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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
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05 : 隠れた心をすくうは。3





 ラクウィルに、


「三日くらいですかね、眠り続けていたのは」


 と説明されたサリヴァンは、


「そうか」


 と、呆気なく、まるでなにもなかったかの如く平然としていた。


「どうりで身体が動かないわけだ……あちこちギシギシする」


 寝台で身体の痛みを訴えたサリヴァンは、ツェイルが共寝をしていたことに触れるどころか、まったく気にした様子も見せず、淡々と己れの身体を検分する。


「身体が痛いのは、まあ……夜更けの襲撃のせいじゃないですかねえ。久しぶりに急激に動いたわけですし」

「その襲撃、なんのことか、おれにはさっぱりわからないんだが」

「寝ぼけた状態であそこまでできるなんて、さすがサリヴァンですよ」

「はあ?」


 サリヴァンは昨夜のことを、本当にまったく憶えていないようだった。寝ぼけるのにも程度があるというものだ。


「気分すっきりでよかったですねえ、サリヴァン」

「身体は不自由になったがな」

「三日も眠ってりゃあ、そうでしょうよ」

「起こせよ」

「起きないじゃないですか」


 サリヴァンとラクウィルの会話は、ぽんぽんと弾む。ふたりは乳兄弟とかで、幼い頃からの親しい仲であるらしいと、リリから聞いた。だからこんなにぽんぽんと会話が弾むのだろう。

 見ているだけでなんだか楽しくなるふたりの会話を、ツェイルはまるできょうだいたちと一緒にいるようだと思いながら眺めていた。


 だがふと、昨夜の襲撃のことで、思い出す。


「けっきょくあれは、なんだったのですか?」

「姫を狙ったものではないはずですから、だいじょうぶですよ」


 問えばラクウィルに流されてしまった昨夜の襲撃は、人の気配に警戒心を緩めてしまったツェイルの失態とも言える事態である。

 今さらだが、ツェイルはその焦燥感に駆られた。


「……なにもできず、申し訳ありません」

「なにを謝る」


 サリヴァンに低頭すると、三日ぶりの起床に思うように動けず寝台にいるサリヴァンは首を傾げた。


「メルエイラ家の者でありながら、その気配に油断し、陛下の御身を危険に曝しました。申し訳ありません。如何ようにも処分してくださいませ」


 言うと、室内は沈黙に包まれた。気まずいながらもツェイルはサリヴァンの返答を待つが、いくら待ってもそれが来ない。

 恐る恐る顔を上げたら、サリヴァンの、なんとも言いようのない呆れ眼があった。


「おまえ、おれの話、聞いていたのか?」

「……はい?」

「おれはおまえになにも求めないと、そう言っただろう」


 深々とため息をつきながら言われてしまったが、ツェイルは首を左右に振った。


「そのお言葉は、確かに聞きました」


 けれども、それはサリヴァンの意向であって、ツェイルの意向ではない。たとえサリヴァンのその意向を汲んだとしても、ツェイルはメルエイラ家の者として、その天恵を所持する者として、サリヴァンの身を護る立場にある。


「わたしは、メルエイラ家の天恵者。陛下をお護りすることは、臣下の務めにございます」


 当然であることができなかった不始末である。今度こそ、咎めを受けるのは必須だ。

 だが、サリヴァンは渋面を浮かべるだけだった。


「……気になっていたことを一つ、訊いていいか」

「はい、なんでございましょう」


 急な話の転換だったが、ツェイルは再び低頭してサリヴァンの声を聞く。


「おまえがその天恵を所持したことで支払った代償は、犠牲はなんだ」


 瞬間的に、ツェイルは息を呑む。


「答えろ、ツェイル・メルエイラ」


 サリヴァンの命令に、頭が真っ白になる。

 今までにないほど、頭が混乱していた。

 動揺を隠せなかった。

 戸惑いを誤魔化せなかった。


「……答えられないのか」


 サリヴァンの低い声は、ツェイルから言葉を失わせる。


 答えられない。

 今まで誰も気づかなかった。

 今まで誰もそれを気にしたことがなかった。

 今まで誰も、そんなこと訊かなかった。

 だから、答えられなかった。


「おまえの天恵は、ふつうではないはずだ」


 やはりそれを知っているから、気づいてしまったのか。


 天恵を授かった者の多くは、精霊と契約することにより、その属性の力を使うことができる。

 水の天恵を授かれば、水精霊と契約することでその属性の力が使え、風の天恵を授かれば、風精霊と契約することでその属性の力を使えるようになる。天恵を授かった者の多くは、いやほとんどは、精霊と契約し、天恵術師と呼ばれていた。

 そして、授かる天恵は一つだけであるから、精霊と契約し力を揮うことができても、一つの属性しか扱えない。

 だが、それらの法則から外れた天恵者が、いないわけではない。

 稀に、二つの属性天恵を授かり、精霊がふたり、扱える力も二つという天恵術師がいる。普通の天恵者の一割にも満たない人数ではあるが、存在していた。

 さらには、そこからもっと外れた天恵者も、いないわけではない。

 ツェイルである。

 確認されている天恵の中でも、ツェイルのその天恵は帝国に一つだけだろう。


「強い天恵は、その者に代償を求める。代償を求められるほどの天恵者はそう多くない。そうだろう」


 そのとおりだ。

 法則から外れた天恵者は、授かった天恵が強いものゆえに、法則から外れている。よって、その代償を求められるのだ。


「おまえの代償はなんだ」


 ツェイルは再びの問いに、唇を噛んだ。

 どう答えたらいいのか、答えていいのか、わからなかった。


「……おれは、おまえがその天恵のために代償を支払っているのに、求めることなどできない」


 その言葉にハッと顔を上げた。


「隠し続けなければならなかった天恵なら、なおさらだ。そんな小さな身体で、代償を求められて……おれまで求めてどうしろというのだ。おまえに負荷がかかるばかりではないか」


 このお人は、なにを言っているのだろう。

 本気で、ツェイルは困惑した。


「メルエイラ家の、天恵は、帝国のために」

「違う。おまえたちが生きていくためのものだ」

「ですが、メルエイラ家の、天恵は……」

「破壊の天恵は人の命を脅かすものではない」


 サリヴァンの透明な碧色の双眸が、真摯に、ツェイルを見つめる。

 信じられない言葉だった。


「おまえの天恵は、創りあげる天恵だ。創造の天恵だ。なにを勘違いしている」


 呆然とした。

 今まで誰も、ツェイルの力を、創造だと言った者はいなかった。破壊だと言った。メルエイラ家の者たちですら、その天恵は破壊だと言っていたくらいだ。


「わ……わたしの、天恵は……人を、壊す」

「壊さない」

「人、を……死に」

「死なせない」


 見たことがないからそう言えるのだと、ツェイルは思った。けれども、サリヴァンの瞳はあまりにも真摯で、綺麗で、嘘がなかった。


 この人はいったいなんなのだろう。

 ツェイルの、それまでの天恵への理解が、引っ繰り返されそうになっている。


「意味を違えるな。この世界、ラーレに広がり散らばりし天恵に、忌避すべきものなどない」


 ふと、力を恐れるな、と今は亡き父の言葉を思い出した。

 力を恐れるな。

 それはきょうだいを護り、家族を護り、メルエイラ家を護る力だ。誰にも、なににも屈せず、誇りと思え。天恵は神から与えられし恩寵、幸福なことだ。この力で誰かを護ることができる、その喜びを与えられたのだと知れ。


 父にそれを言われたとき、ツェイルは理解できなかった。

 この天恵のせいで、メルエイラ家は日蔭者だったのだ。安住した先でも、叛旗の疑いをかけられたのだ。

 到底、喜ぶことなどできようもない。


 しかし、今はどうだろう。

 思えば、ここに来たとき、この天恵があったことで家族を護れると知った。この天恵があったことに、感謝すらした。


 父が言ったとおりになっている。

 じわじわと込み上げてきたものに、ツェイルは息が詰まりそうになった。


「ツェイル」


 サリヴァンに、これで二度めになる、名を呼ばれた。


「おまえの代償は、これか」


 サリヴァンの指先が、とん、とツェイルの鎖骨の中心を突く。その指が示したものは、ツェイルの貧相な身体つきだった。


肉体(からだ)の成長を、代償に奪われたのか」


 姉と妹が、いつも嘆く貧相な身体。

 十五になるというのに、胸の膨らみも腰のくびれもなく、まるで骨と皮。

 かろうじて身長はどうにかふつうではあるものの、それでも年齢的に考えれば足りない。

 少女とも、少年とも捉えることができる、どっちつかずなツェイル。


 本当は、心から渇望している声を、わかっていた。

 それを願わずにはおれない自分をわかっていた。

 無理だと自分に言い聞かせて、開き直ったのはもう随分昔のことだ。


「気づいているか、ツェイル」


 三度めに名を呼ばれたとき、ツェイルは目許が熱かった。


「おまえ、ずっと、表情がないんだ。笑わないし、泣かないし、怒らない。感情のどれも、顔に出ない。気づいていたか?」


 その問いかけが、あまりにも優しくて。

 心の奥底に埋もれていた渇望の声が、掬い上げられた気がして。

 大きな声で、その願いを口にしていいのだと、許された気がして。


「……わ、わた、し」


 込み上げたものに、咽喉が引き攣った。


「感情を殺すな、ツェイル」


 四度めに名を呼ばれた瞬間、その言葉に、ツェイルは溢れたものを抑えることができなかった。


「あ……う」


 ぽろりと、なにかが頬を伝う。

 初めはそれがなにかわからなかった。


「ぅあ……あ、あ……ああぁあ」


 しゃくり上がった嗚咽で、自分が泣いているのだと気づいた。


 これが泣くということかと思った。

 泣いたことなどなかったから、泣き方がわからなくて、どうしたって不格好になってしまう。けれども仕方がない。

 泣いたことなど、ないのだ。


「豪快でけっこう。おいで、ツェイル」


 サリヴァンのその腕に引き寄せられて、その胸に顔を埋めて、大きな声を上げてツェイルは泣いた。サリヴァンが、国主であるとか皇帝陛下であるとか、そんなことは関係なかった。


 ただ、今は泣きたかった。

 泣けたことが、たまらなく、嬉しかった。






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