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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
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25 : それは赤い花びら。3

サリヴァン視点です。





 攫われたツェイルの居場所を、ラクウィルが掴んだ。

 やはり犯人はナルゼッタ侯爵家の令嬢だった。


 侯爵にそれとなく探りを入れてから問い詰めてみたが、知らぬ存ぜぬの一点張り、予想通りの展開である。


「夜まで、待った。もういいだろう、ルカ」


 ラクウィルが情報を掴んで帰還したのち。

 ルカイアに突きつけられた必要な政務は、ツェイルのことだけでいっぱいだった頭で、どうにかすべて片づけた。残ったものはルカイアを始めとした宰相たちだけでもどうにかなるもので、サリヴァンがいなくとも決済が進むものだけとなっている。


 もういいだろう。

 おれを、行かせろ。


 そうルカイアに詰めよれば、なにか合点のいかない様子のルカイアも頷く。


「なんだ」


 不機嫌に問えば、ルカイアはその眉間に皺を寄せる。


「今さらですが、ナルゼッタ侯爵は……いえ、その令嬢ですね。令嬢はなにがしたかったのか、と思いまして」

「おれが知るか」

「彼女はツェイルさまが天恵者であると、ご存知なのでしょうか」

「メルエイラ家が天恵者を持つ一族であると知っているのは、皇帝と二大卿のみ。それでもどんな天恵であるかは、メルエイラ家は明かさなかった。知るわけがないだろう。おれだって、夜会のときに初めて見た」


 本当に今さらだ。こんな話をして、引き留めた理由のほうが知りたい。


「ですが、侯爵夫人はご存知でしょう。仮にも、元皇族ですし」

「あの意志薄弱な叔母に、それを知る権利があったと思うか」

「そうですね……では陛下、お気をつけください。おそらくナルゼッタ侯爵は、とんだ災厄の中におられると思いますよ」

「……なんだと?」


 なにかを企んでいる様子のルカイアに、サリヴァンは目を細めた。


「ツェイルさまは、ツァインとふたりで、ひとりの天恵者となります。その意味を、ご存知ありませんか」

「ツァインとふたりで、ひとりの天恵者?」


 聞いたことがない話だ。


「ツェイルさまが天恵を発動させたのは、四歳のときが初めてだそうです。今から十年ほど前のことになりますね。そのとき、なにがあったと思います?」

「十年前……」

「西の大地で、大火災がありました。そのせいで食糧難に陥った西の大地には、これ幸いと賊が多く住みつき、帝国騎士団の手を煩わせるほどの勢力となったのです。その地に、当時十三歳ほどであったツァインが、先帝の命令で鎮圧に向かいました。先帝の目的はメルエイラ家を都合よく取り潰すことですから、ツァインを戦地に赴かせることで先代にも死んでもらう算段だったのでしょう。しかし予測に反し、ツァインは賊を殲滅しました」

「……まさか、ひとりでか」

「いいえ」


 ルカイアは、無表情のまま、首を左右に振った。


「ツェイルさまだそうです」

「……は?」

「なぜかその日ばかりは家族の言うことを聞かず、僅か四歳という年齢で、ツァインについて行ったそうです。そこでツェイルさまが、天恵を発動させ、賊を殲滅したのだそうで」


 まさか、と顔が引き攣る。


「なぜ……そんなことに」

「ツァインとふたりであったから、ですよ」


 あの溺愛ぶり、あなたさまならわかりますでしょう。とルカイアに目で問われる。


「ツェイルさまはその後、十歳のときに再び、その天恵を発動させたのだそうで。やはりそのときも、ツァインがそばにいたとのことです。つまり、ふたりでひとりの天恵者……ふたりが揃えば、メルエイラの天恵が成り立つということです」

「……おまえ、なにが言いたい」


 目の前でツェイルの天恵を見たのは、昨夜のことだ。ツェイルのことばかりで天恵はあまり見ていなかった、というか考えていなかったのだが、周りからの考察を聞けば、二つとない天恵なうえに威力は計り知れないものらしい。


「ツェイルさまはツァインがいなければ、その天恵が不安定になるのではないか、とわたしは考えております」

「不安定に? さらに強大な力となるのではなく?」

「その均衡を保つことが必要とされる天恵であれば」

「均衡……」

「精神です」


 つまり、心。


「ツァインの様子から察するに……」


 と、ルカイアがさらなる考えを述べようとしたときだった。


 ばんっ、と執務室の扉が乱暴に開かれ、天使にも見紛う美しい微笑みを携えた青年がひとり、そこに仁王立ちしていた。


「……ツァイン」


 噂をしていたら、ツァイン本人だ。


「お久しゅうございます、陛下。メルエイラ侯爵家当主ツァイン、本日このときより近衛隊長として復帰させていただきます」


 張りついた笑顔で佇むツァインは、背中にラクウィルをひっつけていた。

 ラクウィルが顔を引き攣らせているところを見ると、部屋の前では引き留めきれず、そのまま一緒に引き摺られる羽目になったのだろう。


「両親の逝去に対し喪に服している最中、わが妹が登城しておりましたので迎えに行こうとしましたところ、なぜかまもなく意味不明な謹慎処分となり、そのおりにと思っておりましたご挨拶が今日までできぬままとなっておりました。そのこと、この場にて深くお詫びいたします」

「あ、ああ……」


 嘘くさい詫びに、サリヴァンもラクウィルのように顔が引き攣った。


「それからですね、申し上げたいことがあるのですよ……」


 にっこりと美しく微笑んだツァインは、それはもう貴族の令嬢を虜にするほどのものであるが、嘘くさい詫びをしただけのことはあり、徐々にその笑顔に険悪なものが含まれていく。


「僕のツェイルを、きみはどうしてくれちゃったのかな?」

「ツァイン、口の訊き方には気をつけなさい」

「閣下は黙ってくれます? 僕はあるじ兼友人に訊いているので」


 いつもならルカイアに対し低姿勢を崩さないツァインだが、それを凌駕するほどに怒っているらしい。


「きみは、僕のツェイルに、なにをしたのかな?」

「……妻、に」


 答えようとしたら、その背にくっつけていたラクウィルが飛んできた。


「うおっ!」

「んぎゃ」


 思わず避けてしまった。ラクウィルが飛んだ先には長椅子があり、それごとひっくり返るという災難には見舞われたが、派手な物音が室内に響いた程度だった。


「あたた……避けないで受け止めてくださいよ、サリヴァン」


 と、ラクウィルは文句を言ったが、軽口を言えるくらいなので怪我もない。

 相変わらず怪力だなと思いながら、サリヴァンは笑みを絶やさないツァインに視線を戻す。再びなにか投げようとしている気がしなくもない。


「きみのことだから、閣下が連れてきたツェイルを、ほかの候補たちのように無視すると、僕は考えていたのだけれど……予測違いだった?」

「……予想外だった」


 気のせいではなく、なにか投げようと視線が泳いでいる。

 少し身に危険を感じた。


「僕はね、まさか閣下が、本当にきみのところに連れていくとは思わなかったんだよ。だから、ほかの候補たちと同じように無視するだろうなぁと考えていたわけ。それが、予想外だった? つまりツェイルに、なにしちゃったのかなあ?」


 帯剣したそれを鞘から抜こうとしている。なにか答えたらその剣が飛んできそうだ。


 それでも。


「……惚れた」


 答えて、剣が飛んでくるかと身構えたら、鞘のほうが飛んできた。咄嗟に避けると、顔面に向かってきていたそれは、サリヴァンの後方の窓硝子を突き破った。


「おかしいなあ……僕、言わなかった? ツェイルは僕のお嫁さんになる娘だよって」

「……聞いたことはある、ような気がする」

「じゃあどうして、惚れちゃったのかなあ」


 訊かれても、困る。


 ただ、ツェイルのその懸命な姿を見ていたら、美しく誇り高い姿を見ていたら、その強さを見ていたら、気づけばいとしいと想うようになっていた。


 サリヴァンは視線を落とし、この想いをどう説明すればいいのか考える。


「おれの、騎士になると……おれを護りたいと、ツェイルが言って……その姿を見ていたら……いとしいと、想うように、なっていた」


言葉を紡いでから、今度は剣が飛んでくるかもしれないと思っていたが、いくら待ってもツァインが動かないことを怪訝に思って顔を上げると、ツァインはその笑みを消していた。


「……ツェイルが、そう言ったの?」

「ああ」

「きみを護りたいって、騎士になるって?」

「ああ」

「……そう」


 ツァインの真顔は初めて見る。いつでもどんなときでも、登城したときですらにこにこと笑みを絶やさない男だっただけに、不気味なほどその無表情にはツァインの真剣味があった。


「僕の天恵の代償はね、ここが、空っぽになることなんだよ」


 唐突に、ツァインはそれを明かした。


「この中が、空っぽになること……それが代償」


 ここ、とツァインが指差したのは、胸。


「……心、か?」

「そう。なにをするにしても、なにを見ても、ここが空っぽで、なにも感じられない。僕が、僕の心を取り戻すのは、ツェイルのそばにいるときだけなんだよ」


 心を奪われたツァインは。

 ツェイルが表情を奪われているように。

 天恵に振り回されている。


「だからツェイルは僕のお嫁さん……僕だけの、いとしい娘……ツェイルがいるから、僕は生きていられる。ツェイルを愛しているから、ツェイルしか愛せないから、僕はツェイルをお嫁さんにすると決めた」


 それをきみは、とツァインは目を細めた。


「奪うんだね」

「……ツァイン」

「いいよ、奪っても」


 にこ、とツァインは笑った。


「僕は一生ツェイルのそばにいるつもりだから」


 挑発だ、と思った。

 なるほど、と思った。


「おまえつきで、ツェイルはおれの嫁になるわけだ」

「だって、相手がきみなら仕方ない。ぼくはきみに忠誠を誓っている。随分と昔のことだけれど、その約束は今でも有効だからね」


 だから、とツァインは不気味に笑った。


「もう一度訊くけれど、きみは僕のツェイルに、なにしてくれちゃったのかな?」

「……なにって」

「僕のツェイルはどこにいるの?」


 問われて、言葉に詰まる。

 ここで攫われたと口にしたのなら、確実にその剣が飛んできそうだ。


「ふぅん、そう……じゃあ、僕があの貴族を殺しても、なにも言えないのかな」


 ハッと、サリヴァンは瞠目する。


「この僕がわからないとでも? ツェイルが消えて、どれくらいの時間が経った? 一時間? 二時間?」


 ツァインの口ぶりから、それをどこで知ったのかはともかく、情報を手にしているのだとわかった。

 それなら、黙っていてもツェイル奪還から遠のくだけだ。


「……半日以上経つ」


 ぴくり、とツァインの眉が引き攣った。


「そんなに放置したの……そう、よくそれで、お嫁さん発言ができたね?」

「っ仕方ないだろう! おれは、国主だ」

「そんなの言い訳だよ」


 ばっさりと、切られた。

 まるで国主であることとツェイルを天秤にかけ、国主であることを優先したと、その通りだが突きつけられたようで、胸が痛んだ。


「閣下、よく調べもしないで、ツェイルが己れの身を護れると安易に判断しないでもらえませんか」

「……はい?」


 ツァインの、その怒りの矛先が、なぜかルカイアに向かった。


「天恵者が万能ではないことくらい、わかるでしょう。ツェイルには、弱点があるんですよ」


 わかるでしょう、とサリヴァンに視線を戻したツァインに、サリヴァンは思い当たることを脳裏に浮かべる。


「代償、か?」


 肉体の成長を奪われたあれだろうか。


「そう、ツェイルの身体は、言ってしまえば幼くして成長が止まった状態。つまりは成体ではないということ。だから、身体に対する耐性が弱い。たとえば、薬……とかね」

「薬……?」

「攫われたくらいじゃツェイルはすぐに帰ってくるよ。でもね、最初の一時間で帰って来ないなら、その弱点のせいだと思ったほうがいい」


 意味、わかるよね。

 と、ツァインは空恐ろしいほど不気味に笑む。


「あの子がまだ子どもだって、どうしてわかってくれないのかな」


 言葉もなかった。

 初めにツェイルを子どもだと、八つも歳下だと言ったのはサリヴァンなのに、ツェイルの年齢以上の落ち着き方がそれを失念させていた。


 考えてみれば、ツェイルはまだ十五歳になろうという年齢である。


「子どもが、理不尽なことをされたら、どうすると思う?」

「どう……?」

「怒り狂うに決まってる」


 サリヴァンはハッと、息を呑む。


「わかる? 子どもはね、ただ怒ることしかできない。なぜかって、理解できないから、納得できないから……子どもの理不尽っていうは、おとなであればその場で怒り狂っても理性を働かせることができるけれど、そうじゃないだろう?」


 ふと、ルカイアの「災厄の中にいるでしょうね」と言ったことが、脳裏を掠める。


 そうして、はたと気づく。


 その瞬間、サリヴァンは駆け出していた。


「ああ、サリヴァンったら、いきなり動き出さないでくださいよーっ」


 後ろからラクウィルのぼやきが聞こえたが、返事をしている余裕がない。


 サリヴァンは、ツェイルが天恵を暴走させているかもしれない、その可能性に気づいた。いや、可能性ではない、確実に暴走させているだろうことを、ツァインの言葉で確信した。


 とんでもないことが起きようとしている。

 いや、もう起きている。


 サリヴァンは心臓をどかどかと逸らせながら、廊下ですれ違う人たちたちを驚かせつつ、城内を走った。






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