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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
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Extra : 願わくはこの大地へ。2

ツェイル視点です。





 ここにいて、きちんと話を聞いて、自分も考えたほうがいい。

 そう思ったものの、ツェイルはサリヴァンのそばを離れた。サリヴァンが話を聞いて欲しくなさそうにしていた、というのは単なる言い訳だ。

 ルカイアの話を、国主の顔で聞いているサリヴァンを、見ていたくなかった。

 ただそれだけの理由でそこから逃げ出した。


「……消える、かも……しれないって」


 リリに収穫を頼まれた木苺を摘みながら、ツェイルはそれを思い出す。

 サリヴァンが無自覚に使う天恵は、綺麗なものではないとラクウィルが言っていた。支払う代償と比べるには優し過ぎると言っていた。

 言ってしまえば、サリヴァンは帝国の国土そのもの、なのかもしれない。


「わたしは、どうしたらいい……」


 ずっと考えている。そればかりを考え続けている。

 サリヴァンを失いたくない。そばにいたい。どうしたら護り続けることができるのだろう。

 考えていたから、気づくと飴細工に手を出し、ルーフに模したものを作っていた。

 だから、それを持って両親のところに行った。大切な人を、どうすれば護れるのかを訊くために、この想いを聞いてもらうために。


「サリヴァンさま……」


 あなたを失わずに済む方法を、誰か、教えてほしい。


「あれの天恵は消えぬ」

「……、え?」

「今このときより遥か昔、ヴァリアス・デ・ルーフは天上のあるじと誓約を交わした。この地を護り、その血が続く限り実りある豊かさを維持し、繁栄に導くことを」


 唐突な声に振り返ると、陽光を背にした真っ白なひとが、ツェイルを見下ろしていた。まったく気配を感じなかっただけに、ツェイルは驚いてしまう。


「ヴァリアス・デ・ルーフの末裔たるあれは、その誓約を破棄できぬ。刻印が、誓約の証であるがゆえに」

「……誓約?」

「誓約を破りし者となりかけたあれは、刻印に生かされる。誓約が破られぬようにするため、刻印の鎖があれの命をこの大地に根づかせた」


 ただじっとツェイルを見つめて言葉を発するそのひとを、ツェイルは魅入られたように見つめ返す。


 琥珀色の双眸が、光り輝く金の宝石のようだった。

 さらりと流れた銀色の髪が、まるでサリヴァンのようだった。


「……だれ?」

「レイシェント・アレイル」


 聞いたことのない名だ。帝国内の貴族ではなさそうなのだが、着ているものは上等であるし、サリヴァンが着用しているもののそれと似ている。飾り気もまるでなくて、けれども眩しくて、見つめているとサリヴァンではないかと錯覚を起こしそうだった。

 けれども、サリヴァンではないひとだ。


「どうして、サリヴァンさまを……」

「聖王だからな」

「……せい、おう?」


 まさか、とツェイルは瞠目する。


 このひとが、神々の長たる聖王、天の王、神々の頂点に君臨し世界の礎である存在。

 お伽噺だけの存在だと思っていた、ツェイルが否定し続けた存在。


「あなた、が……聖王、猊下」


 ずくん、と胸が疼いた。それは裡にいる己れの精霊、ヴィーダガルデアが畏縮してのことだと、自身がそう感じたから気づいた。


「……わたしが畏ろしいか」

「あ……い、いえ」


 怖いと、そうは思う。

 けれども、その無表情の中、金にも見える琥珀色の双眸には、優しさが見えていた。


「……おまえ」


 思わずじっと魅入っていたら、猊下の手のひらがツェイルの目許を覆い隠した。


「目を患っているのか」

「え……」


 それは一瞬のことだった。

 ふわりと目許にぬくもりを感じたと思ったときには、覆い隠されていた視界が開かれる。狭くなっていた視界が、戻っていた。


「あ……れ?」

「薬のせいか……毒気が抜けたな」


 猊下がその手に、水滴のようなものを浮かせていた。無造作に地へ投げ捨てられると、それは蒸発して消えていく。


「ディアル・アナクラムの薬だ。珍しいものを使われたな」

「え……と、あの」


 治してくれた、のだろうか。


「シェリアンの次はディアル……あれも忙しいな」


 短く息をついた猊下は、その琥珀色の双眸をふと、邸のほうへ向けた。

 つられるようにしてそちらを見ると、露台にはサリヴァンが驚いた顔をして立っていて、その真上の屋根には巨大な鳥、聖鳥フェンリスが羽を休めていた。


「なにをしておられるのですか、猊下」


 そう言ったのはサリヴァンで、言われた猊下はなにごともなかったかのように小首を傾げた。


「飛んでいた」

「飛んで……フェンリスと?」

「ああ」

「それでなぜ、そこに?」

「落とされた」

「は……?」

「フェンリスに落とされた」


 猊下がそう言ったとたん、羽を休めていたフェンリスはいきなり飛び立った。


「……逃げましたよ」

「そのようだな」


 あっというまに天高く昇っていったフェンリスを見上げた猊下は、やはりなにごともなかったかのようにそれを眺める。


「……猊下」

「なんだ」

「猊下の隣にいるのが、おれの妻です」

「……ああ、メルエイラの娘か。どうりでおまえのことを……」


 サリヴァンにあった猊下の視線が、再びツェイルに戻る。じっと見つめたあと、猊下はまたサリヴァンのほうを見た。


「サリヴァン」

「はい」

「なぜおまえがいる」

「え……今さら」

「そもそも、ここはどこだ」

「……フェンリスに遊ばれましたね、猊下」

「なんのことだ」

「いえべつに」


 サリヴァンはため息を落とし、猊下は意味がわからないと首を傾げる。

 ツェイルも、この状況がさっぱりわからない。


「ここはルカの邸ですよ」


 言いながらサリヴァンは露台を降りて、ツェイルのそばに来てくれる。差し出された手を取ると、抱き寄せられた。


「ツェイ、猊下だ。聖王レイシェント・アレイル猊下。古の王、天の王、呼び名は多いが、おれの養父でもある」

「ちち……?」


 そういえば、城を出る前にそんな話をちらりと聞いた憶えがあると、ツェイルはそのときのことを思い出す。


「猊下の居城は天王廟といってな、おれがいた淡の塔はその一部なんだ。だからおれは猊下と、塔の管理をしている光りの精霊アルトファルに育てられたようなものなんだが……言わなかったか?」


 聞いた、ことはない気がするも、サリヴァンがどこか人間離れした雰囲気を持つのは、もしや神に育てられたせいだったのかもしれないと、ツェイルは呆けた。


「ツェイ?」

「え、あ……いえ、ちょっと、驚いて」

「驚かせるようなことを言ったつもりはないが……まあ、気づいたら猊下とアルトファルが、おれにとって親になっていたから……説明のしようがない」


 そのあたりの経緯は、自分でもよくわからないとサリヴァンは言う。

 ツェイルは改めて猊下を見つめた。


「……サリヴァンさまの、養父上さま」


 このひとが、サリヴァンを護り育ててくれたひと。


 姿勢を正したツェイルは、深く頭を下げた。


「ツェイルと申します、聖王猊下。名乗り遅れましたこと、お詫びいたします。申し訳ありません」


 聖王猊下が神々の長であるという、そのお伽噺のようなことよりも、サリヴァンの養父だということのほうがツェイルには重要だ。


「……気にするな。わたしがフェンリスから落ちたのは、予期せぬことであったからな」


 優しい言葉と一緒に、頭にぽんと手のひらが乗った。それはサリヴァンに似た仕草で、そのぬくもりに同じものを感じた。

 ああ、このひとは本当にサリヴァンさまの養父上さまなのだ。

 ゆっくりと姿勢を戻すと、無表情ではあるが穏やかな琥珀色の双眸が、ツェイルに向けられていた。


 その視線がふと外され、頭を撫でていた手のひらが去ったのは、露台にルカイアとジークフリートが現われたときだ。それにはサリヴァンも気づき、そちらに目を向けたあとすぐに猊下へ声をかけた。


「猊下、訊きたいことがあるのだが」

「要らぬ」

「え?」

「説明は要らぬ」


 言うなり猊下は、足許の影しかないそこから白い綺麗な杖を取り出し、たんっ、と地を杖で叩いた。


「神の領分に手を出すことはならぬ。あれは公国に在りし天恵、《天地狼》が守護せしもの。聖国に在ってはならぬ、魔国に在ってはならぬ」


 なにを言っているのか、ツェイルにはわからなかった。けれども、シェリアン公国の元公子であったキサネのことを言っているのだろうというのは、その言葉の一つ一つから窺い知ることができる。


「偽りの国が滅び、真の国が息を吹き返す。そのための天恵、そのための《天地狼》、両国に留まり続けることは許されぬ」

「……わが帝国と、ヴェルニカ帝国が、利用すると?」

「天地の理を崩壊させたくば、利用するがよい。わたしは止めぬ」


 どこか面白そうに言い放った猊下だが、サリヴァンは小難しい顔をし、ルカイアは渋面を浮かべていた。


「……サリヴァンよ」

「はい、猊下」

「己が責務は果たさねばならぬ。自由とは、それらとの均衡で生ずるものと知れ」


 猊下のそれを聞いた瞬間、サリヴァンは僅かな間だけ傷ついたような顔をし、しかし次には困ったように笑うと、ツェイルを抱く腕に力を込めてきた。


「……どうして養父上は、そんなにひどく優しい言葉を使うかな」

「言うて欲しくなくば、自覚せよ」

「ええ、おれは国主ですよ」


 でも、とサリヴァンは続ける。


「ひとりの、男なんですよ」


 そう言うと、ツェイルから視界を奪った。頬に当たるサリヴァンの胸からは、少し早い鼓動が聞こえてくる。いつもはゆっくりで、乱れることすら少ないサリヴァンの鼓動に、ツェイルは少しだけ身じろぎして両腕を持ち上げた。


「サリヴァンさま」


 サリヴァンの頬を両手で包む。ひんやりとした手のひらと同じように、体温が低いせいでたまに青白く見えるサリヴァンの頬も、今は少しだけ熱かった。


「ツェイ……どうしたらいい」


 それは初めて委ねられた、ツェイルへの相談だった。初めて見る、サリヴァンの情けない顔だった。

 まるで親に叱られた子どもだ。

 そう感じるとなんだか面白くて、おかしくて、ツェイルは思わず笑ってしまう。


「おまえまでひどいな、ツェイ」

「だって、サリヴァンさま……可愛い」

「かわ……、あのなぁ」


 項垂れたサリヴァンと、その額がこつんとぶつかる。くすぐったさに肩を竦めた。


「やりたいように、なさってください」

「……ツェイ」

「わたしはそばにいます」


 願わくはこの大地へ。


 この人が、たとえ国のために在ろうとも。

 たとえ国のために、生かされているのだとしても。


「わたしが、そばにいます」


 その傍らにずっと在ることを許されたのは自分であると、思わせて欲しい。

 その愛を、一番にもらえるのは自分であると、自惚れさせて欲しい。


 だから。


「猊下」


 この人と共に在るために。


「わたしはツェイル・レイル・ヴァルハラ。サリエ・ヴァラディン・レイル・ヴァルハラの妻、国主に寄り添う者」


 ツェイルはサリヴァンからそっと手を離すと、自分ができる最大の礼式を捧げた。


「わが剣、わが身命、滅ぶときまでわが国主のものであることを、お許しください」


 この人と共に在るために。

 この人と在り続けるために。

 わたしの世界はこの人で回り続ける。


 願わくは、この大地へ。

 いとしき人との幸せを。



「……城に、戻られてくださいますね」


 ルカイアの断定的な問いに、サリヴァンは顔を上げる。


「ああ。ツェイと、一緒に」


 答えながら、サリヴァンはツェイルを抱きすくめた。







番外編『願わくはこの大地へ。』は、これにて終幕となります。



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