第2話「黒衣の令嬢と、鉄の巨神」
「復讐したい? 坊や」
その声は、凍りついた俺の鼓膜を甘く、そして鋭く震わせた。
俺は顔を上げる。
月光を背負って立っていたのは、この世の者とは思えない美貌の女性だった。
うねるような長い金髪。喪服を思わせる漆黒のドレス。そして、全てを見透かすようなアメジスト色の瞳。
「あ……あんた、は……」
「私の名はセレニア。セレニア・フォン・ノワール。かつてこの国の公爵家に連なり、今は『悪役令嬢』として追放された身よ」
悪役令嬢。
その言葉に、俺は呆然とした。なぜそんな高貴な人間が、こんな最果ての雪原に?
セレニアと名乗った彼女は、俺の返事を待たずに、雪に伏したままの俺の前に跪いた。
そして、白く細い指で、俺の涙と泥にまみれた頬を優しく拭う。
「見ていたわ。あのアホ勇者の所業も、あなたの無力な絶望も」
「……だったら、笑いに来たのかよ。負け犬を」
「いいえ。――スカウトしに来たの」
彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「私は世界の頂上、『天頂の祭壇』へ行かなければならない。でも、そこへ至る道はダンジョンと魔物に阻まれている。私一人では辿り着けないわ」
「だから、俺に護衛をしろって? 無理だ。見てただろ、俺はレベル1の『解析』持ちだ。魔法も剣も使えないゴミなんだよ!」
俺は叫んだ。自分の無力さが惨めで、情けなくて。
だが、セレニアは静かに首を振った。
「戦う力なんて、これから手に入れればいい。私が求めているのは、その『解析』スキルと、何より……その瞳に宿る、燃えるような『執着』よ」
彼女は立ち上がり、夜空を見上げた。
「あの勇者は、世界の寵児として持て囃されている。正攻法で挑んでも、あなたはただの『逆恨みした犯罪者』として処理されるだけ」
「……くそっ」
「でも、もしも。あなたが彼を遥かに凌駕する『力』を手に入れ、全世界の目の前で彼の化けの皮を剥いだとしたら? 彼が最も大切にしている『名声』を地に落とし、全てを奪い返せるとしたら?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
名声を地に落とす。奴を、社会的に殺す。
そして母さんの皮を奪い返す。
「……やる。何でもやる。俺の命なんてどうなってもいい。あいつを殺せるなら!」
「ふふ、いい顔になったわね。契約成立よ」
セレニアは妖艶に微笑むと、何も無い空間に右手を突き出した。
「なら、見せてあげる。私たちが乗る『箱舟』を。――来なさい、『次元列車』!」
彼女が虚空を掴むように指を握り込んだ、その瞬間。
ズズズズズズズ……ッ!!
大気が悲鳴を上げた。
俺の頭上の空間に、幾何学模様の亀裂が走る。そこから噴き出したのは、黒煙ではない。青白く輝く、膨大な魔力の奔流だった。
「な、なんだ……!?」
恐怖で身をすくませるルガを抱き寄せ、俺は空を見上げた。
亀裂から、巨大な「何か」がその姿を現す。
それは、鉄の塊だった。
だが、俺の知っている列車とは次元が違う。
全長は優に三〇メートルを超えているだろうか。日本のC62のような優美さはない。
ボイラーは異様に太く、筋肉の塊のように膨れ上がっている。
車輪の数は――前後に六つずつ、さらに先頭と後尾にも。計り知れない重量を支えるための、無骨で凶悪な足回り。
前世の鉄道知識が、記憶の底から一つの名称を引っ張り出した。
蒸気機関車の出力競争が生んだ、史上最強の怪物。
2-6-6-6、H-8「アレゲニー」。
その漆黒の巨体が、重力を無視して空中に浮かぶ「光のレール」の上に鎮座していた。
「これが……俺たちの、足?」
「ええ。古代の魔導技術と私の家門の魔術を融合させた、最強の移動要塞よ。これなら、どんなダンジョンの壁も食い破って進めるわ」
プシューーーッ!
列車が長い蒸気を吐き出した。その音はまるで、猛獣の咆哮のようだった。
圧倒的な質量と力。これがあれば、本当に世界の頂上まで行けるかもしれない。
「さあ、乗って。出発の準備をするわよ」
開かれた扉から、俺たちは車内へと足を踏み入れた。
外見の無骨さとは裏腹に、客車の中は高級ホテルのラウンジのように豪華だった。ふかふかのソファ、魔導ランプの落ち着いた明かり。
だが、セレニアは運転席のある機関室へと俺を連れて行った。
そこには、複雑な計器類と、巨大な水晶のモニターが並んでいた。
「この列車を動かすには、莫大な燃料が必要なの」
「燃料? 石炭じゃないのか?」
「いいえ。『魔力』よ。それも、私一人の魔力じゃ到底足りないほどのね」
セレニアはモニターを操作し、俺の目の前に青いウィンドウを表示させた。
「そこで、これを使うの」
「……これって、配信画面?」
そこに映っていたのは、見慣れた動画配信サイトのUIによく似たものだった。
タイトル入力欄、コメント表示欄、そして現在の視聴者数『0』。
「この世界には、冒険者の探索を視覚共有する『ダンジョン配信システム』が普及しているわ。人々の『興奮』『感動』『驚き』……そういった感情の波は、高純度の魔力となって配信者に還元される」
「つまり、配信でバズればバズるほど、この列車は速く、強くなるってことか」
「ご名答。元社畜さん、あなたの『解析』で面白い映像を撮って、稼いでちょうだい。それが運賃よ」
なるほど、理にかなっている。
俺はただのレベル1だが、この規格外の列車と、謎の美女、そしてフェンリルの生き残りがいれば、人の目は引けるはずだ。
「よし……やってやる」
俺は震える手で、配信のタイトルを入力した。
飾る必要はない。今の俺のありのままを、世界に叩きつけてやる。
入力完了。
『配信開始』のボタンを押す。
「出発進行!」
セレニアが叫び、レバーを引いた。
ドォン!! という衝撃と共に、巨体が動き出す。
動輪が光のレールを噛み、空気を引き裂いて加速する。
窓の外、眼下にはマザーが殺された雪原が広がっていた。
小さくなっていく母さんの骸に、俺は誓う。
(行ってくるよ、母さん。必ず戻ってくる。あいつの首と、母さんの皮を取り返しに)
モニターの隅で、視聴者数が『0』から『1』に変わった。
どこかの物好きが、偶然この配信を開いたらしい。
【コメント欄】
:ん? なんだこの配信
:真っ暗じゃねーか
:タイトル『復讐』って痛いなw
:お、犬がいる。かわいい
:背景すげえ。CGか?
[ 5人視聴中 ]
まだ反応は冷ややかだ。
だが、今はこれでいい。
俺たちのレールは、まだ敷かれたばかりなのだから。
アビス・ライナーは轟音を上げ、夜空へと駆け上がっていく。
目指すは最初の停車駅、第1階層のダンジョン都市だ。
次回予告
ついに動き出した次元列車。
最初の目的地は、無法者とスライムが巣食う「始発駅・スラムステーション」。
初配信に挑むアレンだったが、レベル1の彼にダンジョンの魔物が襲いかかる!
しかし、その時アレンの【解析】スキルが、予想外の進化を見せる!?
セレニア「見せてみなさい。あなたの武器は、剣ではなく『情報』よ」
次回、第3話「スラム街の暴走と、解析チートの目覚め」。
――そのコメントが、俺の力になる。




