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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 国を継ぐ者。4

サリヴァン視点です。






 ハッとして身体を起こしたとき、そこにはラクウィルの姿だけがあった。


「ツェイは……っ?」


 意識を奪われていた時間はどれくらいなのか、わからない。外は暗くなっているようであるから、数時間は経過しているだろう。

 サリヴァンの焦りは、しかしラクウィルを微笑ませた。


「だいじょうぶ」

「本当か!」

「姫も御子も、無事です。アルトファルだけでは無理だったでしょうけど、ヴィーダヒーデがまずヴィーダガルデアを抑えましたし、テューリ嬢やエーヴィエルハルトもいましたから」


 瞬間的にほっとしたものの、長く首をもたげている暗いものは、そんなに簡単に消えるものではない。


「すまない……すまない、ツェイ」


 おれが、皇族だから、そのせいでおまえを苦しめる。

 おれが抱えたものが、おまえと、おれたちの子を、苦しめる。


「……猊下からお言葉がありました」


 そう言ったラクウィルが、サリヴァンの傍らに腰を下ろすと、ぽんと頭を撫でてくる。


「御子の片翼は生きている、と」


 なに、とサリヴァンは大きく目を見開く。


「……生きて……いる?」

「天恵を受け継いだ御子は、その力で、片翼を逃がしたのだろう、と。姫の身体への負担も大きいから、すべてを奪い尽くす前に、その御魂を遠くへ逃がしたと、猊下はおっしゃいましたよ」


 それはもしや、片割れの命と母の命を奪わんとした天恵を、生き残った命は理解しているということか。


「さすがは姫の子ですよ、サリヴァン」


 にこ、とラクウィルは笑う。


「サリヴァンの気持ちと姫の気持ち、姫の身体にかかる負担を、御子は理解したんです。だから今回みたいな、ちょっとひどいですけど、強硬手段に出たんじゃないですかね」

「どういう……」

「ツァインが言っていたでしょう。ありがとうって」


 ハッと、サリヴァンは息を呑む。


「サリヴァンだったから、御子ができたんですよ。天恵の代償で欠けていたものが、国主の天恵っていう強大な力を有した者を育むために、姫にその力を与えたんです。猊下がアルトファルを連れて来てくれたでしょう?」

「な……なら、ツェイは」

「ちょっと成長してましたよ。前はネイと双子みたいだったのに、ちゃんとネイのお姉さんに見えるんです。まあ、ネイならすぐに追い越しちゃうんでしょうけど」


 ははは、と笑ったラクウィルに、どうしてだろう、涙が込み上げた。


「おれに、天恵があったから……ツェイは、子を宿せたのか」

「ツァインがそう言っていたことを、猊下は否定しませんでした。だから、たぶんそうなんですよ。サリヴァンだから、姫はずっと願ってやまなかったそれを、叶えることができたんです」


 それはつまり、と込み上げた涙に視界がぼやける。


 万に一つの可能性であったことが、サリヴァンが持つ皇族の力で、可能にした。

 そう考えていいということか。


「サリヴァンはすごいですねえ。姫が願うことを、ぜんぶ、叶えようとするんですから」


 すごいなぁと繰り返したラクウィルの肩に、サリヴァンは額を擦りつけて、涙を隠した。


「おれが……おれが、ツェイの、願いを……っ?」

「そうですよー」


 ずっと、願っていた。そうであって欲しいと願っていたから、口にしていた。


 この世界、ラーレに広がり散らばりし天恵に、忌避すべきものなどない。


 自分がそのひとりだったから、悲しくなんてなりたくなかったから、ずっと口にしていた。言い聞かせていた。そう思うようにしていた。そうであらねば自分が悲しいから、それがいやだったから。


「ツェイ……っ」


 おれはおまえを、苦しめていないだろうか。

 無理やり巻き込んで、この歪んだ人生に引き込ませておきながら、それでもおまえに、ただそばに、いて欲しかった。


 語った夢物語は、願いの象徴だ。

 実現できると、また思ってもいいだろうか。


「ツェイに逢いたい」


 情けなく泣いた顔を拭いもせず、ラクウィルにそう告げる。


「隣にいますよ」


 ラクウィルの配慮か、サリヴァンが横になっていたのは寝椅子で、場所を移動していなかった。隣の部屋にいますから、と立ち上がるのを手伝ってもらうと、ふらふらとしながらツェイルがいる寝室に向かう。

 扉を開けてもらって中に入ると、穏やかな表情で眠るツェイルがいた。


「ツェイ……ツェイ、ツェイ」


 早く触れたい、と急くあまりに躓きながらも、サリヴァンはツェイルの傍らに足を進め、そうして覆いかぶさるように腰を据えると上からじっとツェイルを見つめた。


「ツェイ……?」


 涙の跡が残る頬に触れながら呼びかけると、僅かに瞼が震える。

 自然に起きるまで待ったほうがいいというのはわかっていたが、どうしてもその目で、自分を見て欲しかった。その声を聞きたかった。


「ツェイ、起きて」


 目許に口づけを落とし、頬を撫で、覚醒を促す。

 震えた瞼が徐々に開かれると、薄い紫色の双眸がサリヴァンを捉えた。


「サリヴァンさま……」


 その声を聞いたとたん、また涙がこぼれる。落ちた涙は、ツェイルの頬を伝った。


「ないて、いるの……?」

「ツェイ……っ」

「なかないで……ね、わたし、そばにいる」


 ふわりと笑ったツェイルに、たまらないいとしさと安堵が込み上げ、サリヴァンは額をこすり合わせた。


「ツェイ…っ…ツェイ」

「ふふ……ね、きいて、サリヴァンさま……わたし、こども、できた……ずっと、むりだと、おもっていたのに……できたの」


 幸せそうにくすくすと笑うツェイルは、寝ぼけているのか、それとも安堵からなにかが飛んでしまっているのか。

 くすぐったそうにしながらサリヴァンの頬を両手で包み、できたの、とまた繰り返した。


「すごく、うれしい……ありがとう、サリヴァンさま」

「礼なんて、おれは……っ」


 一時は、その子を殺そうと考えた。国主の天恵を引き継がせてしまったことに後悔を感じた。ツェイル大事さに、わが子を見捨てようとした。


 それなのに、ツェイルの微笑みが、サリヴァンのその罪悪まで拭い去る。


「わたし、やっと、サリヴァンさまと、かぞくになれた……」

「……ツェイっ」

「なかないで、サリヴァンさま……わたし、しあわせ」


 しあわせなの、と反芻するように言うと、サリヴァンの涙を拭い、またさらに笑って、ことんと眠りに戻った。


 するりと頬から落ちたツェイルの両手を掴むと、その両手ごと胸に、ツェイルを抱きしめて嗚咽をこらえる。


「おれも、しあわせだ……っ」


 おまえと出逢えて。

 おまえと結ばれて。

 おまえと生きられる。

 諦めばかりのこの生に、ツェイルという少女が、喜びをもたらしてくれる。


「ツェイ……ツェイぃ」


 ああ、この生で、よかった。

 この幸せを、噛み締められる。


 おれはなんて幸せものなんだろうと、サリヴァンは声を殺して泣いた。







ずっとサリヴァン視点でスミマセン……orz

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