『煙の異世界を往復』第7話 王の崩御と境界王の誕生
王の急変──そして継承の混乱。
本話では、岩の国が大きな転換点を迎える中で、
大輔の覚悟とアニーの想いが重なっていく姿を描きます。
二つの世界をつなぐ者として、大輔が取った決断とは……。
再会の喜びが続いたのは、ほんの数日のことだった。
王都から届いた急報は、春の森を切り裂くような緊張を運んできた。
「大輔様! それにアニー様!
王の容体が急激に悪化しております!
……早く、お戻りください!」
使者の声は震えていた。
大輔とアニーは馬車へ飛び乗り、王都へ向かう。
道中、アニーの手は震え続け、
大輔はそれを必死に包んでいた。
「…急に……」
「アニー。俺がそばにいる。
どんなことがあっても、離れない」
アニーは小さく頷いたが、瞳の奥には深い不安が揺れていた。
* * *
王宮は混乱に包まれていた。
侍従たちが走り回り、議会の重職たちが激しく言い争っている。
「次の王位はどうするのだ!」
「アニー様は王に近しい方だが、血筋ではない!」
「だが他に継承者がいない!」
「大陸北部も不穏だぞ。このままでは——」
混乱。焦燥。疑念。
王が生きているうちから、国はすでに“次の王”を巡って揺れていた。
大輔は胸が締め付けられた。
アニーはそのざわめきに耐えきれず、目を伏せた。
* * *
王の寝室には静寂があった。
それは逆に恐ろしいほどの静けさだった。
「……陛下」
アニーが膝をつき、王の手を握る。
王は薄く目を開き、かすかな笑みを浮かべた。
「アニー……大輔……よく……来てくれた」
「陛下……」
大輔は胸が痛むほどに身を乗り出した。
「どうかお体を……」
「もう、よいのだ」
王は静かに言った。
「この国は、境界の揺らぎにさらされている。
北の山の民は動き始め、
巫女たちの予言は乱れている。
——大輔。そなたは境界の先を知る者だ」
「私はただ……アニーを守りたいだけで……」
「それでよい。その想いこそが王に必要なのだ」
王の目が大輔を射抜く。
その視線には、言い逃れできない重さがあった。
「古文書に記されていた“継承の光”。
王家の血が弱まり、世界の均衡が揺らぐ時……
その光は、次なる守護者へと託されるとある」
アニーが息を呑む。
(守護者……継承者……それが大輔だと言うの……?)
「頼む。アニーと、この国を守ってくれ……」
王はそのまま、静かに息を引き取った。
* * *
王が崩御した夜、王宮は悲しみと混乱と怒号で満ちた。
「王位をどうする!」
「急ぎ決めなければ国が割れるぞ!」
「しかし誰が治める!」
議会の中で名前が挙がった。
——「境界の使い・大輔」
その瞬間、空気が張り詰めた。
「異世界の者を王に?」
「いや、彼は女神の煙を扱う特別な存在だ!」
「しかし伝統はどうする!」
「王家の血を引かぬ者に国を託すのか!」
怒号が飛び交い、
大輔とアニーはその中心に立たされた。
「大輔……逃げてもいいのよ」
アニーは小声で言った。
「あなたは現世界に帰れるわ……」
「逃げない」
大輔の返事は短いが、揺るぎがなかった。
「アニーを一人にできるわけがないだろう」
その言葉にアニーの瞳が震えた。
* * *
議会は最終決定を大広間で行うことになった。
「大輔。あなたは境界を越え、
二つの世界から“知”を持ち帰る存在と聞く。
それでも……この国を治める覚悟はあるか?」
議長の問いに、大輔はアニーを見る。
彼女はわずかに頷き、そっと手を握り返した。
「一つだけ条件があります」
大輔は前を向き、強く言った。
「私は現世界との往復を禁じません。
境界は閉ざさない。
その道は、この国にとって危険でもあり、
同時に大きな希望でもある」
「危険だと?」
「何を持ち込むつもりだ!」
「いや、彼が王なら境界の管理もできる!」
議場が揺れたが、やがて静寂が訪れた。
そして議長が宣言した。
「先王は“次なる守護者”を大輔に託すと遺した。
——これを正式に承認する。
大輔を『岩の国』王、名を“境界王”として迎える。
異議、なし」
槌が打ち鳴らされる。
アニーは胸に手を当て、深く息を吐いた。
その場にいた全員が知っていた。
この瞬間から、岩の国は新しい時代へ踏み出したのだ。
* * *
夜、王宮の高台に立つ大輔の横に、アニーがそっと寄り添った。
「大輔……怖くないの?」
「怖いさ。でも、君を守れるなら構わない」
「あなたは……本当に境界の王になったのね」
「肩書きなんてどうでもいい。
ただ、君とこの国の未来を守るだけだよ」
アニーはその肩に頭を預けた。
「……大輔。あなたに支えてもらえるなら、
私は先王の遺志を継げる。
一緒に、この国を……守っていこう」
二人を包む金色の風が、
王のいない国の夜を静かに照らしていた。
現世界へ続く細い煙の道が、
月光の中でかすかに揺れていた。
王の死と、大輔の即位。
物語はここから、岩の国と現世界の「境界」が大きく動き始めます。
アニーは血縁ではないものの、先王が最も信頼した存在。
二人がどのように国を守っていくのか──
次話では、王位を巡る外敵の動き、北部の異変が明らかになっていきます。




