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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 皇弟近衛騎士隊追送録。3

残酷描写が会話文にあります。ご注意ください。


ナイレン視点です。





 サリヴァンを送り届けたあとは帰宅してもよかったのだが、城に残っているツァインが気になり、ナイレンはその通路を戻った。とはいえ、ナイレンは騎士宿舎にも居があるので、今日はそちらで休もうと思えば、苦になるほどの距離ではないだけだ。


「アイン」


 騎士宿舎の最上階、北端の部屋は、ツァインの部屋だ。執務室にもなる部屋なので、最上階は城と繋がる石橋もあるが、そこへ行くには真逆に進まなければならないという、便利の悪い位置でもある。おそらくは上層部のいやがらせかなにかでそうされたのだろうが、ツァインはこの北端の部屋を気に入っているようだった。


「なにしに来たのかな、ナイレン」

「殿下を送り届けなかったのはなぜか、と疑問になって」


 部屋に入ると、案の定ツァインは卓に向っておらず、その前に置かれた長椅子にだらしなく寝転がり、酒を引っかけていた。


「とくに意味はないよ。今日は酒を飲みたかっただけ」

「いつもならツェイル逢いたさに、まっすぐ帰るくせに」

「あそこは僕が帰る場所じゃないから」

「だが、ツェイルがいる」

「……そうだね」


 くつくつと、なにが楽しいのか、ツァインは笑う。酔っ払っているのかと思ったが、長いつき合いから、それはない、と否定する。いくら酒を飲んだところで、ツァインは酔わない。いや、酔えない。だから、酔いたいと思って酒に手を出したのだろうその理由が、気になった。


「やはり殿下を恨むか」


 言いながら、ツァインの向かいに腰をおろした。ツァインは笑っていた。


「僕はわりと殿下が好きでね。ツェイルを連れて行ったことには憎たらしく思うこともあるけれど、嫌いにはならないんだ」

「メルエイラの使命があるから?」

「どうだろう? 僕としては、あの人間離れしていながら人間らしさを捨てきれないあの姿が、気に入っているのだと思うよ」


 呑むか、と酒を促されたが、得意ではないので断ると、相変わらずつまらない男だね、と言われた。


「煙草は呑む。いいか?」

「ほどほどに」


 許可をもらって、懐から煙管を取り出し、これだけのために覚えた異国の魔術を遣って火をつける。


「天恵者でもないくせに、よく遣えるね」

「かろうじて素質はあるらしい。もっときちんと学べば、術師になれると言われた」

「精霊と契約すれば、ってこと?」

「そこまでの力はない。焚火には困らないだろう、というくらいだ」

「放火犯になるなよ」

「おれは傭兵だ」

「今は騎士だけれどね」


 傭兵上がりのせいか、騎士、という肩書きにはむず痒さを感じる。規則ばかりで息苦しいと、最初は思ったものだ。

 紫煙を吐き出したとき、ツァインが酒を煽る音が聞こえた。呑む速さが異常だと感じたが、けっきょくは酔えない男であるから、放っておいても問題はない。


「なにを憂いている」

「憂える? この僕が? はん……おかしなことを言うね、ナイレン」

「あの娘……フィジス嬢との婚姻は、もう半月後だろう。そのことか」

「ああ、そういえばそうだったね……忘れていたよ」


 まるで、忘れていたかった、とでも言いたそうな喋り方だった。


「ナイレンはどうなの。皇弟づきの近衛騎士副隊長って肩書きは、けっこうな婚姻話が舞い込むだろう。いい歳だしね」

「だから、おれは傭兵だ。親の顔も覚えていないおれには、後ろ盾もなにもない。そんな話がくるわけないだろう」

「ナイレンの後ろには殿下がいるよ」

「関係ない。それに……恋人くらいいる」

「なら、僕にかまってないで、恋人との逢瀬を楽しみなよ」


 やはり笑うツァインは、酒をさらに煽り、瓶が空になると新たに手を伸ばしてそのまま呑み始める。


「楽しめたらいいんだがな。おまえが気になって楽しめたものじゃない」

「僕は男なんてごめんだよ」

「溜まっているだけなら、フィジス嬢に慰めてもらえ」

「……それもいいかも」


 珍しい返事をしたかと思ったら、ツァインは楽しそうな笑みを消し、なにかを嘲笑していた。


「明日にでも行こうかな……そろそろ情報網も広げておいたほうがいいし」

「……アイン」

「んー?」

「ツェイルを抱きたかったのか、おまえ」

「……今さらなに」


 ちょっと驚いたような顔をしたツァインは、しかし次には腹を抱えて笑い出した。


「この僕が、ツェイルに手を出していないと、思っているの?」

「な……おまえっ」


 さすがに慌てたが、嘘だよ、と言われた。


「ツェイルを抱くなら、心をすべて僕のものにしてから、と思っていたからね」

「……まさか、殿下が羨ましいとか、思っているのか」

「羨ましいね。そこが憎たらしく思うところだし」


 そこは素直なツァインに、肩が落ちる。ツァインのツェイルへの愛は本物だとわかっているが、ここまでくるともう不憫だ。抱いておけばよかったじゃないか、と言ってやりたくなる。報われない想いを抱き続けて、それでよしとツァインは納得していることではあるが、だからこそ許されてもいいことはあるのではないかと、ナイレンは思ってしまうのだ。


「ツェイルのこととなると、本当に別人だな、アイン」

「僕の世界にはツェイルだけいればいいから」

「おまえな……」


 ここまでの執着を見せられると、恐ろしさを通り越す。いや、呆れを通り越すから恐ろしいのだろうが、恐ろしさを通り越して呆れる。


「フィジス嬢はこいつのどこがいいんだ……」

「さあ? 僕はあなたを愛せませんよ、とは言ったんだけれどね」

「言ったのか」

「だって僕は、ツェイルにしかいとしさを感じないもの」


 心も、感情も、なにもかも、ツェイルのことでしか感じられるものはない、とツァインは昔から言うが、それが本当であるから不思議なものだ。いくら天恵の代償で空っぽだとしても、ツァインは人間だ。人間をやめることなど、死を超えたのちにしかできることではない。


「狂っている」

「けっこう。僕は、狂人だ」


 なんでもないかのように言って欲しくない。けれどもツァインにとって、それはなんでもないことでしかない。


「寂しくないのか、アイン」

「なにが寂しいの?」

「この世界にひとりしか、おまえが愛せる者がいない」

「べつに……満足しているよ」


 なにを言っているのかわからない、という顔を、ツァインはしている。それがどれだけ寂しいことかを、この男はやはり理解できないらしい。もし最愛の妹ツェイルが死ぬことでもあれば、この男はその原因に報復したのち、あっさりと命を投げ出すだろう。


 なんてやつだ、と思わなくもない。

 そんなやつの友人でいる自分も、なんてやつだ、と思う。


「おまえがそう言うなら、まあいいさ……おまえは幸せなんだろうし」

「なら訊くなよ。決まり切った答えなんか聞いても面白くないだろ」

「そう、だな……」

「ところで、いつまでいる気?」

「話しておきたいことはまだある」


 まだあるのか、とツァインはげんなりしたが、ついでに確認したいこともあるから、ナイレンはここにいるのだ。


「殿下の御子が産まれる。そのことについてだ」

「ああ、それなら明日にでも網を作るから、気にしなくていいよ」

「国内のメルエイラはどれだけいる」

「さあ? 十人くらいはいるはずだよ」

「国外にも網を張るのか」

「とりあえず国内だけ、かな。近い内に国外にも手を伸ばすよ」

「おれたちへの命令は?」

「訊かなきゃ実行できないの?」


 呆れた、という眼差しに、かちんとくる。確認しているだけなのに、厭味を言われた。


「ツェイルと殿下を護ってくれればそれでいいよ。護れなかったものには死を、僕が与えてあげる」

「……それがたとえおれでも?」

「もちろん。ツェイルと殿下を護れない奴は邪魔だ。簡単には死なせてあげないから、楽しみにね」


 にやり、と笑うその瞳に、ぞっとする。手合わせをしたことがあるだけに、その戦い方を間近で見ているだけに、畏れが全身を駆け抜ける。


「……楽しみだな」

「そう。明日からまた頼むよ、ナイレン・ディーディス副隊長」

「御意」


 目を伏せて頭を下げると、またツァインは酒を煽り、満足そうにする。それを見てから煙管の灰を捨て火種を消すと、ナイレンは椅子を離れた。


「ああそうだ。ナイレン」

「……なんだ」


 部屋を出ようとしたところで、呼び止められた。


「少し昔の話をするけれど、ツェイルを攫った愚かな人間、爵位剥奪永蟄居だけど、護送中に死んだことにして」

「……ナルゼッタの娘のことか?」


 確か、明日の夕方にそれが実行される人間がいる。長く蟄居先が見つからず、貴族が投獄されたときのための牢にいたが、漸く落ち着き始めたシェリアン公国が受け入れを申し出たことで、護送されることになっていた。


「そんな名前だったかなぁ……もう忘れちゃった」

「アルミラ・ウェル・ナルゼッタという若い娘だ。なぜ護送中に死んだことにする必要がある。永蟄居なら血は残らないぞ。監視の目が強固だからな」

「殺したから」

「……、なんだと?」

「さっき、殺してきた。片づけておいてくれるかな」


 だから酒を飲んでいたのか、とナイレンは眉をひそめる。

 ツァインは、酒を飲める年齢になってからは、人を殺めたあと必ず酒を飲むようになっていた。その匂いを酒の力で消すためだ。だが、それは実家にいるときの話で、騎士宿舎にいるときは人を殺めてもそのままでいることが多かった。だから、なんとなく酒が飲みたくて、という理由が、理由になることもある。

 今日酒を飲んでいたのは、人を殺めたからだったのだ。


「顔とか、もうぐちゃぐちゃにしてやったら、ちょっとはすっきりしたんだけれどね……気が治まらなくて、腹を裂いてやった。それでも足りなくて、どうしようか困ったよ。だから殺しておいた。うるさかったし、なんか邪魔だったから」


 ナルゼッタの娘は長く放置されていた。その存在すら忘れかけられていたほどに、誰も見向きもしなかった。だからナイレンも、ツァインもそんな感じだと思っていたのだが、それは違ったのだ。

 ツァインはずっと、殺す機会を窺っていたのかもしれない。その好機を、護送される明日の直前に見つけたというところか。


「ナルゼッタのほうはどうした」

「誰のこと?」

「父親のほうだ」

「……ああ、あの男か。さあ? 邪魔だから殺そうかと思ったんだけれど、閣下にやめておけって言われたから、どうなったかは知らないね。まだどこかの地下牢にいるんじゃないの。閣下が、必要な贄だ、とかなんとか、言っていたからね」

「……、そうか」


 殺されてしまったナルゼッタの娘にも、その父親にも、特に思うことはないナイレンだが、ツァインに対しては思うことがたくさんある。


「死ぬなよ、アイン」

「は? いきなりなに」

「いや、ふとそう思っただけだ」


 産まれてこなければよかった、と言ったツァインだから、その命の線は、きっと細い。


 この男に死なれると困るのは、世界がつまらなくなるからで、楽しくなくなるからだと、ナイレンはため息をつきながら命じられた仕事を片づけるために、早々にツァインの部屋を出た。









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