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Dear:good B eye  作者: エレミ
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Dear:Dito

雪が降る夜は、不思議だ。


見えなくなったものを思い出したり、

忘れたはずの気持ちが胸をよぎったりする。


これは、一人の記者と、

世界中から追われた一人の少年の物語。


そして、

どうしても忘れられなかった冬の記憶の話。

ー僕は雪になりたいとそう思った。雪になれば、

毎年この季節になれば、君に会えるから。


静かに君を見つめ、募る事が出来るからー。


雪は音もなく降っていた。

白く煙るヴォリオ街は、人の気配がほとんどない。

石畳の隙間に積もった雪が、街の輪郭をやわらかくぼかしている。 


僕はコートの襟を立て、息を白くしながら勤務している、ダテト新聞社に自転車で向かう。


朝、仕事に着くと、今日も戦場のようだった。

電話のベルが鳴り止まず、タイプライターの打鍵音が途切れない。

紙束が机からあふれ、記者たちの怒号と足音が入り乱れる。

いつもは落ち着いた社内も、この1ヶ月はまるで別の場所のように騒がしかった。


「次の速報だ!政治部はまだか!」

「現場写真が足りません!」

「警察発表、二転三転してます!」


 その中心で、杖を床に叩きつける音が響いた。


「ビメくん!!」


 しわだらけの手で新聞を振り回しながら、社長の

デュークが怒鳴り散らす。

白い口ひげが震え、顔は真っ赤だ。


「ぼさっとしてる場合じゃないぞ! 早くこの取材、受けてきなさい! ヴォリオ中央広場だ! 今すぐだ!」


 机に叩きつけられた取材メモを持ち、ビメは慌てて掴んだ。

「は、はいっ!」


 椅子を引き、コートを引っかける。

まだ見習い記者の自分に、こんな大事件の取材が回ってくるとは思っていなかった。


 ディト・フレイヤー毒殺事件――

 それは、ヴォリオ史上最悪と呼ばれる毒殺事件である。

 発端は、1ヶ月前、王都の名士たちが集う晩餐会だった。

 豪奢な会場で振る舞われた赤ワインに毒が混入され、出席者三十六名が次々と倒れた。


国の重鎮や貴族も含まれており、現場は瞬く間に混乱と恐怖に包まれたという。


 そして混乱の最中、その場にいた無名の男が狂気じみた笑みを浮かべながら叫んだ。


 「犯人は、ディト・フレイヤーだ!」と。

 だがその直後、男は何者かに撃たれ、その場で死亡。

 死者はその男を含め合計三十七名に及んだ。

 唯一の容疑者として名指しされたのは、

十七歳の少年――ディト・フレイヤー。


 しかし彼は事件後、姿を消して現在も行方不明のままである。


 国は彼を大量殺人犯として追っている。

 そしてヴォリオの新聞各社は、この未曾有の事件を連日大きく報じ続けていた。


 国中を震撼させている、前代未聞の惨劇。

 心臓が強く早鐘を打つ。


ー外は、しんしんと雪が降っていた。

 赤茶の屋根が白く縁取られ、石畳の通りは薄く雪が積もり出している。冷たい空気が頬を刺したが、ビメは気にせず自転車にまたがった。

 ペダルを強く踏み込むと、

 きゅっ、と雪を踏みしめる音が響いた。


 冷たい風にあおられ、ブラウンで軽くカールのかかった髪が揺れる。

ビメは慌わてて丸い帽子を深くかぶり直した。

 

時間が過ぎ、次に新聞社に戻った頃には、時計の針はすでに二十三時を回っていた。

 人通りはほとんどなく、石畳の通りには街灯の光だけが静かに落ちていた。

 自転車を押しながら、ビメはヴォリオ街の三番通りへと入る。


雪は、朝よりも少しだけ強くなっていた。

しん、と静まり返った道。

自分の足音だけが、やけに大きく聞こえる。

そのときだった。

 

ベンチの上に、人影があった。


白き薄い長袖の服。


下はほどけかけた茶色のズボン。

 

革靴はきっちり結ばれているが、履きつぶされて傷だらけだ。


そしてひどく細い体つき。


こんなに寒いのに手袋や帽子一つも身に着けず、

長めのブロンドの髪が肩にかかり、雪を受けて静かに揺れている。


 顔は伏せられているのに、なぜか――

 かすかに、微笑んでいるように見えた。


 僕は足を止めた。


「……こんな寒いのに」


思わず声がこぼれるが返事はなく、

ただ、雪が静かに降り続けるだけだった。


僕は放っておけるはずもなく、

僕の首に巻いていた緑のマフラーを外し、ゆっくりとその人へ近づく。


「これ、巻いたほうがいいです。凍えちゃいますよ」

 そっと、肩にかけようとした瞬間――


街灯の光が、その顔を照らした。

青白い肌。

ひどい隈。

表情がほとんど動かない、寂しそうな顔。

 心臓が、止まったかと思った。





ーその人物は







(……ディト・フレイヤー)







新聞で、何度も見た顔だった。

毒殺事件の犯人として、国中から追われている少年。

 …なのに。

 なのに、どうしてだろう。 


目の前の彼からは、恐怖も、狂気も、殺意も――

何も感じなかった。


ただ、静かな孤独だけが漂っていた。

それは理屈じゃない。

僕の直感にしか過ぎないけど、



(この人は、違うのではないか。)



そう僕は記者として思ってはいけないことを心の中でよぎってしまった。


すると、ディトはゆっくりと顔を上げた。

 表情はほとんど変わらないのに、目だけがわずかに揺れていた。

 まるで、誰かに声をかけられること自体が久しぶりだったかのように。


 僕は何も言わず、緑色のマフラーを彼にそっと巻いた。


 雪が、静かに降り続けている。

 そのとき――






「…あなたはなんだか…フワフワしている。」



と彼がボソッと呟いた。



すると、



 ……コォン……




 遠くで、24時を告げる時計塔の鐘が鳴った。

街に溶けるように静かに響く鐘。


その音を聞いた瞬間、ディトはわずかに目を伏せた後、

巻かれた緑のマフラーにそっと指先を添えた。

ゆっくりと結び目をほどき、雪を払うように軽く整える。



そして――

まるで壊れ物を扱うかのような丁寧さで、静かにそれを外した。

冷たい空気にさらされた首元に、白い息がふわりと滲む。


その少年は一歩だけ近づき、

何も言わないまま、整えた緑のマフラーを

そっとビメの手元へ戻した。


触れた指先は驚くほど冷たかったのに、

なぜか、空気感は不思議なほど温かく感じられた。


それが、彼なりの礼のようにも、

あるいは――



これ以上関わってはいけないという、静かな拒絶のようにも思えた。



彼はゆっくりとベンチから立ち上がる。

白い息が夜に溶け、細い背中が雪の向こうへと遠ざかっていく。



なにか、なにか僕は声をかけようとしたが、声は喉の奥で凍りつき、どうしても出てこなかった。



雪は、音もなく降り続ける。

足跡さえ、すぐに白に埋もれていく。

やがて彼の姿は街灯の光の外へ消え、

そこにはもう、誰もいなかった。


残されたのは、手の中の緑のマフラーと、

胸の奥に静かに落ちていく、名前のわからない感情だけ。



――この夜を、僕は一生忘れないだろうと

そう直感した。


三番通りのベンチ。

雪の降る夜。

そして、消えていった一人の少年。


それが、

僕とディト・フレイヤーの、最初の出会いだった。


 この頃の僕はまだ知らない。

 あの鐘の音が、自分の人生を変える合図だったことを。

 そして、目の前の少年が、

 いつか自分の心に、消えない跡を残す存在になることも。

 ただ、その夜。

 三番通りのベンチで、

 二人は初めて出会ったのだった。


つづく

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


小説を書くのはほぼ初めてなので、拙い部分もたくさんあったと思いますが、最後まで読んでいただけてとても嬉しいです。


ディトとビメの物語はまだ始まったばかりです。

これから二人がどのような出会いを重ね、どんな真実に辿り着くのか、少しずつ書いていけたらと思っています。


もし少しでも続きが気になると思っていただけたなら幸いです。


次回もよろしくお願いします。

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