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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 皇弟近衛騎士隊追送録。4

ナイレン視点です。





 午前中に行われるはずだった罪人護送任務がなくなったことで、その任にあたる予定であった騎士たちの手が空いたため、今後のことを鑑みてヴァルハラ公爵邸内とその周りの調査を行うことにした。幾度かそういったことは行われているが、『皇弟の妃が懐妊した』ということが判明してからは初めてのことであるので、入念に再調査する必要があるだろうと判断したのだ。もちろん、大袈裟には調査しない。下手に騒いで危険を増やしては意味がないのだ。


「ナイン」


 ふと、街に入っても目立たないような服装で溶け込んでいたところに、憶えがある呼称で呼びかけられて、ナイレンは振り向く。


「……ツェイル」


 邸の目と鼻の先にある通りにいたせいか、早々に見つかった。


「ナイン、久しぶり。どうしてここに?」


 幼い頃、名を訊かれて「ナイレン」と答えたのだが、聞き取れなかったらしく「ナイン」とナイレンのことを憶えたツェイルは、今でもナイレンのことをそう呼ぶ。

 相変わらず小さいな、と思いながら、街に溶け込んでいる部下たちに目配せして、ひとりでいるツェイルのためにも注意を促した。


「おれは街の住人だ。おまえこそ、どうしてここに?」

「リリの手伝い。もう帰る。疲れてきた」

「おまえが疲れたとは、珍しい」


 昔からそうしていたように、ぽんと頭を撫でてやると、ツェイルは俯いた。


「ナイン……わたし、結婚した」

「ああ、それは聞いている。おれは近衛騎士隊の副隊長だぞ。ぜんぶ知ってる」

「なら……ナインも、サリヴァンさまを護ってくれるのか?」


 俯いていた頭が、ゆっくりと上がる。薄紫色の双眸はツァインと同じだ。けれども、ツェイルの瞳はツァインのような虚ろさがない。いつか見たしっかりとした意思が宿っている。


「楽しそうだからな。護るよ」

「この子も?」

「……ああ」


 腹部を抱えたツェイルに、ナイレンは目を細めた。少し見ていなかっただけなのに、なんだか丸みを帯びて女らしくなったように思う。


「邸に、視線を感じる」


 ふと急に目を細めたツェイルが、周りをゆっくりを見渡しながら急にそんなことを言った。


「……ほう」

「本当は、それが気になって、外に出てきた」


 調査のためにうろついている部下たちの気配を、ツェイルは機敏に感じ取っていたらしい。

 これは部下たちを鍛え直す必要がありそうだ。


「悪かった。おれの部下だ」

「……違う。近衛の人たちじゃない」


 おや、と思って、ナイレンは首を小さく捻る。


「いつからだ?」

「このところ、ずっと……今日はひどくそれを感じる」


 となると、ツェイルが感じているものは、ナイレンの動きまでも調べている可能性がある。


「イル」


 昔、一緒に戦っていた頃、そう呼んでいたようにその名を口にすると、ツェイルは「わかっている」と頷いてくれた。だからナイレンはそっとツェイルの背を押し、邸のほうへと促す。


 けれども。


「……っ」


 急な殺気が、ナイレンの後ろ首を刺激した。

 ハッとして振り向くと、全身黒ずくめの傭兵然とした男がふたり、いつのまにかそこに立っていた。


「イル、邸に走れっ」


 腰に下げている剣の柄を握り、振り向きざまにツェイルを邸へ走らせようとしたがしかし、ナイレンの意とは逆に背中にツェイルの背がくっついた。


「ちっ」


 ナイレンは慌ててツェイルの肩を抱き、引き寄せる。ツェイルが走ろうとした先を眇めれば、そちらにもふたり、黒ずくめの男が立っていた。


「ああ、その顔にはやっぱり憶えがある。おまえは副隊長さんだな」


 男のひとりが、目深に被った布の隙間から、そう言ってきた。


「てことは、そっちの坊やが、坊やじゃなくてお嬢ちゃんなわけだ。ふぅん?」


 にやりと、男の唇が歪む。ナイレンはそれらを睨みつけながらも、この事態を目撃している部下たちの気配を探り、その指示を出す機会を窺った。


「なに者だ、おまえら」

「雇われもんだよ。見りゃわかんだろ」


 意外にも、男はナイレンの問いに素直に答えた。ただの人攫いではなさそうだが、そうなると予感していた事態の可能性がある。

 剣の柄を握る手に、力が入った。


「おっと、おれに剣は効かねぇと思うぜ? 魔法師がいるんでね」

「まほうし、だと?」

「こっちでは天恵者、だったか。知ってるみたいだな?」

「ディアル・アナクラム国の者が、おれたちになんの用だ」


 国境を越えた先の者にまで狙われる想定はしていたが、まさかこんなに早いとは思っていなかった。あのツァインでさえ、国外への危機感に昨日動き始めたばかりなのだ。


「ここじゃゆっくり話もできねえ。とりあえずついて来いよ。おとなしく、な。うちんとこの魔法師は容赦ねぇから、そのほうが身のためだぜ」


 言うことなど聞けるか、と言おうとしたのだが、ナイレンが言う前にツェイルが口を開いた。


「断る」


 ツェイルのはっきりとした答えは、しかし男を一笑させた。


「は! 強気な言葉だねえ。言っただろ、うちの魔法師は容赦がねぇんだ」

「わたしが天恵者でも、同じことを言うか」

「……ほう、お嬢ちゃん、天恵者かい」


 男の唇が、不気味なほど歪む。面白いことを聞いたと言わんばかりのその態度に、ナイレンは不快さが込み上げてきた。


 しかし。


「情報どおりだな」


 と言った、男のその言葉に、眉間に皺が寄る。


 ツェイルが、メルエイラ家が血に天恵を持つ一族であると知っているのは、このヴァリアス帝国内でも、上位十二貴族だけが知ることなのだ。メルエイラ家に関わる者たちは必然的に知ることになってはいるが、それでも異国の人間が易々と得られる情報ではない。


 異国の人間を使うことでそう仕組もうとしたわけか、と思うと、わが国のことながら本当に情けない貴族連中だと思う。


「雇い主は、六候のひとりか」

「ん? なにか言ったか、副隊長さん」


 そもそも、だ。男がナイレンを副隊長だとわかっているらしい時点で、男が異国の人間だとしても雇い主は国の人間だと判断していい。


 この国の人間はどこまでサリヴァンという皇弟を利用し尽くしたいのだ、とため息がこぼれた。


「目的はなんだ」

「そこのお嬢ちゃんと逃避行」

「許すと思っているのか」

「そのために魔法師がいる。まあ、お嬢ちゃんは天恵者だし、簡単にはできねぇだろうと思ってはいるが……なあお嬢ちゃん、もうひとりの身体じゃねぇなら、無理はしねぇほうがいいと思うぜ?」


 とたん、ツェイルがびくんと身体を震わせた。瞬間的に男が笑う。


「おいおい、当たりかよ」


 かまをかけられたのだ、と気づいたときには遅い。


 ナイレンは二度めの舌打ちをすると、もうだめだ、とその判断を下す。


「斬りかかれっ!」


 剣を抜くと同時に、部下たちにそう号令する。成り行きをこっそりと見守っていた部下たちの反応は早かった。


「やっぱりそう来るよなっ!」


 嬉々とした男は、怯むこともなかった。同様にほかの黒ずくめたちも、予想していたかのような反応を見せる。


 ナイレンは彼らを部下たちに任せることにして、ツェイルの肩を強く抱くと邸へと促した。


「イル、走れっ」


 しかし。


「逃がすわけねぇだろ!」


 邸にさえ入ってしまえば、そこにはあらゆるものから守護する結界が張られている。どういう仕組みになっているのかはわからないが、だからこそ邸にツェイルを促したのに、ツェイルが天恵者だという情報を持っていた男は、やはりそのことも知っていたのだろう。部下たちの攻撃をかわしたその男だけは、ナイレンとツェイルの前にひらりと舞い降りてきた。


「魔法師って、おれのことなんだよ」


 ああやはり、と思うと同時に、ナイレンはツェイルのそばを離れて男に剣を走らせた。

 軽く避けられてしまったが、その隙を狙わないナイレンではない。剣を走らせた勢いをそのまま利用して二合めに移行する、ツァインから教わった技巧で男に攻撃を与えようとして、金属がぶつかり合う鈍い音が響いた。


「魔法師だが、おれは魔法剣士でね」


 受け止められた攻撃は、男を笑わせる。

 今日は幾度舌打ちすればいいのだろう、と思いながら、二合三合と剣を交わし合った。


 そのとき。


「ネイ、ラクを呼べっ!」


 と、ツェイルが叫んだ。


 ツェイルは、邸のほうから姿を見せた少女を視界に捉えていた。少女の隣には、少年もいる。どちらもナイレンが赤ん坊の頃から知っている、ツァインやツェイルの弟妹だ。少女シュネイは蒼褪めているようだったが、少年トゥーラは不機嫌そうに腰の剣を握ると、こちらに向かって駆けてきてくれている。


「やや、これは予想外だな」


 男が、思わぬ方向からの助っ人の登場に、おどけたように呟く。


「ナイン貴様っ、イルを護るのが貴様の役目だろう!」


 というトゥーラの怒鳴り声に耳が痛いと思いながら、ナイレンはぶつかり合っていた男との剣から瞬時に離れると、ツェイルの傍らに戻った。


「イルを襲うとはいい度胸だ、不届き者!」

「おおっと!」


 トゥーラの剣が、男の剣とぶつかり合う。


「死ぬ覚悟はあるんだろうな」

「ねぇよ、んなもん」

「では殺されろ。メルエイラを敵に回して、生き残れると思うな」

「おお怖い。だがなぁ、おれは強ぇからよ」


 トゥーラと男の斬り合いになると、その強さを知っているナイレンはツェイルを庇いながらじりじりと後退を始める。周りの様子を見れば、苦戦しつつも黒ずくめたちに応戦している部下たちの姿があった。


「ナイン、だいじょうぶだ」

「おまえはネイと邸に戻れ、イル」

「だいじょうぶだ。ラクが来る」


 シュネイにラクウィルを呼ぶようにと、そういえばさっき叫んでいたが、ナイレンには意味不明だ。ツェイルのその自信も、どこから湧いてくるものなのかわからない。


「いいから邸に」


 戻れ、と言おうとしたとき、視界がぶれた。いや、見えている先が、ぶれた。


「ううわ、なにこれ」


 きょとん、した顔のラクウィルが、そこにいた。


「いつからここは闘技場になったんでしょうねえ……」


 あまりにも場の雰囲気にそぐわない声で、ラクウィルはそう言う。しかし次には、地が揺れた。


「とりあえず、消し飛べ?」


 あは、と笑ったラクウィルが、いつまに抜いたのか、その剣に朱い炎を宿らせてくるりと回したのち、黒ずくめたちのほうへ真っ直ぐと投げ飛ばした。


「避けろ!」


 ナイレンが咄嗟にできたことは、部下たちにそれを知らせることだけだ。気づいてくれた部下たちは、それぞれが慌てて四方へ逃げる。

 周囲には邸以外の建物はないのだが、なくてよかった思うほどに大袈裟な轟音が、炎の宿った剣が地に突き刺さると同時に響き渡った。


「気分そぉーかぁーい」


 満面笑顔のラクウィルがそう言ったとき、炎が黒ずくめたちを覆っていた。部下たちはぎりぎりのところで免れているようだが、それでもその熱は伝わってくるのだろう。よたよたとしながらその場からさらに逃げていた。


 数多の悲鳴が聞こえる中、トゥーラと剣を交えていたほうの男が、漸く己れの不利を感じ取ったのか、隙を見てさっと身を翻す。


「おれの切り札、切り札じゃなくなっちまったぜ……こりゃいかん」

「おんやぁ? まだいましたか」

「こっちの坊やと遊んでいたんでね」

「おやおや……まあ、とにかく消し飛ばされなさいよ、とりあえず」

「とりあえずで殺されてたまるか」

「おれの未来の奥さんが泣いてるんです。その責任は取りなさい」


 にこ、と笑ったラクウィルは、その手に剣に宿らせた炎と同じものをまとわせる。それを見た男は、唇を引き攣らせて後退した。


「逃げるが勝ち、だな。あんただけは相手にしたくねえ。あんた、あの異形だろ」

「どの異形ですかねえ?」

「聖国の死神、異形の天恵術師だ!」


 男はそう吐き捨てると、その勢いのまま、黒ずくめたちがまみれている炎の中に突っ込んでいく。自殺行為だ、と思ったが、炎の中でなにかが一瞬白く発光したあと、燃えていた黒ずくめたちや男の気配が、ぷっつりと消えてなくなった。


「ありゃ……幻覚ってばれちゃいましたね」


 と、ラクウィルが呟いたとき、それまで燃えていたその場所から、炎がぱっと消えた。本物の炎ではなく、幻だったようだ。


「まあいいか。姫、無事ですね?」


 やはり場にそぐわないその声と表情に、ナイレンは漸くほっと、肩の力を抜く。

 だが、それも一瞬のことだ。


「サぁリヴァーン」


 ラクウィルがサリヴァンを呼んで、どこからともなく舞い降りてきたサリヴァンのその姿を見たとたんに、ナイレンは申し訳なさと情けなさで死にたくなった。

 いや、近衛騎士隊の副隊長をまず、辞任しなければならないと考えた。







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