表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪の花  作者: 藤野玲
2/20

裏と表

 冴子は修一が店を出て行く音を聞いて、力が抜けたように床に座り込んだ。ぼんやりと宙を見ながら、修一を店に招きいれた自分を強く呪った。相手は気づいていなかったのだから、自分も気づかないふりをしてそのまま立ち去ればよかったのだ。けれど、冴子にはできなかった。なぜか、と聞かれても言葉では説明できない。気づいたら声をかけていた。

 冴子はドアの前に立つ男を見た瞬間、すぐにそれが修一だとわかった。背は少し伸び、顔立ちも高校生のときに比べ子供っぽさが抜け、大人の男に近づいていた。それでも、彼の眼を見た瞬間、目の前の男と高校生の修一が重なった。あの純粋で、まっすぐな眼――

冴子が好きだった彼の眼は昔と何一つ変わってはいなかった。

 冴子はのろのろと立ち上がると、店のカウンターに置いた子機を手にとって、どこかに電話を掛け始めた。

「もしもし。ええ、そうです。はい、予定通り今日。え? はい、はいわかりました」

二言三言言葉を交わし、電話を切る。そしてまた別の番号を押す。

「……あ、もしもしママ? うん、今日入るからね。……大丈夫、心配しないで。ママには迷惑かけないから。うん、うんありがと。じゃあ今夜」

電話が切れると、冴子は深く息を吐き、沈みこむようにカウンターの椅子に体を預けた。この椅子は、硬すぎず、やわらかすぎないものを、冴子自ら何軒もの店を回ってようやく手に入れたものだ。椅子だけではない、ガラス張りの棚に並ぶカップも、テーブルクロスもスプーンもフォークも、どれも冴子のこだわりが詰まったものだ。冴子にとって、この店は自分自身だった。愛すべきわたしの「表」。

 しばらくそうしていると、手に持ったままだった子機から、着信をしらせる無機質な電子音が発せられ、しんとした店内に響いた。きっかり十回なったところで、電話は切れた。冴子は、子機を元の場所に戻し、眼をつぶった。そして彼女が眼を開けたとき、さっきまでの津見冴子は、もうどこにもいなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ