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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
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Lateral Biography : いまがあるから。2

サリヴァン視点です。





 そういえばラクウィルの三つめの天恵が発動したのは、あれが初めてだった。ラクウィル自身は火と土以外に天恵の兆候があると気づいていたようだが、使ったのはあれが初めてだったと言っていた。


 そんなことを思い出しながら、サリヴァンは目を覚ます。

 随分と懐かしい、夢を見た。


 だが。


「……目覚めてすぐ、おまえの顔とは」

「こんな美形を拝めて最高の気分でしょ」


 ラクウィルの顔が真ん前にある。


「……最悪だ」


 ツェイルなら最高であるのに、と顔を引き攣らせても、ラクウィルの満面笑顔が崩れることはない。


「なんて可愛い発言でしょうね」

「おまえが可愛かったら気色悪いことこのうえない」

「んーん、サリヴァンは日々可愛くなっていきますねぇ」


 意味不明なことを言いながらラクウィルは身体を起こし、ふむふむと微笑みながら離れていく。

 サリヴァンはふっと息をつきながら、寝台を起きた。

 隣に、ツェイルはいない。

 そのことに少し、肩が落ちた。


「ツェイは?」

「サリヴァンが起きるとは思わなかったので、厨房で遊んでますよ」


 厨房、と聞いて、眉間に皺が寄る。


「また……飴細工、か?」

「いえ違います」


 おや、と思った。


「本気で遊んでます」

「……どういう意味だ?」

「たぶん本人は真剣なんでしょうけど……おれにしてみたら遊んでいるようにしか見えなくて」


 ラクウィルにそう見えるということは、本当に遊んでいるのではないだろうかと、サリヴァンは首を傾げた。


「なにをしているんだ?」

「包丁で野菜のみじん切りを」


 ああそれなら決まりだ。


「ん、遊んでるな」

「めちゃくちゃ真剣そうな様子なんですけどね?」


 こうやって野菜を睨んで、とラクウィルがツェイルの真似をする。ツェイルだったら可愛らしいだろう姿も、ラクウィルでは可愛くもない。


「起きる。どれくらい眠っていた?」

「一日も眠っていませんよ。珍しいですね、姫のそばなのに」

「……ゆめを」

「はい?」

「夢を、見ていた」


 はあ、と息をついて、寝台を離れる。

 ラクウィルに渡された上着を羽織りながら、露台の窓に歩み寄って薄暗い空を見上げた。


「夢って……いつのですか?」

「いつ、ね……非現実的なものだとは、思わないのか」

「あなたが見る夢は深いですから」


 困ったように微笑むラクウィルを振り向いて、サリヴァンは肩を竦める。


「おまえに助けられたときの夢だ」

「おれ?」

「おれの夢には、必ずおまえが出てくる。おれを助けるために、いつも必死なおまえが」

「それは光栄なことですが……まあ、おれはサリヴァンの騎士ですからね」

「なあラク」

「なんです?」


 サリヴァンは視線を床に落とし、ゆっくりと己れの右手のひらを見つめた。握ったり、開いたり、グッと力を入れては震える、役立たずな腕に唇を歪める。


「もう、おれを護るばかりでなく……自分のことも」


 視線を戻せば、ラクウィルの微笑みがあった。


「自分のことも、護ってくれないか」

「護ってますよ。この身はサリヴァンを護るための、大事な身体ですから」

「そうじゃなくて」

「わかってますよ」


 くす、と笑ったラクウィルは肩を竦めた。


「気になる子はいるんです。だから、おれはだいじょうぶですよ」

「……本当に?」

「人の感情は、けっこう自由にならないものですよ。まして自分の感情なんかは、もっとね。サリヴァンも、それはわかっているでしょう? だからだいじょうぶです」


 安堵させられる笑みにとりあえずほっとするが、それでも、と思う心は止められない。


「ラク、おれは……」

「サリヴァン」


 笑みを深めたラクウィルに、言葉を遮られた。


「今があるから、いいんですよ」

「……ラク」

「今があるから……おれは笑っていられます。サリヴァンも、笑っていられます。それって、すごくいいことじゃないですか?」

「すごく、いい……?」

「おれは楽しいですよ。毎日が、とても。今があるからそうなんです。ね、いいことでしょう?」


 言い包められている気もしなくはないが、そう言われて悪い気はしない。


「ねえサリヴァン、考えてみてくださいよ。今があるって、なんでだと思います? こうして生きてるって、なんでだと思います? おれはね、姫のおかげだと思ってるんですよ」


 ラクウィルはとても嬉しそうに、乱れた寝台の敷布や掛布を整えながら、口を開く。


「姫がきてくれてからの毎日はサリヴァンがとても楽しそうで、とても生き生きとしていて、そりゃあ大変なときもありましたけど、それすらも楽しめるような雰囲気になっていて……ああこれって姫がいてくれているからなんだなぁって、よく思うんですよ。だから、姫が産まれてきてくれてよかったなぁって、サリヴァンと出逢ってくれてよかったなぁって、おれの心は今すごく嬉しくてならないんです」


 隠しごとはしても嘘は言わないラクウィルの言葉は、サリヴァンの不安を優しく解してくれる。

 心地いい優しさに、胸が震えた。


「さあ、サリヴァン。姫を呼んできますから、もう少し眠りましょうか。今度はきっと、暖かい夢が見られますよ」


 寝台を綺麗に整えてくれたラクウィルが、眩しいほど綺麗に微笑む。

 ラクウィルにつられるように、サリヴァンも微笑んだ。


「そう、だな」

「じゃ、少し待っていてくださいね」


 ひらりと身を翻して出て行くラクウィルの背を見送ってから、サリヴァンは整えられた寝台に戻り、腰かけた。


 いつでも、どんなときでも、笑っていようと思っていた。けれどもそれは、自分よりもラクウィルのほうがずっと強く心がけている。いつでもどんなときでも、ラクウィルのただただ優しい笑みに力を与えられていた。ラクウィルがいたから、笑っていられた。


 今、ラクウィルに笑っていられるようにしているのは、自分だ。


 そう思うと嬉しくて、泣きたくなるくらい嬉しくて、こんな自分にしてくれたツェイルを、いっそう強くいとしく想った。


「ツェイ……」


 ありがとうを、きみに。


「ツェイ……」


 天を仰ぎ、天に祈る。

 今があるから、忌まわしき過去を受け入れることができる。


「……サリヴァンさま」


 いとしい者の声に、サリヴァンは振り向いて笑みをこぼす。


「おいで、ツェイ」


 差し伸べた手のひらに重なる、小さくて硬い手のひら。

 引き寄せて、抱きしめると柔らかくて、暖かくて、どうしようもなく安堵する。


「おれのそばにおいで、ツェイ。ずっと、ずっと、おれのそばに」


 笑っていられるように。

 笑い合っていられるように。

 笑い続けていられるように。


「サ、サリヴァンさま…っ…や」

「いや?」

「だって……っ」

「ずっとおれの深くにおいで、ツェイ。ずっと、もっと、深く」


 もうあの夢は、現実にならない。区別がつかなくなる、なんてことは、もう二度とない。

 今があるから。


「なんで…っ…サリヴァンさま、待って…っ…あ」

「やわらかい……かわいい、ツェイ」

「サリヴァンさま……っ」

「ツェイ……ツェイ、ツェイ」


 きみがいるから、今がある。

 今があるから、きみはいる。

 今きみがいてくれるから。







ちょっとした過去話、これにて終わります。

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