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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【仮初めの皇帝、偽りの騎士。】
25/170

24 : それは赤い花びら。2

流血描写、暴力描写があります。

充分にお気をつけください。





 ずきん、と脳に響いた痛みで、ツェイルは意識を取り戻した。

 また捕まったのか、と思いながら、薄っすらと瞼を開ける。最初に閉じ込められた小屋ではなく、どうやら邸の中であるようで、今度は土の感触はなく柔らかい布の感触が、ツェイルの頬をくすぐった。


「ん……っ」


 身体を起こそうとして、腕が動かないことに気づく。縛られているのかと思ったが、単に動かないだけだった。

 薬の副作用とやらは、どうやら頭痛だけではなく、肢体を麻痺させる追加効果まであるようだ。おそらくは、最後に全身に浴びたあの薬のせいであろうけれども。


 ぼんやりと、薄暗い室内を見渡してみる。視力もまだ回復していないようなので、気を失ってからここに運ばれて、まだそう時間も経っていないのだろう。


 メルエイラ家でなにを教わってきたのだ、と思うと、情けなさに逃げる気力も起きない。


「……あたま……いたい」


 ずきずきと痛む頭も、ツェイルからその気力を奪っていた。


 いったいいつまで、こんな状態が続くのだろう。

 もしかしたら一生このままなのだろうか。


 そう思うと、脳裏にサリヴァンの優しい微笑みが過ぎる。兄や姉、弟や妹の笑顔も、思い浮かんでは消えていった。


 帰りたい。

 なにも知らなかった頃に、まだなにも不安がなかった頃に、戻りたい。

 家族を護っていた頃に戻りたい。


 けれども。


「サリ……ヴァン、さま……」


 サリヴァンの笑みが忘れられない。

 ぬくもりが忘れられない。

 暖かい腕の中が、広い胸が、優しい声が、忘れられない。


 それらを知らなかった頃には、もう戻れそうにないと思った。


 謝っても謝り切れない失態を犯したツェイルを、サリヴァンはどうするだろう。剣になることはもうできない。それでも、ツェイルはすがりたかった。


「サリヴァン……さま」


 あなたのところに帰りたいと思うわたしは、もうなにも知らなかった頃には戻れない。


 あなたを知ってしまったから。

 あなたのそばにいたいと思うようになってしまったから。

 あなたをいとしいと、想うようになってしまったから。

 あなたのところに、帰りたい。


 サリヴァンを想うだけで、涙が込み上げる。泣くことを捨てたツェイルに、それを思い出させてくれたサリヴァンだから、サリヴァンのことを想うと涙に直結してしまう。


「お。目ぇ覚ましたか、坊主」


 サリヴァンではない声が、ツェイルを現実に引き戻した。


「いや、坊主じゃねぇか。嬢ちゃんだってな、おまえ」

「こんな貧相な女、見たことねぇけどな」


 目を覚ますと、この前はサリヴァンの寝顔があった。

 今朝が、そうであったように。


 それなのに、ツェイルを現実に引き戻したのは、先ほど殺しはしないまでも痛めつけたはずの雇い者たちだった。


「強ぇな、おまえ。メルエイラっつう貴族の娘らしいが、あの噂は本当ってわけだ」

「……うわ、さ……?」

「殺しの一族だろ、メルエイラっていったらよ。ちょっと前まで皇帝の剣とか呼ばれてたが、皇帝の不興を買ってからは没落し始めて、皇都の治安維持はもちろん、おれたちみたいな雇われ者の傭兵がするような仕事ばっかしてただろ」


 その噂か、と思う。

 ツェイルが生まれたときにはもうその状態であったし、もともと生粋の貴族ではないとわかっていたから、痛手にもならない中傷だ。


「おれたちも聞いたことあるぜ、《白紫の双剣》って渾名をよ。逢ってみてぇとは思ったが、まさかこんなガキだったとはなぁ」


 うつ伏せに寝転がっていた身体が、雇い者の腕でごろりと転がされる。頤を掴まれ、その感触に嫌悪感が込み上げて、鳥肌が立った。


「さわ、るな……っ」

「おうおう、粋がっちゃって、可愛いねぇ……だがよ」


 頤を掴んでいた手が離れたかと思うと、ばしん、と頬を打たれた。身構えていなかっただけに、口腔に血の味が広がる。頭痛も相まって、ぐわんぐわんと頭が揺さぶられた。


「あ……ぐ、う……っ」


 気持ち悪い。

 身体も、どこも、気持ち悪い。


「おれたちはよ、おまえを嬲り者にして、そこらの道に捨てるために雇われたんだ。こんなガキに興味はねぇが、こっちも仕事だ。恨むなら、おれたちを雇ったあの貴族を恨むんだな」


 込み上げた吐き気の衝動をどうしたものかとしていたら、ビリッと布地が割かれる音を聞いた。次いで自分の首筋や胸元に寒気を感じ、なにが起こったのかと役に立たない目を凝らして、瞠目する。


「ほんとにこいつ女か?」

「男の間違いだろ、こりゃあよ」

「下も脱がしゃわかんだろ。やれよ」


 服が、肌着ごと、ぼろぼろに引き裂かれていた。露わになった己れの胸に、羞恥よりも恐怖が襲いかかる。


「や、め……っ」

「あ? 聞こえねぇよ」


 ひたり、と腹部に触れた手に、激しい嫌悪を感じた。サリヴァンの手のひらであれば少し冷たいのに、その手は生温くて、気持ち悪いどころではない。


 いやだ。

 これは、サリヴァンの手のひらではない。

 いやだ。

 いやだイヤダいやだ。


「さすがに若ぇ肌だ。触り心地はいいな」

「おい、早く下も脱がしちまえよ。おれ、男はやだぜ?」

「男でもこの容姿ならいいだろ」

「もの好きだな」

「うるせぇ、黙ってろ」


 サリヴァンのものではない手が、さらに下へと滑り落ちていく。穿いていた下衣にその手がかかったとき、ツェイルの嫌悪は限界にきていた。


「……さわるな」

「あん?」

「わたしに、さわるな……っ」


 全身から、その嫌悪感に対する負の感情が溢れた。

 なにかが、ぷつりと、切れた音がする。


「お、おいっ、こいつの目……っ」

「まさか……天恵者か!」

「白紫ってそういう意味……っ、ぎゃぁあああ!」


 ぽたぽたと、頬に落ちてきた水滴。

 ごろりと、なにかが転がり落ちる音。


「やめっ、やめてくれっ……ひっ、ぎゃああぁあ!」

「があぁあああぁあ!」


 降り注ぐ、赤っぽい雨。

 鼻を突く、鉄錆の匂い。


 ああ、天恵を発動できた。

 封じられていたわけではないのに、使えることを忘れていた。さっさとこの天恵で、こうしていればよかった。


 なんだか身体が軽くなった気がして、動いてみたら、すんなりと起き上がることができた。周りを見渡し、ツェイルはなおもぼんやりした視界で、それらを捉える。

 まだ蠢いているように見えたので、力を付加してみた。

 動かなくなった。

 視線をさらに移動させると、また違うところで蠢くものを見つけて、まだあるのかと思って力を付加すれば、それはまた動かなくなった。

 思えば、天恵に自由が効くのは久しぶりだ。思ったように動く。あれも壊せるかな、と思えば壊れているし、ただ思いつくままに見えるものがすべて壊れていく。

 ろくすっぽ見えていない視界を動かすたび、なにもかも壊れてくれる。

 見えないことには腹が立つが、天恵が思うように使えるので気分がいい。


 ふと、ここはどこだっただろうかと考えて、わからないことに気づいた。

 なにをしていたのか、しようとしていたのかさえも、わからないことに気づいた。


「……わたし、は」


 どうしたのだったか。

 わからない。

 わからないことに苛立った。

 身体は軽いのに、上体を起こすことはできるのに、足は動かないらしいとわかるとさらに苛立ちが募った。

 こんなに苛々するのは初めてだ。

 どうやったらこの気持ちを鎮められるのかがわからない。


 わからないことだらけの自分に、苛々した。


「きゃぁあああっ!」


 甲高い悲鳴が耳を劈く。

 とても不愉快で、気づけば力を付加させていて、それは聞こえなくなった。






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