Plus Extra : 国を継ぐ者。5
最後にツェイルとサリヴァンの絵を載せてみました。みなさまのイメージとは異なると思いますが、見てもいいよ、というお方は下までおいでくださいませ。
サリヴァン視点です。
Plus Extra『国を継ぐ者。』はこれにて終幕。
『国を継ぐ者。』のエピソード的なものと思って読んでいただけると嬉しいです。
ツェイルの妊娠よりももっと早く、リリが第一子を出産していたので、ツェイルは出産までのほとんどの月日を、リリとその息子ノアウルと共に過ごした。ときおりシュネイが遊びにやって来て、テューリとエーヴィエルハルトが往診に来て、そして一カ月に一度だけトゥーラが様子を見に来ていた。
「わ、わたしはなにを贈るべきか」
「要りません」
「なっ」
扉が開けられると同時に言われたので、答えてすぐ蹴って扉を閉めた。
「サリエ!」
椅子に戻ると、懲りずに扉を開けてサリヴァンを呼んだのは、サライである。
うるさいなぁ、と思いながら兄を見やった。
「わたしはなにを贈ったらよいのだ!」
「要りません」
「なっ」
「そう思うならさっさと婚姻してください」
「……相手がおらん」
「お可哀想に」
女好きだからすぐに振られるのだ、と思う。
サリヴァンが帝位を返上してのちに復帰したサライには、多くの婚姻話が持ち上げられた。後宮は取り潰してしまっているので、ひとりずつ招いては半日ほど相手をする、ということを繰り返しているが、博愛主義過ぎて今日まで振られ続けている。ゆえに重臣たちが焦り始め、最近では政略結婚の話が持ち上げられつつある。そうでなくても皇族の仲間入りをしたい者はいるのだ。
「どこかによい姫はおらんものかな……おっ、いた!」
「は?」
サリヴァンの前をものすごい速さで駆け抜けたサライは、そのまま露台の窓に張りつき、庭をじっと見つめる。それを追いかけて見やると、今日は寝台から起きられる様子のツェイルが、シュネイに支えられながら庭を散歩していた。
「あの娘はっ?」
勢いをつけて振り向いたサライに答えようとしたところで、再び扉が開き、ラクウィルが姿を見せた。
「おれの奥さんに手ぇ出したら殺しますよ、サライ」
「げっ」
書類の束を抱えつつも、おそろしく不気味な笑みを浮かべたラクウィルに、さすがのサライも顔を引き攣らせる。
「貴様の嫁とはなんと不憫な」
「あ、死にたいんですね?」
書類を投げ捨てたラクウィルは、その笑顔のまま、なぜか帯剣していたそれの柄を握った。
「じ、ジーク! どこに行った!」
向けられた殺気が本物であるから、サライはぎょっとして己れの騎士を呼ぶが、あちらもラクウィルには殺されたくないらしく逃げいているため、姿を見せない。
「ひとりで逃げおったな、薄情者めっ!」
「可哀想にねえ、サライ。奥さんだけじゃなくて騎士も捕まえておけないなんて」
「貴様に言われたくないわっ!」
「あぁあ、ルカイアも可哀想になぁ……こんな間抜けが皇帝なんて、不憫過ぎて涙出ちゃいますよ。ダヴィド大老がサリヴァンに残って欲しいって言った気持ち、もんのすごくわかりますぅ」
「あーっ! 貴様は本当にむかつく男だな!」
「だぁっておれ、サライ嫌いですもん」
「わたしも貴様は嫌いだ!」
逢えば必ず喧嘩らしきものをするラクウィルとサライに、いくら慣れたとはいえため息がこぼれる。
うるさいったらない。
まあ、これはこれで仲がいいのだろう。
「適当にしておけよ。もの壊したら追い出すから」
「御意っ」
嬉々として返事をしたラクウィルだが、サライは逆に焦っていた。
「さ、サリエ、わたしはおまえの子に祝福をっ」
「兄上の祝福なんて要りませんよ」
「なっ!」
「騒ぐだけなら帰ってください。おれも暇なわけではないんですよ」
騒がしいだけのサライを邪険に思いつつ、サリヴァンはラクウィルが投げ捨ててしまった書類を一枚一枚拾いながら確認し、ついでに仕分けてしまう。
「貴様のせいでわたしのサリエが…っ…国家反逆罪で捕まりたいのか、狂犬!」
「えー、それ言うならサライなんか国家迷惑罪でしょー」
「国家めっ……なんだと!」
「あーうるさい。さっさと帰ったらどうですぅ? ルカイアが鬼になってますよー」
「ぐ…っ…い、言われんでも今日は帰る! サリエ、また来るからなっ!」
勢いはあるのにラクウィルに負け、サライは逃げるように走り去った。廊下で「ジーク、来んか!」と叫ぶ声を聞いたのを最後に、その気配も消える。
なんというか、本当にただ騒ぎに来ただけだ。
「もう二度と来てくれなくていいんですが……ツェイの身体に障る」
「ですねえ。あ、ごめんなさい。散らばしちゃいましたね」
「いい。半分は兄上に対する宰相からの陳情書だ」
「え? つまりルカイアからのお小言ですか?」
「ああ」
「げぇ……わざわざ公文書にしてまでサリヴァンを城にぃ?」
「そのようだな」
はあ、とため息をつきそうになって、途中でやめる。こんなことで幸せに逃げられたくない。
「サリヴァンが出仕するだけじゃあ、やっぱりサライはどうにもなんないんですねぇ」
「それだけではないだろうがな」
「んー……サリヴァン、もっかい皇サマになったらどうです?」
「いやだ」
「ですよねえ」
あのおばかさんどうにかならないなぁ、とぼやきながら、ラクウィルは書類を拾う。
全部拾い終えて整頓したところで、ツェイルがゆっくりと露台のほうから入ってきた。
「サリヴァンさま」
呼ばれる前に手を差し伸べていたサリヴァンは、その華奢な身体を腕に抱いて、一息つく。同じようにラクウィルも、一緒に入ってきたシュネイをぎゅっとして、深々とため息をついていた。
「サライなんかには勿体ないです」
「はい?」
「うん、サライには勿体ない」
「陛下がどうかしまして?」
シュネイの頭に顎を乗せ、きょとんとするシュネイに「なんでもないですよ」と言う。その表情が安堵しているように見え、ラクウィルにもいい人が見つかってよかったなぁと、サリヴァンは微笑む。
「サリヴァンさま?」
「ん、ああ……今日は歩いてもだいじょうぶなんだな」
「はい。少しは歩かないとだめだと、リリが言うので……少し休んでもいいですか? 休んだら、また少し歩きます」
「なら、今度はおれと歩こう」
ツェイルの腰を抱いて前へ促し、長椅子に腰かけるとツェイルが顔を上げてくる。
「いいんですか? その……まだ、お仕事が」
「半分はルカの小言だ。残りはいつだってできる」
「……そうですか」
ホッとした様子のツェイルは、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ん……んん?」
「どうかしましたか?」
「……長衣一枚だけか?」
「はい?」
首を傾げたツェイルを、じっとサリヴァンは見つめる。
光りの精霊によって無理やり成長を促され、年齢に見合った外見に近づいたツェイルだが、基本的にはどこも変わらない。身長も伸びたわけではないし、しいて言うなら顔つきがおとなびたくらいではないかと、サリヴァンは見ている。
だから、余計に目についた。
「下衣は穿いてないのか?」
ぴら、となにげなく膝もとの服を摘む。
「ひゃ……っ」
「え?」
見えた素足に吃驚した。いつもならこの下に下衣を穿いているはずなのに、穿いていない。
「腹が冷えるだろう、ツェイ。ちゃんと……、ツェイ?」
身体を冷やしたらだめだ、と言おうと思ったのだが、ツェイルは顔を真っ赤にして固まっていた。
「殿下、はしたないですっ」
「は?」
シュネイに怒られて、なんのことだと首を傾げる。
「イル姉さまがお召しになってらっしゃるのはワンピースでしてよ!」
「え」
「お放しください!」
パッと、摘んでいた部分を放す。ひらりと裾が舞った。
「サリヴァンのえっちぃ」
「んなっ」
「いくら姫の生足を見たいからってぇ……いきなりは駄目でしょー」
「ラクっ」
そんなつもりはない、と慌ててツェイルの顔を覗き、その真っ赤な顔に手を添えた。
「ツェイ、ツェイ、おれはそんなつもりなかったぞ。ただ身体を冷やしてはいけないとっ」
「い、いい、え……あの、ごめんなさいぃ」
「なぜ謝るっ」
よく見れば長衣ではなく、ちゃんと部屋着のワンピースだ。前開きでもないし、詰め襟もないし、横に細長い切り込みも入っていない。
ああだから余計に目に入ったのか、と改めて思ったところで遅い。
「逃げるなっ」
と、逃げられそうになったところを捕まえ、膝に乗せる。膨らみがある腹部には気をつけつつ、ぎくしゃくとしているツェイルをきちんと横抱きにして、捕まえた。
「まさか、ワンピースを着ているとは……初めて見た」
「ご……ごめなさいぃ」
「だからなんで謝るっ」
いつも男装しているようなものなので、女性ものの衣装を着たツェイルなど見たことがなかった。どうりで違和感があるはずだ。
サリヴァンの膝の上で、小さな身体をさらに小さくしたツェイルに、サリヴァンは「ふっ」と笑う。
「なんだ、いやがるほどのものでもないじゃないか」
ドレスを着るのをいやがるから、今までその姿は見たことがない。見たいとは思っても、いやがるのはわかっているので、サリヴァンは強制したこともなければ言ってみたこともない。
しかし、なんてことはない。本人が気にするほど、似合わないわけではないのだ。むしろ、着せないほうがいいかな、と思う。下衣を穿いているときよりも、身体の線がとても魅力的だ。身体を締めて着るドレスよりも、こういうふわふわして柔らかいゆったりとした、寝間着のような衣装のほうが似合うし、誘惑される。
「ラク」
「はい?」
「こういうワンピースを何着か、用意できないか」
「寝間着みたいなドレス、ですか?」
「ツェイにすごく似合う」
にま、と笑ってラクウィルに言えば、呆れた眼差しを受けた。シュネイには苦笑をもらった。
「はぁぁ……裁縫師を呼ぶんで、自分でどうぞ」
「悪いな」
「いぃえぇ。おれもネイにそういうの着せてみたいですし」
うっかり自分の本音を吐露し、「ラクさまっ?」とシュネイを真っ赤にさせていた。
「あ、あの、サリヴァンさま」
「ん?」
にっこりと笑って振り向くと、やはり真っ赤なツェイルはなぜかびくっと震え、さっとサリヴァンの胸に顔を隠してしまう。その一連の仕草がたまらなく可愛くて、ぎゅっとした。
「もうちょっとこうして休んだら、庭を歩こう」
「……はい」
小さな声で返ってきた答えに満足し、手のひらをツェイルの腹部に滑り込ませる。
あともう少しで産まれると、聞いた。
「よく、育ってくれた」
今は一つになってしまった、新しい命。
ツェイルの身体では育ち難いと、エーヴィエルハルトもテューリも診断した。それでも、光りの精霊が無理やりにでも成長を促してくれたおかげで、その負担も軽減されているらしい。その代わり、その日々のほとんどを寝台で過ごすことになってしまっているが、それは絶対に無理をさせてはならないゆえのことだ。いつなにが起こるかわからない状態が、出産のときまで続くという、そのための措置ではあるが、元来活発なツェイルにとっては苦行である。しかし、サリヴァンが見ていないところで動き回って流しかけるという経験をしたので、今はおとなしい。リリに言われなければ部屋からも出ない日々だ。
「つらくないか?」
静かに問うと、サリヴァンの胸に隠れていたツェイルが、ちらりと顔を上げた。
「サリヴァンさまは?」
「ん? なんでおれが?」
「……この子は、サリヴァンさまの力を、持っています。だから……」
どうやらツェイルは、最初のときのサリヴァンの嘆きを聞いていたようだ。情けない声を聞かせてしまったなぁと苦笑しながら、サリヴァンは腹部に置いた手のひらを動かし、ゆっくりと撫でる。
「いいんだ。この力があったから、家族が作れる。ツェイの、その願いを叶えてやれる」
「わたしばかり……サリヴァンさまの願いは?」
「ツェイに叶えてもらった」
「憶えがありません」
「おれという人間を、愛してくれたことだ」
「……サリヴァンさま」
「おれは、幸せものだよ」
なあ、おまえも幸せだろう。新しい命に向かって心で囁けば、返事をするように、子が動いた。
「お、動いた」
「あ……また、蹴る」
「元気だなぁ。ツェイはほとんど寝台から動けないのに」
「蹴られてばかりです……」
「ははっ」
一時は、殺そうとまで思ったわが子。
生き長らえてくれてよかったと、今では心から思う。
「イル姉さま、赤さま動いたの? 触ってもいい?」
「あ、おれも触りたいですー」
わらわらと寄ってきたシュネイとラクウィルに、ツェイルは微笑みながら頷く。その微笑みが柔らかく、強く、穏やかであることが、サリヴァンの心を救った。
「あはっ、元気ね!」
「うわぁ……足だってもろにわかる……不気味ぃ」
「ラクさま失礼よっ」
「だっておれ、赤さまを見たのなんて、ルカイアとリリの子が初めてだったんですもん」
「え、見たことなかったのっ?」
「ずっと城の奥にいましたからねぇ……その前だって、おれが一番小さかったですから」
「じゃあ……殿下も?」
シュネイに話題を振られて、そういえばそうだな、と頷く。
「あんなに小さいんだな?」
「イル姉さまの子はもっとちっちゃいわ。ユーリ姉さまが言ってたもの」
「え……あれより小さいのか?」
それはちょっと怖いな、と思う。けれども、きっと可愛いだろうなとも、思う。
「楽しみね、イル姉さま」
「……うん」
「あたし、お洋服を作ってもいい? 手袋とか靴下も、作ってみたいの。リリさんが教えてくれるって」
「うん。わたしは、作れないから」
「そんなことないわ。あたしが作るのを真似て、姉さまも作ってみて」
ね、とシュネイに可愛く誘われて、ツェイルも可愛らしく「そうだね」と頷く。
こうしているとちゃんとツェイルがお姉さんに見えるから不思議だが、並ばせると双子に見えるのも不思議だと、サリヴァンは常々思う。
「じゃあ、早速買い出しに行ってくるね。お裁縫の道具は母さまのがあるからいいけど、布は買わなくちゃ。ねえラクさま、つき合ってくれる?」
「いいですよー」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるわ。殿下、姉さまをお願いします。ラクさまも、ちょっとお借りしますね」
おとなびた印象の強いシュネイだが、ちゃっかりとしているのはやっぱり子どもで、そして末っ子だなぁと思う。
「なにかあったらラクに天恵を使わせていい。気をつけてな」
「はい」
にこ、と笑ってラクウィルと共に部屋を出て行くシュネイに、ツェイルも微笑んで手を振る。
ふたりっきりになったところで、シュネイとラクウィルが気を利かせてくれたのかな、と気づいた。
「ツェイの妹は元気がいいな」
「ネイの笑みには、両親も癒されていました。わたしも、よく励まされましたし」
「ドレスを着ろって?」
「……よくご存知で」
「言いそうな性格をしている。それでもツェイは着なかったんだな」
「どうも、苦手で……これも、ちょっと苦手です」
思うに、ツェイルは豪奢なものが苦手、というかあまり好きではないだけで、ドレスは一般的に豪奢な造りをしているゆえに、好ましくないだけではないだろうか。
「着たくないなら着なくていい。ただ、これはすごく似合う」
「そう、ですか?」
「ツェイは脚が綺麗だからな……誘惑されて大変だ」
言ったとたんにツェイルが真っ赤になったので、ちょっと控えて笑う。
「肩掛けも新調したいな……そろそろ寒くなる」
「そんなにたくさんいただいても、なにも返せません」
「おれが贈りたいだけだ。それに、ツェイにはこれをもらった。充分だ」
サリヴァンの片耳には、ツェイルが武具屋で購入した碧い鉱石が、耳飾りに加工されてつけられている。耳飾りに加工したのはツェイル自身で、購入から半年ほど経った日に贈られたものだ。
「このお守りは、役に立っていますか?」
「ああ。いつも助けられている」
鉱石にどんな力があるのかは知らない。なにかしらの作用が本当にあるらしいのだが、サリヴァンにとってはツェイルから贈られたものということだけで、充分な効力が発揮されていた。
「よかった……」
ほっと息をついたツェイルが、ことん、とサリヴァンの胸に頭を預けてくる。顔を覗くと、目がとろんとしていた。
「眠いのか?」
「少し……サリヴァンさまの鼓動は、気持ちよくて」
「ああ、ふだんから遅いらしいな?」
「ゆっくりで、穏やかで……子守唄みたい」
耳をぴったりと胸につけて、ツェイルは目を閉じる。それに微笑んで、頭をなでた。
「いいぞ。おれも少し眠ろう」
「散歩が……」
「起きたら歩けばいいさ」
こんな穏やかな日は、そう多くない。サリヴァンはほぼ毎日のように城へ出仕しているし、必要となれば数日は留まらなければならないこともある。
それに、サリヴァンが出仕し始めたことで、サリヴァンという皇弟の存在が公になり、それまでサリヴァンを知らなかった者たちが帝位を簒奪するつもりではないかと疑惑を持ち始め、不穏な空気が城に漂っている。そこにツェイルの懐妊であるから、不穏な空気は形になり始めていた。サライの様子やルカイアの対応を見て今は目立った動きもないが、それも時間の問題だろう。ここも安全ではなくなる可能性がある。
「猊下に相談するか……」
ふっと肩の力を抜いたところで、ツェイルの寝息が聞こえてきた。サリヴァンの心音はどうも心地がいいらしい。耳がぴったりと胸にくっついたままだ。
「ふ……可愛い」
ああ、幸せだなぁ。
そう思いながら、サリヴァンも瞼を閉じた。
Plus Extra『国を継ぐ者。』はこれにて終幕です。
書かせてくださりありがとうございました。
次回もリクエストストーリーが展開されます。
おつき合いくださると嬉しいです。
読んでくださりありがとうございます。