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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅱ】
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Plus Extra : 血を継ぐ者。2

*サリヴァン視点です。





 猫な精霊バルサに手紙を託して二日ののち、その移動速度は人間には不可能であるが、聖王たる養父にとって精霊と等しく造作もない。


「どうした」


 まさかバルサと一緒に来るとは思っていなかったが、聖王は飄々と赴いてくれた。移動に邪魔だったのか長い銀髪を後ろの高い位置で結わえ、服装はいつもの飾り気のない神官服、相も変わらず人外の神々しさに溢れたその容姿は、居住している王城からヴィエンテ領まで人の足では二月ほどかかるというのに、あまりにもいつもと変わりなく、サリヴァンは苦笑した。


「なんというか……神さまずるい」

「? なんのことだ」

「いえ、今さらながら養父上が聖王であると、思っただけです」


 お伽噺に出てくる神々の長、聖王は実在する。それは、育ててもらったサリヴァンにはなんでもないことであるが、たまにこうして痛感させられる。聖王という名に偽りはない。


「にしても、早かったですね」

「……来いというから、来たまでだ」

「バルサには手紙を持たせましたから、目的はわかると思いますが」

「……、手紙?」


 ふと、聖王は首を傾げる。

 はは、とサリヴァンは空笑いした。


「これのことか」


 聖王は懐から、封も切られていない手紙を取り出した。

 たまにあることだが、聖王はよく説明されないまま精霊や聖鳥フェンリスに誘導され、サリヴァンのもとに訪れることがある。聖王なのに遊ばれることがあるのだ。ゆえに、わけのわらないままでは困るだろうと思って今回は手紙を認めたのだが、けっきょく無駄に終わったらしい。


「おいこらバルサ、意味ないだろう」


 せっかく手紙を書いたのに、とバルサに文句を言ってみたが、どこ吹く風のバルサは聖王を連れてきたことに満足したらしく、役目は終えたとばかりに長い尻尾を揺らしながら、さっさと部屋を出て行ってしまった。


「……双精霊の娘か」


 バルサの後ろ背を睨みながら見送っているうちに、今になって聖王が手紙を読んでいた。


「ええ、もう一度、養父上の意見を聞きたくて」

「わたしの言葉は覆らぬ」

「それはわかっています。ただ、おれにはちょっと理解が難しかったので……天恵がツェイを助けている、というのは、どういう意味ですか?」

「そのままだ」

「もうちょっと噛み砕いてください」

「……。問題ない」

「か、噛み砕き過ぎです」


 素で惚ける聖王に肩すかしを喰らいながら、そうではなくて、とサリヴァンは導き出した見解を聖王に説明した。


「今ツェイの腹にいる子は、ツェイの天恵を継いでいる、と考えてよいのですか?」

「そこまで視えているわけではない」

「え……え、そうなのですか?」


 あっさりと否定された。いや、完全に否定されたわけではないが、聖王はそこまで詳しく視たわけではなかったらしい。そして今も、そこまでは「視えない」と言う。


「わたしは事実のみ述べたまでだ」

「事実……天恵が、ツェイの助けになっているということ……おれたちが考えた可能性は、あくまで可能性でしかない?」

「私見を述べるならば、そうかもしれぬ、としか答えられぬ」

「ということは……違う可能性も高いのか」


 一度は去った嫌悪感が、ぞわりと臓腑を冷ややかにする。気持ち悪くて思わず手を添え、ぎゅっと服を握った。


「……養父上」

「なんだ」

「一つだけ、否定して欲しいことがあります」

「……場合にもよるな」


 握った拳にさらに力を込め、溢れてしまいそうな負の感情を抑えながら、サリヴァンは聖王を窺う。


「おれの……皇族の天恵は、次代に継がれた。もう、これ以上現われることはない。そうですよね?」


 そうであって欲しい。いや、そうなのだ。この身に受け入れ、否定し続けながらも、長子オリヴァンに受け継がれていったサリヴァンの天恵は、片翼と結ばれ双翼となり、この手から羽ばたいて行った。


「……おまえの天恵ではない」


 その聖王の否定に、どっと安心する。

 それさえわかれば、あとはどんな天恵を持っていようとも、サリヴァンは気にならない。問題があるとすれば、いったいどんな天恵が子どもに現われようとしているか、である。それはツェイルから受け継ぐものかもしれないし、まったくの別ものかもしれない。


「いったいどんな天恵が……」

「可能性としては、おまえが述べたそれが、もっとも有力であろうな」

「ツェイの天恵、ですか」

「メルエイラは血に継がれる。双精霊はわたしでもそう見ない存在ゆえ、確信は持てぬ」

「けれど、ツェイを護り、害もないとなれば」

「ああ、娘の天恵であろうな」


 聖王が曖昧なのは珍しくもない。万能の神ではないと自負する聖王は、長い時間が多くの知識を授けることにはなったが、それゆえ分岐点が多い。多くの可能性のうち、的を絞れるだけの情報を人間が得られるだけでも僥倖だ。


「一応、ツェイに逢っていただけませんか」

「かまわぬが、娘はこのことを気にしておらぬだろう」

「ええまあ……しかし、それもちょっと問題かと」

「無事であればよかろう」

「それはそうなのですが、オリヴァンのときがあれだったので、こちらとしてはただ心配です」


 天恵のことは置いておくとして、そうでなくてもツェイルの様子はサリヴァンだけでなくほかの者にも不安を抱かせる。ツェイルのためというよりも、自分たちのために聖王を呼んだようなものだ。


 サリヴァンは聖王に邸内を案内し、裏庭に出ているツェイルのところまで連れて行く。

 自給自足の生活ができるよう裏庭には畑があって、ツェイルはここに越してきてからというもの、季節に応じた実りを見せる畑に夢中で、姿が見えないときは畑にいることが多い。植物や動物を育てたことがないツェイルにはとても新鮮で、とても楽しいらしいのだ。


「ツェイ。ツェイ、どこにいる、おいで」


 緑に溢れた畑は、収穫期の最中にある、小柄なツェイルがそのなかに入ってしまうと、植物に隠されてしまって探さなければならない。

 呼ぶと、畑の世話をしている雇いの農夫がその中心に視線を送り、追いかければそこから、ツェイルがひょっこりと頭を出した。ツェイルのほかにも、こと最近はツェイルのそばにいる三歳の幼子も顔を見せた。


「サリヴァンさま?」

「ああ、こっちだ。養父上が来てくださったんだ、挨拶を」


 ツェイルには、聖王を呼んだ理由も、そもそも呼んでいたことも伝えていない。ツェイルの不安を煽りたくなかったので、自然を装っていた。

 ツェイルは土埃を手で払うと、片手にひょいと幼子を持ち、身軽な様子で走り寄ってくる。来月には産まれる子を宿した腹は、それなりに膨らみを持ってはいるが、ツェイルの足取りを邪魔することはない。サリヴァンの不安はそこにもあった。来月、本当に子は無事に産まれてきてくれるのだろうか、と。


 ツェイルが走り寄ってくる姿を取りこぼすことなく聖王は見ており、僅かに眉を中央に寄せた。


「……養父上?」


 聖王の様子に、サリヴァンは首を傾げる。

 そうしているうちにツェイルはサリヴァンの傍らに到着し、片手に持っていた幼子を下ろすと、姿勢を正して聖王に深く頭を下げた。


「お久しぶりにございます、養父上さま。ようこそおいでくださいました」


 当初に比べればツェイルも聖王の存在には慣れ、堅苦しさは取り払われている。

 ツェイルの挨拶に聖王は短く「ああ」とだけ答えると、顔を上げたツェイルをじっと見つめ、そしてなぜか小首を傾げた。


「……小さいな」


 とは、おそらくツェイルの腹部のことだろう。


「大事ないか、娘よ」

「はい、至って元気です。養父上さまもお変わりないようで」

「わたしは不変のなかにいるからな。……ふむ」


 唸った聖王の視線が、ツェイルの腹部に的を絞る。内心冷や冷やしているサリヴァンは、聖王のその様子が恐ろしい。気になるが、しかし考えている聖王の邪魔をするのも怖い。


「……こうも曖昧に現われるのは、珍しいな」

「養父上?」

「サリヴァン」

「はい」


 ふっと、聖王の琥珀色の双眸が、サリヴァンを捉える。感情が読み取りにくい無表情はいつものことだが、眉間の皺は見逃せない。

 瞬間的に緊張が走る。


「気をつけよ」

「え?」

「これは、予告もなく訪れるであろうよ」


 なんのことか、わからなかった。


「それ、は……」


 まさか、と思い至ったとき、聖王はツェイルの頭に手を乗せ、優しく撫でていた。


「娘よ、少し落ち着け。そう急くな」


 聖王にそう言われて撫でられたツェイルが、ハッと目を見開く。


「養父上さま……」

「案ずるな、問題はない。だが、おまえが急いては、子も急く。驚かせてやるな」


 ツェイルの視線が、手のひらと一緒に、膨らみのある腹部に注がれる。その肩の震えに気づいたとき、サリヴァンは己れの不甲斐なさに情けなくなった。


 不安だったのは、サリヴァンだけではない。ほかの者たちだけではない。

 ツェイル自身も、表面上はなんともなさそうにふるまっているが、恐ろしい不安に苛まれていたはずなのだ。


 それに、だ。


「養父上さま……この子、は……だいじょうぶ?」


 長子オリヴァンのとき、ツェイルに宿った命は本来、オリヴァンだけではなかった。双子だった。だがサリヴァンから受け継がれた皇帝国主の天恵が、ひとりの命を奪ってしまった。その御霊はオリヴァンの片翼、婚約者で皇女たるライラの許へ導かれたが、それでもツェイルのなかで育っていたはずの命は潰えた。

 サリヴァンは、泣いていたツェイルを憶えている。護れなくてごめんなさいと、悲しんだことを知っている。そして、ライラの存在に助けられたことも知っている。同時に、育むことができなかった悔しさ、遣り切れなさ、寂しさ、苦しさに、ツェイルが次子を授かることを恐れていたことも。


「驚かせてやるな、少し休め。案ぜずとも無事だ。子は護られておる」


 聖王が、ことのほか優しく、ツェイルを撫でる。それに勇気づけられるように顔を上げたツェイルは、目に涙を溜めていた。

 こんな顔をさせたかったわけではないのに、とサリヴァンは拳を握る。どうしてもっと早く、いや、最初から、ツェイルのその気持ちを理解してやらなかったのか、今さらだが後悔してしまう。


「……ツェイ、おいで」


 耐えられなくなってツェイルを腕に抱き込めば、ツェイルは素直にサリヴァンの胸に収まり、胸にその顔を押しつけてくる。泣かせたくなかったのに、ひどいことをしてしまった。


「娘を休ませるがよい、サリヴァン。わたしはこれで戻るが、あとでアルトをやる」

「はい、ありがとうございます、養父上」


 聖王に促されて、サリヴァンはツェイルの腰を抱くと、聖王が立ち去る姿を見送ることなく、邸のなかへと戻る。危うく忘れそうになった幼子は途中で手を繋いで回収し、ツェイルと一緒に自室へと連れて行った。


「る、るーと」


 と、ツェイルが幼子を呼ぶので、寝台に座ったツェイルの膝に幼子を置けば、縋るようにツェイルは幼子を抱きしめた。ちょっと嫉妬しそうになったサリヴァンだが、思えばツェイルがこの幼子を常にそばに置くのも、理由があったからなのだと気づいた。

 ツェイルの腕におとなしく捕まっている幼子は、ユグドとその妻の三子だ。ユグドの妻のそばにいることよりも、ツェイルのそばにいることが多く、おとなしい性格はユグドの妻そのもので、ツェイルにはなにをされても従っている。思えばこの幼子も、無意識にツェイルの気持ちを汲み取り、そうしているのかもしれない。


 サリヴァンはそっとツェイルの隣に腰かけ、その肩を抱いた。素直に身を預けてくるツェイルのぬくもりがいとしい。


「……すまなかった」


 こぼれた謝罪は、ツェイルに首を左右に振らせた。そんな気遣いをさせてしまうくらい追い込んでしまっていたことに、サリヴァンは唇を噛む。


「本当は、怖かった……よな。すまない、気づいてやれなかった」

「そんなことありません。わたしは……ただ、臆病に」

「いや、おまえの恐怖をきちんと理解していなかった」


 謝って済むことではない。けれども、謝らずにはおれない。


「……っ、ごめんなさい……ごめんなさい、サリヴァンさま」

「おまえが謝るな。だが、言わせてくれ。おれは、おまえがおれの子を産んでくれることが、すごく嬉しい。ありがとう、ツェイ。本当は怖いのに、その恐怖に立ち向かってくれて」


 ありがとう、と繰り返せば、ツェイルの肩が大きく震えだし、次第に耐えられなくなったのか小さな嗚咽がこぼれてきた。


「サリヴァンさま…っ…サリヴァ、さま」

「ああ、ツェイ。だから頼む、もう少し、頑張ってくれ」

「で、も…っ…怖い」

「だいじょうぶだ。おれが、いるんだから」


 小さな嗚咽をこぼしながら泣くツェイルをあやしつつ、震える肩を優しく撫でる。

 泣きだしたツェイルに膝にいた幼子が藍色の目を真ん丸にしていたが、サリヴァンに微笑みかけられるとその視線をツェイルに固定し、サリヴァンと同じようにツェイルを慰め始めた。めったに喋らない幼子なので、ぺたぺたとツェイルの頬に触れ、拙いながらも涙を拭っている。そんな優しい心を持った幼子を、サリヴァンはひどく嬉しい気持ちで眺めた。


「ルート、おれたちの子を頼むぞ」


 乳兄弟となるだろう幼子にそう頼めば、こくりと頷いた幼子の小さな手のひらが、サリヴァンの頬も撫でた。







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