疑惑
佐野は苛立ちを隠そうともせず、乱暴に書類を机の上に叩きつけた。先月からたったの二ヶ月で、12件もの殺人事件が発生し、どの事件も犯人の痕跡一つ見つけられていないという有様だった。共通しているのは、どの事件も、極めて巧妙な手口で自然死、あるいは事故死に偽装されている点だけだ。実際、警察内部で殺人の可能性を訴えているのは佐野ただ一人だった。つまり、警察組織としては、もう自然死、事故死として処理されている。
(そんなはずはない)
佐野は懐から取り出したタバコを咥え、しかし火をつけることなく眉間にしわを寄せた。眉間にしわを寄せるのは、彼の考え事をするときの癖だった。その様子は刑事というより極道かなにかを思わせ、皆佐野に声をかけようとはしないのだが、考え事の時には都合がよかった。誰にも邪魔されずに済むからだ。
(絶対に、殺しに決まってる)
しかしこれといった確証があるわけでもなかった。いわゆるデカの勘というやつだ。しかし、佐野は一つ思い当たることがあった。昔、佐野が新米の刑事だった頃、退職間近の刑事に聞いた話だ。
『佐野よぉ、お前さん殺し屋っているとおもうかい?』
『なんですかそれ、いる訳ないでしょう。日本ですよ、ここは』
『いいや、いるんだよ。裏の社会で生きるやつらがな。いいか、佐野。そいつらぁプロの殺し屋だ。そう簡単にシッポなんざつかませちゃくれねぇ。だが、お前さんがこの先も刑事を続けていくんなら、そういうヤマに一回は出会う。必ず出会う。いいか、そんときはな、自分の勘を信じろ。いくらありえねぇと思うこともとりあえず信じてみろ。俺が言ったこと、忘れるんじゃねぇぞ?』
(どうやら、ヤマにあたったようですよ、先輩)
佐野は火のついていないタバコを灰皿に投げ入れ、上着を手に取った。
「ちょっとでてくる」
かならず、シッポをつかんでやる。佐野はそう誓って、まだ日が高く、人で溢れる街に出て行った。