表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
61/170

Extra : 祈り。3

サリヴァン視点です。





 すぐそばに街道がある場所に、ツェイルはいた。ラクウィルが苦笑しながらツェイルの傘を持ち、それに謝っている様子が見られる。その手には、飾りつけられた飴細工のルーフを一つ持っていた。


「おまえの言ったとおりだな、ツァイン」


 サリヴァンは遠目から見つめながら、同じように立ち止まっているツァインに言った。


「この方向なら、両親が眠ったところに行くつもりなんだろうね」

「……モルティエの?」

「もっとも、僕ら一族の中で墓参りなんてするのは、ツェイルくらいだけれど」

「え?」


 歩き出したツェイルとラクウィルを追いかけるように、ツァインも歩き出した。慌ててサリヴァンも歩みを進める。


「ツェイだけというのは、どういう意味だ」

「そのままだよ」

「そのまま?」

「人殺しの一族が、死んだ人間を悼むなんて、できるわけないだろ」


 ぼんやりとした眼をしながら言ったツァインに、サリヴァンは言葉を呑み込む。


「身内が死んでもそれは同じ。だから両親が死んでも、荼毘に付したあとは骨を砕いて、粉々にして、土に帰したから、実際の墓はないよ。雨風に流されて、もうそこに骨の欠片も残ってないだろうし」


 だから墓参りはしない。それがメルエイラ家の者にとっては当たり前のことだと、ツァインは言った。


「墓参りしようにも、墓石もなにもないからね」


 それは昔からの習わしだという。


「死んでやっと自由になった者たちを、縛りつけてはならない。それがメルエイラ一族の考え方。だから、昔から墓は持たないし、墓参りなんて習慣もない。死んだら燃やして、土に帰すだけ。僕らの祈りは、そこで終わる」

「祈り……」

「メルエイラという鎖から解き放たれたことへの、祝福だよ。よかったね、これで自由だ、世界はようやく受け入れてくれる……そういう祈り」


 悲しい祈りだ、と思わなくもない。けれどもメルエイラが辿った道を考えれば、彼らにとって一番の安らぎは死であったのだろう。彼らに墓がないのも、それゆえのことなのかもしれない。


「悲しくはないのか」

「僕はなにも感じないって言ったでしょ」

「それでも」

「……ツェイルが弔いに歩く姿は、いやなものだよ」


 一族の考え方に反しているから、というわけではなく、ツァインはそれがいやだという。


「なにも感じないはずなのに、ツェイルの心だけは、響いてくる……悲しくて、悲しくて、潰れそうになっている心が、響いてくる」


 いやなものだよ、とツァインは繰り返した。


「ツェイは、悲しむことを忘れないんだな」

「僕は始めからそんなもの、感じないけれどね。だからいやなんだよ。その分だけツェイルは疲れてしまうから」

「だが、それがツェイだ」

「……そうだね」


 感情を殺しても、殺しきれなかった部分が、あの行動なのだろうと思う。いっそツァインのように、本当になにも感じられなければ、きっと楽になれただろうにと、サリヴァンは息をついた。


「ところで殿下」

「ん?」

「城に戻るの?」


 あの会話を聞いていたのか、と思う。


「……戻れと、ルカと兄上がうるさい」

「黙らせようか?」


 どうやって、て訊ねようとして、やめた。サリヴァンになにかあれば躊躇いなく殺す、と口にしていたのを思い出したからだ。


「……ヴァルハラ家の領地を没収された」

「それ、脅迫だね」

「それを言ったら、すべてがそうだ。初めからおれには無理だったのだと、そう言われているようで腹も立つ」

「どうするの?」

「……考えている」

「答えが出るの?」

「さあな」


 どうしたいかなんて、本当はずっと前から決まっている。けれども、それができない立場にあることも、わかっている。


「いっそ利用しちゃいなよ、殿下」

「利用?」

「城に戻って、国庫を使い尽くせばいい」


 その権力を使って、とツァインは軽い調子で言う。思いもよらなかった提案に、サリヴァンは苦笑をこぼした。


「いい考えだな」

「だろ? それくらい簡単に考えればいいよ」

「簡単に?」

「国から出られないのだとしても、国中は歩ける。けれどそのためには路銀が必要だ。城に戻ってやるから国を歩かせろ、って感じに」


 確かに、それもそうだ。


「拘り過ぎたかな……」

「閣下は真面目だから、流されちゃだめなんだよ。それに殿下は、本当の意味での自由を得たわけじゃない。もっと我儘になりなよ」

「おまえにそう言われると、変な感じがする」

「僕は侍従長と違って、気儘な狂犬だからね」

「だから厄介だ」

「使い易くていいでしょ」


 それはどうかな、と苦笑しながら肩を竦めたとき、前方のツェイルの足が止まり、その場に屈んだ。


「……あそこか?」

「どうだったかな……あれ以来、僕は足を運んでいないから」


 正確な位置は憶えていない、とツァインは困ったような笑みをこぼした。


 ツェイルが屈んだ場所は、街道からだいぶ外れた、野草や野花が群生しているところだ。そこに墓石のような目印はなく、死者が眠った場所のようには思えない。

 それでも、ツェイルはそこに飴細工のルーフを置くと、じっとそれを見つめて動かなかった。祭神殿の神官のように、両手を組んで目を瞑ることもない。ただ一点を、じっと見つめ続けている。

 だから、きっと、あれがツェイルにとっての祈りなのだろうと、サリヴァンは思った。ツァインが言っていたように、悲しくて悲しくて、潰れてしまいそうな心を、いつもああやって抑え込んでいるのかもしれない。


「強い、祈りだな」

「やめろって、言えないでしょ」

「ああ……」


 あの行動に、口を出してはならない。邪魔をしてもいけない。

 ツァインが、あの行動をいやがりつつもやめさせない理由が、なんとなく頷けた。


 しばらく動かなかったツェイルが漸く立ち上がったとき、いつのまにか雨脚は弱まり、晴れ間が覗くようになっていた。


「サリヴァンさま?」


 ついて来ていたサリヴァンに気づき、ツェイルはきょとんとした顔でこちらを見ている。


「おれも、挨拶をしていいか」

「え?」

「モルティエには世話になった。奥方にも、逢ったことはないが、挨拶しておきたい」

「……どうして、ここが」


 言いかけて、サリヴァンの後ろにツァインを見つけた。


「兄さま……」

「僕はなにもしないよ。父上も母上も、消えていったメルエイラの者たちも、ここにいてはならないからね」


 ふい、と視線を逸らしたツァインは、ツェイルに歩み寄るサリヴァンには続かず、そこから動かなかった。


「ツァインから話は聞いた。ここに、モルティエを帰したと」


 ツェイルの隣に並んで、置かれた飴細工のルーフを見つめる。


「報告を、しようと思って」

「報告?」

「大切な人に、巡り逢えたから……」


 うっすらと頬を赤く染めているその顔を見れば、大切な人、というのが自分であろうことくらい、サリヴァンにもわかる。


「そうか」


 少し嬉しく思いながら、サリヴァンは傘を閉じてラクウィルに渡し、膝を折ると礼式を取る。胸に右手を当て、ツェイルがそうしていたようにじっと一点を見つめたまま、心の裡で「ありがとう」と呟く。


 ありがとう。

 あなたのおかげで、おれは生き延びた。そうしてたくさんの人と出逢い、別れ、いとしき者に巡り逢えた。命が惜しいと思うようになった。いとしき者との幸せを望むようになった。すべてはあなたが、利己心だと言いながらも取ってくれた行動のおかげだ。

 ありがとう。心から、感謝している。


 サリヴァンは胸に当てていた手のひらをぎゅっと握ると、ゆっくりと開いて一輪のルーフを咲かせた。それを、飴細工のルーフと並べて置く。

 立ち上がって、ツェイルの手を取った。


「帰ろうか、ツェイ」

「……はい、サリヴァンさま」


 きゅっと握り返されたぬくもりに微笑むと、綺麗に晴れた空の下を、ゆっくりと歩き出した。







番外編『祈り。』はこれにて終幕です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ