ペティ・リッパー
「なあ甲斐、ぺティ・リッパーって知ってるか?」
昼食時、学生でにぎわう食堂では、あちこちから笑い声を交えた会話が飛び交っている。実際、目の前で話す友人も愉快そうに笑ってはいたが、修一は友人から振られた話題では、とてもそんな気分にはなれなかった。口に運びかけていたスプーンを置いて、少々大げさにため息をついた。
「御堂、それ今しないといけない話か? 俺、飯食ってるんだけど」
「だって甲斐と俺、飯食う時ぐらいしか会わないじゃん」
「それはそうだけどさ……」
御堂は特に気にする様子もなく、話題を変えるつもりもないようだ。自分はラーメンを食べながら、修一に質問の答えを催促した。
「で、知っているのか、知らないのか、どっちだ?」
「まあ、話くらいは聞いたことあるけど。あれだろ? 殺されたやつの身辺調査をしていたら、実はやばいことやってた犯罪者で、なんとそいつらは全員同じ凶器で殺害されていた。それが小さなナイフだってとこから、ネットで「ぺティ・リッパー」なんてあだ名がついてるってやつ」
修一の答えに、御堂は満足そうに頷いて、鞄から一冊のノートを取り出して修一に渡した。表紙には「法の限界」というタイトルが書かれている。
「俺今そのテーマで論文書いてるんだ。ほら、ぺティが殺すのは、法律の目をかいくぐってあくどいことするやつとか、警察が立証できなくて限りなくクロに近いのに無罪になったやつばかりだろ? 俺は今の日本の法律制度そのものを、もっと見直すべきだと思うんだよね」
先ほどまでの陽気な笑みを薄め、真剣に語る友の姿に、修一は意外な印象を受けた。いつもどこか飄々としていて、講義も真面目に受ける姿を見たことがない。そんな彼がここまで真剣に取り組むこのテーマに、そうさせる何かあるのだろうか。
「……お前にしては、本気だな」
「まあな。これは絶対完成させて見せる。たぶんガキの言うことだって一蹴されるだろうけど、あと何年かしたら認められる日が来ると思って気長に待つさ」
「そうか、まあ頑張れよ」
「ああ、ありがとう。それで、話は変わるんだけど明日――」
この時、修一は思いもしなかった。これがが、あんな結果をまねくことを。悲しい悲劇の連鎖の始まりを。