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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅰ】
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Plus Extra : 国を継ぐ者。2

サリヴァン視点です。





「ううーっ」


 と、ラクウィルが変な呻きをもらしたので、サリヴァンはなんだと首を傾げた。


「どうした」

「いやぁ……なんか、きゃんきゃん、うるさくて」


 両耳を塞ぎながら蹲ったラクウィルに、倣うようにして一緒に蹲ってみる。なにも聞こえない、むしろ静か過ぎて怖いくらいだ。


「そんな、きゃんきゃん、叫ばないでっ」

「……ふむ?」

「ちゃんと、わかるようにっ……あぁもう、泣かないで、わかったから」


 誰かと話しているように、ラクウィルはひとり言を繰り返す。ラクウィルにこんなことをさせられるのは自分だけだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


「誰が泣いているんだ?」


 首を傾げていると、まだ耳が痛いのだろうラクウィルはしかめた顔をサリヴァンに向けた。


「単語しか聞き取れないんですけど……ああネイ、わかったからっ。サリヴァン、すみませんが飛びますよ」

「は?」

「動揺していてなに言ってるんだかさっぱり……すみません、行きます」


 ああ、と返事すると同時に、腕を掴まれる。そのままラクウィルの天恵が発動し、グッと身体が重くなった。


「ラクさまぁ!」


 そこに到着したとたん、ラクウィルに突撃する少女。その少女がラクウィルの婚約者で、わが妻の妹シュネイであることはすぐにわかった。


「ネイ、ネイ、だいじょうぶですよ。おれが来たんだから。落ち着いて」

「でも、ラクさま、どうしよう、姉さまがっ」

「姫?」


 その単語に、サリヴァンは瞠目する。


「ツェイになにかあったのか!」


 ラクウィルの肩を掴んで引き、泣きはらした顔のシュネイを覗き込む。


「姉さま、痛いって…っ…お腹、痛いのだめって、ユーリ姉さまがっ。でも、あたし、姉さまがそうだって、知らなくてっ」

「……な、なんの、ことだ?」


 言っている意味が、よくわからない。ツェイルのことを言っているつもりなのだろうが、シュネイにとっての姉はツェイルだけではない。テューリという上の姉もいる。


 そのときだ。


「お退きなさい!」


 ばん、と部屋の扉が乱暴に開けられ、テューリが姿を見せた。大荷物を持ったエーヴィエルハルト、リリまでいる。


 とすると、ここは自分の家だな、とサリヴァンは冷静に考え周りを見渡す。


「ユーリ姉さまっ」

「落ち着きなさい、ネイ。わたくしとハルトさまが来たからにはだいじょうぶよ」


 言いながら、テューリは不機嫌そうな顔でサリヴァンを眇めたが、ふんと顔を背けると続き部屋へと身を走らせた。その後ろをハルトが、説明の時間が惜しいとばかりにサリヴァンに軽く頭を下げただけにして、追いかけて行った。


「なんの騒ぎだ……」


 呆然としてしまっていたサリヴァンは、顔をしかめる。


「殿下、申し訳ありません。時間に猶予がないのです。わたしも行きます。殿下はここでお待ちください」


 リリまで慌ただしく行ってしまう。状況を説明して欲しいのに、誰もそれを教えてくれないなんて、どうしたらいいのだ。


「……ネイ、とにかく落ち着いて、なにがあったのか教えてくれませんか。エーヴィエルハルトとテューリ嬢がいらしたということは、姫の身体になにかあったんでしょう?」


 泣いているシュネイに、悪いがサリヴァンも問いたい。


「ツェイになにがあった。頼む、教えてくれ」


 ここ数日の不在で、ツェイルには寂しい思いをさせているという自覚はある。それだけに、この騒ぎは不安でならない。


「姉さま、お腹痛いって…っ…それ、だめなのに、あたし、知らなくて」

「どういうことだ」

「姉さまのお腹に、いるって、知らなくて……っ」

「……腹に、いる?」


 なにが、と怪訝に思ったとき、ラクウィルが気づいた。


「まさか……赤さまがいるんですか?」


 なんだそれ、と思う。しかしシュネイは頷いた。頷きながらまた泣きだしてしまった。


「サリヴァン、赤さまですよ!」


 興奮気味に言うラクウィルは、シュネイと違ってなぜか嬉しそうだ。


「なんのことだ?」

「赤さまですよ、赤さま!」

「いや、だから……なんのことだ」


 重篤、ではない様子なのだが、さっぱり意味がわからない。


「姫に赤さまが……ああでも、痛いってことは、危ないのかな」


 嬉しそうだったラクウィルが、とたんに気を滅入らせた。その気分落差にはついていけない。


「ラク、ちゃんと説明しろ。なんのことだ。ツェイになにがあったっていうんだ」

「子どもですよ」

「……、こども?」

「姫の子どもです。ああいえ、姫とサリヴァンの、御子ですよ」

「……おれと、ツェイの……」


 こども? とサリヴァンは首を傾げ、しばらく考え込んで、ハッとする。


「おれの娘か!」

「いやまだそうとは決まってませんけどね。というか娘がいいんですね、サリヴァン。おれも女の子がいいですけどね」

「おれとツェイの……娘が」

「いやですから、そうとは決まってませんって」

「娘、が……」

「……はいはい」


 サリヴァンはふらふらと、ツェイルがいるのだろう部屋に足を向ける。扉に手をかけて、この気持ちをどう表現すればいいのかと戸惑いつつも、開けた。


「ツェイ」


「出てお行きなさい!」


 とたんに怒声を浴び、吃驚する。


「ツァイン兄上のところに行きなさいと言っているのよ!」


 テューリのその怒声は、どうやらサリヴァンに向けられているわけではなさそうだった。


「あなたがそこにいたままでは、ツェイルは苦しいだけなのよ! 今この状態のときだけでいいから、兄上のところに行きなさい!」


 テューリは、身体を丸めて苦しんでいる様子のツェイルを抱き込んで離れない、真っ白な青年に怒鳴っていた。ツェイルがほかの男の腕の中にいるということに頭が沸騰しかけたが、泣きそうな顔をしたその青年が見知った精霊に似ていたので、どうにかそれを抑えられた。


「わたしが離れても、ツェイルは苦しいままだ。だめだ、ツェイルは」

「素直に応じなさい!」

「いやだ。ツェイルを護る。わたしのツェイルだ」

「やめなさい! ツェイルの意思を聞いたでしょう。その子は産みたいと言ったのよ。赤子は殺させないわ!」


 なんだと、とサリヴァンは驚愕し、一歩を踏みこんだ。


「ツェイになにをする気だ!」


 サリヴァンの登場に、そこにいた誰もが驚きの視線を寄こしたが、かまわずサリヴァンは怒鳴った。


「ツェイから、おれから、赤子を取り上げる気か! おれたちの子どもに、なにをする気だ!」

「もうひとりは死んだ。これ以上は無理だ。諦めてくれ、サリ」


 その言葉に、カッと血が頭に昇る。同時に、肝が冷えた。


 まさか、まさか、まさか。


「どういうことだ……どういうことだ、ガルデア!」


 喜びの中にいたはずなのに、悲しみが混じって、感情がぐちゃぐちゃになる。


「死んだ。もうひとりも、死にかけている。ツェイルは護ろうとしているが……このままではツェイルも危ない」

「な……んだ、と」


 目の前が真っ白になった。


 なぜだ。

 ツェイルの胎に子ができたと、それが自分との間にできた子だと、嬉しいことを聞いたばかりなのに、なぜこんなことになっている。

 なぜ、こんな悲しいことになっている。


「や……めて、くれ」


 ツェイルの胎の子が、ひとり死んだと、青年、ヴィーダガルデアは言った。もうひとりも死にかけていると、このままではツェイルも危ないと、言った。

 ツェイルの胎に宿った命は、二つあったのだろう。つまり双子だ。嬉しいことが二倍になるはずだったのだ。


 けれども、一つは潰えた。

 そして生き残ってくれた一つの命が、その灯火が尽きようとしているためか、ツェイルの命まで奪わんとしている。


「やめてくれ……ツェイ、ツェイを」


 ツェイルの命を奪おうというなら、子は要らない。

 サリヴァンは本気でそう思った。


「サリ、ヴァン、さま……」

「ツェイ!」


 ツェイルの掠れた声に、サリヴァンは形振りかまわず駆け寄る。

 額に汗を滲ませ、苦しそうに呼吸をするツェイルは、しかし薄く開けた双眸に強い光りを宿らせていた。


「ころさないで……おねがい」

「ツェイ……」

「おねがい……こども、ころさないで」


 言いながら、ツェイルはぼろぼろと涙をこぼし、縋ってくる。サリヴァンは臍を噛んだ。


「おまえの命が危ないんだ」

「いや……いやだ、ころさないで」

「おれは子よりおまえが大事だ。おまえを失いたくないっ」

「いや……っ」


 ツェイルは、手を伸ばしたサリヴァンのその手を拒絶し、いっそう身を丸める。全身でサリヴァンを、子を死なせようとしている者たちを拒絶し始めた。


「ツェイ!」


 一緒に死ぬ気か、とサリヴァンは唇を噛んだが、その腕を誰かにグッと掴まれた瞬間、引っ張られて頬を叩かれた。


「ツェイルから赤子を奪わないで!」

「ゆ、ユーリ、殿下になんてことを!」

「ハルトさまは黙ってらっしゃい! この男は、ツェイルの子を殺そうとしているのよ!」


 テューリの平手と、その怒声に、サリヴァンは呆気に取られた。しかし、すぐにわれに返って、睨みつけてくるテューリをこちらも睨み返した。


「子よりツェイルのほうが大事だ!」

「ふざけないでくださいまし!」


 もう一発、その手のひらが飛んでこようとしたときだった。


「今のはサリヴァンが悪いです。テューリ嬢、ヴィーダヒーデを呼びました。ツァインも来ます。これでいいですね?」


 ラクウィルだ。テューリの平手からサリヴァンを護り、なお且つサリヴァンの腕をがっしりと掴んでいた。


「行きますよ、サリヴァン。ここにいちゃいけない」

「な…っ…離せ、ラク!」

「離しません。テューリ嬢、エーヴィエルハルト、姫を頼みます。姫の子も、お願いします。なにか必要なものがあれば、ルーフェさんに。置いていきますから」

「離せ、ラク! ツェイが…っ…ツェイが!」

「どちらも大切なんです。わかりなさい!」

「ツェイだけでいい! おれからツェイを奪うな!」


 なぜわかってくれないのだ。ツェイが死んでしまうかもしれないのに、その命を吸っている子のことなど、考えられるわけがない。


 最初は娘が欲しい、その次は息子だ。ツェイルはきょうだいが多いから、自分たちの子どもにも多くきょうだいを作ってやりたい。きっと、楽しい日々が得られる。


 そう思っていた心も、崩れる。


「ツェイだけでいいんだ……っ」


 ツェイルがいないと、生きていけない。生きる意味すら、目的すら、なくなる。ツェイルがいるから、ツェイルと出逢えたから、この世界で、この国を護ろうと思ったのだ。


「……行きますよ、サリヴァン」

「ラク!」


 なぜわかってくれない。ラクウィルならわかってくれるはずなのに、なぜ理解してくれないのだ。

 離せと暴れたサリヴァンだったが、しかしラクウィルの強い力は半端なく、ずるずると引っ張られた。そのまま部屋を、追い出されてしまう。


 閉ざされた扉は、かちり、と鍵まで締められた。


「ツェイぃ!」







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