回想
本当は知っていた。彼が、ずっと私を見ていたこと。
育った環境が特殊だったせいもあって、私は普通の人よりも人の気配や、視線に敏感だった。だから夏休みが終わって、二学期が始まったころから図書室で伺うようにこちらを見つめてくる視線にも気づいた。本人は気づかれていることに気づいていないだろうけれど。
その視線の主は、けれど別に声をかけてくるわけでもなく、ただ黙って見つめてくるだけだったから、私も何も言わなかった。
それが変わったのは、その年の冬のことだった。昨日、読んでいた本を読み終え、新しい読み物を物色していると、本棚の一番上に興味を惹かれた本を見つけた。しかしこの図書室の本棚は無駄に高く、背の低い私は精一杯背伸びしても届くか届かないかといったところだった。
あと少し。背表紙に指を掛け、勢いに任せて本を引き抜く。しかし予想外にびっしりと並べられていた本は、芋づるのように次々と本棚から飛び出して私めがけて降ってきた。とっさに身構えた私は襲ってくる衝撃を予測してぎゅっと眼をつぶった。しかし、その衝撃はいつまでたってもやってこなかった。そっと眼を開けると、私の上に、一人の男子生徒が覆いかぶさるようにして立っていた。
「いてて……大丈夫? 怪我は?」
彼だった。いつも、私を見ていた人が、私を助けてくれたのだ。
「え? あ、私は大丈夫だけど、それよりあなたのほうが……」
「このぐらい平気だよ。それより、君が怪我しなくて良かった」
そう言われて、私は無性に恥ずかしくなって、頬が赤くなるのを感じて少し顔を伏せた。
「ありがとう」
それだけ言うのがやっとだった。もともと男の子と話すのはそんなに得意じゃない。
「僕、甲斐修一って言うんだ。よろしく」
急に彼が自己紹介し始めたので、驚いた顔をしてしまった。けれど、よく見るとなんだか必死な彼がなんだか可笑しくて、思わず笑みが零れた。
「私は、津見。津見冴子」
これが彼――甲斐修一との出会いだった。