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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
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34 : 閉ざされた世界は嘲笑う。3

サリヴァン視点です。





 サリヴァンはその報告を、牢獄へ続く暗い廊下で聞いた。


「ハルトが、ツェイルのところに?」


 報告を持ってきたのはルカイアだ。だが、ルカイアも部下からその報告を聞いただけで、自分の目で確かめたわけではないという。


「お茶の時間でしたので、おそらくはそのお相手かと」

「まあ、ハルトには世話になったからな」


 エーヴィエルハルト・レイル・カリステルには、公私に渡り世話になっている医師である。ツェイルに逢わせる人間を厳選しているこちらとしても、ハルトなら「まあ問題はない」と断言できるほどには信用のおける医師である。


「……それで、その話をする必要がある報告はなんだ?」


 ツェイルなら心配ない、という意味を含めさせたその報告は、自分の心を休ませるための布石であると、サリヴァンは気づいていた。

 このところの忙しさは、ツェイルが連れて来られたとき以上のもので、サリヴァンだけでなくルカイアもほぼ立ち回っている日々が続いている。そんな中でサリヴァンがツェイルに逢えないことを嘆かないわけがなく、むしろ苛立ちを感じ始めていた。


 寝不足と、片づけても片づけても減らない政務と、いとしいツェイルに逢えない日々は、サリヴァンの不機嫌を絶好調にさせている。


 ルカイアがツェイルの様子について報告したのは、ある意味では正解であった。


「ツァインの意識が戻りました」


 ツェイルのことで多少は安心したサリヴァンだったが、それを聞いた瞬間にガクンとその気分も降下する。


「だいじょうぶそうか」


 案じてそう訊ねたのだが、ルカイアはため息をついていた。


「開口一番に、ツェイルさまに逢わせろと喚くくらいには」

「まだ先になる、と言ったところで、聞く耳を持たないか」

「意識が戻ったのなら、任務にも戻ってもらいます」

「……外道だな、おまえ」


 ツァインの回復ぶりには目を見張るものがあるが、それ以上にルカイアのツァインに対する態度はえげつない。本気で道具のように扱うので、ツェイルのことでは(ライバル)になっても、こういうときは憐れみの情も湧くというものだ。


 数日前、ツァインにはある任務に就いてもらった。それはツァインでなければ遂行することができず、なおかつ頼めるものでもなかった。


「ツァインがしくじるとは、想定外でしたので」

「ツァインの腕だけは信じているようだな、おまえ」

「気狂いしているような男でも、それはツェイルさまの前でだけのこと。ツァインの戦闘力は、ラクウィルのそれと並びます。ラクウィルのように使い勝手が難しくない分、扱いは楽ですね」


 ツェイルを盾に取れば、ツァインは命令通りに動く。卑怯な手ではあるが、今回ばかりはそれを使うしかなかった。それほどに、ツァインが持つ技術が必要だった。


「……ツァインからなにか聞けたか?」

「達者なのは口だけではありませんからね。明日にも任務に戻します」

「おまえな……」


 少しは休ませてやってもいいと思うのだが、ルカイアは聞く耳を持たない。


「元皇妹殿下の居場所は掴みました。どうやら捕まっていたようです」

「は……わざわざそんな演技までするか」

「まあ、そうですね。ですが、問題はそこではありません」

「んん?」

「場所が、問題なのです」

「……と、言うと?」


 先を促すと、ルカイアは心底不快だと言わんばかりに、深々とため息をついた。


「西の森にあります館におりまして」

「……アウニの森?」

「ええ」


 ルカイアが忌々しげにため息をついた理由がわかった。

 この男は、逃げ出した元皇妹殿下、サリヴァンの叔母にあたるナルゼッタ元侯爵夫人がどこに逃げようとかまわなかったのだが、逃げた先がアウニの森にひっそりと聳える館であることが、腹の底から気に喰わないのだ。

 むろん、サリヴァンもその逃げ場所には、呆れを通り越した情けなさがあり、ため息をつかずにはおれなかった。


「それでツァインはしくじった、と……頷ける話だな」

「頷けますか」

「忘れているようだが、あそこには猊下の強力な結界が張られている」

「それは憶えています」

「なら、必ずしも天恵者の味方ではない、ということは?」

「……、そうでしたか?」


 クッと、サリヴァンは咽喉で笑った。完璧なようで、実はそうでもないルカイアの、それらしい姿を久しぶりに見た気がする。


「アウニの森で最強になれるのは、おれくらいだぞ。盲点だったな、ルカ」


 怪訝そうにするルカイアにニッと笑いかけたあと、サリヴァンはその視線を正面にある牢に向けた。


「上手く逃がしたと、そう思っているようだな?」


 話しかけたのは、牢の中にいるナルゼッタ元侯爵ケネスリードだ。

 上位一二貴族の一つにその身を置いているゆえに、それほどひどい扱いはされていないが、ツェイルを攫ったその罪が消えることはない。

 ゆえに投獄されているが、犯した罪はそればかりではなかった。


 ケネスリードには、狂信的な理想があった。

 そのための謀略は、サリヴァンが国主となったそのときから張り廻られており、ことあるごとにサリヴァンはその身を危険に曝した。今まで捕まえられなかったのは、その手が姑息過ぎたからである。

 とはいえ、サリヴァンはケネスリードの謀略など、初めから知っていた。捕まえられなかったというよりも、捕まえる気がなかっただけである。相手にするのが面倒であったし、その行動があまりにも愚かで憐れで、好きにさせてやろうという気持ちがあった。


 だが、ケネスリードは、失敗を犯した。

 娘の暴走に、目を瞑ってはならなかったのだ。


 サリヴァンはあの光景を忘れない。今でも、思い出すだけで目の前が真っ赤に染まる。怒りでわれを忘れそうになる。ギリッと強く握るせいで手のひらをいくら切ったか知れない。


 ツェイルを傷つけたこと、その身をもって償うには、ケネスリードの価値があまりにも安過ぎる。


 そう思うくらいには、感情すべてが怒りに支配される。


「アウニの森になにがあるか知っているようだが……それはおれへの脅威にはならないぞ、ナルゼッタ」


 口を噤むケネスリードは、しかし蒼褪めた顔をサリヴァンに向けた。


「ツァインはしくじったわけではない。あの森に張られた結界にあてられただけだ。あれは賢いから、次は確実に、夫人をここへ連れてくるだろう。そのときおまえが地道に作った勢力は消え失せる」

「く……っ」

「知っているか、ナルゼッタ。あの森はな、猊下がおれのために張ってくれた結界があるから、森なんだ。その奥にある館……おまえたちはそこに住まう人を頼ったようだが、それが間違いだ」

「間違いなどではない……っ」

「ほう?」

「この国は、あなたの国ではないのだ!」


 叫びにも似たケネスリードのそれに、サリヴァンは目を細める。


「罪深き者よ!」


 そう、叫んだときも、サリヴァンはケネスリードをひたすら冷めた目で見ていた。


 しかし、許さなかった者がいた。

 ルカイアである。


「黙りなさい、真実も知らぬ愚か者が」

「ひっ……!」


 荒事を避け、その手の技術も乏しいルカイアだが、手のひら大の小剣を投げる技術は誰よりも優れている。その小剣が、ケネスリードの頬を掠めていた。


「ルカ、よせ」

「ご寛大なお心も、ここまでくればただのお人好しでは済みませんよ。この者が口にしたことは、あなたさまを侮辱するものです」

「そんなものは痛くも痒くもない。おれが許せないのは……ナルゼッタを好きにさせ、その結果ツェイルを傷つけたことだ」


 侮辱は甘んじて受けよう。

 罵りも、言いたいのなら言わせておけばいい。


 サリヴァンが許せないのは、ツェイルが傷つけられたことである。


「責任は取る。ゆえに……ナルゼッタ、おまえは捕えられた。そして叔母上も、じきに捕まることだろう。おまえたちの罪は、真実を知らぬがゆえの愚かな行為であると知れ」


 静かにそう言い放つと、ルカイアの小剣に怯えるケネスリードを一瞥し、踵を返して出口に向かう。すぐルカイアが後ろに続き、振り返ることなく牢獄を出た。


 出てすぐのところには、ふたりの精霊左右に置き、珍しくも騎士服をまとったラクウィルが待っていた。


「おまえが騎士服とは……珍しいな」

「夜会以外で初めて着ましたよ」

「そういえば……そうだな」


 ラクウィルは大抵、というか常に、侍従らしい服を着ている。もちろん侍従長であるから、本当なら騎士服など着ることはない。

 しかし、ラクウィルは騎士服を着ることができる地位にあった。それがラクウィルの持つ称号、《天地の騎士(ディバイン)》である。


「そんな恰好で、なにする気だ?」

「ちょっと、ツァインの代わりに、アウニの森に行こうかと」

「おまえが? 令嬢はどうした」

「おれの称号を聞くなり卒倒して、それ以降は寝込んで使いものにならないんで、とりあえず放置です」


 確かに、ラクウィルの称号は、本人やサリヴァンはあまり気にしないが、実は国家権力に相当する。


 そもそもサリヴァンが気にしないのは、サリヴァン自身がラクウィルに与えた称号であるからで、ラクウィルに至っては騎士では自分の使い勝手が悪いと、常に侍従でいるからだ。

 騎士に憧れる者が多い中、その者たちをラクウィルは敵に回しているようなものである。


「ルーフェさんとマチカちゃんを置いてくんで、いいですよね」


 その許可は、サリヴァンではなくルカイアに向けられていた。


「行くならツァインも連れて行きなさい」

「えぇー」

「あなたが追跡に出るというのなら、これほど楽なことはありませんがね。なんの考えもなく、ツァインに元皇妹殿下の追跡を命じたのではありません」

「まあ、能力的にはツァインのほうが上ですからねぇ」

「そういう意味ではありませんよ。肩書きを持たない者のほうが、都合がよい場合もあるのです」


 いざというときはツァインを切って捨てる考えを匂わせたルカイアに、ラクウィルだけでなくサリヴァンも眉間に皺を寄せた。


「ルカ、言い過ぎだ」

「それは失礼を」


 気にした様子もなく口先だけ謝るルカイアに、サリヴァンは肩を落とす。


 とにかく、だ。


「ラク、とりあえずツァインは連れて行け。おまえだけでは心配だ」

「えぇー……サリヴァンもルカイアと同意見ですかぁ」

「違う。おまえ、部下はみんな侍従だろうが」

「あ……そうだった」

「ツァインの部下は使いものにならないが、ツァイン自身は回復して動ける。おまえにもツァインにも、無事に帰ってきてもらわなければ困るんだよ」

「互いに牽制し合ってこい、と……無理言いますねぇ、サリヴァン」


 本当に面倒そうな顔をするラクウィルだが、ラクウィルやツァインでなければ、この頼みごとはできない。真実を知っているふたりだから、頼めることなのだ。


「おまえたちだから……おれは頼むんだ」

「命令していいんですよ?」

「……しない」


 サリヴァンは首を左右に振った。


「おれに力がないから、頼むんだ」

「権力かざしていいのにねぇ……ねえ、ルカイア?」


 そうですよ、とルカイアも言う。


「あなたは国主なのですから」


 その文言に、サリヴァンは自嘲めいた笑いを浮かべた。


「国主だから、その力はないんだよ」

「……まあ、いいですけどね」


 ラクウィルは肩を竦めて苦笑した。


「おれは、ツァインとふたり、共通の友人を助けるために、動くだけですから」

「……すまない、ラク」

「いいえー。ただ、おれが行くんで、余計なことしてきちゃう可能性があります。それは許してくださいね?」

「それでも、助けてくれるんだろ?」

「助けますよー。だっておれの《天地の騎士(ディバイン)》っていう称号は、サリヴァンのために在るものですから」


 にこ、と笑ったラクウィルに、サリヴァンもつられて笑みを浮かべた。


「頼む、ラク」

「はい、頼まれます。じゃあ、ルーフェさん、マチカちゃん、サリヴァンをお願いしますね。あ、姫のことも、今度はちゃあんと護ってくださいね」


 ラクウィルは自身の精霊に言い聞かせると、くるりとサリヴァンたちに背を向ける。

 裾が閃いた上着の、その背に描かれたものが、サリヴァンの右腕にある刻印と同じものだった。


「ラク」

「ほよ?」


 歩き出そうとしていたラクウィルを呼び止めると、サリヴァンはその横顔に目を細める。


「その格好で城内を歩くのは、いやなんじゃなかったか」

「ん? ああ、これ?」


 騎士服を着たまま城内を歩くのも珍しいが、背中にその刻印まで背負って歩くのは本当に珍しいことだ。


「ちょっと気張ってみただけですよ」

「……いいのか?」

「おれはサリヴァンの騎士ですからー」


 サリヴァンの僅かな迷いは、しかしラクウィルの朗らかな返事が、さらりと掻っ攫っていく。


 その姿が見えなくなってから、サリヴァンはホッと息をついた。


「……ラクウィルに」


 ふと、ルカイアがそうこぼした。


「ラクウィルに初めて逢ったとき、なんて能天気な男なのだと思いましたが……あの頃から変わりませんね」

「緊張感がない、か?」

「ええ。おかげで救われることもありますが……もう少し緊張感を持って欲しいものです」

「気にしないほうがいい。あれを怒らせたら……地獄を見るぞ」

「でしょうね。ですからツァインを行かせたのですが、無駄だったようです」


 失敗した、と思っているらしい。ラクウィルの珍しい格好を見たが、こちらは珍しくも反省しているようだ。


「どちらも狂犬なんて、陛下も大変ですね」

「ひとりはおまえが押しつけてきたんだろうが」

「ラクウィルがあそこまでとは思いませんでしたので」

「なんでラクが侍従長なのか、わかったか?」


 わかりましたよ、と投げ捨てるように言ったルカイアは、次の瞬間にはその表情も消し去り、すっと真顔になった。


「ルーフェ、マチカ、陛下を頼みますよ」


 ラクウィルとの別れを惜しんでいた精霊たちが、ルカイアにそう言われると仕方なさそうに肩を竦め、しかし嬉しげにサリヴァンの左右を囲む。祝福を与えるようにくるくるとサリヴァンの周りを浮遊したあと、空気のように消えた。


「……やはり、あなたは精霊に好かれるようですね」

「さあな」

「大抵の精霊が、あなたを見ると嬉しそうに寄って行く……属性に拘らず、多くの精霊が……言うことはあまり聞きませんけれども」


 それは、今はどうでもいいことだ。


「息子みたいなものだからな」


 そう言うと、サリヴァンは政務のために、執務室へと足を向けた。







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