バスロマン
ダンジョン前にすでに十蔵君が危機です。
「おめでとう、十蔵君、Eランクに上がったよ」
シュガービーの報告を受付のおっちゃんにしたところ、そんな答えが返って来た。
「おー、と言うことはDランクまで依頼が受けられるんですね」
「ああ、そうだね。あと、ダンジョンの入場も解禁されるから腕試しやトレジャーハントも出来るな」
「……ダンジョン?」
「ああ、十蔵君は知らないかな?巨大な魔石をコアに人工的に作られた……もしくは作られたと思われる建造物が世界各地に点在しているんだ。その多くは魔物の住処となっているんだが……それをダンジョンと呼んでいるんだ。マナの薄かった昔はダンジョンの魔物を倒しても魔石しか落とさなかったみたいだが、今は潤沢なマナのお陰で実体化が進み、魔石に加えて魔物の一部……素材も入手できる様になった……そのせいでダンジョンのあるところにはその富を求めて冒険者達が集い、街となることもあるんだ」
「へー……じゃあここも?」
「いやいや、グリーン・ロードは歴史ある王国だからダンジョンの有効性が再認識される前からある街だよ。ただ、ここから東に30キロ位行ったところに初心者~中級者向けの『古代王の迷宮』があるから、そこへの橋頭堡として人が集まっている面はあるね」
「ふむ……俺でも行けるの?」
「ああ、報告の様にシュガービーをまとめて倒せる火力があるなら、5階層のワープポータルまでなら行けるんじゃ無いか?」
「そうか……うん、装備を整えたら覗いてみるよ」
すげえ、リアルダンジョンだよ。ますますゲームみたいな世界だな。
でも、それってレベルアップには最適そうだな…
このペンダント……『界渡りの宝玉』は、俺の魔力を吸って転移の動力にするんだから、俺の持つ魔力が多ければ吸収する魔力も多くなるんじゃないのか?
うん、つまりレベルアップしまくれば早く帰れるってこと……だよな?
なら多少危険でもダンジョン攻略もいいかもしれない。
「まあ、行くなら十分に準備して気をつけてな」
「ああ、ありがとう。早速準備に回ってみるよ」
スキルリングももう一つ買い足して……ランタンと防具が欲しいな。
となればまずは『ルグリス魔道具店』からか。
後は武具店も回って……
「そうだな、5~6人のパーティなら十分行けるはずだから、隣の酒場で仲間を探すと良いよ」
……この時、俺はダンジョンという非現実的な……まさにゲーム的な響きに浮かれていたため、おっさんの言葉を最後までよく聞いていなかった。
※
そして街を廻って俺が新たに買いそろえた装備は以下の様になった。
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『技能の指輪』 銀貨35枚(半額)
思い切ってもう一個購入。これでスキルスロットが3つに。
『魔法のランタン』銀貨20枚
事前に魔力を込めておくとキーワードを唱えることで使用者の周囲に浮かんで発光する。
魔道具店店主曰く「普通は『ライト』の呪文位、術師なら覚えているはずだけどね」とのこと。ぐぬぬ。
『食料10日分』
銀貨2枚 所持品欄に入れておけば腐らないので、普通の焼きたてのパンと果物、コーヒー(ポットごと)を10日分買い込んだ。
『魔法使いの杖』 銀貨3枚
必要最低限の魔法使いの杖。術師系クラスの者は、普段この中に魔力を充填して魔力の予備タンクとして使っているらしい。
……まあ、俺には必要ないみたいだけど、カモフラージュと、万が一の接近専用って事で。
『匕首』 銀貨1枚
獲物解体用として購入。カグラ商会謹製の質の良い物、だそうだ。
『レザーコート』 銀貨2枚
黒い革のコート。地下に潜ると寒いらしいので防寒を兼ねた防具をチョイス。
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「これくらいあればいいかな・・・・しかし大分蓄えを使っちまったなあ……」
これで残金は銀貨11枚と銅貨25枚。その分ダンジョン探索で稼げればいいが。
今日はこれで休んで、明日はギルドで迷宮の情報を集めよう。
……その日の夕食はワイルドボアの香草炒めとコーンスープ、黒パン。
大変美味しゅうございました。
「ああ、これで風呂に入れれば完璧なのに」
世界一の風呂好き民族、日本人にしてみればいくら魔法で清潔になると言ってもやはりあの至高のリラックスタイムは捨てられないのですよ。
「……悪かったね、風呂も無い貧乏宿で。あんな高いもんおいそれと設置できないんだよ! 風呂が欲しけりゃ自分で何とかするんだね!」
目の前には額に血管を浮かせている女将。
どうやらまたうっかり口に出していた様だった。
「いっ……いやっ……他意は無くっ! いやぁ、風呂さえあれば女将さんの天下一品の料理で王都一の宿も夢じゃないのになっ! とね!?」
「ふん、おだてても何も出ないよ?……しかし、風呂か……場所だけはあるんだがねぇ」
「場所、あるんですか」
「設計段階では今の裏庭に屋外風呂を作る予定だったのさ……今はただの空き地になっているけどね」
そういえば、ここの宿の裏庭は不自然なほど何にも無い空き地だと思ったが……なるほど。
「……あー、ちょっと思いついたことがあるので、裏庭、弄らせて貰っても良いですか?」
「ふん?……また何か思いついたって顔だね。まあ、いいさ、元々使っていないスペースだ、何とか活用できる様なら恩の字さ」
女将さんの許可を取ったので遠慮無く弄らせて貰おう。
俺は夕食後に早速中庭に出る。
都合良く、雑草などは生えておらず、綺麗にならされた地面が出ている。
「『土よその身を塊と成せ』×体積800倍×1行程」
MPを4800使って作り出した巨大なブロックの塊の上面を加工して凹ませる……っと、こんなもんか。
次にそれを素材を取る為に地面に開いた穴へと静かに下ろす。
凹ませた穴の分縦に大きくしたので、穴にすっぽり埋まっても20センチほど地面から縁が出る。
これで個人用露天風呂の完成だ。
しかもユニットバスサイズより大分大きくしてゆったり浸かれる様にした豪華仕様。
「外側はこれで完成っと……後はお湯か……ええと、『出でよ命の根源たる水』×300っと」
300リットルで900MP消費。
巨大な水球が瞬時にバスタブの上に作られ、その身を崩しながら水を注いでいく。
7割ほど満たしたところで『焦熱導く炎弾』を50発ほどブチ込む。MP250。
今回はシュガービーの時の様に煮立たせる必要は無いのでこれくらいでちょうどいいようだ。
バスタブの4800MPは1回限りだから良いとしても……水を張ってお湯にするだけで1150MP。本当に魔法で風呂を入れるとなるとMP効率が悪いんだな。
仕上げにバスタブの左右に目隠しの為の壁を「『土よその身を塊と成せ』×体積300倍で設置。2枚で1800MP。
2枚だけにしたのは、バスタブの背後は宿の壁だし、正面は景色の観賞の為、壁そのものが要らなかったから。
宿そのものが少し小高い丘に建っているので、正面には竹垣越しにグリーン・ロード城が望める。
ふふふ、最高のロケーションではないか!
「よっしゃ、早速……」
水を足したり『焦熱導く炎弾』を撃ち込んだりして温度を調節し、適温を確認すると、思い切りよく服を脱ぐ。
そしてこれも『土よその身を塊と成せ』で作った湯桶でかけ湯をして湯船にその身を沈める……
「……ふぃ~~…………っかぁ…………」
ああ、日本人に生まれて良かった……
お湯が体にしみて疲れが溶ける様な気がする。
「いやぁ~たまりませんなぁ……」
「そんなにいいかい?」
「ああ、もちろん……ん?」
うっかり返事をしてから気が付いた。
この裏庭……もとい、浴室に勝手に入ってくるという事は。
「ふーん、なるほどね……お湯の排水の為だけじゃ無くて、景色を楽しむ為に、あえて一方の視界を開けた訳か……こりゃ、流行るかもね」
「お、女将さん……」
興味深げに湯船と衝立をぺたぺたと触ってくる宿の女将さん。
その湯船にはもちろん俺が素っ裸で浸かっている訳で。
「十蔵の旦那、コレと同じ物をあと7つ、これ、こうゆう風に並べて作ってくれないかい?……ん、どうした旦那? 固まっちまって……ああ、報酬代わりに1ヶ月間、宿代ロハにするよ?……何? 違う?……………ああ! 大丈夫だよ、旦那があたしに見られて、その、大きくなっちまったなんて誰にも言わないさ」
頬を赤く染めつつも、俺のミシャグジ様を熱く見つめる女将さん。
「いやっ……コレは違っ……疲れ○ラと言うかっ」
「やだねぇ、照れなくても良いんだよぅ、なんだかこっちまで変な気分になっちまうじゃ無いか……亭主に先立たれてまだ5年……あたしだって40代の音はまだ聞いてないんだよ? 旦那さえよけりゃ……」
ああああ、なんか急に女将さんが獲物を狙うハンターの目に!
下手に美人な分、メデューサのような迫力がっ!
「よよよ、浴槽は3日もあれば何とかしますのでっ! あー! 頼まれてた仕事があったんだった! それではこれでっ!」
俺は『加速』を発動させて4倍速で浴室を脱出。
何とか自室まで他の客に素っ裸を見られること無く、無事帰り着いた……
……そして結局、逃げ際に思わず安請け合いをしてしまったことで、ダンジョン探索を予定より3日遅らせて浴室の工事を行う羽目になったのだった。