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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅱ】
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Plus Extra : 血を継ぐ者。5

*サリヴァン視点、話が少し未来にぶっ飛びます。

 スミマセン。





 片手にわが子、片手にユグドの三子を抱えるツェイルの姿を、ここのところはよく見かける。ものみたいに運ばれる子どもたちに、サリヴァンは苦笑を隠せない。


「なんで運ぶかな……」


 すばしっこい子どもらであるから、おそらくは捕獲したあとなのだろうけれども、その運び方に喜んでいるわが子フレンは、不貞腐れている乳兄弟にも笑っている。


 あれから三年過ぎたが、フレンは未だ、声を出さない。いや、声というとりも、言葉を発さない。だが意思疎通ははっきりとしていて、よく笑い、よく泣く。表情はとても豊かで、全体的にサリヴァンの気質を受け継いでいるが、姿そのものはツェイルによく似ていて、幼い頃のツェイルを彷彿させる。


「……、ん?」


 今日もツェイルの幼い頃をフレンに重ねて夢想していると、足にちょっとした衝撃を受け、サリヴァンは視線を下げる。ツェイルに捕獲されたはずの、フレンだ。


「ちちうえ」

「おう、フレ……ん?」

「ちちうえ」


 にっこぉ、と笑うわが子は、おそろしく可愛い。ゆえに、理解に時間がかかった。


「……今、喋ったか?」


 恐る恐る確認しながら、足にまとわりつくフレンを抱き上げ、目線を同じにする。愛らしく笑ったわが子は、ちちうえ、とその小さな唇でサリヴァンに小首を傾げた。


「フレン、おま……」

「ははうえ?」


 こてん、と首を傾げるフレンの笑顔に、じわじわと込み上げるのは喜びと、なによりいとしい衝撃だ。


「お、おれは、父上、だ」

「ちちうえ」

「そう、そうだぞ、フレン……なんだ、おまえ」


 じわりと、不覚にも涙が滲む。


「しゃべ、喋るじゃ、ないか……っ」


 ぎゅっと、いとしいわが子を抱きしめる。

 初めて聞いたわが子の声は、それはもう、愛らしい。それに、サリヴァンを「父」と呼んだのだ。こんなに嬉しいことがあっていいだろうか。


「フレン! ひとりだけにげ……、あ」

「るーと」


 扉の向こうに、同じく捕獲されていたはずの少年が現われ、そしてサリヴァンを見るなり顔を引き攣らせた。どうやらフレンとふたり、ツェイルの説教から逃げたところであったらしい。

 しかし。


「ルートを、呼んだな……ルート、おまえフレンが喋れると知っていたのか」


 拙い、逃げよう、としていた少年は、サリヴァンの問いが意外だったようで、藍色の目を真ん丸にして動きを止める。


「ことばはすくないけど、しゃべりますよ?」


 と、いうことは、将来的にフレンの侍従になるだろう少年は、随分と前からフレンに声があることを、知っていたことになる。


「なんだ……そうだったのか」


 声がなくとも問題はない、そう思ってきたが、不安がなかったわけではない。

 安堵すると、またじわりと目に涙が滲む。

 このことをツェイルは知っているのだろうか。そう思って、サリヴァンは目許を乱暴に拭うとフレンを抱っこしたまま、小脇に少年も抱えて部屋を飛び出した。


「せっかくにげてきたのに!」


 少年は「はなせ」と暴れたが、抱えられたフレンは楽しそうで、サリヴァンもそれどころではない。

 一刻も早く、ツェイルに確認したい。


「ツェイ!」


 邸内を、ツェイルを呼んで走る。サリヴァンの大声に驚いたのだろう、ツェイルのほうから慌てた様子で子どもたちの部屋から飛び出してきた。


「さ、サリヴァンさまっ?」

「ツェイ! フレンが喋った、喋ったんだ!」

「え……?」


 きょとんとしたツェイルは、軽く息を切らせて到着したサリヴァンを見上げ、なんのことかと目を丸くする。フレンが「ちちうえ」と喋ったことを説明すると、瞬間的にじわりとその目に涙を滲ませた。


「フレンが……」

「だいじょうぶだ、ツェイ。フレンは喋れる」


 小脇に抱えていた少年をおろし、わが子をツェイルの視線に合わせて突き出す。ことりと首を傾げたフレンは笑っていたが、惜しいことにもう今日は喋る気を失くしてしまったのか、それだけだった。


「フレン、フレン? もうおれを呼んでくれないのか?」


 ツェイルの前でもう一度、とわが子に頼んでみるが、にこにこ笑っているだけで、サリヴァンに遊んでもらっていると喜ぶばかりだ。手足をばたつかせて喜ばれるのはサリヴァンとしても嬉しいが、やはり喋って欲しいと思うと残念だ。


「いいえ、サリヴァンさま、だいじょうぶです。なんとなく、そんな気はしていましたから……」

「気づいていたのか」

「ルートが、ときおり話しかけては頷いたり、なにかに反応して向かう先がフレンであったり、そういうことがあったので」


 ツェイルも母親だ。よく子どもたちを見ている。


「だが、おれを『父上』と呼んでくれたのは初めてだ」

「わたしもそのうち、呼ばれたいです」


 ツェイルが腕を伸ばしてきたので、フレンをツェイルに託す。フレンに頬ずりし、幸せそうに笑むツェイルを見れば、まあそのうちまた呼んでもらえるか、という気持ちになって、焦りも身を潜める。

 なんにせよ、フレンに声があることがわかった。それだけで充分だ。


「サリヴァンさまも、ツェイルさまも、フレンがしゃべれるって、しらなかったんですか?」


 不思議そうに見上げてくるのは連行した少年だ。


「ルート、おまえどうしておれたちにそのことを教えてくれなかったんだ」

「え、だって……そんなにとくべつなことだと、おもわなかったから」

「ルートの前では当たり前のように喋っていたのか……なんでだろうな」


 気になるのは、この少年の前でだけはふつうだった、という点だが、少年がその理由をわかろうはずもない。


「フレンの性格か……?」


 長男オリヴァンと違って、フレンはかなりののんびり屋だ。ひとりで立って歩くのもオリヴァンより遅く、なにごとも自分速度でまったく焦らない。ただ、ちょっとした悪戯をして叱られそうになると一目散に逃げる、その逃げ足だけはオリヴァンと一緒ですばしっこく、捕まえるのに一苦労させられる。それ以外はほんとうに、こちらが焦れるくらい、フレンはのんびりとしておとなしい性格をしていた。それゆえ将来は侍従になるだろう少年も、フレンとの会話になんの疑問も抱かなかったのかもしれない。


「なんにしても、まあ、とくに問題はないか」


 会話を楽しみたいとは思うのだが、本人にその気が起きないなら仕方ない。のんびりな性格であることを考えれば、やはり「そのうち」と待っていればいずれは話すようになってくれるだろう。


「ところでルートよ」

「あ、はい」

「なんで逃げてたんだ?」


 フレンが足に飛びついてきたのと、少年がフレンを追いかけてきたときの状況を訊ねると、たった今それを思い出したらしい少年が、思いきり顔を引き攣らせて後退した。


「お、おれ、なにもしてません、から……っ」

「ふん? じゃあ、またフレンか。今度はなにをした」


 怒らないから言ってごらん、とサリヴァンは苦笑しながら問いかけるが、少年はずりずりと後退していく。


「ルート、叱られるようなことをしたなら、今のうちに反省を見せておいたほうがあとはひどくないぞ」

「だ、だ、だ……っ」

「ルート?」


 おや、と思うまに、少年の顔色が悪くなっていく。よほどの悪さをしたのか、それとも表現が難しいのか。

 少年は基本的にフレンの悪戯には加担しない。加担したら父親からどんな鉄拳を見舞われるか、懲りているからだ。それゆえ加担はしないが、フレンのやることを見ているのは楽しいようで、抑止力にはならずけっきょくフレンと一緒に叱られていることが多い。

 さて、今回はなにをしたのか。

 サリヴァンは視線を少年に合わせるべく膝を折り、その蒼褪めた顔を正面から見つめる。藍色の双眸が、可哀想なくらい怯えていた。


「……ルート?」


 ちょっとこれは可哀想だな、と思ったときだ。


「ルクルド」


 と、後方から少年を呼ぶ声がし、少年ルクルドは飛び跳ねるくらい驚いていた。


「おう、ユート」


 振り向けば騎士隊三席のユグドが、いつにない笑顔でそこにいる。ちなみに少年ルクルドの父親こそ、このユグドだ。


「失礼します、殿下。……動くな、ルクルド」


 つかつかと歩み寄ってきたユグドは、いつにない笑顔のまま、逃げ遅れたルクルドを捕まえた。どうやら今日の捕獲には、ツェイルのほかにユグドも出動する事態になっていたらしい。


「……なにをしたんだ、ルートは」


 サリヴァンは立ち上がりながら、ツェイルの腕に懐いてうとうとと昼寝に突入し始めているフレンを見やり、小首を傾げる。ツェイルも、ユグドの登場に苦笑していた。


「逃げるから捕まえただけですよ」


 ユグドはそう言うと、片手にルクルドを抱える。捕まえられたルクルドは力なく項垂れ、もはや抵抗の気力も湧かない様子だ。


「逃げるからって……なんだか可哀想なことになっているぞ、ルートが。またフレンがなにかしたんだろう?」

「ええ、いつものように公子が原因ではあるのですが」

「どうした?」


 ちらりと、ユグドはツェイルを窺う。ツェイルから聞いて欲しいらしい。


「ツェイ?」

「いえ、あの……やられました」

「やられた?」

「おそらく、徴候かと……天恵の」

「! 発現したのか」


 今日はよくよく驚かせられる日だ、と思う。

 しかし、ツェイルとユグドの微妙な雰囲気が、サリヴァンには疑問だ。


「それで、あの……書庫が」

「ん? 書庫?」

「め……めちゃくちゃに」

「は?」


 この邸には書庫が二つある。一つはサリヴァンの執務用の狭い書庫で、もう一つは邸の者たちが自由に使えるように幅広い内容の書物が並ぶ広い書庫だ。

 その書庫がめちゃくちゃとは、まさかすべて引っ繰り返され散らかされたと、そういうことだろうか。


「……もしや、おれの書庫か」

「う……は、はい」

「やられた……」


 がっくりだ。いくら執務用の狭い書庫とはいえ、質量がないわけではない。むしろ微妙な均衡のもとで詰められた状態にあるので、めちゃくちゃにされたとなると、もう声を荒げる気力もない。


「あ、あれを片づけるのは……ひどい」


 ただでさえ混沌状態の書庫なのに、それをどこまでやられたのか、惨状を確認したくもない。


「その場にルクルドはいたのですが、止めること叶わず……むしろ呆けて眺めていたようでして」

「いや、それはルート、悪くないだろ。フレンが天恵を発現させかけてそうなったら、むしろルートにはどうしようもないだろ」

「最終的に聞こえた笑い声はなんでしょうね」

「……。よしルート、おまえ書庫の片づけだ。ついでにそのまま、もうあれだ、フレンの侍従決定だ。フレンの後始末に追われろ」


 言ってやると、ユグドの腕でしょんぼり項垂れていたルクルドは、さらに萎れた。可哀想だが仕方ない。


「フレンは……そうだな、しばらくおやつを抜きにするか。甘やかすなと料理長に伝えてくれ」

「そうですね」


 これが執務用の書庫でないほうであったならよかったのだが、わざわざそちらをめちゃくちゃにしたのだから、これもやはり仕方ない。


「ん? まさか……おれのところに来て『父上』と呼んだのは、ご機嫌取りか?」


 昼寝に突入したフレンは、もう幸せな眠りのなかにいる。

 まさかな、と思ったことは、それから三度ほど同じことをされてから、勘違いではなかったと知ることになる。


「まあ今日は、許してやる。フレンがおれに、声を聞かせてくれた初めての日だからな」


 とにもかくにも、今日は喜ばしい日だ。







■ 書庫の惨状。


「……なんてこと」


 衝撃を隠せない様子で、ラクウィルが書庫の惨状に硬直する。

 微妙な均衡で詰まれていた書物が総崩れ、紙片も飛び散り、足のつき場もないそれを見れば、ラクウィルだけでなく誰もがそうなるだろう。


「ら、く、うぃー?」

「……フレン、そんな可愛らしくおれを呼んでも、無駄ですよ」

「らぁく、うぃー」

「誤魔化すのに協力しろってことでしょ? 駄目ですよ、これで幾度めですか、さしものサリヴァンもそろそろ泣きますよ」

「さぁり、ヴぁ?」

「……。ああもう、可愛いなぁ」


 どうしてこの愛らしい御子は、わざわざ執務用の狭い書庫のほうを標的にし、こんな惨状を作り上げるのか。そのたびサリヴァンの執務が滞るのだが、目的はそれだろうか。


「なんというか、確信犯ですよねえ……誰に似たのやら」


 執務用の書庫がフレンによってめちゃくちゃにされたのは、これで五度めになる。





*サリヴァンは泣き、ラクウィルはほだされ、ツェイルは叱ろうと追いかけ回して逃げられ、最終的にユグドら騎士隊の彼らに捕獲され、しかしほだされる、という悪循環(笑)。




これにて『血を継ぐ者。』は終幕となります。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

そのうち、フレンを主人公にした物語を更新できれば、と思っております。その際もよろしくお願いいたします。


リクエストありがとうございました。



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