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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
88/170

Plus extra : せかいはかわった。

Plus extra『国を継ぐ者。5』からしばらく後の話です。






 こんにちは、と声をかけられた。

 いいお天気ですね。

 雲一つなくて、とても心が温まる日ですね。


「……そうですね」

「こんな日は遠くまで散歩に行きたくなります。ですから、来てしまいました」


 にこ、と笑ったそのひとは、人形のようなひとだった。

 人形のように綺麗、なのではなく、人形が綺麗に見えるように、そのひとは精錬されていた。


「散歩に、来られたのですか」

「はい。ご一緒にいかがです?」


 ふふ、と楽しそうに笑ったそのひとは、ツェイルが驚いているのにそれを無視して、ゆったりと庭先を歩く。

 ここはヴァルハラ家の邸内にある外庭だ。ここへ入ってくるにはまず近衛騎士隊の誰かと逢って、その先触れがツェイルに伝えられてから、のはずである。

 どこから、どうやって、このひとは邸に入ってきたのだろう。


「……あの」

「今日は暖かいですね」


 振り向いたそのひとは、金色の髪をふわりと風になびかせて、微笑む。その碧い瞳には、害になりそうな気配はなんら感じられない。


「さあ、歩きましょう?」


 手を差しのべられて、その手を取るかどうか迷われた。だが、なぜだろう、意識しないうちにツェイルは手を伸ばし、そのひとと繋いでいた。

 少し、ひんやりする。

 サリヴァンの手のひらのようだ。


「お腹の子は、順調そうですね」

「え……」

「少しは歩かないと、駄目ですよ。適度な運動は必要ですからね」

「……どうして、知って」

「ふふふ」


 なにが楽しいのだろう、と思うほど、そのひとは楽しくてたまらないというような笑顔を浮かべている。

 そのときだ。

 急に、胸が締めつけられるような感覚がして、ふと立ち止まったら、なにかが胸の裡から出てくる。

 全身真っ白な、ツェイルの精霊、ヴィーダガルデアだ。


「セス」

「おや……珍しいですね、ヴィーダ・レス」


 そのひとは、ヴィーダガルデアを知っているらしい。

 ということは、そのひとは、精霊だ。


「セス……なぜここに」

「そう心配しないでください。可愛い姫さまを拐に来たわけではありませんよ」

「本当か? 本当にわたしのツェイルを、どこか遠くへ連れて行こうとしているわけではないのだな?」

「姫さまは、あなたの姫さまでしょう? わたしにだって主はいるのですよ」


 なにかを心配したヴィーダガルデアは、その精霊の言葉を聞くとほっと胸を撫で下ろし、ツェイルの隣に並んだ。


「わたしも一緒に歩いて、かまわないか?」


 それはこのまま表に出ていてもいいだろうかと、そういうことだろうか。表に出てくることも珍しいが、表でこうしてツェイルに話しかけるのも、そばにいたいと言うのも、珍しいことだ。いや、むしろ初めてではないだろうか。

 ツェイルは小首を傾げ、しかしこくんと頷く。とたんにヴィーダガルデアは嬉しそうに微笑んだ。


「姫さまはこれまでになく、ヴィーダに愛されていますねえ」

「……セス?」

「ああ、はい。セスというのは精霊位のことです。わたし、どうやら光属性精霊の最高位にいるようでして。それでセスと呼ばれていますが、きちんと名前があります」


 朗らかに笑いながら最高位精霊だと言うそのひとに、もしかしたら、とツェイルは瞠目する。


「サリヴァンさまの……」

「育てたのはわたしのようなものですかね」


 やはり、そうだ。


「アルトファル・セスと言います。アルトと呼んでください、姫さま」

「アルト?」

「はい」


 にこ、と笑う姿は、どこかサリヴァンの雰囲気に似ている。

 そういえば、猊下の雰囲気もサリヴァンに似ていた。こうしてアルトファルにも逢うと、彼らふたりにサリヴァンは育てられたのだと、実感できる。

 ツェイルはほっと息をつくと、腹部に手を当て、改めてアルトファルを見上げた。


「お腹の子を助けてくれて、ありがとうございます」

「ふふ、わたしはなにもしていませんよ。姫さまが頑張れたから、御子は護られたのです」

「でも、あなたがいなかったら」

「わたしは少しだけ、姫さまの力に語りかけただけです」


 にこにことした笑みを絶やさないアルトファルは、ぽんぽんとツェイルの頭を撫でると、その笑顔のまま視線をヴィーダガルデアに移した。


「姫さまを護りたいなら、姫さまが護ろうとしているものも、護らなければなりませんよ」

「……わかっている」

「それならよいのです。さて姫さま、せっかくのよい御天気です。このアルトと一緒に散歩しましょうか」


 手のひらは繋いだままだ。少しひんやりとしていたのは、握っていた間に気にならなくなるほど温かくなっている。

 ああ、そうか。

 サリヴァンとも、こうして手を繋いで歩く。こうやって、冷えてしまったサリヴァンの心を、温めることができるかもしれない。

 ゆっくりと歩き始めて、緑を感じ、風を感じながら、ツェイルは微笑む。


「小さい頃の、サリヴァンさまは、どんな感じでしたか」

「そうですねえ……おとなしくて、手のかからない子でしたよ。自分のことをわかり過ぎているほどに、ね」

「それは……」

「ですから、たまぁに、やらかすのですよ」

「……、やらかす?」

「ラクウィルを連れてきたときには、どうしようかと思いましたね」


 あの拾い癖のことだろうか、と首を傾げる。

 以前、近衛騎士隊のユグドに、そんな話を聞いたことがある。サリヴァンが拾ってきた、というか懐かれた動物の世話を任された、という話だ。


「……バルサ?」


 今もこの邸のどこかで昼寝していると思われる、大きな猫。


「あれは猊下ですよ」

「聖王猊下?」

「猊下がサリヴァンさまに贈られたと言いますか、押しつけたと言いますか……むしろバルサにサリヴァンさまをお護りするよう、命令したと言いますか」


 懐かれたのは結果的に、バルサがサリヴァンを気に入ってくれたかららしいが、ことは聖王猊下が発端であったらしい。


「天恵に敏感なのでしょうねえ」

「敏感、ですか」

「ええ。サリヴァンさまが拾ってくるのは、ほとんどが聖と呼ばれる動物なのですよ。さすがに魔は拾ってきませんが、たまぁに精霊は拾ってきます。どこから拾ってくるのでしょうね?」


 なるほど、天恵を宿した生きものに、確かに敏感なのかもしれない。


「あれだけ懐かれるのも珍しいですよ。猊下も首を傾げていらっしゃいましたから、あれはサリヴァンさまの特性なのでしょうね」

「……サリヴァンさまですから」

「わたしが育ててしまったからでしょうかね」


 くす、と笑ったアルトファルは、大木の前で立ち止まると枝を見上げた。つられて見上げたそこには、猫の姿をした精霊、バルサが昼寝をしている。


「お久しぶりですねえ、バルサ」


 声をかけられたバルサは、ふだんからそうであるように、ちらりとこちらを見ただけで動きもしない。言葉に応答することもない。精霊だから人語は解すと聞いているが、ツェイルは未だかつてその声を聞いたことはなかった。


「相も変わらず無口ですこと。そのうち言葉を忘れてしまいますよ」

「……忘れることがあるのですか?」

「低位精霊ですと、ありますね。まあ、また覚えればよいだけのことです。言葉を持たない精霊もいますからね」


 精霊には学習能力がある。低位精霊は学習していくことで高位精霊となれるらしいが、最高位になれるのは最高位に生まれた精霊だけだとアルトファルは教えてくれた。ゆえに、高位に生まれた場合は、その上にいくことはないらしい。


「精霊世界は簡単です。自分をわかっていますから」

「そう、ですか」

「ヴィーダは、生まれたときから高位精霊ですね。双精霊としては最高位でしょう。まず珍しいですし」


 双子の精霊は珍しい、という言葉を聞いて、ヴィーダガルデアを見上げる。あまりよく見たことがなかったが、こうしてまじまじと見ると、ヴィーダガルデアは兄の精霊であるヴィーダヒーデと本当にそっくりだ。性格は違うけれども。


「あーっ。なんか変だと思ったら、セスがいる」

「あら本当ねぇ。セスがいるわぁ」


 という声に振り向くと、朱い少女と茶の女性がこちらに向かってきていた。

 ラクウィルの精霊、マチカとルーフェだ。


「こんにちは、姫。マチカはマチカっていうの。ラクウィーの精霊。わかる?」


 見憶えがあるので頷くと、ツェイルと並ぶ小柄なマチカはにっこりと笑って、さほど勢いもなくツェイルに抱きついてきた。


「あっちは、ルーフェ。ルーフェもラクウィーの精霊で、マチカのお母さんみたいなの」

「……おかあさん?」

「マチカ、ルーフェが大好き。ラクウィーが大好き。だからサリとか、姫とか、姫の妹も好き。あ、バルサ・ラスは嫌い」


 話しかけても無視されるから、と猫な精霊は好きではないらしいマチカに、ツェイルはふっと微笑む。誰かが好き、嫌い、とはっきり言うマチカの素直な性格が、なんだか好ましかった。


「ねえセス、姫となにしてるの」

「散歩です。よい御天気ですからね」

「ふーん……じゃあマチカも一緒に散歩する。ルーフェ、いい?」


 いいわよ、というルーフェの返事を聞いたマチカが、またにっこりと笑ってツェイルから離れていく。数歩先へと進むと、「姫、行こう」と言われた。

 なんだか大所帯な散歩になったと思いながら、アルトファルに手を引かれて、散歩を再開する。

 マチカは好奇心が旺盛なのか、ぽつりぽつりとではあるものの答えるヴィーダガルデアに質問を集中させ、そこへたまにアルトファルやルーフェの声を混ぜながら、散歩を盛り上がらせた。気づけばバルサやヴィーダヒーデまで散歩に加わっていたので、随分と賑やかな声がツェイルの周りを飛び交っていた。その賑やかさは心地よく、そしてどこか懐かしく、ツェイルを安心させる。ヴァルハラ家の広くもない外庭を一周しても、精霊たちの賑やかさは薄れなかった。









「殿下、姫が……」


 ふと立ち止まったユグドが言葉を切らせたので、サリヴァンもつられるように立ち止まって、その光景を見た。


「……なんだあれ」


 思わず目が丸くなる。

 このところは調子が回復してきたらしい妻、ツェイルが、たくさんの精霊たちの中で埋もれるように囲まれて歩いていた。おまけに、ツェイルの手を取って歩いている筆頭はアルトファルだ。いつのまに外へ出てきたのか。


「殿下の周りには精霊がよく集まりますが、姫の周りであれだけたくさんの精霊を見るのは初めてです」

「……だいぶ揃ったな」


 あれだけ揃っているのは、初めて見たかもしれない。どの精霊も見知っているのだが、揃っているところは見る機会がないのだ。

 そこにツェイルが混じっている、というのは、なんだか不思議である。


「ツェイまで精霊に見えてくる……」


 あの華奢な肩とか、見上げてくる薄紫色の瞳とか、と記憶を辿ると、人間よりも精霊の側にいるような存在に思えてくる。ただでさえ感情の起伏が少ないツェイルだ。笑ったり泣いたり、このところはよく見られるようになってきたとはいえ、それでも以前より少し増えたというくらいのことである。言葉数はそれほど増えていない。

 もしかしたら、ツェイルは精霊なのだろうか。

 そんな考えが脳裏を掠め、サリヴァンは苦笑する。


「だとしても、おれの精霊だな……」


 手放すことのできない、いとしくてたまらない、大切な自分だけの精霊。

 生きるときも死ぬときも、共に在り続ける存在。

 ああなんて、いとしいのだろう。

 どうしてこんなに、いとおしいのだろう。


「殿下、姫を呼ばれたほうがよさそうです」

「ん?」


 ユグドを振り向くと、邸で護衛任務についていたらしい騎士が報告に来ていた。


「外庭をすでに二周しているとか」

「二周? そんなに歩いているのか?」

「止めようにも、あのとおり精霊たちが囲んでいるので、声をかけられなかったそうです」


 再び、視線をツェイルに戻す。慣れていない者たちには、声もかけられない光景かもしれない。


「光りの精霊がいるので心配は無用でしょうが、見ている側は気が気ではないでしょう。姫は数日前まで寝込んでおられましたので」


 体調が回復しつつあるとはいえ、ツェイルはまだ床上げできるほど回復したわけではない。少しの散歩なら勧めるが、広くはないとはいえ外庭を二周したのなら、それは歩き過ぎだとサリヴァンも思う。

 慌ててツェイルを呼んだ。


「ツェイ! ツェイ、おいで!」


 サリヴァンの声は外庭に響き、ツェイルに気づかせる。振り向いたツェイルは、サリヴァンを見てやんわりと笑んだ。

 その笑みに、どきっとする。

 消えてしまいそうだとか。

 いなくなってしまいそうだとか。

 なにかに連れ去られてしまいそうだとか。

 そういうことがとても怖く感じてしまうほどのいとしさが、胸を締めつける。

 だから咄嗟に駆け出して、歩み寄って来ていたツェイルを驚かせた。


「サリヴァンさま……?」


 ぎゅっと胸に抱きしめて、くぐもったツェイルの声を耳にして、ほっと息をつく。


「大事ないか?」

「……はい、今日は」

「そうか……だが、無茶はしてくれるな。すごく、怖い」


 怖い、とサリヴァンはツェイルの頭に顔を埋める。

 そうだ、サリヴァンは怖い。ツェイルが自分以外の誰かに笑いかけるのも、自分以外の誰かのそばにいるのも、いろいろなものが怖い。それは嫉妬や羨望も混じった恐怖だ。

 人を愛するということは、実はこんなにも苦しいものだったなんて、ツェイルと出逢うまで知らなかった。


「まったく……姫さまを拐に来たわけではありませんのに、どうしてそういう反応しかしないのでしょうねぇ」

「……アルトファル」

「なにもしませんよ。あなたと姫さまの御子の様子を、見に来ただけですからね」


 苦笑をこぼしたアルトファルを目の前に、サリヴァンはどういう顔をしたものかと少し困る。どういう顔でツェイルを呼び、そうして抱きしめているのかもわからないのだ。ただ、情けない顔をしているのだろうということは、アルトファルの様子からわかる。


「……だいじょうぶですよ、サリヴァンさま」


 と、アルトファルは言う。


「もう、なにもできないあなたではないのですから」


 怖いのは、あの頃はなにもできなかったから。

 ただ生かされているだけだったから。

 人をこんなに愛する日がくるとは、思っていなかったから。


「ツェイが、いないと……怖い」


 この腕に、確かなぬくもりが感じられるからこそ、恐怖は湧きあがる。

 ならばいっそ、手放せばいい。

 恐怖は去る。

 それでも、そうすることもできない。


「サリヴァンさま」

「……ツェイ、おれは」

「わたしも怖い」


 胸元から聞こえるその言葉に、サリヴァンはハッと、視線を下げた。すり寄ってくるツェイルの手のひらが、震えながらサリヴァンの胸元を掴んでいた。見上げてくる瞳は、サリヴァンと同じように、怯えていた。


「ツェイ……」


 ああ、そうか。


 唐突に、サリヴァンは理解する。


 ああそうか。

 ツェイルも、同じなのだ。

 同じように、恐怖を感じているのだ。

 人を愛することの難しさ、苦しさ、切なさを。


「いなくならないで」


 伸びてきた手のひらが、サリヴァンの頬を包む。微かに震えた手のひらはふわりと、サリヴァンの心まで温めるように包みこんだ。


「わたしはここにいます。だから、サリヴァンさまもここにいて」

「……ツェイ」

「いなくならないで。わたしをひとりにしないで」


 ずっと、一緒にいると言った。

 ずっと、一緒にいると言ってくれた。

 だから、心もずっと一緒にいさせて。


 手のひらから伝わってくるツェイルの心に、サリヴァンは涙が出そうになった。

 人を想うということは、人に想われるということは、こんなにも身体を満たすものなのだ。


「わかっている……一緒だ。ずっと……ずっと、一緒だ」


 ツェイルの手のひらに擦り寄って微笑めば、嬉しそうに、幸せそうに、ツェイルも微笑んだ。


「はい、サリヴァンさま」


 いつまで一緒にいられるかわからない。そんなことを考えていた自分を、サリヴァンは叱咤する。

 いつまでも一緒にいるのだ。なにがあっても、どんなことがあっても、サリヴァンはこの手のひらを護り続ける。絶対に、離しはしない。諦めやしない。護り続けるのだ。


 もうだいじょうぶだ。そうほっと息をついたとき、頬に添えられていたツェイルの手のひらがずるりと落ちた。次いで、かくん、とツェイルの身体が弛緩する。


「ツェイっ?」


 慌てて抱きしめる腕に力を込めて、倒れそうになったツェイルを支える。


「殿下、姫!」


 ユグドの驚いた声を後ろに聞きながら、サリヴァンは意識を失ったツェイルの顔を覗き込む。少しだけ顔色が悪い。


「アルトファル!」


 サリヴァンと同じようにツェイルを覗き込んだアルトファルに、いったいどうしたのだと問う。


「……疲れたのでしょうね」

「そ……それだけか?」

「ええ」


 だいじょうぶですよ、と癒しを司る精霊の言葉に、サリヴァンは安堵する。それほど広くはない外庭でも、今のツェイルが歩くには少し体力が必要だ。二周も歩いたのなら、疲れて当然だろう。


「少し無茶をさせてしまいましたね。すみません、サリヴァンさま。あなたの御子が見られると思うと、嬉しくて」


 ごめんなさい、とアルトファルは苦笑する。


「猊下も心待ちにしておられるのです。顔には億尾も出しませんがね」

「……楽しみにしていてくれているのか?」

「当たり前ですよ。あのお方は、あなたのお養父上ですからね」


 いつも無表情で、なにを考えているのかわからなくて、けれどもどんなときでも味方であってくれた養父は、ツェイルの胎で育つ子が危険な状態になったとき、助けてくれた。人間に干渉することはできないと言いながら、その力を、サリヴァンに与えてくれた。それがただの優しさではないと、アルトファルは言っているようなものだ。


「元気な子を、猊下に見せてあげてください」

「……ああ」


 想われないことが当たり前だと思っていた頃、振り返れば猊下とアルトファルがいた。ちゃんと想われていた。それなのに、そのことに気づけたのは、ツェイルと出逢ってからだ。ツェイルと出逢えていなかったら、その想いを踏み躙ることになっていただろう。

 そうならなくてよかったと、サリヴァンは心底思う。


「子が産まれたら、猊下に、一番に逢いに行こう……な、ツェイ」


 ツェイルがいてくれただけで、こんなにも、サリヴァンの世界は変わった。そのことを、猊下に話そう。いろいろな想いを、猊下に伝えよう。

 サリヴァンはふと笑みを浮かべると、瞼を閉じたツェイルの頬を、そっと優しく撫でた。







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