお役に立てそうなので……」
「……主様? まさかトオコちゃん、十蔵君と……きゃあ、先を越されちゃったわぁ~目を付けてたのに~で、どうだったの? お姉さんに詳しく教えたんさい。カタチとか」
「そ、そんな……あの」
「まって、なれそめから聞いた方が分かりやすいかしら……それともいきなり夜の生活から……」
……結局、彼女らのガールズトークが終わるまで、俺は所在なく2時間ほど待つ羽目になったのだった。
※
「ひぃ……ひどい目に遭った……」
がりがりとMPを削られたような気がする。実際には1MPも減ってないが。
「も……申し訳ありませぬ、主様」
「いや、まあいいさ」
結局2時間かけて話の軌道を修正した俺は、やっとクラスチェンジとメインクラスの切り替えを行う事が出来た。
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氏名 神楽十蔵 21歳 男性
総合レベル20 ギルドランクD
クラス メイン 魔道具師 LV20
セカンド 隠者 LV1(LV1)
サード 呪術師 LV10(LV20)
状態:健康
HP 180(MAX180)
MP 12470(MAX12470)
ステータス基本値(実効値)
STR 10(29)
VIT 09(26)
DEX 15(44)
SPD 11(32)
INT 13(38)
MID 13(38)
称号
真なるマナの申し子
固有スキル
魔力自動回復
魔性の指
魔力使用制限解除
属性補正
全属性+5
祝福
母の愛
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スロット数2(+2)
セットスキル【呪術1】【加速】【攻撃呪術1】【武装強化】
所有スキル
[汎用]
加速、素材調達、製薬
[隠者]
隠術1(静音結界、透明化)
[呪術師]
呪術1(解析、ヒールⅠ)
※使用規制 呪術2(念動、浄化Ⅰ)
※使用規制 光術1(光明、暗黒)
攻撃呪術1(ファイアボルト、ストーンボルト、アイスボルト)
※使用規制 攻撃呪術2(エアボルト、サンダーボルト、エネルギーボルト)
[魔道具師]
武装強化(武器強化、防具強化)
魔法の指輪作成
魔法の靴作成
魔法の腕輪作成
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メインクラスを魔道具師にしたところ、レベル10から20になり、いきなり魔法の靴作成と魔法の腕輪作成を覚えた。
経験値はメインクラスと同等にたまると聞いていたから、何かしらアイテム創造系のスキルでも覚えてないかとメインにしてみたが当たりだったようだ。
その代わりサードクラスに移動した呪術師は経験値が入らなくなる。スキルは総合レベルの半分まで使えるので、かろうじてファイアボルトは使用規制はされなかった。
そして肝心の「隠者」はレベル1ながらも静音結界と透明化が使えるようになった。
ううむ、スキルも引き籠もりっぽい。
「それにしても念動とか光明とか使えないのは痛いな……でもまあ、レベルアップすれば隠者でも覚えるか」
魔道具師をメインにしたのは新しい装備品を作ってみる為だから、それが済めばメイン隠者、セカンド魔道具師、サード呪術師にすればいい。
レベルが上がれば呪術師の呪文はすべて隠者でも覚えるみたいだしな。
「トオコはどうだった?」
「はい、剣豪をメインクラスにして、セカンドにレンジャーを」
そう言いながらトオコが差し出してきたギルドカードを確認する
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氏名 トオコ・サヴァン 19歳 女性
総合レベル 30
クラス メイン 剣豪 LV1
セカンド レンジャー LV15(LV30)
サード サムライ LV15(LV30)
状態:健康
HP 390(390)
MP 171(171)
ステータス基本値(実効値)
STR 16(62)
VIT 13(51)
DEX 11(43)
SPD 13(51)
INT 11(43)
MID 09(35)
称号
黒の舞姫
固有スキル
徹し(通常攻撃に20%の確率で防御力無視の効果)
属性補正
風+15
祝福
刀神ムォンド
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スロット数2(+2)
セットスキル【心眼】【2連突き】【見切り】【反撃術弐】
所有スキル
[剣豪]心眼
[サムライ]
2連撃、2連突き
※使用規制 斬鉄、
※使用規制 岩貫
※使用規制 後の先
平常心、見切り、反撃術弐
風魔術壱(カマイタチ、追い風)、
※使用規制 風魔術弐(烈風、追い風弐)
[レンジャー]
サバイバル、マッピング、悪路踏破、
解体、調理、状態異常抵抗+15%
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「新しく『心眼』を会得いたしました。反撃術が成功しやすくなるようです」
「なるほど、物理攻撃特化だね。まさしく」
トオコに武器強化、防具強化をかけ、俺は静音結界、透明化を掛けて隠れていればトオコが反撃でばったばったと敵を倒してくれる訳だ……あれ?
もしかしてこれをヒモと言うのじゃ無かろうか。
いかん。男としてそれは避けたい。
せめて戦闘ではフィフティフィフティな関係になりたいものだ。
「……主様、考え込まれてどうされました?」
「ああ、いや、何でも無い。それより、クラスチェンジも無事終わったし、依頼を探そうか」
「ええと……私と主様のパーティであればBランクの依頼が受けられますね。これなどはいかがでありましょうか?」
と、トオコが指し示した掲示板の一角には
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『アイリーザまでの護衛』
依頼難度:Bランク
達成条件:アイリーザまで馬車3台のキャラバンを送り届ける事。
馬、食料、結界石などは当方が護衛人員の分も用意する。
募集人員:5名
達成期日:9月10日まで
報酬:1人金貨3枚。
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と書かれてあった。
「アイリーザは隣国ですし、そう時間も掛からないはず。ただ……隣国への護衛にしてはランクが高すぎるので、なにか危険な理由があるのかもしれませんが……主様なれば多少の危険は問題では無いかと」
「ふむ……その分、ランクアップへの評価は高いか……どうするかな」
「どうもこうも無いやろ? こんな美味しい依頼受けんと損するで……ちょうどあんさん等で定員の5名や」
「うぉっ!?」
足下から聞こえてきた関西弁にびっくりして思わず飛び上がってしまう。
「なんや自分失礼やな? 自分、小人族を見るのは初めてかいな?」
その声に改めて声のする方向――足下を見ると、どう見ても小学生にしか見えない眼鏡をかけた女の子がこっちを見上げていたのだった。
やっと十蔵君が呪術師を脱出。
これでやっと劣化赤魔導師からノーマル赤魔導師くらいにまで出世しました。
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ちょこちょこステータス画面の形式を変えてますが、ギルドカードもアップデートするんだと言う事で脳内補完よろしくお願いします。