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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 宰相感懐録。1

ルカイア視点です。

最終話『泣いて、笑って。』の冒頭辺りの時間軸から始まります。





 この娘はわたしをなんだと思っているのだろう、とたまに本気で思うことがある。

 結婚していると教えたとき、まるで他人ごとのように吃驚していたが、まさか妊娠していると発覚したときまでそんなふうに吃驚されるとは思わなかった。


「えっ? わたし、ルカさまとの子を妊娠しているんですかっ?」


 なぜそんなに驚く、というほど大声で吃驚してくれたわが妻に、宰相ルカイアはため息をついた。


「そんなに驚くことですか? やることはやったのですから、当然でしょう。避妊なんてこと、わたしはしませんからね」

「してくださいよ、避妊!」

「なんのために?」

「う……そ、それは、その……」


 わが妻リンリィは、そう呼ばれるのをいたくいやがるので、ルカイアを始め誰もが「リリ」と呼ぶ。正式に名乗るときですら「リリ・ラッセです」と答えるため、正式名が「リンリィ」だと知らない者のほうが多いだろう。

 そのリリだが、とても家出が好きな娘である。妻に迎えるため攫いに行ったときも、この娘は家出をしてくれていた。おかげで捜すのに数時間を費やし、やっと見つけたかと思ったら放っておけと逃げられそうになった。どうにか上手く言い包めて連れ帰ることはできたが、それからの日々は大変だった。目を離すと家出しようとするのだ。この行動力には正直、ルカイアも参った。あれこれと興味を示しそうなものを提示することで惹きつけ、成人を迎えるその日まで粘って、婚姻届を提出できた自分を褒めたいくらいである。いや、むしろ褒める。

 ルカイアの努力をまったく知らないこの娘に腹を立てたこともあるが、腹を立てた先から家出をしてくれるので、上手くその精神的負荷を発散できたように思う。


「また、家出をする気だったのですか……ツェイルさまを置いて?」

「一緒です!」

「サリヴァンさまの怒りを一身に浴びてきなさい」

「う」


 そんなにこの家にいるのは不快なのか、と訊いたことがある。リリはきょとんとして、首を左右に振った。「ひとりで生きて行くと決めているのです」と、剣の腕を鍛えたリリは答えた。その言葉がどれだけルカイアを悲しませるか、きっとリリはずっと知らないままだろう。ルカイアも、それを口にするつもりはない。


 だから思うのだ。

 この娘はわたしをなんだと思っているのだろう、と。


「身篭らせるのはそれほど効果がない、と……」


 家出できまい、と計算してやったことではあるが、この調子ではもしかしたら意味がないかもしれない。身篭っているのに家出してくれそうだ。


 ルカイアはじっと、自分の愛を欠片も信じてくれないわが妻を見つめる。

 次はどうしてくれようか、と本気で考えるあたり、自分も相当疲れているなと思う。


「ツェイルさまにとりあえずお願いするしかありませんね……」

「はい?」

「以前わたしが言ったことを憶えていますか?」

「……もしものときは、ツェイルさまを連れて国外へ逃げるように、ですか?」

「けっこう。あなたにはツェイルさまのそばにいる責任があります。意味はわかりますね」

「わたしがルカさまの……妻だから」


 言いたくなさそうなのはこの際無視だ。頬が少し赤いので許そう。


「あなたには引き続き、侍女でいてもらいます。当面はわが邸にお招きすることですし、問題はないでしょう」

「そう、ですね……はい」

「離れて暮らすことになるでしょうが、まあ仕方ありません」

「え……ルカさまはどこに」

「城ですよ。サライ陛下をお迎えすると決まった今、いろいろと準備が必要なのです。お迎えしたあとも、しばらくは忙しいでしょうね。ですから、あなたにかまっている暇がありません」


 少しは反省しろ、という意味を込めて言い捨てれば、さすがのリリも顔色を悪くする。意地悪をするわけではないが、自分がいない間というものを考えて欲しくて、ルカイアは言葉を改めなかった。


「新しい侍女の教育も引き続き、行ってください。いずれあなたひとりでは賄えなくなりますからね」

「はい……」

「侍従も数人、あとからラクウィルに頼みます。そちらはラクウィルに任せていいでしょう。あなたはツェイルさまのそばを離れないように。わかりましたね」

「……はい」


 これで少しは懲りてくれるといいが、とため息をついてから、ルカイアは仕事に戻るべく部屋を出た。廊下に控えていた補佐の文官にリリを邸へ帰らせるよう頼むと、頭を仕事に切り変える。


 廊下を中央の棟、皇帝の執務室がある場所へ進み、最上階にある執務室への階段を登り終えたところで、サライに出くわした。


「ルカ!」


 にぱっと朗らかに笑うその姿は、やはりサリヴァンに似ている。いや、サリヴァンがサライに似ている、と言うべきなのだろうか。


「サリエがな、笑ってくれたんだ。兄上は面白いですねって、笑ったんだ」


 サライは、自分以外の兄弟がいないと思い込んでいたせいか、五年前に出逢ったサリヴァンを、いたく気に入っている。適当にあしらわれても、冷たくされても、なにをされても楽しくてたまらないようで、乳兄弟として育ったルカイアにそれらを逐一報告してくる。

 ただ、兄弟仲がいいことはとても喜ばしいことだが、一方的なようにも思えなくはない。サリヴァンのほうはサライを、兄というよりも殿下、或いは陛下としてしか見ることができないようなのだ。嫌っているわけではないようなので、これからを期待することはできるだろうが、もしかしたら可能性的に平行線を辿るかもしれない。


「それはようございました、陛下」

「わたしの前ではあまり笑ってくれないから……すごく、嬉しいな」

「それは陛下がツェイルさまを強引に城から連れ出したせいかと」

「う……まあ、それは、だな……どうにかして、サリエを城に留めねばならんし」


 一方的な好意はときとしてサライを暴走させる。先日、サリヴァンの伴侶を誘拐したことは、その延長線上だった。


「わたしは離れたくなどない……サリエは、そうでもないようだが」

「陛下、無知は罪です。陛下がサリヴァンさまの……サリエ殿下のことを知らずにいたことは、逃れられない罪となりましょう。ですが、これからがあるのです」

「サリエはわたしを許してくれるだろうか」

「もう許してくださっているではありませんか」

「わたしは……わたしは本当に、サリエが可愛いんだ。弟なんだ。それを、わかってもらえるのか?」


 もちろん、とルカイアは微笑む。たとえサリヴァンの騎士がサライを許さなくとも、サリヴァンはサライを許している。いや、そういう問題ではないと理解している。

 サライが怯えるほど、臆病になるほど、サリヴァンは優しい。


「陛下、どうかお心を強くお持ちになってください。陛下がそのような様子では、サリエ殿下をお護りすることはできませんよ」

「わかっている。わかっているが……おまえの前で自分を繕いたくはない」

「ありがとうございます、陛下」

「なあルカ、わたしはサリエのためになにをしてやれる。この愚かな兄を、どうすれば信じてくれるようになる」

「そうですね……まずは、皇帝としてのお姿を、確立すべきかと存じます。サリエ殿下ができたことを、陛下もできねばおかしい。むしろそれ以上のものを、やらなければならないでしょう」


 クッと眉間に皺を寄せたサライは、唸るように拳を握ると、ルカイアを睨んでくる。


「やらねばならぬことを、わたしが放棄すると思うか」


 たまに阿呆っぽいところがあるサライだが、やはり皇族だ。その印を右腕に刻まれた青年だ。透明感の強い碧い瞳には、皇帝としての強い意志が宿っている。ただサリヴァンのことになるとどうしても弱くなるだけで、嫌われたくない一心でつい暴走してしまう。

 もしサリヴァンという存在がなければ、むしろサライはどうしようもなく冷酷な皇帝となっていたかもしれない。


「その心意気、どうかお忘れになりませんよう、謹んでお願い申し上げます」


 官服の長い袖口に両手をしまい、胸の前で組み、ルカイアは頭を下げる。

 皇族とは不思議なもので、自然と礼が出るものだ。その魅力は心地よく、未来を期待させられる。先帝にはまったく感じられなかったが、もしかするとこれは刻印の力なのかもしれない。刻印に、その天恵に選ばれたからこそ、皇帝なのかもしれない。

 だとすると、やはりサリヴァンも皇帝なのだと、ルカイアはつくづく思う。サライだけでなく、サリヴァンも、やはりこの国には必要なのだ。

 やはりわたしの選択は間違っていなかった。判断を誤っていなかった。

 そう安堵して、ルカイアは口に笑みを浮かべた。







リクエストありがとうございます。

嫉妬、というには方向がずれているかもしれませんが、楽しんでいただければ幸いです。

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