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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
50/170

49 : 不確かなもので。2

サリヴァン視点です。





「迎えに来たぞ、ツェイ」


 漸くだ。

 漸く、ここまで来られた。

 そう思って伸ばした手は、しかしなにかに邪魔される。


「不法侵入者。ここがどこか、わかっているのか」


 ツェイルに伸ばしたサリヴァンの手を邪魔したのは、ツェイルによく似た少年と少女だった。


「……きみは?」


 訊ねると、出逢った頃のツェイルみたいな少年は、不愉快そうな顔をした。


「見ればわかるだろ。それよりこっちが訊きたいよ、不法侵入者」


 ツェイルにそっくりということは、この少年はツェイルの弟なのだろう。そしてツェイルに寄り添う少女は、妹だ。


「……サリヴァンだ。サリエ・ヴァラディン・レイル・ヴァルハラという」

「レイル……公爵?」

「ああ。きみは……ツェイの弟か」

「トゥーラだ。ツェイって、イルのこと? 公爵がイルになんの用があるわけ?」

「ツェイはおれの妻だ。迎えに来た」

「……つま?」


 なんのことだ、と怪訝そうにした少年、トゥーラは、サリヴァンの余裕とツェイルの泣き顔を交互に見たあと、さらに首を傾げた。


「イルが輿入れしたのは、皇族だぞ?」


 あえて皇帝と言わないところがいい。そんなことを思いつつ、サリヴァンはその口に笑みを浮かべた。


「ああ。だから、おれのところだ」

「……公爵だって言わなかったか、あんた」

「公爵で、皇弟だ」

「皇弟……ん? まさか、あんたがアインのあるじ?」

「アイン……ああ、ツァインのことか。そうだ」


 トゥーラは警戒を解かず、まじまじとサリヴァンを上から下まで見ると、短く息をついて胡散臭そうな顔をした。


 そういえばサリヴァンは必要な過程を飛ばしてここに来ている。警戒されて当然であるし、不法侵入したという自覚もあるので、トゥーラの態度はある意味で正しいかもしれない。


「どうやって入ったのか知らないけど、ちゃんと玄関から入って来いよな……本当にイルの旦那になるなら」


 その通りである。

 ちょっと苦笑しながら、サリヴァンは服の袂を探る。


「ツェイはおれの妻だ、と言ったはずだ」


 懐から取り出した、筒状の書類。

 押さえの紐を解くと、書面が見えるように差し出した。


 それを見たとたん、トゥーラは呆れ顔になった。


「……言っていいか?」

「ん?」

「玄関から入り直して来い」


 あっちから、とトゥーラに扉を指差される。


「そうね……いくらイル姉さまの夫でも、ここは嫁の実家だもの。ある程度の手順は踏むべきよね」


 と、それまで黙っていた妹のほうにまで言われてしまう。


 サリヴァンは肩を竦めた。


「追い出されるのを前提に、手順を踏めと? そんなまどろっこしいことをしていたら、ヴィーダヒーデとヴィーダガルデアが、本格的におれからツェイを隠すだろうが」


 今だって、不機嫌そうな精霊の気配をひしひし感じている。いつ飛び出してくるかもわからない。ここで引いたら、二度とツェイルに逢えなくなりそうだ。

 そんなのはごめんである。

 だからあえて、必要な過程を飛ばしてここに来たのだ。


 サリヴァンは手に持っていた書状を元の形に戻すと、袂にそれを入れ直した。ツァインにことごとく邪魔されながらも死守した大事なものであるから、きちんとツェイルに見せて然るべき場所に収めるまでは、手放すわけにはいかない。


「ええと……サリエ・ヴァルハラ……さん?」

「サリヴァンでいい」

「そう。じゃあサリヴァン、それでもとりあえず玄関から入って来い」

「いやだね」

「ふぅん……じゃあ、仕方ないな」


 なにが仕方ないのか、と思ったときには、トゥーラの手にはいつのまにか剣が握られていた。


「ここはメルエイラ家、あんたは不法侵入者……片づけるしかないだろ」


 やはりそうくるか、と思う。

 ツェイルだけでなくツァインの実家でもあるここに、必要な過程を飛ばして来れば、こうなるだろうこと予測できていた。


「ウーラ兄さま、相手は丸腰よ?」

「関係ない」

「……さすがメルエイラの剣士」

「うるさいぞ、ネイ」


 妹と軽く口喧嘩しながら、トゥーラはサリヴァンに突進してくる。


 なんの準備もしていなかった、というわけではないので、サリヴァンも表情を引き締めて体勢を整え、身構えた。


 しかし。

 ギィン、と金属同士が交わる鈍い音は、丸腰のサリヴァンに出せる音ではない。


「どうしておれの剣を、イルが受けるわけ?」


 サリヴァンは瞠目する。


 トゥーラの剣を受け止めたのは、その速さを上回る速度で回り込んだツェイルだった。


「ツェイ……」


 サリヴァンは、その華奢な後ろ姿を凝視する。まさかここでツェイルが動くとは思わなかったのだ。


 ツェイルは受け止めたトゥーラの剣を往なしたが、その勢いに負けて後ろによろめく。サリヴァンは咄嗟に両腕で抱きとめた。


「サリヴァンさま……傷つける、のは……許さない」


 震えた小さな声は、確かにツェイルのもので。

 いつものように両腕にすっぽりと収まるぬくもりは、ツェイルの存在を確かなものとしている。


「ふぅん……イル、それでいいの?」


 不機嫌な態度のトゥーラに問われたツェイルは、こくんと頷く。


「それのせいで、イルの裡にはヒーデとガルデアがいるのに?」


 再びの問いに、ツェイルもまた頷く。

 トゥーラが、にんまりと笑った。


「ガルデアの力なしで、おれに勝てたことなんてないくせに……それでもいいんだな」


 その瞬間、不穏な空気を感じ取ったサリヴァンは、再び剣を構えようとしたツェイルを深く抱き込むと、床に描かれたままの光る陣を踵で蹴った。


「ラク、呼べっ」


 それを合図に、陣が光りを散発させる。


「イル!」

「イル姉さま!」


 驚いているツェイルの弟妹たちに、サリヴァンは陣の光りの中で微笑みを向けた。


「もらっていくぞ」


 ではな、と言うと、散発していた光りが収束を始め、サリヴァンとツェイルを包む。一瞬だけ全身が重く感じたあと、パッと目の前の光景が変わった。


 ふわりと風が吹き抜ける。


「おかえりなさーい、サリヴァン」


 よっ、と手を振ったのは、そこで待機していたラクウィルだ。ツェイルのところへ行くときは猊下の力を借りたが、帰ってくるときはその力にラクウィルの天恵を付加させて、馴染んだ自分の居室に移動したのである。


「姫も、おかえりなさい」


 ラクウィルがツェイルの目の前で指をパチンと鳴らし、どうやら飛んでいたらしい意識を呼ぶ。サリヴァンの腕の中でびくっと震えたツェイルだったが、周りをきょろきょろを見渡すだけで、声もなかった。


「……ツェイ?」


 名を呼べば、彷徨っていた視線がサリヴァンに絞られる。じっと見つめられたので、サリヴァンも思わず見つめ返す。


 いつになったらその愛らしい声で自分を呼んでくれるだろう。

 そう思いながら、しばらく互いに見つめ合った。


「……サリヴァンさま」


 漸く声が名を紡ぎ、ホッとする。声を奪われているのかと、心配だったのだ。


「ああ、ツェイ……おかえり」


 安堵しながら微笑めば、とたんにぶわりとツェイルの目に涙が溢れ、ぼろぼろと頬を伝って落ちていく。

 泣かせてしまったか、と思うと同時に、この涙は自分にだけ向けられているのかと思うと、たまらなく嬉しくなった。


「ツェイ」


 離すまいと抱き込めば、ぎゅっとしがみついてくる。涙で濡れた顔が、胸に押しつけられる。

 もうこのまま寝台に直行してもいいだろうかと、そんなことまで思いつつも、サリヴァンはとにかくツェイルのぬくもりをひたすら自分の中に閉じ込めた。


「サリ……ヴァン、さま……っ」

「ん」

「サリヴァン、さま……サリヴァ、さま……っ」


 泣きながら、ツェイルはサリヴァンを呼び続ける。それに返事をしながら、サリヴァンは抱きしめる腕に力を込め、頬を摺り寄せた。


 ああ、もうだめだ。

 もう、手放したくても手放せない。

 手放してやれない。

 これはおれのものだ。

 おれだけが、これを幸せにしてやれる。


「おれのものだ……ツェイ」


 なにも要らないと思っていた。

 生きる目的も、死ぬ目的も、なにも要らないと思っていた。

 すべてが自分の自由ではなかったから、なにかを欲しいと思う前に諦めていた。


 けれども。


 それは不確かなもので、けれども絶対で、永遠のもの。


「愛している、ツェイ」


 永遠のものではなく、絶対とは言えない、不確かなものかもしれない。


 それでも。


「愛しているんだ……ツェイ」


 初めて欲したそれを、サリヴァンは失いたくないと強く思った。







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