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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
64/170

Epilogue : 仮初めの皇帝、偽りの騎士。

本編+番外編のあと、十数年後となります。

ご注意ください。





「オリヴァーン!」


 名を呼ばれてふと振り返ると、親友で自分の侍従でもあるノアウルが、慌てて駆けてくるところだった。


「どうした、ノア」

「シェリアン公がお見えなんだ。サリエさまを探したんだが、あの人どこ行ったんだか……だからオリヴァン、おまえがお出迎えしろ」

「なんだそれ……サリエならあそこにいるぞ」


 さっきからずっと屋根の上にいる人を指差すと、邸内を探して走り回っていたのだろうノアウルは、うんざりとしながら屋根を見上げた。


「なんであんなとこにいるんだ、あの人」

「おれがここに来たときからいる」

「おまえもおまえだ。剣の稽古してるのかと思えば庭いじりかよ」

「……、まあ」


 見てのとおりだな、と土に汚れた手のひらを見る。稽古のために持ってきていた剣は、腰に下げたままだ。


「サリエさまぁーあ! お客さまですよー!」


 ノアウルの大きな声を聞きながら、汚れた手を叩いて土を落とし、立ち上がった。


「また兄上か? 兄上なら追い返していいぞ」

「違いますよ。シェリアン公キサネさまです。城に行ったらサリエさまがいないから、わざわざこっちに来てくださったんですよ」

「キサネとは珍しいな……ここに呼んでくれていいぞ」

「それは公に失礼かと」

「悪いが離れられん。そう思うならオリヴァンに出迎えさせてくれ」


 いきなり矛先が自分に向けられ、ぎょっとして屋根の上の人を見た。


「おれの出番じゃないだろう、サリエ」

「父と呼べ、父と。ヴァルハラの家督はおまえが継ぐんだから、いいだろうが」

「シェリアン公はヴァルハラ公に逢いに来たんじゃなくて、国主のサリエに逢いに来たんだろうが」

「それもいずれはおまえが継ぐ。いいから、行ってこい。それと、おれのことは父と呼べ、息子」

「サリエ!」


 役目を放棄した屋根の上の人、己れの父に腹を立てつつも、無視されてはその声も届かない。


「母上がいないと言うこと聞かないってどういうことだ」

「サリエさまだからなぁ」

「ぜぇったい父上なんて呼んでやらない」

「おまえもおまえだなぁ」


 ため息交じりに言うノアウルと一緒に、仕方ないが客人を出迎えるため、庭から邸に戻った。

 土で汚れていた手を綺麗に洗い、同じように汚れていた上着を替えてから、応接間に向かう。


 隣国シェリアンの公王キサネとは、公王となられる前からの顔見知りであったので、気張らなくていいところが救いだ。この腹立だしさも、キサネなら理解してくれる。


「お待たせしてすみません、シェリアン公。父ヴァルハラ公爵の名代、オリエ・ヴァラディン・ヴァルハラです」

「オリエさま! 久しぶりですねえ。また大きくなられて」

「お元気そうでなによりです、シェリアン公」

「そういう喋り方ですと、立派な次期公爵ですね。ということで、キサネでいいよ、オリヴァン。おれもふつうに喋るから」


 一時期は遊び相手をしてくれたキサネは、オリヴァンにとって歳上の友人でもある。ホッと肩の力を抜いて室内に入ると、互いに長椅子に腰かけた。


「悪いな、キサネ。サリエ、いるんだけど……屋根から降りて来ないんだ」

「屋根? ああ……そういえば南のほうの台風がひどくて、復興が遅れてるみたいだからなぁ。お忙しいところに来てしまったか」

「ん? サリエと災害に、なんの関係が?」

「あれ、まだ聞かされてない?」

「なにが?」


 首を傾げると、キサネは困ったように笑い、肩を竦めた。


「国主っていうのは肩書きじゃないんだよ、オリヴァン」

「肩書きだろ。あんなのでも皇弟殿下だし」

「じゃあ、おれが聞いた昔話を一つ、教えようか」

「昔話?」

「仮初めの皇帝と、偽りの騎士のお話」


 なんだそれ、とオリヴァンは目を丸くする。


「きみが生まれる少し前、十六年とちょっと前の話だよ」


 キサネは、現宰相ルカイアから直接聞かされたという話を、ゆっくりと話し始めた。その中にはキサネ自身のことも含まれていて、半ば歴史の勉強ではあったが、キサネの視点から聞かされる物語は興味の惹かれるものだった。










 陽も沈みかけた夕刻、父サリエは未だ屋根の上にいた。


「ツェイが南にいるって、なんで教えてくれなかった」

「母と呼べ、母と」


 いきなり声をかけたのだが、気配は感じていたらしく、父はオリヴァンに背を向けたまま反応を返してきた。


「なんでツェイは、南にいる?」

「母と呼べと言っているのに……行くと言ってきかないから、ラクと行かせた。それだけだ」

「ラクウィルが《天地の騎士》だから、行かせたのか?」

「ああ」

「サリエはなんで一緒に行かなかったんだ」

「行ってもよかったが、ツェイが赴いた場所は国境付近の海沿いだ。海に面しているから、国境の線は危うい。おれは近づけない」

「なんで?」

「前にあのあたりを旅したら、力に呑まれかけたことがある。それを見たツェイが半狂乱になった。だから近づけない」


 父は、母ツェイルを軸にして、生きている。

 そう思う。


「力って、なに」

「国主の天恵」

「なんだそれ」

「おまえの背中にあるだろう」

「あの痣が、なに」

「国主の刻印だ。だからおまえは、兄上の娘と婚約している」


 従妹の姿を思い出し、その愛らしさにちょっとだけ胸を暖めながら、オリヴァンは一切こちらを見ない父の隣に腰かけた。


「……すまない、オリヴァン」

「は、なにが?」

「おまえには国主の天恵がある……その刻印のせいで、おれはおまえから自由を奪った」

「……ライラとの婚約のことか? おれはべつに……ライラは可愛いし、奥さんにしてもいいかなとは思うよ」


 従妹ライラの、自分を見る眼差しは理解している。それを悪くないとオリヴァンは感じている。

 その意味での「自由を奪った」ということなら、無用な心配だ。


「なあサリエ、国主の天恵ってなに」

「国の礎たらんこと」

「じゃあ……おれがルーフを咲かせることができるのは、そのためか」

「ああ」


 オリヴァンは手のひらを握ると、パッと開いて国花であるルーフを咲かせる。幼い頃から、気づけばできていたこれを天恵だとは知っていたが、まさか国主の天恵だとは思ってもいなかった。


「役に立つのか、この天恵」

「さあ」


 くすくすと、父は笑った。


「おれはツェイの笑顔が見られるから、役に立つとは思っている」

「ライラも笑ったよ。可愛かった」

「なら、役に立ってるんじゃないのか」

「……微妙だな」


 国主の天恵なんて、大それたもののくせに、やれることは小さいと思うのはオリヴァンだけだろうか。


「これ、サリエと同じ天恵なら、おれもサリエと同じってことか?」

「いや、違う。おまえの刻印は正常に働いているから、おれと同じにはならない」

「……どういうこと?」

「キサネから昔話は聞いただろ」

「おれにキサネを出迎えさせたのはそれか?」

「話す頃合いを計りあぐねていたからな。おまえも来年には成人するし、迷っていたところにキサネが来たから、もしかして話してくれるかな、と」


 その期待通りだった、というわけだ。


「だいたいは聞いたよ。サリエが仮初めの皇帝だったこととか」

「そんな時期もあったな」

「そんな話、聞いたことなかったから、驚いた」

「訊いてこなかっただろう」

「おれが生まれたときは、サリエは皇弟殿下で、国主っていう肩書を持っていた。聞くまでもないと思ったんだよ」


 でも違った、とオリヴァンは苦笑する。


「いろいろあったんだな」

「いろいろ?」

「ツェイと出逢うまで、出逢ってから、これまで」

「……生きているということだ」


 言いながら父は上着の裾をさばいて立ち上がり、暗くなり始めた街を眺め、空を見上げた。

 倣うようにその視線を辿り、オリヴァンも立ち上がる。


「ツェイ、帰っておいで」


 父は両腕を空に向かって広げる。


「約束の時間だ。帰っておいで、ツェイ」


 空にはなにもない。それこそ雲一つ浮かんでいない空は、ただゆっくりと太陽を沈ませ、闇夜の訪れを待っている。

 けれども。


「サリヴァンさまっ」


 その声と共に、いつでも少年のような母ツェイルは空から降ってきた。それは幼い頃からよく見かけた光景でもある。

 なにもないところから舞い降りる母を、父は息子のオリヴァンにさえ見せたことがないような柔らかい笑みで、その両腕に抱きとめるのだ。この一瞬だけは、昔から邪魔できない。


「部屋でお待ちくださいと、あれほど言いましたのに」

「はは。おれはツェイがそばにいないと、眠れやしないよ」

「国土の回復はサリヴァンさまのお身体を……ああもう、こんなに冷えて」

「気にするな。それより……おかえり、ツェイ」


 父は母を軸にして、生きている。息子のオリヴァンなど二の次だ。

 けれども、それが父なのだとも、思う。


「屋根の上でお出迎えとは、またなんと奇抜なんでしょうねえ」

「あ、ラクウィル」


 後ろからの声に振り向けば、母と一緒に出ていた父の侍従ラクウィルが、母の登場と同じように空から降りてくるところだった。天恵を使ってそういう移動をしているのは知っているので、いつものことでもあるそれに驚きはしない。


「オリヴァンまでここにいるのは不思議なんですが……ノアウルはいずこに? オリヴァンの侍従でしょうに」

「少し前に、ライラに呼ばれて城に」

「ははぁ……あるじがふたりもいると大変ですねえ、ノアウルも」

「まあ、ノアはおれの侍従で、ライラの騎士だから」

「腕っ節はまだまだの、ひよっこですがね」


 もっと鍛える必要がありますねえ、と言いながら、ラクウィルは猫のように背伸びする。


「なあラクウィル」

「はい。なんです、オリヴァン」

「国主の天恵って、なに」


 オリヴァンは、目の前でいちゃついている両親を眺めつつ、ラクウィルに問うた。


「あれが、国主ですよ」


 ラクウィルは両親を見て、そう言った。


「おれもその天恵があるのに、サリエは違うって言う」

「違うでしょうねえ」

「どういう意味だ?」


 オリヴァンは手のひらを握り、ゆっくりと開きながらルーフを咲かせる。それは父もできることだ。違いなどわからない。


「サリヴァンにもいろいろあったんですよ」

「説明になってない」

「じゃあ一つ、昔話をお聞かせしましょう。仮初めの皇帝と、偽りの騎士……そのお話を」

「キサネから聞いた」

「おや、シェリアン公がいらっしゃったので?」

「もう帰ったけど」


 半ば歴史の勉強であったそれと、ラクウィルが話そうとしてくれたそれには、視点の違いこそあれ、それ以外の違いはないと思う。


「シェリアン公から大まかなところを聞いたのなら……だいたいわかるのでは?」

「サリエとおれに、どんな違いがあるのかわからない」

「ふむ……そうですねえ」


 ラクウィルが逡巡し始めたとき、漸くオリヴァンの存在に気づいた母が、父の腕を離れてそばに寄ってきた。


「オリヴァ」

「ん……おかえり、ツェイ」


 母は小さい。この背をいつ追い越したのか、それはもう憶えていないが、気づいたら母の視線はいつも下にあった。


「具合は悪くないか?」

「え、いきなりなんの心配?」

「……だいじょうぶなようだな」


 よかった、と言いながら母は抱きついてきて、ホッとしていた。意味がわからないながらも、オリヴァンはその身体をゆったりと抱き、ポンポンと撫でる。


「なにかあった?」

「……南の災害が、ひどかったから」


 母のひどく落ち込んだ声に、オリヴァンは父にそれを窺う。肩を竦めた父は苦笑していた。


「ツェイ、次はオリヴァンに行かせればいい」

「オリヴァを……なぜです?」

「それも国主だ。わかっているだろう」

「でも……」


 躊躇う母に、オリヴァンは気づくと名乗りを上げていた。


「行くよ、ツェイ。おれにできることがあるなら」

「オリヴァ……でも、おまえまで」


 なにかに怯えるように、母はオリヴァンの腕をぎゅっと強く、握ってきた。そんな母に、オリヴァンは咲かせていたルーフを飾る。


「剣の腕は信用できない? ツェイにこの前勝ったじゃないか」

「だが……」


 渋る母の肩に、父の手のひらが乗る。


「頼むから少しおとなしくしてくれ。胎の子に障る」


 父のその言葉に驚いたのは、オリヴァンだけでなく母もだった。


「き……気づいて、おられた……の、です、か」


 そう言った母に、オリヴァンはさらに驚く。


「え、ほんとに? ツェイ、妊娠してたのか?」


 問えば母は真っ赤になり、俯いた。父は嬉しそうに、自慢げに、笑っていた。


「きょうだいが増えるぞ、オリヴァン。よかったな」

「きょうだいって……おれ、もう十六だぞ」

「ツェイがやっと許してくれたからなぁ」


 なんの許しだ、と突っ込みたかったが、そこは夫婦の事情というか、オリヴァンには関知できない事情のようで、父はそれ以上の言葉もなく、オリヴァンの腕から母を取り戻した。


「ということだから、南へはおまえが行け、オリヴァン」

「それはいいけど……ツェイ、身体はだいじょうぶか? 身重の身体でなにやってんだよ」


 いくら心配だったとしても、自分の身体を大事にしてほしいものだ。この歳になってきょうだいが増えるのは微妙な感じもするが、嬉しいことには違いないのだ。


「次は女の子がいいですねえ」


 ふとラクウィルが、いきなりそんなことを言った。


「オリヴァンが女の子だったら問題はないんですが……男の子だし」

「つまらなそうに言わないでくれるかな、ラクウィル」

「だって事実ですし? まあ剣を教えるのは楽しいですけれど……男の子だし」

「可愛くなくて悪かったな」


 しっかりとこちらの会話は聞いていたようで、ラクウィルはじっとオリヴァンを見て、「はあぁ……」と盛大なため息をついてくれた。


「女の子がいいですぅ……ねえ姫、女の子にしてくださいね」

「そ、そう言われても」


 未だ母を姫と呼ぶラクウィルだが、それを流してしまう母も母だと思う。


「まあ、とりあえず邸内に戻りますか。そろそろ夕食ですし、リリが痺れを切らせているでしょうからね」


 侍女頭のリリの姿を思い出して、あれを怒らせた日には地獄を見るとわかっているだけに、話題が挿げ替えられても文句は言えなかった。


「若さまぁ! 殿下ぁ! まだ屋根の上ですかぁ!」


 ちょうどよく、ライラのところから戻ったらしいノアウルの呼び声も、畏まっているところからして、すでにリリが痺れを切らしている状態であると知ることができた。


「……戻ろうか」


 ふっと笑って、オリヴァンはそれぞれを促した。


 露台から部屋に入ってから、ふと暗くなった空が気になって、後ろを振り向く。

 仲のいい双月が、美しく輝いていた。


「オリヴァン?」


 呼び声は父のものだった。


「なあサリエ、おれとサリエの違いってなに」

「まだ考えていたのか」

「気になって」


 中断されていただけだから、まだ答えはもらっていない。もしかしたらはぐらかそうとしていたのかもしれないが、オリヴァンは納得できない。


「……いつかおまえが、真剣に刻印と向き合わなければならないときがくれば、必ずわかるよ」

「おれは今知りたい」

「まだ早い」


 父はニッと、オリヴァンを挑発するように笑った。


「焦るな、オリヴァン。子どもでいられるうちは、子どもでいろ」


 挑発したかと思えば、今度は優しく父は微笑んだ。


「ツェイが寂しがる。それはおれの本意じゃない」

「そんなつもりはないんだけど」

「わかるならさっさと行くぞ。一日中屋根の上にいたから、腹が減ったんだ」


 ほら行くぞ、と父に促されながら、答えを得られなかったことには不服だが、この力と真剣に向き合う日が来るだろうというのは、予感している。それなら父の言葉も納得できるものだ。


「いつまでも子どもでいるつもりはないけどね」

「はは。おれも寂しいから、もう少し子どもでいてくれ。おまえは必ず、おれたちのところから飛び立ってしまうだろうから」

「そうかな」

「おれがそうだった。どこか遠くへと、いつも願ったものだよ」


 ぽん、と肩を叩かれて、並んで歩き出す。いつのまにか父と視線が並ぶようになっていて、身体つきも追い越しそうになっていた。


「なんで、遠くへ?」

「さあ……なんでだろうな」


 ふふ、と笑った父は、どこか寂しそうで。

 けれども、幸せそうでもあった。


「サリヴァンさま、オリヴァ」

「ああ、ツェイ」


 廊下の先で待ってくれている母と、ラクウィルの笑みに、父は答える。


 なんだかなぁと思いつつも、オリヴァンも笑みを浮かべて答えた。







これにて本編と番外編は完結させていただきます。

次話からは外伝と、リクエストしていただきました物語が展開されております。よろしければおつき合いください。


読んでくださり、ありがとうございました。


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