リングの価値
ちょっと短いです。
さて、2回目の古代王の迷宮から戻った翌日。
俺はギルド直営宿『冒険者の宿』の普通部屋からセミスイートルームへと部屋を移していた。
俺が作った露天風呂が好評で、身分ある方達のお客も増えてきた事で、スイートルームとセミスイートルームを増築したんだそうだ。
まあ、セミスイートって言っても、やっと普通の宿の部屋並になったってレベルだけど。
通常の部屋が一泊銅貨30枚なのに対して、ここは一泊銀貨2枚もする。
まあ、その分ベッドがダブルベッドだったり、トイレが付いていたり、作業机と文机が置かれていたりと……ちょっと豪華仕様になっている。
壁も厚く、ちょっとやそっとじゃ音漏れもしないからトオコと遠慮無くいちゃつけるという訳だ。
ただ、その分お金が掛かる……月に銀貨60枚かかるので、MPポーションの納品だけじゃ足が出てしまうのだ。
だが、まあ、俺もなんの当てもなくセミスイートに移した訳では無い。
ちょっとした当てがあったのだ。
「『所持品欄』」
俺は作業机の前に座り所持品欄から古代王の迷宮で手に入れた魔素喰らいの残骸を取り出す。
核はトオコに贈った指輪に使ってしまったが、それ以外の状態の良い部分をリンゴ箱いっぱい位回収しておいたのだ。
それらの中から小石大の、特に透明度が高いかけらをより分けて10個ほど机に並べる。
そんな俺の作業の様子をトオコは興味深げに後ろから覗き込んでいる。
「リング部分だけの指輪でどれほどの物が出来るか分からないけどね……『魔法の指輪作成』」
俺はトオコにそう言いながら、かけらの一つを握ってスキルを発動した。
俺の拳から光が溢れると同時に、最大MPの4分の1程度が消費される。
急激なMPの消費によるちょっとした脱力感にめまいのような感覚を覚えるがそれ以外に特に支障は無い。
そっと手を開いてみるとそこにはリングだけのシンプルな指輪が出来ていた。
「……よし、石の部分は無くても作れる事は作れるみたいだな……『解析』」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『耐魔のクリスタルリング+10』
制作者:神楽十蔵
レベル制限 無し
種族制限 無し
クラス制限 無し
防御力 10+10
術防御 30+10
身体付与 MID+2
特殊能力
自身に向けられた攻撃魔法を33%軽減する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
核を使っていないのと装備制限を低く設定したせいで、トオコに渡した物より遙かに劣化した物しか出来なかった。
「『吸魔』が『耐魔』になってるな……まあ、おそらく売り物にはなるだろう。+10が付いているし」
「……主様、これは「売り物には」なるだろう、というレベルではありませぬ。おそらく冒険者達の中でも高ランクの者達がこぞって買い求めるレベルかと」
「……あー……そうなの?」
半ば呆れたようなトオコの声。
仕方ないだろう、相場が分からないんだ。だいたい材料だってほとんどただ同然だったしな。
「ルグリス魔道具店にでも持ち込めばそれなりに買い取ってもらえるはずです」
「ん。じゃあ、あと3個作ったら行ってみるか」
「は、お供いたします」
MPはあと75%残っているからな。
もっとも1時間も休めば30%回復するからもう少し作れるかな。
一日潰せば10個くらい行けそうだ。
それに見合う金額で買い取ってくれれば良いけど。
※
「……十蔵、これ、どこから手に入れたの?」
「……いや、どこからって言うか俺が作ったんだが」
先ほど作ったばかりの『耐魔のクリスタルリング+10』をルグリス魔道具店に持ち込んだところ、それを一目見て店主のシモーヌが目の色を変えたのだ。
今も恐ろしく真剣に指輪を鑑定している。
「あんたが? ポーションだけじゃ無くて魔道具も作れるの?」
「……まあ、サブクラスが『魔道具師』だからなぁ」
「……サブクラスに戦闘職以外を着けてる人っているものなのね」
微妙に呆れられている?
「トオコ、この人、前から思ってたけど常識無いよね?……言葉は流暢だけど、なんというか、まるで遠い異国の人のような感じがするわ」
「い、いや、主様はそのような!?……し、失敬では無いか」
「動揺しすぎ。わかりやす過ぎるわね……て、『主様』って……?……え? ちょ、まさか……あんたらデキちゃったの!?」
「で、デキちゃった、とか、はしたないことを大声で言うなぁ!」
真っ赤になって怒鳴り返すトオコ。
正直、君の声の方が大きいが。
「いや、まあ、トオコとは色々とあってね……それと俺の身の上だが、確かにこのあたりの出身じゃ無いから常識が無いのは確かだな。その辺りもトオコに色々助けて貰っているよ」
「……ふぅん。まあ、どっちも私が詮索するような事じゃないしね。好きにすれば良いさ」
好きにすれば良い、と言いながら何処か不満げなシモーヌ。
何処か憮然とした表情のまま、商品棚から一つの指輪を出してくる。
「魔素喰らいの素材を使った指輪はね、魔法防御の効果が高く、売れ筋の商品の一つなんだ。そもそも魔素喰らいそのものが滅多に迷宮で遭遇しないレアモンスターの類だしね……で、だ……これが仕入れた素材からウチの取引先の魔道具師が作った同様の指輪だが…………『解析』してみな」
シモーヌがカウンターの上に置いたそれを手に取る。
確かに見た目は俺の作った『耐魔のクリスタルリング』にそっくりだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『耐魔のクリスタルリング+2』
制作者:シュナイダー・リンゲージ
レベル制限 無し
種族制限 無し
クラス制限 無し
防御力 2+2
術防御 10+2
身体付与 MID+1
特殊能力
自身に向けられた攻撃魔法を9%軽減する。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……9%?ずいぶん魔法の軽減率が低いな……それだけじゃなく、他の基礎能力も軒並み低いみたいだが」
『解析』しろ、と言うからには正直に感想を述べて良いんだろう。
「うん、だが、それが普通だ。『耐魔のクリスタルリング』の場合、軽減率は+1毎に3%ずつ上がって行くんだが……どんな名工でも+6以上が出来たって話は聞いた事が無い。それでも貴重な耐魔装備だから、あんたが手に取っているそれだって店頭価格で金貨2.9枚はするんだ」
「げっ」
日本円にして290万かよ。
俺は慌てて指輪をケースに戻した。
「ましてや+10……軽減率が33%なんてのは……うーん……そうね、店頭価格で金貨48枚、仕入れ値は60%として金貨28.8……30枚なら買い取る」
「金貨30枚!?」
……いや、確かに金策に来たんだが……正直ここまで高値で買い取ってくれるとは思わなかった。
「……で、どの位あるの?ブツは?素材の必要量からして一個だけ作ったって訳じゃ無いでしょ?」
「あ、ああ……今日は全部で4個……あと明日で良いなら追加で5個出せるな」
残り1個は自分で使いたいし、そんなもんかな。
「ふむ……前金であたしが全部買うから、他の所には持って行かないでね? その代わり9個でえーと……金貨270枚か。おまけして280枚出すから」
「に、280まいでっか……えーと……銀貨にして28000枚だから14000日は泊まれるな……」
日本円で2億8000万……くそう、それだけあれば日本でも余裕で遊んで暮らせたのに。
「主様、妥当なところかと」
「だ、妥当なんだ」
「これから先、良い装備を整えようとすれば、このくらいは必要ですし……」
平然と2億8000万を使い潰す宣言をしてくるトオコ。……金銭感覚が違うなー……
ああ、そうか、RPGと同じで、強くなれば強くなっただけ消費も加速度的に多くなるんだな……この世界。
ましてや俺は、早く地球に帰る為に早期のレベルアップが必要で、つまり、より強いモンスターと戦う必要があって……うん、2億でも足りない気がしてきた。
「で、どうなの?売ってくれるの?」
「あ、はい、お願いしまス」
金額が膨大すぎてちょっと引くが、実際これからどんどんお金は必要になってくる。
とりあえず手元に持ってきた指輪4個をシモーヌに渡して、引き替えに革袋に入った金貨を受け取る。
……これが2億8000万……
そのまま持っているのも怖いので、とりあえず革袋ごと所持品欄にしまい込む。
「よかった……こちらこそお願いします、だわ。こんな規格外品、ぽんぽんと投げ売りで市場に流されたら大混乱よ……トオコ、あんたの情人なんだから、しっかりと監督しとくのよ?」
「いっ情人!?」
「……なによ、違うって言うの? 違うってんなら言ったんさい。彼の目の前で……まったく人が男も作らず商売一筋にやってきたというのに、何が『主様』だ。一目で分かるくらい浮かれおってからに……よりによって堅物のトオコに先を越されるとは……たまにそれ貸してね」
「え。こんな愚息で良ければ……」
トオコとはタイプが違うが、シモーヌも相当の金髪美女だ。
よろしくして欲しいというのなら断る理由は
「ダメです」
俺に代わって即答するトオコ。
うん、そうですね。もちろん冗談ですよ。
冗談ですからトオコさん、鯉口を切らないで下さい。オーラが黒いです。
あと愚息に殺気がびんびん伝わってきます。
え? 狙いはここ? ちょっとマテ。
「主様は私だけでは……ご不満ですか……?」
瞳を涙に潤ませて上目遣いで俺を見つめてくるトオコ。
ぺたんとしおれた猫耳。
はかいりょくはばつぐんだ!
「いやいや……ご不満なんてある訳無いですヨ?」
トオコを抱き留め、しおれた耳ごと頭を撫でながら否定してやる。
するとビロードのような艶のいい長い尻尾がそっと俺の足に巻き付いて蠢く。
うん、凶悪に可愛いですね。
これには勝てねぇ。
俺の猫耳スキーはDNAレベルなのか……
「……あんたら、いい加減、宿に帰って続きやってくれない?」
気が付くとシモーヌが口元を引きつらせながら、冷たい視線を俺たちに送っていた。
PSO2のクローズドベータについのめり込んでしまった……更新が遅くなり済みませんでした(._.)
------------------
+のつくマジックアイテムの「販売」価格の設定補足。
+0 基本値
+1~+4 一つ前の値段の1.3倍
+5~+7 一つ前の値段の1.4倍
+8~+9 一つ前の値段の1.5倍
+10 一つ前の値段の1.6倍
例 魔法の剣(+0)が金貨1枚とすると魔法の剣+1は金貨1.3枚。魔法の剣+10は金貨28.2枚となります。
これは王都の商業ギルドで価格の統一を行い、ふっかけ、廉価による独占などを防ぐ為に目安としてこの計算式が各商店に推奨されています。(ただし、買い取り価格にあっては各々に任せているようです。)
もちろんあくまで目安ですが、それでも露骨に逸脱が目立つとギルドに目を付けられる事に……
補足2
+10が珍しいのはあくまで耐魔のクリスタルリングであって、その他のマジックアイテムの中にはちらほらと+10も散見されます。
なので計算式に+10まであるのです。
マジックアイテムの価格について疑問のご感想が多かったのでこの機会にきちんと設定し直しました。




