ルシェル・ガルニエは告白できない
ゆるふわ異世界ラブコメ ちょっと長め ゆるふわな気持ちでどうぞ
時は正午、王立図書館の中庭。
「これで……十三回目……っ!」
「流石に偶然とは片付けられない数字ですわねぇ……」
やわらかな木漏れ日が射し込む正午過ぎ、王立図書館の中庭に設けられた長椅子にて。頭を抱えて呻くわたしの横、友人であるリラがおっとりと首を傾げた。
「一度や二度であれば偶然ということもあるでしょうけれど、十三回もというと」
「うぐぅぅ……」
十三回というのが何の数字かといえばそれは、わたしの告白トライが失敗した回数だ。
「彼がどなたかと既に交際している、という訳ではないのよね?」
「ない、はず……少なくともこの間探り入れたときはないって」
「であればルシェル、実は貴女がどなたかと交際しているということは」
「あるわけがない……」
「ですわよねぇ。本当にどうしてなのかしら……」
むむむ、と腕を組んで難しい顔をするリラを横目に、わたしは先日の十三度目の惨敗に至るまでの経緯を振り返る。
◇ ◇ ◇
事の発端はおよそ一年前。18歳になる少し手前、春になれば学院の卒業を控えた冬の終わりのこと。わたしは一大決心をしていた。
「告白、しよう……!」
卒業と就職を機に今より疎遠になるはずの想い人である幼馴染に、この想いを告げようと思い立ったのだ。
幼馴染の彼、アレク・ヴァルテとの初対面は6歳の頃。父に連れられた隣の領地で出会い、その日のうちに意気投合して以来ずっと親しく付き合ってきた親友だ。一年前のあの頃、ヴァルテ子爵家の三男坊である彼は王宮警備隊への入隊試験にめでたく合格し、卒業後はそこで働くことが決まっていた。
対するわたし、ルシェル・ガルニエ。ガルニエ子爵家の長女ではあるけれど、どうにかこうにか憧れだった王立大図書館の司書に採用されて卒業後は司書として王都で働くことになっていた。人脈づくりを兼ねて王都で就職すると言えば、親もほっとした顔で許可を出してくれた。
アレクとわたしは領地が隣同士であるだけでなく、お互いの父親が親友だった。同い年の遊び相手として親に連れられて互いの家を訪れては、毎度一緒に遊びまわったものだ。当時のわたしはおてんばで、ヴァルテ領では領主館の建つ丘ふもとの洞窟を探検しては綺麗な魔鉱石の欠片を拾い集めたり習ったばかりの魔術探知でかくれんぼや宝探しをしたり洞窟の中の湖で魚釣りをしたり、ガルニエ領では領主館近くの森に入り綺麗な泉で水遊びをしたり風魔術で木から捥いだばかりの果物を食べたりと大変野性的……活発な遊び方をしていた。昼間だけでなく夜中に二人きりで抜け出して遊んでいたこともあるのだから、今振り返れば子供だけでなんて危ないことをと思うけれど、今も思い返すだけできらきらと心が弾む大切な思い出だ。
そんな風にしてお互いが一番の親友として幼少期を過ごし、12歳になったアレクとわたしは王都のメレルヴァ中等学院に進学した。進路を同じくしたのは偶然ではあったけれど、領地からほぼ出たことがなく同年代の知り合いが少なかったわたしは入学後もアレクと交流を続けていた。
同じ学院の生徒とはいえ、彼は戦術魔導学科、私は魔術言語学科と専攻も違えば性別も違う。お互い新しくできた友人との付き合いで徐々に疎遠に……なるかと思ったのだけれど、全然そんなことはなかった。頻繁に昼食を一緒にする上に、少なくとも月に二度以上は週末に予定を合わせて学院の課題で使う材料の買い出しに行ったり、自主研究の課題のために郊外に出掛けたりしていたからだ。初めのうちは、アレクにも友人づきあいがあるだろうし、わたしとばかり話していると出会いの妨げになるだろうし……と話し掛けるのを控えていたのだけれど、入学前と一切態度の変わらない彼にほぼ隔週で誘われ続けて半年。気にしない方向に舵を切ったのだった。
彼に想いを寄せるようになったのは明確な切欠があったわけではない。ただ、学院に入学して半年と少しした頃のこと。突然の事故で父が亡くなり、悲しむ間もなく週末休暇の度に帰省し遺された母を手助けしつつ、ガルニエ子爵を継いだ叔父と領地の有力者との間を取り持つ日々を過ごし、喪が明けた一月後に寝耳に水の叔父と母との再婚。兄弟もおらず、学院でできた友人もまだそんな話ができるような関係ではなかったとき。寄る辺ないわたしに寄り添い話を聞いてくれたのはアレクだった。周りを遠ざけ独り塞ぎこんでいたわたしを気晴らしにと外へ連れ出し、ぽつぽつと零した泣き言に穏やかに耳を傾けてくれた、その頃から。最初は親友への信頼だったはずなのに、いつしか一番側に居られる立場を手放したくないと願う様になった。想いに気付いてそれから5年と少し、私はずっと片思いを続けていた。
想いを自覚してから親友としてでも一番側に居られれば良い、と思っていたけれど、ここで重要なのは、アレクはかなりご令嬢方に人気があるということだ。
若かりし頃は黒百合の君と称えられたお母上譲りの青みがかった黒髪に良く似合う落ち着いた灰色の瞳と、精悍さと怜悧さを備える整った容姿。幼いころから山野を駆け八歳から剣の鍛錬を欠かさず続けてきた結果、お父上譲りの長身の上によく鍛えられすらりとした体躯。おまけに学業にも真摯に取り組み上位三割には入る成績、性格もよく朗らかで、社交的かつ友人も多いとなればそれはもうとてもモテるに決まっている。昔からすごい奴だなと事あるごとに褒めちぎっていたわたしでさえ、改めて彼のことを観察してみれば何だこの超人はと慄いたほど。実際、中等部三年次には交際の申し込みや婿入りの申し込みが引きも切らなかったそうだ。直接は聞いていないが、わたしの友人がそういった話に詳しく色々教えてくれたので知っている。そしてそれらの申し入れを彼が全て断っていること、その断り文句は決まって「心に決めた人がいるので」であることも知っている。
何せ恐らく彼の一番近くにいる異性がわたしなもので、『心に決めた人』とやらがわたしなのではとアレクにご執心のご令嬢を筆頭にこれまでいろいろな人から探りを入れられたり、やっかみからか陰口をたたかれたりしたことは当然ある。が、アレクからはそんな話聞いたこともない。当然わたしも気になるのでそれとなく聞いてみたことはあるのだ。
『将来を誓った人がいるんだって?』
『……俺、婚約者も、恋人すらいないんだが、ルシェル』
親友という関係が崩れるのが怖くて、誰からそんなことを?と訝しげに言う彼にそれ以上突き詰めて問うこともできず、さりとて想いを打ち明ける勇気も出ず、この気持ちが悟られないように慎重に立ち回ってきた。
そのお蔭で今でも二人きりで出掛ける仲だが、異性としては微塵も意識されていない気がする。彼が誘ってくれるのは大概が素材採取や鍛錬兼ねた郊外でのピクニック、完全に体育会系男子学生のノリだ。いや屋外で身体を動かすこと自体は好きだし、おしゃれなカフェでお茶をしたり観劇をしたりというのは他の友人達と楽しんでいるので全然良いのだが、いざ彼に恋人候補として見てもらいたいと思ったときに目指すところが遥か彼方すぎて途方に暮れた。
けれどこのまま何もせず親友という立場で立ち竦んで、いずれ彼が将来の伴侶としてお相手を紹介された時、わたしは彼を祝福できるのだろうか。そう自身に問えば答えは否だった。想いを告げる努力さえしないままその機会が永遠に失われれば、きっと一生後悔しつづけそうだと思ったのだ。
想いを告げると決めたからには残る問題は、彼が親友だと思っていた女にいきなり恋愛対象として見られていたことを知った時にショックを受けるんじゃないかなということ。それについては少しずつ意識してもらえないかとあれこれやってきた。まずは今まで最低限だった髪形や服装、メイクに力を入れ、女子だということを思い出してもらう。友人も協力してくれて、どうにか遠目で見れば今どきのそこそこ可愛らしいご令嬢の雰囲気を纏えるようになった。立ち居振る舞いも再度見直し、たおやかな淑女らしい所作を磨いた。会話の引き出しを増やすべく、今までよりも色々な人と積極的に話すようになった。異父弟妹も生まれた実家に戻る未来が見えず、将来王都で就職するために勉学にも励みながらではあったが、その甲斐あって以前より格段に淑女らしくなれた、と思う。
しかし卒業まで半年を切ってなお、彼は朗らかに私をピクニックという名の野外探索に誘ってくる。誘われたら行くに決まっているけれど、そんな所で磨いた淑女力を十全に発揮できる訳がない。強いて言えば所作を磨く中で鍛えられた体幹により足運びが安定したくらい。魅力をアピールする方向としては絶対に間違っている。
幸いなのは彼には未だに婚約者も恋人も影を見せていないことだ。けれどアレクがモテることに変わりはない。卒業すればもっと魅力的な人が彼にアプローチしてくる可能性もあるのだから。
前置きが長くなったがそういった道のりを経て、卒業という節目を前にようやく告白しようと決めたのだ。恋人候補としての魅力アピールの成果は出ていないが、そこはもうなんとかしてときめいてもらう他ない。
幸いというか、ここネルレイ王国の国教エルエフィ正教にて主神と崇められる創世の女神ネレスティーリアは、愛の女神としても知られている。そのためか、ネルレイ王国には恋人や夫婦、愛の告白に関する風習や伝統がたくさんある。それはもう山ほどある。それらの風習や伝統、儀式だけを集めた事典、その名も『愛の伝承大全集』は学園にもあったが全18巻だった。ちなみに各巻のタイトル含めなんとなく俗っぽい題名だが中身は真面目な学術書であり、一冊が林檎ほどの厚みがある。
そういうわけで、折角告白の機会に溢れたこれらの風習を使わない手はない。ロマンチックなものを選んでドキッとさせつつ告白すれば、もしかすると振り向いてくれるんじゃない、かな!
それが全ての始まり……いや、連敗記録の始まりだった。ここから今に至るまでをダイジェストで紹介しよう。
◇
日付:雪呼びの月 七日
方法:朝露を集め月の光に一晩あてたものと、雪招きの実の種から作ったインクで恋文を書き相手に渡す。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編1 三章(前編) 秘めた想いを告げる方法その22)
いつも顔を合わせているので改まって告白するとなると恥ずかしくなり、手紙で想いを告げることにした。愛の伝承大全集の告白に関連する巻をぱらぱら捲る中で見つけた、雪招きのインクで認める恋文、という風習に倣おうと思い採集してきた雪招きの実の八割に種が入っていなかった。仕方なく市場で買い足した分でインクを作るも、窓際の机に置いておいたところ突風で勢いよく開いた窓になぎ倒され全てが床に零れ失敗。雪招きの実は傷むのが早く出回る時期も短いため、次に試せるのは来年になりそうだ。
◇
日付:雪呼びの月 二十五日
方法:山紅ぶどうの蔓で編んだ腕輪を想う相手に渡す。想いを受け入れる場合、相手も同じく山紅ぶどうの蔓で腕輪を編み贈り返す。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編1 三章(前編) 秘めた想いを告げる方法その24)
手紙は普通のインクと便箋で用意するとして、丁度時期が良かったこともあり山紅ぶどうの蔓の腕輪を渡す方法で告白に再挑戦してみようと思い立った。しなやかな山紅ぶどうの蔓は艶やかな赤紫色をしており、研磨剤で磨けば非常に美しい光沢のある素材になる。学院裏の林にある山紅ぶどう群生地で蔓を集めながら編み始めたところ、目を離した隙に白雲雀に持ち去られた。それではと腕輪を編むのに十分な蔓を持ち帰り寮の自室で編み始めたところ、どこからか自室に侵入した金毛鼠に齧られバラバラになった。どうして……!
ちなみにこれまで寮で金毛鼠を見かけたことは一度もなかった。齧った個体は窓辺から外へ逃げ去ったため行方不明。腕輪によさそうな太さの蔓があまり残っていなかったこともあり、この方法は断念。
◇
日付:白眠の月 十八日 雪歌いの日
方法:雪歌いの日には家族や恋人、友人に雪林檎の焼き菓子を贈る(十三巻参照)が、意中の人には花林檎の焼き菓子を贈る。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編1 三章(前編) 秘めた想いを告げる方法その15)
雪から削り出したように白い雪林檎の近縁である花林檎は、果実の中までも淡い紅色であることが特徴だ。寮の共同調理場のオーブンを借り雪林檎と花林檎の焼き菓子を焼いたところ、花林檎のものだけ見事に黒焦げになった。焼きすぎだとか焦げ目がだとかそのレベルではなく炭。配置を変えて三度焼き直したが結果は変わらなかった。そんなことある?花林檎ってそんなに焦げやすいのだろうか。材料が無くなったため、諦めて例年通りアレクにも雪林檎の焼き菓子を贈った。
アレクからは雪林檎と露似桃の焼き菓子をもらった。私の好物だからと、彼からちょっとしたお礼やお祝いで貰うお菓子は露似桃入りのことが多い。ほくほくと受け取ったが、三度目も失敗したことには肩を落とさざるを得なかった。
◇
日付:雪送りの月 二十一日
方法:霜が降りた早朝、霜花樹の根元に降り積もった花弁を集め、意中の人の肩に降らせると愛の告白の印となる。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編1 三章(前編) 秘めた想いを告げる方法その54)
早朝、学院の東棟裏でさくさくと霜柱を踏みながら霜花樹の花弁を集めハンカチに包んだ。丁度その日はアレクと買い出しに行く約束をしていたので、帰り道に花弁を振り掛ける準備をしようとハンカチを開いた。その瞬間、急な向かい風が吹き花弁は全て私の後方へ飛び去った。幸い後ろには誰もいなかったが、花弁は一枚も残らず。アレクは何も気付かず「凄い風だったな」と笑っていた。
◇
日付:雪送りの月 二十九日 土舞いの日
方法:土舞いの日の晩餐には家族揃って銀百合根を使った昔ながらの煮込み料理を食べる。転じて、銀百合の花を象った小物を贈ることが愛の告白となる。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編1 三章(前編) 秘めた想いを告げる方法その78)
この風習は広く知られているもので、学院の女学生達は婚約者や恋人に銀百合の花を刺繍したハンカチを贈るのが定番だ。私も先人に倣い、街で購入した織りの細やかなハンカチに銀百合の花を刺繍し贈ることにした。刺繍は苦手だが準備期間をしっかり設けて何とか完成、ハンカチに合う包装用資材を買うために持ち歩いていた日のこと。
街へ買い出しに出る前の時間、頼まれていた書籍を届けに行った研究棟で今まさに割れた硝子の破片で腕を怪我した人に遭遇した。慌てて止血するものを探すも清潔な布が刺繍を施したハンカチしかなく涙を呑んで使用。その場には血液と反応して微毒性を持つ材料もあったらしく、迅速な止血により被害が最小限に抑えられたと感謝された。
がしかし、血の染み込んだハンカチを贈り物にする訳にはいかず、私の技量では土舞いの日までにもう一つハンカチを用意することはできない。仕方なく断念。土舞いの日にはアレクと王都外れの河原に出かけたので、帰りに行きつけの食堂で銀百合根のシチューを食べた。
◇
日付:芽吹きの月 九日 風織りの日
方法:風織りの日、意中の相手に銀のリボンを贈る。贈られた相手がリボンを右手に巻けば告白を受け入れた証。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編2 三章(後編) 秘めた想いを告げる方法その118)
女神の眷属神である二柱の夫婦神が婚姻の際、星屑から編んだ銀の細帯を互いの腕に飾ったという逸話から来ているらしいこの風習。アレクと昼食を中庭のテラスで食べる約束をしていたこの日、銀のリボンをハンカチに包んでポケットに入れておいた。そして機を見計らってポケットから取り出した際、うっかり落としてしまいブーツの金具に引っかかってほつれてしまった。そんなこともあろうかと反対のポケットに入れていたもう一本を取り出した瞬間風が吹き、たなびいたリボンを白灰烏がさっと咥えて飛び去った。二段構えはずるいと思う。
◇
日付:芽吹きの月 三十日 卒業式典
方法:雨光の木の下で想いを告げると成就しやすいとされる。雨光の木の下に呼び出すことそのものが愛の告白とも捉えられる。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編2 三章(前編) 秘めた想いを告げる方法その32)
教会や祠など、女神やその眷属と縁の深い場所にはしばしば雨光の木が植えられている。今は移転した大聖堂の跡地に建てられたこの学院にも大きな雨光の木が枝を広げており、卒業式典の後に想い人に告白する場として有名だ。
卒業式典の三日前、アレク宛に手紙を出した。式典の後、裏庭の雨光の木の下に来てくれるようにと。土壇場で勇気が出ず名前は記さないまま送ってしまったが、迎えた当日。大きめの小屋ほどある太さの幹の側、遠目にアレクがいることを確認し近寄ろうとしたのだけれど、彼の前に女子生徒が7人くらい並んでいて思わず死角に隠れた。
こっそり覗くとどうやら彼女たちはアレクに告白しているようで、「ずっと好きでした!」「憧れでした!」「お幸せに!」などと口にしてはアレクに丁重に断られている。流石アレクだ。いやお幸せにって何?卒業後の活躍でも祈られているのかな?
ところで、この雨光の木の下には他にも告白のため集った生徒が沢山いる。雨光の木の幹を取り囲み等間隔で告白を繰り広げる彼ら彼女らだが、実ったものも実らなかったもの明暗が分かれており、そのうち実らなかった一組の告白した側らしき男子生徒が、「この際……誰でも……そこの貴女、僕と付き合ってください」などと虚ろな目で血迷ったことを言いながら運悪く近くにいた私に近寄ってきたので反射で断ったところ掴みかかられた。咄嗟に距離をとって逃げようとしたところ、告白の列を捌き終えたアレクがわたしに気付き、慌てて間に入り連れ出してくれた。
「ルシェルの交友関係にケチをつけるつもりはないんだが、暴力を振るうやつはどうかと思うぞ。……断ったんだよな?」
「当然でしょう。交友も何も、流れ弾に当たったようなものだし」
「どういうことだ?」
「初対面だもの」
「本当にどういうことだ……?」
そんな会話をしながら寮まで送り届けてもらい、自室で一息ついたところで告白し損ねたことに気付いた。
◇
日付:花笑みの月 四日 月花聖祭
方法:月花聖祭の日は、老若男女身分も問わず、皆が女神の花とも呼ばれる月花の花を贈りあう。白の月花は家族に、黄色の月花は友人に、赤の月花は恋人に。そして桃色の月花は愛の告白を意味する。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編2 三章(前編) 秘めた想いを告げる方法その28)
朝一番で市場に出て淡い桃色の月花の花束を準備したのだが、アレクと約束している昼過ぎまで置いているうちに色褪せたのかどう見ても白色になった。半日も経っていないのにそんなに色あせることってある?祭りの催しがある大通りにはアレクと行くことにしていたのでその時に花束を買ってこようと思うも、行った先にある花屋はどこも混雑しており購入できず断念。仕方がないので白い花束を渡した。アレクは「子供の頃も白を貰ったな。懐かしい」と笑い、白い花束を贈り返してくれた。この回も失敗したが、白の花束はとても嬉しかった。
◇
日付:花舞いの月 二十四日
方法:愛の告白の一つとして「靴紐を結ばせて欲しい」というものがある。女神の眷属神である冬の神が、想い焦がれていた春の神の足環が壊れた際、跪いて春の神の足に雪花を飾り愛を請うた逸話が由来と言われる。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編2 三章(後編) 秘めた想いを告げる方法その145)
この日はアレクと二人、少し遠い森に素材採集に出掛けた。道を塞いで倒れていた大きめの木をよじ登って超え、冒険者らしき先客が数名いる小川のほとりで休憩しようとした時にアレクのブーツの紐が緩んでいることに気づいた。息を整えて、結ばせて、と口にしようとした次の瞬間、大沢蟹の群れがわらわら現れてわたしたちの両足に突進、靴紐をすべてちょん切って逃げていった。どうも彼らの巣が密集している地帯に突っ込んだらしい。そんなことある???
一部先客の方にも突進していったようだがそこはさすが冒険者、蟹のハサミには負けない素材の靴紐だった様子で難なく凌いで揚げ物の用意をし始めた。蟹の唐揚げを作るらしい。ともかくこちらは結ぶ靴紐がなくなったので失敗。漂う香ばしい匂いを横目に帰路どうしようと考えこんでいたら、アレクがそこらの木の蔓をうまく加工して結んでくれて事なきを得た。流石アレクだ。
◇
日付:新緑の月 十八日
方法:新緑の月の雨が降る日中、共に一つの傘に入る誘いが愛の告白を意味する。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編2 三章(前編) 秘めた想いを告げる方法その67)
この日はアレクの大叔母様へのお礼の品を選ぶのに付き合ってほしいと言われ街へ出掛けた。王都でも人気の菓子店の焼き菓子と、最近流行りの花の香りの茶葉を選び終えて帰る途中、ぱらぱらと雨が降り始めた。機会があればと鞄に忍ばせていた折り畳み傘を思い出し、取り出して開いた瞬間に強まる雨足。雨というかもう豪雨、さらに強風。半端に開いた傘は煽られてひっくり返ってしまった。新緑の月の雨といえばもっとしっとりしたもののはずなのに……。
傘一つじゃどうにもならないと慌てて店の軒先に避難し、アレクが持っていた大きな雨合羽を二人で羽織って這う這うの体で帰り、この回も失敗。ちなみに帰路の体勢は雨合羽を被ったアレクをわたしが被るような感じだったので心臓が跳ね回っていた。
◇
日付:蒼天の月 九日 灯火の日
方法:灯火の日には、日が落ちる前に灯火の日用のランタンに火を灯し持ち歩き、日が暮れてからは一晩中灯を絶やさないようにする。魔除けの意味合いを持つ風習であるが、家族間でランタンの火を分けあうことから、この日に「ランタンの火を交わしてほしい」ということが告白や婚姻の申し込みの意となる。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編2 三章(後編) 秘めた想いを告げる方法その132)
この回はシンプルにアレクと予定が合わず断念。休日の筈だったけれど、急な仕事が入ったらしい。この日はアレクと会う他は特に用事もなかったので、ランタンを灯して早々にベッドに入った。
◇
日付:森染めの月 七日
方法:愛の告白の作法として、意中の相手の身に着けているタイやリボンが緩んだ時に結ばせてほしいと申し出るものがある。結ぶことを承諾すれば相手の想いを受け入れた証となる。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編2 三章(後編) 秘めた想いを告げる方法その149)
この日は珍しいことに、アレクのタイが緩んだままになっていた。王宮警備隊はやはり服装規定が厳しいそうで、服装が乱れていると上官に高火力のデコピンを喰らうらしく少しでもタイが緩めば即座に直すところを度々見てきた。この機会を逃すまいと心を決めて、「アレク、タイを……」まで言ったところでカッと目を見開いた彼が目にも留まらぬ速さでタイを結び直した。本当に見えなかったんだけど何あれ?手品??ともあれ失敗。蟹の乱入よりはマシかな、とは思った。
◇
日付:葉舞いの月 十四日
方法:身に着けている手袋の片方を渡すことで愛を告白する。差し出された手袋を受け取り身に着けると、想いを受け入れる証になる。元は女神の眷属であるとある精霊が、見初めた人間の娘に両手に嵌めていた腕輪を片方差し出して愛を請うた逸話から。
(愛の伝承大全集 密やかな愛の告白編2 三章(後編) 秘めた想いを告げる方法その152)
木枯らしが身に染みるようになってきた葉舞いの月。アレクはここ最近忙しいようで、仕事帰りに食事をすることは度々あったが一日落ち着いて一緒に過ごすのは先月ぶりだった。一際冷たい風が吹きアレクが首をすくめた時、意を決して片方の手袋を外した。今月から大きな手袋をつけていたのはこのためだ……!
そう意気込んだのが悪かったのか外した手袋は勢いあまってすっぽ抜け、風にあおられて側溝に落ちた。しょぼくれながら拾ったが濡れて重くなった手袋は到底渡せる状態ではない。
落ち込むわたしにアレクは、こんなぶかぶかの手袋つけてるからだろ……と呆れたように言った後、サイズ合ってないのが気になっていたから、ちょっと早いが誕生日プレゼントだと大通りのブティックの包装紙につつまれた手袋を贈ってくれた。とってもお洒落な意匠でわたしの手にぴったりのサイズだった。アレクは本当にセンスが良い。目的は達成できなかったけれど、彼がわたしのためにと選んでくれたのがとても嬉しくて沢山お礼を伝えた。それはそれとしてこの回も失敗。
◇ ◇ ◇
そして今日、葉舞いの月二十四日に至る。
「一年で十三回、全部失敗だよ?そんなことある?」
「もういっそ、風習は関係なしに告白してみたらどうかしら?」
「それは最もなんだけど……なんか悔しいというか……」
リラの意見は本当にその通りだと思う。けれど、もうこうなってくると意地なのだ。何が何でも告白を成功させてやると拳を握る。なおここでの「成功」とは風習に則り想いを無事に告げることであり、告白への返事の内容は問わないものとする。本末転倒では?と耳元で冷静な自分が囁くも聞こえないふりをする。
—―だって、そんな。こんなにも失敗するなんて。女神様がお認めにならない縁だと、言われているようじゃないか。
「あなた達に限ってそんなことはないと思うのだけれど、ねぇ」
「リラにそう言ってもらえるとちょっと元気出る……」
目を細めてわたしの方を見遣り、可憐に笑うリラ。彼女は学院の高等部からの編入生で、優しく賢く思慮深い本当に素敵な人だ。天女のようなその美貌に見惚れる者は多いが、彼女の美点はもっと他にも沢山あると力説したい。そんなリラとわたしとは寮が同室になって以来ずっと親しく付き合っている、アレクの次に気の置けない親友だ。当然アレクのことも、わたしがアレクに想いを寄せていることも知っている。彼女の幼馴染だという騎士志望のエディルがアレクとも仲良くなっていたこともあり、時折四人で昼食の席を囲むこともあった。
アレクへの想いに悩む度、お似合いだから元気出しなさいなと励ましてきてくれた彼女は卒業後大聖堂に神官として勤めており、度々王立大図書館にも調べ物をするために訪れている。時間が合えば、こうして今日のようにお昼ご飯を一緒に食べることもあるのだ。勿論休日にお茶をすることもあるが神殿は中々忙しいようであまり時間が合わないため、卒業後は手紙でやり取りをすることが多い。手紙の中身は他愛もない話やちょっとした相談事、お菓子のお裾分けだとか。
「そういえば、手紙で最近はアレクとも中々会えないって言ってたわね」
「そうなの、仕事が忙しいみたいで月に一度くらいしか出かけられなくて。夕食を一緒にすることは何度かあるのだけれど、光月祭も今年は行けないみたい」
わたしもアレクも仕事を始めてまだ一年目。余裕があるとは言えない状況だ。しかしアレクはこの冬に入ってから特に忙しくしている。エルエフィ正教は20年に一度の月花聖大祭の祭祀をいくつかの国の持ち回りで執り行っているのだが、来年が丁度ネルレイ王国の順番。そして、聖女として名高い我が国の第三王女殿下が祭祀で大役を務められるということで、王宮警備隊からも専属隊が組まれている。その関係でアレクの隊も通常業務以外に祭祀関連でやるべきことが増えた上に、専属隊の方にも人手が割かれているらしい。
アレクは親友の贔屓目を差し引いてもとびきり優秀なので、やはり多くの仕事を任せられるのだと思う。わたしもアレク経由でいくつか相談にのったり調べ物を頼まれたりと小さなことを手伝ったことがある。
そんな忙しいアレクから、いつも一緒に回っていた雪呼びの月の一日から三日にかけての光月祭、今年は仕事が忙しく行けないと手紙が来た。寂しいけれど仕方ない。光月祭にも告白するにはもってこいな風習があったので残念ではあるけれど。
「光月祭といえば、もうすぐなのでしょう?ご実家の方々」
「あぁー……」
肩を竦めるわたしを気遣う様な眼差しで窺いながらリラが口にした言葉に、連敗記録に気を取られて忘れていた悩み事を思い出したわたしは頭を抱えた。
王都の光月祭は有名だ。この季節は王都各所が雪と光の魔術で彩られる。特に大広場の光の装飾は、各地からの観光客がこれを目当てに訪れるほど見事なものだ。そんな光月祭に合わせ、叔父と母、それから弟と妹が王都に来るのだという。二月前に突然手紙で知らされお勧めの宿を聞かれたので手配まで手伝ったが、お礼に夕食でもと誘われたのだ。
「気が重い……」
正直な所全く気が進まない。もはや年に一度しか領地の館を訪れることもなく、頻繁なやり取りも無い。あちらがどう思っているかは知らないが、どうにもあちらに居場所がないわたしとしては、学院に通うのにかかった学費分さえ返済し終えればなるべく関わらずに過ごせないかなと思っているのだ。
「いつでも話を聞く、とは言えないのが歯痒いけれど、わたくしが力になれることなら何でも言ってね、ルシェル。ここには貴女の友がいることを忘れないで」
「ありがとう、リラ。そう言ってくれる親友がいるだけですごく元気が出るよ。リラが困ったときにはわたしにも力にならせてね」
その時は頼りにしているわ、と笑うリラに名残惜しくも別れを告げ、その日は仕事に戻った。
◇ ◇ ◇
無情にも時は流れて光月祭の三日目、叔父達との約束の日が訪れた。気が進まないながらも身支度を整えて待ち合わせ場所に向かう。少し待てばかれこれ一年近くぶりの叔父と母、弟妹達が現れ、明日の朝には帰路に着くという叔父達の都合で少し早い時間にレストランに入った。にこやかな母はともかく叔父と弟妹からはぎこちない挨拶を受け、早くも帰りたくなりながら運ばれてくる料理を口に運ぶ。不自然な間がありつつも領地や弟妹の交友関係、王都での暮らしについてなんとか話を続けていき、話題はこの王都旅行のことに移った。
この時期に彼らが王都を訪れるにあたりホテルの予約を頼まれたわたしは、リラやアレクにも相談して大通りの広場にほど近いそこそこ格式の高いホテルを選んだ。リラがお勧めしてくれたそこは館内の装飾に拘っており、特に光月祭の時期に宿泊客しか見られない中庭の装飾は、神話を題材にしたそれはそれは見事なものだという。実際に泊まってみて噂に違わず素晴らしいものだったと嬉し気な母は、こう続けた。
「素敵な宿を紹介してくれてありがとう。家族水入らずで過ごせたわ」
「……、」
「あら……、次があればあなたも来ても良いのよ。きっとそうしましょうね」
取ってつけたような言葉を投げかけながらも一点の曇りもない母の笑顔と、気まずそうに視線を外す叔父、よそ行きの顔をした弟と、人見知りしている妹の強張った表情。温かい室内なのに、指先が氷のように冷え切るのを感じた。
そこから、何の話をしたかは覚えていない。
気づけばホテルに戻る叔父達とは別れ、一人で光月祭の屋台が立ち並ぶ広場前の通りを歩いていた。手には緑蜜桃の焼き菓子。弟妹の好物だと言いながら持たされたことだけは薄っすら記憶にある。
(わたしが好きなのは、露似桃の焼き菓子)
—―幼い頃は、母とお茶をするときには必ず用意してくれていたのに。
悲しいのだろうか、腹立たしいのだろうか、それもよく分からない。分かるのは、わたしは一人だということ。
(リラが言う通り王都にはわたしの友人がいて。……それでも、家族は、どこにもいなくて)
まだ家に帰るには早い時間。屋台も盛況だ。行き交う人々から押し出されるように広場の隅に立ち止まる。腕を組む恋人達、手を繋いだ親子連れ。光と雪に照らされて、特別に大切な相手と笑顔を交わしながら過ごす人たち。
(ずっと前から覚悟していた、わたしは一人で生きていかなくては)
自分だけが目の前のあたたかな光景から磨りガラス一枚隔てられた世界で迷子になったような、そんな気持ちで途方に暮れたその時。
「ルシェル?」
あなたの声が、わたしを呼んだ。
「どうしたんだルシェル、こんな所で一人で」
「……、アレク?どうしたの、仕事は?」
「さっき警邏の当番が終わったんで帰りがてら何かつまもうと……、あー、今日って言ってたな?」
足早にわたしの側へやってきたアレクと共に、遠のいていた目の前の光景が戻ってくる。彼はわたしの様子から何があったかを大体察したようだった。その事実にじんわりとした温かさを感じる。ーーアレクはいつだって、わたしの理解者なのだ。
一方でそう思う事に対して、やはり申し訳なさと自己嫌悪はある。一人で生きていくのだという決意を揺らがせ、彼に寄りかかることはしたくないのに。
「時間あるなら何か飲んでいこうぜ、温かいもの」
ぐるぐると考え込んだわたしの手を少し強引に引き、広場に設けられたテントの垂れ布を潜るアレク。テントの下にはテーブルがあり、屋台で買ったものをここで食べられるようになっているのだ。席を確保しがてらテントの中で売り子を捕まえた彼は、大きなマグカップを二つ持って戻ってきた。中身は温めた林檎ジュース。スパイスを添えたそれはわたしの特別好きな飲み物だ。
「……ありがとう、アレク」
「どういたしまして、だな。気にするな、俺もちょっと光月祭の雰囲気を味わってから帰りたかったんだ」
ついでに腹減ったから、何か食事になるもの買ってきて良いか?と聞く彼になんとか笑って頷けば、すぐ戻るからと上着を置いて席を立った。テントを出れば寒いのだから着て行けば良いのにそうしたのは、わたしが一人だと見えないようにという気遣いだろう。大らかなようでいて彼はそう言った細やかな気配りもできる人なのだ。
(温かい)
ちびちびとマグカップを傾けながら周りを見渡して、大分気分が持ち直していることを感じる。少なくとも先ほどまでのどうしようもなく迷子のような心細さは薄れている。
少しの間そうしていると手に紙包みを持ったアレクが戻ってきた。てっきりトレイを持ってここで食べるのかと思っていたが、食べないわたしを付き合わせるのも悪いと持ち帰りで頼んだらしい。気にしないのにと返したが、今は林檎ジュースの気分だと押し切られた。そのままぽつぽつと近況について話をする。最近読んだおすすめの本だとか、趣味で作った新しいインクで灯りの魔術紋を描いたらどぎつい虹色に輝いた話だとか、月終わり頃に雪下青の洞窟へ一緒に行こうという約束だとか、いつも通りの親友との話を。
マグカップを空にして一息つき、席を立って帰路に着く。早いところは店仕舞いを進める屋台を横目に二人並んで歩みを進め、もうすぐ広場から出るというところで。そうだ、と言いながらアレクが立ち止まった。
「ほら、ルシェル」
ぽんと手渡されたのは小さな紙包み。
かさりと開くと、光月祭でのみ出される月を模った丸い焼き菓子。
「中の餡が露似桃なんだ、あんまり見ないよな」
ルシェルの好物だもんなと差し出されたそれに、ありがとうと返しながら声が震えるのを抑えられなかった。
好きだなぁ、と思う。
親友の立場を失うことも考えて、それでも告白しようと決め、何度も失敗を重ねて、学院を卒業してなお諦めずに何度も繰り返してしまうのは。想いに区切りをつけるためだとか、一人で生きる覚悟を持つためだとか色々言ってもやっぱり結局のところは。
「やっぱり、アレクが好き」
ただ彼のことが好きだから、なんだろう。
「う、ん?」
……鳩が豆鉄砲を食ったようなアレクに凝視されて我に帰った。
(あ、れ。いま……声、出て?)
ぶわりと顔に熱が集まるのを感じた。今のわたしの顔は誤魔化しきれないほどに赤くなっているに違いない。いやまって、こう、何度もトライしてきたのに今これ?!
「ちょっと、待っていてくれ」
そう言い残すとアレクは今し方後にしてきた広場に向かって駆け出した。連れだって野山を駆け巡った幼い頃ならいざ知らず、今では本気で走る彼についていくことはできない。困惑したまま、今度はわたしの肩に掛けられた上着の重たさに縫い留められながら待つことしばし。
「蕾しか……無かった……」
戻ってきたアレクの手にあったのは葉や茎までも白い草で編まれた花冠。
ーー想い人への愛の告白として、雪代草の花冠を捧げる。
『愛の伝承大全集』にも載っている、昔からある伝統。雪代草の花が咲く時期がちょうど光月祭と被るので、この時期になると花屋では雪代草の花を店先に並べ、光月祭の間は雪代草の花冠を置いているところも少なくない。今年の光月祭にアレクと約束できなかったのでわたしが諦めた風習でもある。
しかし彼の手にあるのはほとんどが固く閉じられた雪代草の蕾のみで編まれた、寂しい花冠。この時間なのだから当然だ、綺麗に咲いた花なんてとっくに無くなっている。何なら花屋もほとんど閉まっているから蕾だけでもよく見つけてこられたものだと思う。しかもさっきから雪交じりの風が吹いてきて、辛うじて残っている花もはらはらと散りつつある。
そんな、花冠というか蕾冠を差し出して。びゅうびゅうを通り越してごうごうと吹き荒れる風に逆らい、吼えるように。
「好きだ、ルシェル」
痛いほど吹いていた風がふつりとやんだ。
「……それは親友として、では、」
「王都暮らしを唆したのは俺だから、暫くは親友としてお前の側で支えようと思っていたんだが。それでも、この機会を逃せばきっと後悔する。結婚前提に、お前の……こ、恋人として傍にある権利を、俺にくれないか」
ずいっと差し出された蕾冠を咄嗟に受け取った。沸騰したように全身が熱いせいで、蕾冠のやわらかな冷たさをまざまざと感じる。
「そん、な素振り、」
「光月祭に誘い続けるのは結構なアピールだと思うんだが?」
まぁわざとどうとでも取れるようにしていた部分はあるが、と気まずそうに付け足すアレクを前にわたしは自分の耳を疑っていた。彼はこんな冗談を言う人じゃない。聞き間違いだと思おうにも吹き荒ぶ風は鳴りをひそめ、喧騒は遠く、いっそ痛いほどの静けさに包まれている。
「それで、俺は、自惚れてもいいんだろう?」
その不敵な微笑みの奥、緊張を押し隠しているのが分かるくらいには傍に居た。ずっとあなたを見つめてきた。
「わ、」
「わ?」
「わたしも、ずっと好きだった!!」
そう答えた瞬間。握りしめていた蕾だらけの花冠がふわりと熱を持った気がして。
「えっ」
「は?」
目の前で一斉にほころび始めた蕾を前に、わたしたちはしばらくの間揃って惚けていた。
◇ ◇ ◇
時は光月祭の少し後。王都のエルエフィ正教大聖堂にて。
「あの子たち、あれで恋人同士でもないなんて訳が分からなかったわよね……」
「全くですよ」
大聖堂の書庫の奥、分厚い書物を捲る一人の神官と彼女に付き従う聖堂騎士の間で、そんな話が交わされていた。
「自分にだけ態度が違うのは異性として見られていないからだと思っていたみたいだけれど、私から言わせればアレは『ルシェル向け』か『それ以外向け』だったわ」
「あれだけ彼女絡みで執拗に牽制しているのに気付かない訳がないと思うのですが」
「仕方ないわね、あの子には見せないようにしていたもの」
ルシェルは意識されていないと悩んでいたけれど、意識するも何もその間合いは親密な恋人では?何なら伴侶のそれでは?と言いたくなる二人を前に、何度突っ込みを入れたくなっただろう。確かにアレクの方には、付き合いたての恋人のような一見して分かる甘さは欠けていたかもしれない。けれど外から見ればアレクの想いは明らかで、だからこそ彼を狙う面々は早々に諦めたのだろう。
「でも、本当に不思議だったの。女神様のお与えになる試練にしては不自然だった。何よりあの子と彼が二人でいるときに時折見える精霊の様子、祝福の光景にしか見えなかったのに、どうしてあんなにも失敗続きなのかしらって。あまりに不思議でずっと調べていたのだけれど」
きっとこれね、と伸ばされた指先、ぱらりと捲ったその頁は全18巻ある事典の1冊。女神の祝福とされる試練について纏められた章の前書き。
—―女神が課すと伝えられる愛の試練とは別に、女神により認められた伴侶を持つものが、いわゆる『密やかな愛の告白の儀式』を行った場合伴侶を裏切る行為と見做され女神の障りがあるという記述は、建国以前の時代から散見される。(愛の伝承大全集 愛の試練 女神の祝福編1)
■ルシェル・ガルニエ
ネルレイ王立大図書館の新人司書。ガルニエ子爵家の長女だが実家とは疎遠になっている。自然に他人を褒め倒すタイプ。
身体を動かすのは結構好きな方。攻撃魔術は苦手で人や物にバフ・デバフを付与するのが得意な所謂サポーターだが、野外探索に行った時は自分にバフを盛って元気にスコップ(採集用兼、護身用)を振り回している。趣味は魔術インクの調合とそれを使った魔導書製作。
■アレク・ヴァルテ
王宮警備隊の新人隊員にしてヴァルテ子爵家の三男。非常に優秀な年の離れた二人の兄がおり、幼いころの彼は誰にも期待されず放置されているような状態だった。兄たちの影と呼ばれることもあった自分のことだけを見て手放しで褒めてくれるルシェルと出会い、掛け替えのない親友として接していたがいつしか意識するようになっていた。王都に出たのは実家を出て独り立ちするため。ルシェルの前で見栄を張るために色々と努力してきたが恋愛面ではポンコツ。親友期間の長さに引きずられたともいう。
■愛の伝承大全集 第10巻 永遠の誓いを 愛の契り編4 一章 婚姻の作法に纏わる伝承その87
神話では、女神の一の娘である月の女神と、その夫神の婚姻の儀は花笑みの月の望月の夜に行われたとされている。天泉にて身を清め、ひとつの天上の玲果を分けて食み、互いに名を呼ぶことで契りを交わした、というものである。
これに準えて古代の婚姻の儀では満月の夜に清水で身を清め、共にひとつの果実を分け合い、互いに名を呼び合った。特に古エデュメル王家では女神の承認を得るためこの方法での儀を必ず行うよう厳格に定められていたという。現在の婚姻式の中で果実水を互いに注ぎ飲ませるのはこれが由来という説もある。
「あの二人なら絶対何かしらやってるでしょうね、婚姻の誓約となる儀式」
「普通なら恋人同士でもないのに完遂する事態にはならない筈だけれど、あの二人ですものね……」




