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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅱ】
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PLUS EXTRA : あたらしい、朝がくる。1

お久しぶりにございます。

久々過ぎていろいろ忘れております。矛盾している箇所もあるかもしれません。

それでもよろしければ、拙い物語ではありますが、楽しんでいただけたら幸いです。





 新しい年が始まった朝、空は美しい姿を人々に見せていた。


「ツェイ……ツェイ、そろそろ起きないか」


 ふんわりとした柔らかな寝台に、サリヴァンの愛しいひとは眠っている。昨夜は遅くまで騎士たちや侍従たちと語り合っていたので、空が美しく輝いているこの時間に目覚めることができなかったのだ。普段ならサリヴァンより早く目覚め、稽古も済ませ、朝食の準備も終えている頃だ。


「ツェイ……?」


 軽く揺するくらいでは目覚められないほど昨夜は楽しんでくれた、と思えば、サリヴァンも起こすには忍びないところがある。いつでもどんなときでも、自身のことよりサリヴァンのことを想ってくれている、そんな愛しいひとが、年越しを楽しく賑やかに過ごせるようにと感謝の気持ちも込めて、昨夜は身内だけの細やかな夜会を開いたのだ。むしろいつものように目覚められていたら、サリヴァンも少し悔しい。


「サぁリヴァーン、おはよーございまーす、朝ですよー……っと? ありゃ、起きてましたか」

「おはよう、ラク」


 掛け声と一緒に寝室に入ってきたラクウィルが、普段なら見られない珍しい光景に目を真ん丸にし、ついでとばかりに寝台を覗き込みに歩み寄ってきた。


「姫、まだ眠ってたんですねぇ……今日はどこに行ったのかなぁと捜しに行くところでしたよ」


 ツェイルの行動を把握しているラクウィルは、それはもう珍しげに、すやすやと眠るその姿を見つめる。

あまり見つめてやるなと視界を遮ってはみたものの、純粋に珍しがっているだけのラクウィルにはあまり効果がない。とりあえずツェイルの寝顔だけ見せつけてやってみた。あまり表情の変化がないツェイルだが、寝顔は柔らかい。


「朝食、どうしましょう……ねえサリヴァン、姫、起きそうにないですよ?」


 少々の音では起きないと思うが、ツェイルのことなので、少し強引にすれば起きるだろう。だが、そうするつもりはない。新年の朝だ。もう少しゆっくりしていてもいいだろう。


「とりあえずここに頼む。ツェイは……そのうち起きるだろうから、そのときだな」

「おや、このままに?」

「たまにはいいだろ」

「ま、そうですね。昨夜は随分と楽しそうにしていましたし」


畏まりました、とラクウィルは微笑みながら下がり、少しして朝食を運んできてくれる。サリヴァンが食堂に移動してもよかったのだが、そうするにはなんだか惜しい気がして、ツェイルの寝顔を眺めながらのんびりと朝食を済ませた。


 コンコン、と扉が柔らかく叩かれたのは、着替えを済ませた頃のことになる。返事をすれば、小麦色の頭がひょっこりと現われた。


「ああ、フレンか。おはよう」


 新年の挨拶は日付が変わってすぐに交わしている二番めの息子だ。その後ろには専属侍従のルートもいる。


「ルートもおはよう」

「おはようございます、サリヴァンさま。すみません、止められなくて」


 もはや疲れ切ったような様子のルートは、疲れ知らずで動き回るフレンにつき合っていたようだ。朝から大変そうだな、とサリヴァンは苦笑する。


 おはよう、と声には出さずにっこり笑って手を振るフレンは、相も変わらずである。多少の言語を発することはあれど、滅多なことでは声を出さない。ルートが通訳してくれる毎日だが、そこはサリヴァンも父親らしく、フレンが言いたいことはだいたいわかる。困ることはあまりない。

 ただ、フレンが抱えた天恵の代償を思うと複雑だ。困ったことはない、けれどもこの先、困ることが起きるかもしれない。大変な未来があるかもしれない。そのときフレンがツェイルを、或いはその血脈を、恨むことがなければいいと願うばかりだ。


「サリヴァンさま、そっち、行ってもいいですか? というかもう行ってますけれど」


 待て待て、とフレンを抑えながら、抑えきれずフレンに引っ張られてルートも部屋に入ってくる。フレンはルートを巻き添えにしながら、しかし進む先はサリヴァンの許ではなく、サリヴァンが背にしていた寝室への繋ぎの扉だ。


「フレン? なんだ、どうした。ツェイルならまだ眠っているぞ」


 まだ起きてこないツェイルが不思議なのだろうか、と思ったが、扉を前にしたフレンは立ち止まり、じっと見つめるばかりで寝室に入ろうとはしない。入るなとは言ってないし、そういう暗黙もないので立ち入りはわりと自由なのだが、どうしたのか。


「フレン……?」

「おい、フレン、ツェイルさまはまだだって……」


 立ち尽くしたフレンは掛け声に反応するでもなく、ただ扉を見つめる。まるで向こう側が見えているかのような視線は、いつのまにかフレンから笑顔を消していた。

 そうして、ふと、フレンがその薄紫色の瞳をサリヴァンに向ける。


「おこして」

「ん?」


 珍しい。喋った。

 と、驚く間もなく、フレンは発する。


「おこして。ははうえ、おこして」


 真剣な眼差しは、声は、言葉は、サリヴァンの背にぞわりと冷たいものを流す。瞬間的に踵を返して、サリヴァンは寝室への扉をあけ放ち、ツェイルが眠る寝台に駆け寄った。


「ツェイ、ツェイ起きろ」


 強引にすれば起きるだろうと、強めに揺すってツェイルに声をかける。フレンがなにを感じとったのかはわからないが、ツェイルに目覚めてもらわなければならない。


 けれども。


「ツェイ? ツェイ、起きろっ」


 頬を軽く叩き、身体を強めに揺すって、それでもツェイルは目覚めない。


「なんで……おい、ツェイ」


 呼吸はある。穏やかだ。ただ、反応はない。


「……フレン、どういうことだ」


 あとからついて来たフレンに、サリヴァンは蒼褪めながら問う。

 ツェイルに似た面差しは、いつもは絶えない笑みが消えると、とたんに出逢ったばかりの頃のツェイルそのものになる。その歳の頃が近づいてきているせいか、感情をどこかに置き忘れたかのような寂しさをより一層強く思わせ、サリヴァンは顔を顰めた。


「……フレン?」

「ガルデア」


 フレンはサリヴァンを見ず、ツェイルを見、そしてツェイルのなかにいるらしいあの精霊に向かって話しかけていた。

 どうやらツェイルの目覚めを邪魔しているのは、メルエイラ家の血脈に棲まう双精霊の片割れ、ヴィーダガルデアらしい。


「ガルデアが……どうしたんだ」

「ははうえのなかにいる」

「それは……いつものことだろう?」


 ツェイルは自身にガルデアを棲まわせている。天恵の栄養源のようなものなので、まず離れることはない。それはツェイルが天恵者として目覚めたときから始まった破棄できない契約だ。

 だが、どうやらその事情は、フレンがツェイルの天恵を受け継いだことで変わったようである。


「ははうえをおこして、ちちうえ」

「いや、だが……」


 双精霊がなにかしているなら、サリヴァンにはどうにもできない。語りかけ、説得することくらいならできるだろうが、つまりそれくらいしかできないということだ。

 それに、だ。双精霊が原因でツェイルが目覚めないというなら、それほど心配は要らない。精霊が血脈に棲まうほど好くということは、宿主を危機から護るのは当然なのだ。それは時として宿主の意志を無視するが、双精霊ヴィーダガルデアはツェイルに嫌われる可能性のほうに重点をおくため、ツェイルの命に関わるようなことでもなければそんなことはしない割と気弱な精霊である。


 ヴィーダガルデアが必要性を感じツェイルを眠らせている。それなら、心配は無用だ。


 サリヴァンは最悪の場合を想像していたが、そうではないとわかって安心した。

 フレンは、そうではない様子だが。


「おこして」


 ツェイルを起こせ、の一点張りである。だんだんと表情も、なんだか不機嫌なものに変わってきた。














読んでくださりありがとうございます。


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