回想
彼女を初めて見たのは、高校一年の夏だった。夏休みに入る前の日、借りていた本を返すために訪れた図書室で、偶然出会った。出会ったと言っても、たぶん彼女のほうはそういう認識はなかっただろう。風が吹いて、ふと目を向けた窓際の席に彼女は座っていた。なんということのない、図書室では当たり前の光景。けれど、なぜだがその姿は鮮明に僕の記憶に刻まれて、なかなか消えることはなかった。
彼女が僕を認識したのは、一年の冬だった。名前も知らない彼女を一目見たくて、夏休みが明けてから、僕は頻繁に図書室に通うようになった。彼女は毎日図書室にいるわけではなく、気まぐれにふらっとやってきては、窓辺で文庫を読んで、昼休みの終わりを告げるチャイムと共に去っていった。声をかけようか、でもなんて言って話しかけよう。そんな風にしているうちに秋が終わり、冬が来てしまった。このままただ見つめるだけで終わると思われていたが、チャンスは思わぬところから、文字通り「降ってきた」。
ある日の昼休み、いつものように図書室を訪れると、彼女は本棚の一番高いところにある本を取ろうとしていた。なんというかお約束な展開だったが、僕の胸は目の前のチャンスに胸を躍らせた。本をとってあげるという名目で、彼女に声をかけようと急ぎ足で彼女に近づいたときだった。
彼女は思い切り背伸びをして、僕が声をかけるより前に、自分で本を抜き取ったのだ。しかし、勢い良く本を抜いたせいで、周りの本も引きずられるように棚を飛び出した。
「危ないっ!」
考えるより先に体が動いた。彼女を襲う本の雪崩から彼女を守るため、僕は彼女の上に覆いかぶさった。背中に軽い衝撃が走る。
「いてて……大丈夫?怪我は?」
「え? あ、私は大丈夫だけど、それよりあなたのほうが……」
もう本が落ちてこないことを確認して、僕は体を起こして、彼女を立ち上がらせた。
「このぐらい平気だよ、それより君が怪我しなくてよかった」
そういって微笑むと、彼女はほんのりと頬を染め、「ありがとう」と呟いた。とっさに、名乗るならいまだと思った。
「僕、甲斐修一って言うんだ。よろしく」
突然の自己紹介に、彼女は少し驚いた表情を見せたが、僕の顔を見るとなんだか可笑しそうにくすっと笑った。
「私は、津見、津見冴子」
それが彼女――津見冴子との出会いだった。