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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅱ】
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Plus Extra : 血を継ぐ者。4

*前半サリヴァン視点、後半ツェイル視点となっています。





 ヴォルフレイン、という名を、産まれたばかりの赤子は聖王よりいただくことになった。昏睡状態から目覚めたツェイルが、では「フレン」ですね、と微笑み、ホッとすると再び意識を闇に落とす。


「ツェイっ?」

「案ずるな、眠っただけだ」


 慌てたサリヴァンだが、聖王の言ったとおり、ツェイルからは穏やかな寝息が聞こえる。


「だいぶ体力を削られたようだな……回復にはしばらく時間がかかるだろう」

「だいじょうぶでしょうか」

「峠は過ぎた。案ずることはない」


 聖王は、思いのほか優しく腕に抱いていたフレンを、そっとサリヴァンの腕に戻す。


「血を継ぐ者だ」


 そう言うと、身を翻して、来たときと同様にあっというまに立ち去ってしまう。もう少しゆっくり滞在していけばいいのに、と思うが、聖王にとってこの領地は騒がしいらしく、静かなところ好む聖王には長居したくない場所らしい。そのうちゆっくりするとは言っていたが、いつになるかはわからない。


「サリエ、いい?」

「ん、ああ……」

「あれ、猊下はもう帰ったの?」

「さっきな。どうした」

「おれにもその子を抱っこさせて欲しくて。名前は決まった?」

「ヴォルフレインと、名をいただいた。フレンだ」

「フレンか」


 にこにこと笑って、機嫌よくオリヴァンは部屋に入ってくる。その腕にフレンを任せると、自分によく似た顔が嬉しそうに頬を緩ませた。


「……オリヴァ」

「ん?」

「少し、フレンを頼む」


 視線を眠るツェイルに移すと、サリヴァンのそのなにかを察したらしいオリヴァンは、「わかった」と静かに頷き、フレンを連れて部屋を出て行った。


 寝室にはサリヴァンとツェイルだけになり、サリヴァンは一気に身体の力を抜くと、ツェイルの隣に身体を横たえた。


「……ツェイ、だいじょうぶか」


 問いかけても、ツェイルは答えない。わかっていても、声をかけたくなる。


「なあツェイ、フレンな、泣かないんだ……」


 サリヴァンは、未だフレンの泣き声を聞いていない。それはフレンの誕生に関わった者すべてに共通していて、誰もフレンの泣き声を、いや声を、聞いていなかった。

 仮死状態で産まれてきたのかと、その瞬間は思ったらしい。声を上げないフレンに、取り上げたテューリもエーヴィエルハルトも焦り、だがそのすぐにアルトファルが現われ、問題ないことを告げられたという。サリヴァンもそのことはアルトファルに聞いて、そのことはたいしたことではないと言われた。


「声を発せられない理由があるそうだ……だからツェイ、自分を責めるなよ」


 フレンが泣かない理由を、アルトファルは教えてくれなかった。ただ、とにかくだいじょうぶだとしか、言ってくれなかった。ツェイルになにか問題があったわけではなく、やはり天恵が関係しているらしい。


「ツェイ……なあ、ツェイ、おれはそれでも、嬉しいよ」


 フレンがどんな天恵者であれ、サリヴァンにはかまわないことだ。ただ、そのことをツェイルがどう受け止めるかが気がかりだ。悲しんだり、苦しんだり、自分を責めたり、しなければいい。授かった天恵を、己れのせいだと悔やむことがなければいい。


「フレンが天恵者であることを、受け入れてくれるな……?」


 手を伸ばし、さらりとツェイルの前髪を払う。その指先に、ツェイルの瞼が震えた。


「……さり、ヴぁ……さま?」

「ああ、ツェイ」


 疲れ果てているツェイルを、その微睡から引きずり出そうとは思わない。意識を浮上させかけたツェイルを撫で、安心させてやると、また眠りに入ったツェイルを、サリヴァンはしばらく眺めた。













 ふっと意識が浮上する。目を瞬かせ、薄暗い室内に目を慣らし、周囲の様子を窺う。


「ああ、起きましたね」


 傍らから聞こえた声に視線を向けると、椅子に座ったラクウィルが持っていた書物を閉じ、覗き込んでくる。


「らく……」

「はい、姫。なにか飲みますか?」

「み、ず」

「はい、ちょっと待ってくださいね」


 穏やかな表情のラクウィルは、目覚めたツェイルが望むまま、水を用意してくれる。支えられて身体を起こすと、手伝ってもらいながら咽喉を潤した。


「ふれん、は……?」

「御子は隣の部屋で、サリヴァンが面倒を看ていますよ」

「サリヴァンさまが?」

「姫はこの状態ですけど、御子は元気ですからね。振り回されています。だいじょうぶですよ」


 もう少し休みましょうね、と子どもに言い聞かせるようなラクウィルに、ツェイルはふっと身体の力を抜く。


 大変だった。

 ただその一言だけがこぼれる出産は、四日経った今もツェイルを寝台に縛りつけている。思うように身体は動かず、微睡のなかを行ったり来たり、たまに覚醒しても食事を摂れば眠気が訪れ、ろくに起きてない。起きたときはラクウィルか妹シュネイの顔がよくあって、サリヴァンはときどき産まれたわが子と一緒に来てくれる。


 そんななか、気になることがあった。


「らく……」

「はい、姫」

「ふれん、なかない」

「……そうですね」

「まだ?」

「はい、まだです」


 産まれたときも、今も、わが子フレンは泣かない。ぐずることはあっても、声らしい声がない。一番に聞きたかったのに、未だ誰も聞いていないらしい。


「てんけい、の……だいしょう?」

「それはわかりません。アルトファルはだいじょうぶだと言っていましたし、猊下はなにも言いませんでした。御子の単なる性格かもしれませんよ」

「せいかく……なら、いいけど」


 あまり手はかからない、と言っていた。よくも悪くも振り回してはくれるが、おとなしい性格であるらしいともう言われ始めている。

 医師エーヴィエルハルトと、姉で薬師のテューリは、声がないことは心配だが成長に問題はなく、華奢なところはサリヴァンに似ただけであろうから、早産ではあったが問題はないと言っていた。

 それなら、声がないとしても、多少は問題視するが、それ以上に心配なところはないということで、そのうち声を聞けるだろうとのんびり見守ったほうがいい。身構える必要はない。


「なんだか今日はもう少し起きていられそうですね、姫。今のうちに食事にしましょうか。サリヴァンにも声をかけてきますよ」

「うん……ラク」

「はい?」

「サリヴァンさまの、ようす、は?」

「男の子だって言っているのに、女の子の恰好をさせようとして、シュネイやユグドたちに呆れられながら、鼻の下を伸ばしていますよ」


 くふふ、と笑うラクウィルにつられて、ツェイルもふっと笑う。サリヴァンが気に病んでいないのなら、安心だ。


「じゃあ姫、ちょっと待っていてくださいね」


 眠くなったら眠っちゃっていいですよ、と言いながら、ラクウィルはさっと身を翻して部屋を出て行く。まもなくしてサリヴァンが、フレンを腕に抱いた姿で部屋に入ってきた。


「ツェイ、目が覚めたか」

「はい、サリヴァンさま」

「うん、昨日より声に元気があるな」


 穏やかな表情のサリヴァンは、寝台の端に腰かけると、ツェイルに見えるようフレンを抱き直した。


「フレンの食事が終わったところだ。満腹になって、ほら、幸せそうだろう」


 ふよふよと、笑っているように口許を動かしながら満足そうに眠るフレンは、声がないこと以外は本当に健康だ。どうにか腕を伸ばして頬に触れれば、その柔らかさと温かさにほっとさせられる。


「あとな、フレンの瞳はツェイ、おまえと一緒だ」

「え……?」

「色が落ち着くのに少しかかるらしいが、おまえと同じ、綺麗な紫色の宝石なんだよ」


 それを聞いた瞬間、ツェイルには、フレンの天恵がどんなものであるか、わかってしまった。けれども不思議と、いやな感じがしない。


「……サリヴァンさま」

「ん?」

「ふれんの、てんけいは、わたしとおなじ、です」


 まさかとは、思っていたけれども、瞳の色がそうだと言うなら、フレンはメルエイラ一族の確かな血を継いだことになる。


「どういうことだ?」

「わたしのひとみは、てんけいしゃとなりえる、いちぞくのもののみに、あらわれると、きいています」


 目を瞬かせたサリヴァンは、ツェイルとフレン、相互を見やって「そうか……」とほんの少しだけ悲しげに、けれども確かに微笑んだ。


「少し怖いところもあるが……なんだ、そうか……案ずるまでもなかったか」

「……ごめんなさい」

「なにを謝る」

「めるえいらは……その……」


 まさかフレンがそうなってしまうとは思っていなかった。

 ツェイルはその過去、自身の天恵をどう使っていたか、忘れてはいない。また先祖が、どう使っていたかも知っている。その歴史をフレンに負わせてしまうことに、先立つのは申し訳ない気持ちだ。


「ツェイ、言っただろう。この世界、ラーレに広がり散らばりし天恵に、忌避すべきものはない。ただ……そうだな、捉え方によっては悲しい運命もある。それでも、おれは悪いものには思えないんだ」

「ですが……」

「おれは確かに、おれが持つ天恵を恨むことがある。だが、おれの天恵はおまえを護るものに繋がる。おまえだけではない、オリヴァやほかの人たちを、この国に生きる者たちを、護ることができる。そう考えると、おれが疎ましいと思うこれは、ただ己れを悲観しているだけなんだ。だからな、ツェイ、フレンには誇りを教えよう」

「ほこり?」

「誤った使い方をしないよう、誰かを護れる力であることを、フレンに教えよう。おれたちはもう、正しい使い方を知っているんだ」


 間違わないように、護れる力であることを、悲しい運命を導くことがあるとしても確かな幸せもあるのだと、教えていく。

 そう言うサリヴァンに、涙が滲んだ。

 そうだ、そのとおりだ、ツェイルは自身の天恵にどれだけ救われたかも、忘れてはいない。


「だいじょうぶだ、ツェイ。フレンは、おれとおまえの子なんだから」


 滲んだ涙を、サリヴァンの手のひらに拭われる。この優しさに、幾度救われたことだろう。これからも、幾度救われることだろう。

 拭われた先から涙がこぼれ、それをサリヴァンが微笑みながらまた拭ってくれる。


「ありがとう、ツェイ。恐怖に立ち向かってくれて」


 怖かった。本当に、怖かった。フレンが無事に産まれてきてくれた今だから、漸くその安堵がツェイルを包む。


「サリヴァン、さま……っ」

「ああほら、そんなに泣くな。早く元気になってもらわないと、フレンだって、おまえに抱っこされたいんだから」


 こくこくと、サリヴァンの言葉に頷きながら、周りに感化されず満足そうに眠っているフレンの頬をなで、小さな手のひらを握る。

 この子を産むことができて、本当によかったと、心の底から思った。







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