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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
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29 : 慈雨のなかで。2

サリヴァン視点です。





「近衛隊長なのに、どうして僕は締め出されているのかな?」

「害にしかならないからだ」

「ぶっ飛ばすよ?」

「できるものならやってみろ」


 笑顔なのに剣呑な空気を出せるツァインはすごい、とサリヴァンは本気で思う。

 いや、おそらく自分もそういうことはできるのだろうが、終始それを維持しているツァインほどではないだろう。


「僕の忠誠心を試すとはいい度胸だよ……ちっ、あんな約束しなきゃよかった」

「聞こえているぞ」

「聞こえるように言ったんだよ」


 ツァインの表情は柔らかいし微笑んでもいるが、言っていることと瞳は素直である。


「で、僕はいつになったらツェイルに逢えるわけ?」

「さぁな」

「逢わせない気?」

「落ち着いたら逢わせるさ」

「もう落ち着いただろ」


 なにか投げるものを探すように視線を彷徨わせているツァインに、周りになにも置いていなくてよかった、とサリヴァンは思った。帯剣していればそれが飛んできただろうが、居室に案内した折りに取り上げておいたので、その心配はない。


「ツェイルは天恵を暴走させたことを憶えていない。だが、いつ思い出してもおかしくはないらしい。だからそれが落ち着くまで、おまえはしばらくルカの近辺にいろ」

「僕はきみの近衛騎士だよ」

「ゆえにおれの命令は絶対だな」

「……やっぱり辞退しようかなぁ」

「そうすると、今後ツェイルのそばにいることはできなくなるな。それは好都合だ。辞退していいぞ」

「喜んで継続させていただきますよ! って、いつからそんなに意地悪な性格になったの」

「ツェイルがおれの嫁だと確定してから」


 にっこりと笑えば、さすがのツァインも顔を引き攣らせ、深々とため息をついた。


「まったく……きみはひどいね。あの扉の向こうにツェイルはいるんだろう? それなのに、逢わせてくれないなんて」

「おまえにしか任せられない仕事がある」


 言うと、ツァインは笑みを消し、サリヴァンから視線を逸らした。


「……閣下から聞いたよ。あまり気乗りしないのだけれどね」

「それでも、おまえにしか任せられないし、頼めない」

「……僕はツェイルの側にいるからね」


 その言葉にハッとすると、ツァインが自嘲気味に笑っていた。


「閣下は素晴らしいよ。僕がこうしてここにいる、その理由を作ったんだからね。まさかきみがそれに乗じるとは思わなかったけれど」

「……乗じたわけではない」

「どうでもいいよ」


 投げやりに吐き捨てられた言葉は、ツァインからまたも表情を奪っていた。


「僕はツェイルをそばに感じられたら、それでいいから。それに、僕みたいな異形は、誰かに飼い慣らされていたほうがいい」

「誰もおまえを異形だとは」

「じゃあ、なに?」


 問われて、しかしサリヴァンは答えられなかった。

 それでも、ツァインが異形ではないということだけは、はっきりとしている。


「……つくづくきみはお人好しだね。閣下なんか、僕のことを道具にしか思ってないのに」

「違う。おまえは道具なんかじゃない」

「……ほんと、きみはお人好しだよ」


 そう言うと、ツァインは座っていた長椅子から離れた。


「けれど、安心しないことだね。またツェイルになにかあったら、今回みたいな優しいことはしないから」

「ツァイン……」

「僕みたいな狂犬、きみなら上手に飼い慣らせるよね」


 ちらりと振り向いたツァインは極上の笑みを浮かべ、そうして颯爽と歩き出す。去り際にツェイルが眠る寝室を見て寂しそうにしていたが、なにも言わずに部屋を出て行った。


 閉められた扉をじっと見ていたサリヴァンだったが、おもむろに視線を外すと長椅子を離れ、寝室へ続く扉を開けると中に入る。


「うん? ああ、サリヴァン。ツァインは行きましたか」

「……ああ」


 寝室には、待機させていたラクウィルが、寝台の隣に置いた椅子に座って本を読みながら、ツェイルの看病をしてくれていた。


「ツェイルの様子は?」

「少しうなされてます。まあ仕方ないですよ。あんなことがあって、なんでもなかったかのようにできるわけもないですしね」

「そうか……」


 ツェイルが眠る寝台に腰かけて、サリヴァンはその苦しそうな寝顔に目を細めながら、汗で額に張りついた前髪を払ってやった。


「サリヴァンも横になってください。疲れたでしょう」

「……ラク」

「ん、はい?」

「いつまでおれは、ここにいればいい」


 唐突な問いは、ずっと心に持っていたものだった。今になってそれを口にしたのは、ツァインが言った「異形」や「道具」という言葉を聞いたからだった。


「……飽きましたか?」


 ラクウィルはそう問い返してきた。

 だからサリヴァンは、ただゆっくり首を左右に振った。


「おまえが言ったように、ここは面白いよ。けど……前より疲れるな」

「いろんなことに感情が振り回されますからね。それでも……楽しいでしょう、外は」

「ああ……ツェイルにも出逢えたからな」

「じゃあ、いいじゃないですか。もう少しここにいても」


 顔を上げれば、ラクウィルはただほんわかと笑んでいるだけだった。


「……なあ、ツェイルを連れていってもいいか?」

「もちろん、かまいませんよ。そのために出逢ってもらったわけですしね」

「ツァインもいるし?」

「いい付属品でしょう。けっこう役に立つと思いますよ」

「……そうだな」


 ふっと笑えば、ラクウィルは安心したよう唇を綻ばせた。


「ツェイルを連れていく」

「まだいけませんよ」

「わかってる」


 言いながらサリヴァンは寝台に上がると、かけ布団を捲って中に潜り、ツェイルを引き寄せて腕に中にしまい込む。苦しそうにしていたツェイルだったが、サリヴァンがぎゅっと抱きしめれば、その表情も徐々に和らいでいった。


「ツェイルがずっとおれのそばにいるなら……どこにいても同じだ」

「それはよかった。じゃあもう少し、ここにいてください」

「ああ……」


 ツェイルのぬくもりを感じながら瞼を閉じると、しとしとと雨の降る音が耳に入った。


「……雨ですね」


 今降り始めたらしい雨に、ラクウィルも気がついた。


「ねえ、サリヴァン」

「……ん」

「すみません」


 その唐突な謝罪に、サリヴァンは怪訝に思って瞼を上げる。ラクウィルは、笑いともつかない困ったような、そんな情けない顔をしていた。


「……なにが?」

「怪我、させてしまいました」


 脇腹のあれか、とサリヴァンは忘れかけていた怪我のことを思い出した。

 脇腹の怪我は、ツェイルが天恵を暴走させていたときにできたものだ。強風にも似た衝撃を受けたことで、飛んできた硝子の欠片が掠めていったのだ。防ぎようがなかったあれは、言ってしまえばサリヴァンの不用意さによるものであるから、誰に非があるものでもない。


「おれが勝手に飛び込んだんだ」

「……それでも、おれはもう、あなたの血は見たくないんですよ」


 こんな僅かな怪我で、と思う。

 けれども、ある種そこまでラクウィルを追い詰めたのは自分のせいだと、サリヴァンはわかっていた。


「ツァインがいたし、姫もあなたに気を許すようになっていたから、あなたが怪我をするようなことはないと、高を括ってたんですけどね……まさかああいう展開になるなんて、思ってもみなくて」

「……それでおまえ、あのとき無表情だったのか」

「さすがに余裕がありませんでしたね。危うく、騎士団総隊長さんに侯爵を引き渡す前に、殺すところでした」

「おまえな……」

「だって、姫はあなたの大切な人になりました。あなたの大切な姫に、侯爵はなにをしました? あなたがその身になにを感じたか、わからないおれじゃないですよ」


 またこいつは、とサリヴァンはため息をつく。

 ラクウィルはふだん能天気な男だが、実はそれは極端過ぎる性格からきている。だからルカイアよりもさらに、なにをしでかすかわからない男なのだ。

 そんな性格をしているから、おそらくサリヴァンはラクウィルを追い詰めさせることになったのだ。


「殺してやりたかった……ツァインにはああ言いましたけど、おれも怒りでわれを忘れそうでしたよ」

「この怪我は誰のせいでもない。おまえのせいでも、ましてツェイルのせいでもない」

「あなたに不愉快な思いをさせました。充分な罪です。だから、令嬢の対処はおれに任せてくれますね?」


 駄目だ、と言ったところで、おそらくラクウィルは聞かないだろう。


「おまえ、侍従長だろうが」

「ええ。ですが、《天地の騎士(ディバイン)》という称号は、あなたのために在るおれの称号です」


 クッと、サリヴァンは笑う。


古の騎士(ディバイン)が登場するほどのことか?」

「おれを怒らせるようなことをした、つまりはその覚悟があってのことでしょうからね」


 にっこりと、ラクウィルは不気味に笑った。


「……ほどほどにしておけよ。おれだってやりたいことはある」

「ええ、もちろん」


 じゃあ早速、とラクウィルは椅子を離れた。


「ラク」

「ほ?」


 寝室を出て行こうとしていたラクウィルを呼び止めたのは、とくになにかあったからではなかった。

 ただ、この一途に忠誠をくれる乳兄弟を見ていると、もう本当にどうしようもないところまで巻き込んでしまっていることが、申し訳なくてならなかった。


「おれの歪んだ人生につき合わせて、すまない」


 思わず謝れば、ラクウィルはいつものように、優しく微笑むだけだった。






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