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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
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04 : 隠れた心をすくうは。2

流血描写があります。

みみっちいですが、ご注意ください。





 予想を大きく覆して、サリヴァンは翌日になっても目を覚まさなかった。

 昼頃まではそれも容認されたが、さすがに夕刻ともなればツェイルは不安になり、気になって幾度も寝室を窺った。

 それでも、目を覚まさない。

 ひたすら眠り続けている。

 規則正しい寝息に、それでも不安になるのは仕方ないだろう。

 こんなに眠り続ける人など、ツェイルは見たこともないし聞いたこともない。


「だいじょぶ、そのうち起きますから」


 と、侍従長ラクウィルは能天気に笑い、


「さすがに呆れてなにも言えませんね」


 と、ルカイアは深々とため息をついた。


 そんなこんなで二日め、夜は頼みますと意味不明なことをラクウィルに言われ、やむなく寝室でサリヴァンと寝台を共にしたツェイルだったが、いつのまにか眠ってしまって朝にリリに起こされると、相変わらず隣の皇帝は目覚めておらず、不安を煽られた。


 どうやったらこんなに眠れるのだろう。


「やはり、お医者さまを」

「だいじょぶですから、放っておいていいですよ」

「ですが……」


 リリのように明るく能天気なラクウィルは接し易く、また調子も軽いので緊張が緩む。

 サリヴァンと寝台を共にしても、ラクウィルの明るさとリリの明るさが、さすがに拙いのではないかと思っていたツェイルの心を軽くした。


「飲まず食わずで、二日間も……やはり無理にでも起こすべきです」

「やってみていいですよー」

「……わかりました」


 無理やり起こしてもいいと言われたので、ツェイルはさっそくサリヴァンを起こすために行動に出た。

 しかし、きょうだいたちを起こすときのようには、さすがに国主に対してできるわけもなく。


「……すみませんでした」


 あえなく撃沈し、ラクウィルとリリに大笑いされた。


 失礼ながら頬を抓ったり叩いたり、枕を叩いて周りを煩くしてみたり、窓を全開にして風を送り込んでみたり、大きな声で「陛下」と叫んでみたりしたのだが、サリヴァンは起きなかった。

 寝返りさえしないのだから、死んでいるのではと冷や冷やしたのに、寝息はきちんと聞こえる。


 ここまできたら恐怖である。誰だって恐怖を感じるはずだ。

 笑っているラクウィルの神経が知れない。


「リリ……どうしましょう」

「そんなに気にすることはないと思いますが……わたしは話に聞いていましたけど、本当になにをしても起きないんですね」

「ご病気でなければよいのですが……」

「それはないかと……」


 あまりにも心配するツェイルに、ラクウィルが折れてくれたのは二日めの夕刻だった。

 医師を連れてきてくれたラクウィルは、ツェイル立ち会いのもと、サリヴァンの診察をしてくれた。


「少し脈が遅く、体温も低い……まあ、いつもの陛下ですなぁ」


 のんびりとした医師は、そう言って笑って帰って行った。


「だから言いましたでしょう? 放っておいていいんですよ」


 医師の言うことは信じられる。というか、信じるしかない。しかしラクウィルは信じてはいけない気がするのは、きっとラクウィルのいき過ぎた能天気のせいだろう。


「陛下……」


 心配で、心配で、ツェイルなどに心配されても迷惑でしかないだろうが、とにかく目覚めてくれないことは心配で仕方ない。


 夕食ののち、ツェイルは気も漫ろに本を読んで時間まで過ごし、沐浴して寝室に入って身綺麗にされたサリヴァンの隣に潜り込んだが、心配のあまり眠気が来なかった。

 寝返りをしないのでたまに身体の向きを変えてやるその時間も起きていたら、ラクウィルに苦笑された。


「眠れないなら、姫がやりますか?」


 体勢を変えてやることくらいなら、ツェイルにもできる。途中で眠気がくるかもしれないので、様子見は頼んで、ラクウィルのその提案を引き受けた。


 三度めの、体勢変えのときだった。


 やっと眠気がきてうとうととしていたツェイルは、三度めのそれはできそうもないと思いながら、人の気配を感じていた。

 ラクウィルが来たのだろうと思って動かなかったのだが、突如として隣のサリヴァンが動いたことで、意識が浮上したうえ覚醒した。


「陛下……?」


 やっと起きてくれたのかと、そう言おうとした瞬間だ。


「動くな、ツェイル!」


 三日ぶりに聞くサリヴァンの声が、初めて名を呼んでくれたのに、ツェイルの動きを制止するもので。


 なにが起きたのかと思う前に、金属がぶつかり合う音が聞こえた。

 幾度か交える金属を聞いたあと、鉄錆の匂いが、室内に充満する。


「サリヴァン!」


 寝室の扉が乱暴に開けられ、ラクウィルが明りを持って入ってきたとき、ツェイルは寝台から身体を起こして、そうして目の前の光景に目を見開いた。


「へいか……」


 血塗れの死体が二つあった。

 死体を見降ろし、返り血を浴びたサリヴァンが立っていた。


 ツェイルはその状況に驚いた。

 ハッとわれに返って、気づいたら急いで寝台を降り、サリヴァンに駆け寄っていた。


「陛下、ご無事ですか」


 問えば、ゆっくりと振り向いたサリヴァンが、状況を無視して微笑んだ。


「怪我は?」

「ありません。陛下こそ」

「平気だ。それより……ラク、片づけてくれ。あとこの部屋だが、もう使わない。新しい居室を用意してくれ」


 ツェイルより頭一つ分は背の高いサリヴァンは、その笑顔のままラクウィルに命じる。いや、命じるというよりも、頼んだ。


 しかし。


「ああ、駄目だ……また、くる」

「え……?」

「すま、な……」


 言い終える前に、サリヴァンが倒れた。


「陛下!」


 床に崩れる前に、ツェイルは慌ててサリヴァンを抱え、しかし支えきれるわけもなく一緒に倒れ込んでしまう。


「ぇえ、サリヴァン?」


 寝室の惨状の片づけをすべく動き出していたラクウィルが、再び倒れたサリヴァンと、支え損なったツェイルを見て驚き、そうして連れてきた近衛騎士にあとを任せると駆け寄ってきた。


「だいじょうぶですか、姫」

「はい。すみません、支えきれませんでした」

「それはいいですよ。姫はちっちゃいんだから、当然です」


 失礼なことを言われた気もしなくはないが、羨ましいとは絶対に思わないことにしていることなので、無視する。ラクウィルに手伝ってもらってサリヴァンの下から脱出すると、聞こえてきたのはサリヴァンの寝息だった。


「起きたのでは……」

「まあ、一時的に起きたでしょうが」

「……また?」

「眠られましたね」


 なんて人だ。

 なにをしても起きないくせに、ひっそりと忍び込んだ刺客には反応して目覚め、片がつくとまた眠るとは。


「よっぽど姫のそばは心地いいんでしょうねえ」

「は……?」

「さて、移動しましょうか。ここより奥があるって、知ってました?」

「い、いえ」

「あるんですよ。そっちに移動しましょう。リリ、姫を頼みますよ」


 なにか聞き捨てならない言葉を聞いた気もしなくはないが、いつまでも血の匂いが充満したところにいたくはないので、ツェイルラクウィルに呼ばれて慌てそばに来たリリの手を握ると、酔ってしまいそうな匂いが充満した寝室を早々に辞した。


 案内されて入った部屋は、なにが起こったのかということと、命を狙われたらしいということに神経が逆立ち、夜更けということもあって、ろくに周りを見られなかった。

 こんな状態で眠れるわけもない。

 神経が無駄に活発化している。

 心臓が早鐘を打って、煩いくらいだ。


 しかし、寝室に通されて、再び身綺麗にされたサリヴァンが隣で眠っているのを見ていたら、いつのまにかツェイルも眠ってしまっていた。


 朝目覚めて、吃驚である。


「……へいか」


 ぼんやりとした眼差しのサリヴァンが、ツェイルを見ていた。それだけでなく、ツェイルはサリヴァンの腕の中にいて、抱きしめられた状態だった。


「……サリヴァンだ」

「は……あの、陛下、お目覚めに……」

「サリヴァンだと、いっている」


 寝ぼけているのか、今にも眠ってしまいそうなサリヴァンの双眸に見つめられ、その幻想的な美しさにうっかり赤くなる。

 動けずに硬直していると、サリヴァンのほうから離れてくれたので、ホッとした。


 しかしながら、身体を起こしたサリヴァンはぼんやりしたままである。


「陛下……お目覚め、ですか?」

「……サリヴァンだ」


 まだ眠っているのだろうか。


「サリヴァンさま」


 仕方なくその名を呼べば、にっこりとサリヴァンが微笑んだ。再び頬に熱が集中したのを感じ、ツェイルは慌てて俯く。


「姫がここにいるのは、まあいいとして……」


 よくないと思うのだが。


「なんで、おれはここにいる?」


 え、とツェイルは目を丸くし、顔を上げる。

 サリヴァンは明後日の方向を見るともなしに眺めながら、首を傾げていた。


「……憶えておられないのですか?」

「政務から逃げて、姫のところに行ったところまでは憶えている。いつのまに移動した?」


 ツェイルは言葉を失った。


「というか、おれはいつのまに眠ったんだ?」


 どこまで憶えているのか、不明である。


「あの……昨夜のことも、憶えておられませんか?」

「昨夜? ……なにか特別なことでもあったかな」


 しきりに首を傾げているサリヴァンに、それ以上かける言葉が見つからない。

 刺客に襲われたというのに、それすら憶えていないなど、そんなことがあるのだろうか。いや、あれが寝ぼけていたということだけで済まされることなのだろうか。

 ツェイルは、起こしに来たリリとラクウィルに声をかけられるまで、呆然としていた。


 この人の神経はどうなっているのだろう。

 駆け巡るのは、その疑問だけだった。




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