再会の迷宮(1)
お待たせいたしました。
先日の暴風でインターネットが不通になってから今日まで長かった……
書きため分がありますので(2)も早めに投下します。
「ふう……結局給湯釜まで作らされてしまった……」
女将さんのリクエストは次々とエスカレートして、最後は俺が居なくても湯を各浴槽に送れる様に、湯沸かし用の大釜と給湯管まで作らされてしまったのだ。
「……まあ、これで宿泊費は1ヶ月無料。入浴料は永久無料って事だから良しとしよう」
俺は自分をそう納得させると、三日ぶりにギルドへと赴いた。
今日こそ古代王の迷宮の情報収集をするつもりなのだ。
その後はまあ、ちょっと買い物をして風呂に入ってゆっくりしよう。
この三日の疲れを落としたい……ダンジョン攻略は翌日でも良いだろう。
そう思いながら、俺は窓口のおっさんに声を掛けた。
「おっちゃん、古代王の迷宮の詳しい情報とかある?出る魔物の傾向とか」
「おお、久しぶりだな坊主……っと、古代王の迷宮だったな、そうだな、地下1~3階は本当に初心者向けだな。トラップもほとんど無いし、敵もダンジョンコアに召喚されたものじゃなく、外部から入り込んで住み着いた犬鬼や小鬼、切り裂きウサギ、緑粘菌なんかだな……この中ではスライムが物理攻撃が効きにくい分手強いかもしれんが……術師のお前なら返ってカモだろう」
「ふんふん」
「地下4~5階は不死系が出てくるな……と言ってもスケルトンやゴースト程度だが……こいつ等には光属性や炎属性が良く効く。特にゴーストは銀の武器や魔法の武器、あるいは魔法でしか倒せない。注意しろよ?」
「なるほど、そこら辺も定番な設定だな」
「……? 定番?」
「ああ、いや、こっちの事で」
「まあ、いいか。で、地下5階層には地上へのワープポータルがあってな、1回そこを利用すると次からは双方向のワープとして使用できる」
「地下5階から再挑戦できるって訳だな」
「うむ。で、だ、注意するのはここからだ……地下6階から急激に敵が強くなってくる……豚鬼貴種や石化持ちのコカトリス、クレイゴーレム……言ってみれば冒険者としての試金石的な階だ」
石化はイヤだな~……某魔法使いみたいに『○○神ごとき俺が契約している神の従属神に過ぎねえんだよ!』とか言って無効化なんて出来ないぞ。
「地下8、9,10階は中級を脱しようって連中が潜るところだ……吸血鬼やら死霊騎士、魔素喰らい、下位青銅竜なんてドラゴンの端くれまで出る……とりあえずは5階を目指すのが良いんじゃ無いか?」
「ん、そうするよ」
「……で、だ、古代王の迷宮に潜るんなら依頼を一つ受けていかないか?」
「……依頼?」
「ああ、捜索依頼だ。初心者3名とレベル29のサムライ、トオコ・サヴァンが2日前古代王の迷宮に潜ったまま戻ってこない……トオコには貴族の子弟どものパワーレベリングを頼んだんだが……不測の事態があったらしいな。予定では昨日の夕刻には戻って来ているはずなんだ。で、どうだ、他の奴らにも頼んでいるんだが、手は多い方が良い。捜索はお前が行けるところまでで良いんだ……引き受けちゃ」
ドバンっ!
俺はおっさんの話を聞き終える前に、勢いよく扉を開いてギルドを飛び出していた。
――もちろんトオコさんを助けに行く為に。
※
――トオコSIDE――
私は今、3人の貴族の子弟をつれて古代王の迷宮に潜っている。
三人とも同い年で14歳。
金髪で三白眼のレイドン・トライアード。
赤毛でぽっちゃりなクラム・ゾンターク
濃緑色の髪(王家に近い血の証だ)の優男コーディ・ヴィリジアン
彼らはグリーン・ロードの有力貴族の子供達で近々騎士団に入隊する事になっているのだが、その前に手軽に実力と箔を付けようとダンジョンでのレベルアップを画策したのだ。
それ自体は悪い事では無い。
自らの実力を自覚し、より高みを目指して精進する事は美徳とさえ言える。
それが他者頼みの完全寄生パワーレベリングで無ければ……
何しろパーティを組んでいれば、よほど離れない限り最低でも50%の魂の力を得られるのだ。
いや、百歩譲ってそれも良しとしよう。それに見合う対価を支払って(親が、だが)危険を伴うダンジョンに挑んでいるのだから。
問題は……彼らが私の助力を自分の力と勘違いしている事にある。
どんな無茶をしても私が助けてくれると思っているのか、度々暴走する事がある。
地下5階を探索中の今も、面白い様に上がるレベルに高揚している。
「ははははっ! すげぇ! ここに潜ってからもう5つもレベルが上がったぜ! よし、お前、次はあの部屋だ! いいか、扉を開けたらお前一人で突っ込んで中の魔物どもを掃討してこい! 万が一にも残ってて、俺たちが怪我をしたら父上に言いつけるからな!」
「えー、レイドン、僕たちも戦いたいよ。僕たちももうレベル9だよ?」
「クラムの言うとおりさ、ここら辺の魔物はもう僕らにとっても雑魚じゃないか?」
……と、まあ、こんな感じだ。
実際、彼らのレベルなら戦えない事も無い。装備だけは金に飽かせてやたらと高性能だし。
ただ、身体能力がレベルアップしても、それを使いこなす経験が圧倒的に彼らには足りないのだが……
「お三方、油断は禁物です。ダンジョンコアのある迷宮はある意味、生き物。日々変化しております……ましてやあなた方はレベルアップはしたものの実戦経験がほとんど無い。実際に戦うというのであれば、地下2階あたりで戦い方を確かめるのが先かと」
私の言葉に露骨に顔をしかめるレイドン。
「生意気なヤツだ……レベルが高いからっていい気になるなよ? お前は俺たちの露払いをしていれば良いんだ! それに、見ろ、俺たちの装備は貴様の貧乏臭い武具と違ってカグラシリーズの最新作だ……」
「そういう事。見なよ、僕のは聖別された魔法剣だよ?この階のスケルトンどもなんてカモさ」
レイドンに調子を合わせるコーディ。
「分かったか! だからこの扉の向こうに何が居ても――」
「待てっ!その扉はっ」
鍵穴の上方にもう一つの小さい穴の付いた扉。
まったく見え見えのトラップだが、レイドンはそんな罠付きの扉の存在そのものを知らなかったらしい。
なんの疑いも無く取っ手を回して――
――ドシュ
小さな穴から飛び出した機械仕掛けの矢は、レイドンを庇った私の右肩に刺さっていた。
「くっ……」
「な……なんだ?ここは何度も踏破された迷宮だろ?何でトラップが……」
「レイドン殿……言ったはずです。ダンジョンコアのある迷宮は生き物……日々変化していると……くっ……やはり毒が……」
「お、俺のせいじゃないぞ!避けられないお前が悪いんだ!だいたい……」
「責任云々はどうでもよろしい。私の言った事が分かるのなら、この階はまだあなた方だけで探索するのは早いという事が分かったでしょう。今日の所はワープポータルから戻った方がよろしい」
解毒薬を口に含んで肩に吹きかけながら、私が帰還を提案すると、レイドンは納得がいかない様に顔をしかめた。
「バカに……馬鹿にするな! 平民風情……獣人が! 見てろ、この部屋の中のやつら、俺たちだけで皆殺しにしてやる!」
そう言って矢のトラップのあった扉を引き開けるレイドン。
「まて! その扉はまだトラップが残っている可能性が……」
私の制止は少し遅かった。
扉の向こう側はただの壁。フェイクドアだったのだ。
そして私の危惧通りそれによって二重罠が発動し、私達のいた石床は一瞬で消え去った。
「強制降下のトラップ!」
――そして私達は一気にダンジョンの下層深くへと送り込まれたのだった。
――十蔵SIDE――
俺はギルドを出るとすかさず『加速』を実行した。
そしてそのまま王都東門へと向かう。
朝方とはいえ、もうけっこうな人通りだが、その間を縫うように走る。
この世界にきて初めて会った人……トオコさん。
あの場所に彼女がいなければ、たぶん俺は野垂れ死んでいた。
その後も何かと面倒を見てくれ、俺はギルドで生活する基盤を築く事が出来た。
彼女は妹さんの事で、俺に借りがあると言ってくれているが、どう考えても俺の方が借りが多い。
ここで恩を返さなければ人の道にもとる。
だから、ひたすら走る。
やがて見えてきた東門で手続きをとって王都の外へ出る。
ここからは人の姿もまばらだ。遠慮なく走ることができる。
『加速』は思考や感覚まで加速してはくれないので、街中のように人が多い所では使いにくいのだ。
「ここから……約30キロか。間に合えよ!」
俺は街道を100メートル走のような全力疾走で古代王の迷宮へと向かった。
※
「ぜっ……ぜっ……着いた……か?」
俺は結局、30キロのほぼ総てを全力疾走で走り終えた。
速度が落ちる度に自身にヒールをかけ続けて疲労をごまかしたのだ。
お陰で『加速』も相まって30分程で古代王の迷宮にたどり着くことが出来たのだ。
「ここ……かな?」
俺は一見、ただの廃墟としか思えないその場所に戸惑いを隠せないでいた。
崩れた壁やもはや支える物の無くなった石造りの柱……
これのどこがダンジョンなのか……?
俺が疑問に思いながら廃墟に足を踏み入れると白い大理石で出来た床に青白い光で魔法陣が浮かび上がり、どこからか機械質な音声が聞こえてきた。
"ボレトーの迷宮へようこそ。あなたの資格を走査します………………走査終了。あなたはポータルの使用資格を満たしていません。地下一階からお入りになりますか? yes/no ?"
……なるほど。これが地下迷宮の入り口って訳か。
「もちろん、イエスだ」
俺は魔法陣に足を踏み入れながら答えた。
次の瞬間、真っ白に染まる俺の視界。
「くぉ!?」
思わず強く目をつぶるが、それ以上異変は起こらず、目を開けてみると、俺はすでに石造りの迷宮の中に立っていた。
「これがダンジョン……ね。当然だけど暗いな」
暗いが真っ暗闇という訳では無い。うっすらと壁が発光しているので壁か通路か位は判別できる。
「と、言ってもこう暗くちゃ魔物が居ても分からないな……ああ、そうだ、明かり、買ってたんだっけ」
俺は所持品欄を開くと、一見5センチ位のガラス玉に見える『魔法のランタン』を取り出した。
確かMP10を込めると1時間発光するんだったか。とりあえず50位込めてみる。
「ええっと、キーワードは『光を放て』……だったっけ?」
すると、確認のつもりでつぶやいた俺の言葉に反応したのか、俺の頭上50センチほどに『魔法のランタン』は浮かび上がり、白熱電球ほどの光を発し始めた。
「……あー、こりゃいいや。これなら魔物の不意打ちにも――って」
明かりに照らされ、はっきりと見える様になった通路の先、10メートルほどには、5匹の犬頭の怪物の姿が浮かぶ。
「……あ、あーっと……いわゆる犬鬼さん達でしょうかね……」
いきなり接近遭遇かい、おい。
しかも、こちらから見えると言う事はあちらからも見えると言う事で……
「ギャ?ギャワン!!」(あ?まぶしいじゃねぇか!)
「ワオォゥンウォォォォン!!」(また雑魚が俺等の縄張りに入って来やがったか!!)
「ギャオンウォン!ヴォッフー!」(ろくな鎧も着てねえぜ!コイツはカモだ!)
あー、何となく言いたい事は分かります。少なくとも友好的で無い事は。
だって、凄い形相して小剣を振りかざしながら襲ってくるんだもん。
通路の狭さの関係で同時に俺に襲い掛かってきたコボルドは2体。
その2体が振り下ろしてきた小剣を防ごうと、思わず両手に握った魔法使いの杖を前方へ差し出す。
ガキン!ブシュ!
一匹のコボルドの剣は杖でなんとか受け止める事が出来たが、もう一匹の剣が俺の左手の甲を突き刺した。
「痛ってぇぇぇぇぇっ!!………こ、の!閃光導く雷撃!!10倍×5体ぃ!!」
MP250を消費して魔法使いの杖から迸る5条の雷光。
それは狙い過たず5頭のコボルドの体を貫き、一瞬にして奴らのすべてを炭化させた。
どさり、と石床に倒れる5体の炭塊。
「いっつつつつ……あー……痛みに動転してやり過ぎた……この分だと一体当たり2倍位でも十分か……どのくらいダメージ食らっちまったかなぁ」
ギルドカードを出してヒットポイントを確認する
HP101(MAX108)
「え、たった7減っただけでこんなに痛いの!?だめだ、HP残量がどうとか言う以前にこの痛みは我慢できんわー……『命の泉よ傷を癒せ』」
瞬く間に血が止まり、じくじくと動いてふさがる左手の傷。
「うし、HPも満タンと……しかし……うーん、怪我したらヒール、じゃなくて、そもそも怪我をしない様にしないと戦いにならないわ……現代人は痛みに慣れていないからなぁ……何か使える魔法は」
あ、そう言えばシュガービー戦後に魔道具師の常駐付与系の魔法覚えたっけ。
スキルスロットを入れ替えて、と。
【攻撃呪術2】【呪術1】【武装強化】
「武装強化の内『防具強化』を100倍で実行」
3000MPを使って『防具強化』を使用する。
その途端、俺の体……正確にはレザーコートや腕輪などの防具からマナの気配が色濃く立ち上り陽炎の様に揺らめいた。
「えーと、普通に掛けて防具性能が5%アップだから……今は500%アップ……防具の性能が6倍って事か」
多分これで雑魚敵には傷付けられる事は無いと思うが……。
後はなるべくコートのフードをかぶって手をコートの内側に入れて……素肌を出さない様にしないとな。
俺は自分に気合いを入れ直すと、改めてダンジョンの奥へと歩を進めた……。