事故
佐野が立ち入り禁止と書かれたバリケードをくぐると、すぐに一人の男の死体が目に飛び込んできた。鑑識が忙しく動き回り、検死官が検死を行っている最中だった。
「どうですか玄さん、コロシですか」
「いや、もう少し詳しく調べてみんことにはわからんが、外傷はなし、室内が荒らされた様子もない。他殺はないでしょうな」
「毒殺ってことは」
「この場では判断しかねるねえ」
佐野はもう一度仏に目をやった。着衣の乱れもない、押し入られた様子もないとなると、自殺でなければ顔見知りの犯行か。
「佐野警部!」
佐野が振り向くと、玄関のほうから男が駆け寄ってきた。
「神谷、遅いぞ」
神谷と呼ばれた男は佐野の部下だ。仕事熱心ではあるが、少々時間にだらしないところがあるのが玉に瑕だと佐野はため息をついた。
「すみません、でも今日は遅刻していたわけじゃありませんよ」
神谷のほうも自覚はあるのか、佐野の呆れたような顔を見てあわてて釈明する。
「まあいい、で、ガイシャはどこの誰だ」
「え、ああ、はい。郷田元義、54歳。金融会社の社長です。といってもクリーンな会社なんかじゃなくて、あくどい事やってぼろ儲けしていたみたいですね。取り立ても、かなり悪質なもので、自殺に追いやられた債務者もけっこういるらしいです」
「恨む人間は星の数って訳か。その中の誰かが、郷田の知り合いに殺しを依頼したか……」
「そこまでは、調べてみないとわかりませんが、ただ今回は……ちょっと、これを見てください」
そういって、神谷はテーブルの上に置かれた紙袋のようなものを指差した。佐野が近づいてよく見ると、薬袋のようで、表には解熱剤と書かれていた。
「これがなんだ」
「はい、さっき科捜研から連絡があって、この解熱剤はヨーロッパの一部で使われている解熱剤で、トリカブトに含まれるアコニチンという有毒成分が含まれているそうです」
「トリカブト? なんでそんな薬をこの男が持ってるんだ」
「それはまだわかりませんが、この薬の服用量を誤ったことによる中毒死ではないかというのが今一番有力な見立てですね」
「中毒死……」
佐野はトリカブト入りの解熱剤と、遺体を交互に見比べてため息をついた。
「詳しく調べてみんことには始まらんな。神谷、いったん所に戻るぞ」
「はい」
謎が多い事件だ。吉と出るか凶と出るか。佐野は厳しい表情をいっそう引き締めた。