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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅱ】
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Plus Extra : 血を継ぐ者。1

*サリヴァン視点です。






 一個小隊を連れての引っ越しとなると、えらいことになる。それぞれが独身であるならまだしも、全員が妻帯者となれば、もはやその引っ越しは民族大移動だ。

 そんな大移動が、ヴァリアス帝国領東部ヴィエンテにおいて、この年の暮れに二月ほどかけて行われた。ヴィエンテ領はそれまで皇帝直轄地であったのだが、元々の領主であるヴァルハラ公爵に再び拝領されることとなり、そのための大移動だった。

 ヴァルハラ公サリエ・ヴァラディンは皇帝唯一の弟にして唯一の外戚皇族であるため、騎士団の一個小隊がヴァルハラ公を守護すべく存在しているのは広く知られている。ゆえに、ヴァルハラ公がヴィエンテ領に帰還するとなれば、彼を守護する小隊がそのままついて来るのも当然だ。

 当のヴァルハラ公、サリヴァンは、大所帯の引っ越しに対し「自分にそこまでしてくれなくていい」と訴えたのだが、それは先述した唯一の皇族である点からあっさり無視され、なんやかやと誤魔化されているうちに二月もかけて民族大移動を経験することになった。とはいえ、サリヴァンには身重の妻ツェイルがおり、これからの己れと妻と生まれてくる子どものために領地の返還を求めそれを承認されたわけだが、身重のツェイルのためにも人手が多いことには助かり、また領主としては頼りないことを考えれば、ずっとそばにいてくれた一個小隊の彼らは力強い味方だった。

 そうして新たに始まった、ヴァルハラ公爵領ヴィエンテ。


 サリヴァンらの大移動が一段落したのは、到着から一月後になる。


「予めヴィエンテ領の報告書には目を通していたが……いろいろとやることは多そうだな」

「幸いなのはこの地がある程度豊かだってことですね。収入もわりと安定しているようですよ」

「大地成せる実り、だな」


 着任してからの問題は少なかった。土地整備には力を入れたほうがよさそうではあったが、おもな収入源となる小麦の栽培は常に一定を保っていたし、それに伴う雇用状態も悪くない。物価の変動には気を張っていなければなさそうだが、小麦の栽培が停止する期間は土地柄的に短いため、大きく揺れることはなさそうだった。また、首都から少し距離があるせいで多少の不便が感じられる生活だが、これは土地整備がなされればそのうち解消される問題であり、そもそも地元民は不便を感じていない様子なので、発展という形になるだろう。

 豊かな土地でよかった、とサリヴァンは内心ホッとする。今まで兄である皇帝の補佐ばかりしていて、領主としては未熟も未熟のため、不安が大きかったのだ。政治的なものは初めてではないにしろ、領主という立場は初めてだ、上手くやっていけるか未だ多少の心配はある。


「ツェイの様子はどうだ?」


 漸く小奇麗に整頓された執務室で、机に広げた領地の資料や報告書の類いを読み終えたサリヴァンは、傍らにいる侍従長ラクウィルに妻ツェイルの様子を問う。着任から一月、ツェイルとは朝と眠る前にしか顔を合わせておらず、ろくな会話もできていなかった。


「元気ですよ。サリヴァンが忙しいのは仕方ないですが、姫もそれなりに忙しいようですからね」

「そうか……身体の調子は悪くないんだな」


 身重のツェイルは、長子オリヴァンの妊娠中は危険と隣り合わせの状態で過ごしたが、第二子を身籠っている今はそのときとは比べものにならないほど元気で、身体の具合も安定している。むしろ良好なのか、あれだけ寝台と仲良くなっていたくせに、今はそれもない。サリヴァンが恐ろしくなるほど動き回っていて、おかげで心配が尽きないくらいだ。


「来月にはもう産まれますけど……いつのまにって感じですよ。姫、本当に元気なんですもん」

「オリヴァのときがあれだったからなぁ……」

「ちょっと不安になりますが……猊下にまた視てもらいますか?」

「そうするかな」


 養父、聖王レイシェントには、ツェイルの腹が膨らんでくるだろうあたりに一度視てもらって、どこもなんともないとは言われている。ただ、意味深なこともそのときに言われた。


「天恵が助けている、とは……気になるからな」

「姫の天恵っていうと、たまぁに出てくるあの白い精霊さんですよね。ヴィーダガルデアでしたっけ? オリヴァンのときは邪魔したのに、今回はそれもなく助けているとは、まあ確かにおれも気にはなっています」

「ツェイはなにか言っていたか?」

「いえ、とくには。サリヴァンはなにか聞きました?」

「おれも聞いてない……ガルデアは口が堅いから、ガルデア自身から聞くこともないな」

「まあ、姫を助けてくれているなら、いいですけどね」


 ツェイルは特殊な天恵者で、身に宿る精霊はツェイルの血筋、メルエイラ一族に同化している。闇の一族、と呼称することもあるその精霊は、オリヴァンのときに最悪な邪魔してくれた。しかし、今回はその逆の行動に出ていて、養父の意味深な言葉にサリヴァンは首を捻っている。ラクウィルが言うとおり助けてくれているなら感謝するだけだが、その理由がわからないとなると困ったものだ。


「おれのほうは少し落ち着いたわけだし……そうだな、ユートかマノウを呼んでくれ、ラク」

「隊長のほうがよくないですか?」

「ガルデアの片割れたるヒーデを宿しているのはツァインだが、あいつ、まだ皇都だろ」

「ああ、そういえば。では、少々お待ちください」


 ラクウィルが部屋を出て行くと、サリヴァンは机に広がったままの書類を整頓し、終わったものと終わっていないものと分けてしまう。まだまだやることはあるが、来月にツェイルの出産が控えているため、根を詰める気はない。優先順位をつけて仕分ければ、これからの政務も落ち着いた状態で片づけることができる。それこそ、突発的な問題を領民が持ってこなければ、しばらく落ち着いた状態でいられるだろう。


 それからまもなくして、サリヴァンに古くから仕えてくれている第九特務騎士隊、通称「皇弟近衛騎士隊」の三席ユグドが、ラクウィルに連れられて訪れた。


「お呼びと伺いましたが、いかがされました?」


 若かりし頃に比べれば性格的なものは丸くなったユグドだが、真面目さは今も健在だ。その実直さは息子に受け継がれ、ユグドの長子は首都に残ったサリヴァンの長子オリヴァンと共にいる。次子と三子、ユグドの妻コカは、いつもツェイルのそばにいた。


「マノウはいなかったか」

「買い出しに出ております。呼び戻しますか?」

「いや、そこまでしなくていい。訊きたいことがあるだけだ。マノウにはあとで訊こう」

「訊きたいこと、ですか」

「ツェイの、精霊のことだ」

「わたしは天恵者ではありませんし、精霊にも詳しいわけではありません。マノウのほうがよいかと思います」

「とは言うが、バルサがおまえに懐いているからなぁ」


 ユグドの足許から、のそりと大きな、猫な精霊が姿を見せる。サリヴァンにも懐いている猫な精霊バルサであるが、ユグドのそばにいることが多い。契約していれば不思議ではない光景なのだが、ユグド本人が言うように彼は天恵者ではなく、精霊と契約できる条件を持っていなかった。

 サリヴァンは机を離れると、おいで、とバルサを呼ぶ。人語がわかる精霊なので、呼べば素直にバルサはサリヴァンの元へと来た。がしがしと撫でてやれば、そこは猫と同じ性質を持っているのか、気持ちよさそうに咽喉を鳴らす。


「最近、バルサの様子に変わったところはなかったか、ユート」

「……とくにはありませんね」

「些細なことでもいい。最近と言わず、ツェイが身籠ってから」


 少し考える素振りを見せたユグドは、些細なことでも思い当たることがないらしく、小難しい顔をする。だが、一つくらいはやはり感じているものがあったようだ。


「気づくと姫のそばにいることが多いですね」

「そうなのか? 相変わらずおまえのそばにいることが多いと、思うんだが」

「そうでもありません。ただ、かまってもらおうとするのではなく、見守っているという印象が強いですね」

「見守る? ツェイを?」

「はい。それと関係しているかは不明ですが、精霊たちが姿を見せている時間が長いように思います」

「と、いうと……」


 バルサを撫でながら、サリヴァンはちらりとラクウィルを見やる。小首を傾げているラクウィルも、ツェイルと同じく特殊な天恵者なので、契約した精霊がいた。


「確かに、マチカちゃんとルーフェさん、しょっちゅう出てきていますね。マノウくんの精霊も、この頃はよく見ます」


 精霊は肉体を持たないが、バルサのように実体化し触れることができる。しかし、契約を持っている精霊は、用がない限り実体化せずあまり姿を見せないものだ。


「なんだろうな……おれも、たまにツェイのそばで精霊を見かけるが、関係しているのか?」

「関係とはなんです?」

「前にも言ったと思うが、ツェイを猊下に視てもらったとき、天恵がツェイを助けていると言われたんだ。ツェイの天恵は大きく区切れば風属性にあるが、主要部分は契約したガルデアだ。だから、言ってしまえば精霊に助けられているということになる。その意味が、よくわからないんだ」

「単純に考えれば、姫の精霊が姫を助けていると、そういうことだと思いますが……殿下は納得できないのですか」

「ガルデアはほら、オリヴァンのときにえらい邪魔をしてくれただろう。なのに、今回はその逆だ。理由がわからん」

「ああ……そう、ですね」


 ふむ、とユグドも考える。騎士隊の彼らはオリヴァンのときの騒動を知っているので、言われてみればわからなくもないのだ。むしろ、疑問も思うことのほうが大きいだろう。


「ツァインは、なにか言っていませんでしたか?」

「あいつはことツェイに関してすべて受け入れるだけの奴だ」

「……そうでしたね」

「まあ、できるならヒーデに問いたいことではあるが」


 果たして教えてくれるだろうか、とも思う。

 精霊とは気紛れな生きもので、契約でもしていない限り、必要以上の会話をしない。バルサが、人語を理解するくせに言葉を発さないのも、サリヴァンに懐いてはいるが契約していないからで、言葉を操る気がさらにないからだ。だからサリヴァンは、様子を窺うしかない。気紛れにものを教えてくれるときもある精霊だが、基本的に精霊は人の思惑など視界にすら入らないのである。


「姫自身に直接お訊ねしてはいかがでしょう」

「……、それがなぁ」


 むろん、話題にしているツェイル本人に訊くことも、サリヴァンは考えた。実際に訊いたこともある。だが、ツェイルも首を傾げるばかりで、よくわかっていなかった。


「ツェイには、いつもどおりらしい。変わったことすらないときた」

「……では、そのとおりなのでは?」

「そうも思ったが、養父上が言ったことでもあるし……気になるんだよ」


 ツェイルを疑うつもりはない。だが、養父の言葉が引っかかってしまう。


「……なあ、バルサ。おまえはどうして、ツェイを見守っている?」


 答えることはないだろうとわかりつつも、ついつい問うてしまう。サリヴァンに撫でられて咽喉を鳴らしているバルサは、ちろりと、まん丸い瞳をサリヴァンに向けた。


「なあ、バルサよ」


 しかし、バルサは言葉を発さない。ただサリヴァンを見るだけで、その雰囲気すら語らない。


「ねえ、サリヴァン」


 ふと、ラクウィルに呼ばれる。


「んーん?」


 なんだ、と見やれば、眉間に皺を寄せたラクウィルが、なにか閃いたようだ。


「可能性の話なんですが……もしかして、御子は、天恵者なのでは?」

「……、は?」

「いえですから、姫のお腹にいる御子が、天恵者なのではないかと」


 ラクウィルが閃いた可能性に、思わず思考が停止する。瞬間的にオリヴァンのことが思い出され、嫌悪感が背筋を冷やした。


「皇帝国主の天恵はもう世に出ているぞ……なにをバカな」


 あり得ない、と蒼褪めれば、ラクウィルは少し慌てて否定した。


「いえ、そちらではありません。考えてみてください、サリヴァン。姫も、天恵者なんですよ? しかも、血筋に顕現する天恵者です」


 はっと、する。

 そうである。ツェイルは、メルエイラ一族の血に同化した精霊により、その天恵が遺伝されているのだ。


「ツェイの天恵を、受け継ぐ子だというのか」

「可能性、ですが。そう考えると、姫の精霊が姫を助ける理由になりますし、ほかの精霊が姫のそばで見られるのも、産まれてくる御子が天恵者であるからなのではと、説明がつきます」


 ラクウィルの言うとおりだ。どうして今まで、そんな単純なことに気づけなかったのか。


「なるほど……姫の後継であるなら、確かに説明がつきますね。姫を助けるのも、むしろ当然でしょう」

「ユグドさんもそう思いますでしょう? だって姫、常から身体が軽いって言って、動き回るんですもん。おれらは心配でしょうがないっていうのに」


 あくまで可能性でしかないが、もっとも高い可能性だ。ただ、天恵者が生まれてくる環境の確率を考えると、確信を持つのは早い。


「やはり養父上にもう一度視てもらったほうがいいな……」


 バルサを一頻り撫できると、サリヴァンはさっそくと机に戻り、筆を手に紙に文章を走らせる。要件のみを書いて封をしたあとは、またバルサのまえに膝をつき、届けてくれるよう頼んだ。こういう頼みごとには応じてくれるバルサだ。


「これを養父上に頼む」


 もともとバルサは養父がサリヴァンに寄越した精霊で、だから養父への届けものや養父からの届けものにはバルサが動いてくれる。養父に命じられていること以外では動かない、それが猫な精霊バルサだ。


「猊下は来てくれますかね」

「来てもらわねば困る。が、こちらから行ってもいいからな。フェンリスにはまだ声が届くから、移動には問題ない」

「身重の姫をまた長距離移動させるのは、ちょっといやですね」


 いくら本人が元気そうにしていても、こちらの不安は未だ解消されていない。ラクウィルが言うように、できることなら養父に足を運んでもらいたいところだ。


「……ところでラク、ユート」


 バルサがのんびりと窓から出て行ったところで、サリヴァンはラクウィルとユグドを振り返る。


「おまえら、いつまでツェイを『姫』と呼ぶつもりだ」


 今ここでは関係ないことだが、どうしても気になって仕方なかったので口にしておく。

 サリヴァンの問いに答えたのは、もちろんラクウィルだ。


「ただの渾名ですよ。ねえ、ユグドさん」

「長くそうお呼びしているので今さら……そうですね」


 いい加減その呼び方はやめろ、とサリヴァンは思う。


「姫は娘だ」

「いえサリヴァン、産まれてくる御子が女の子と決まったわけでは」

「娘だ」

「……これで男の子だったらどうする気でしょう」


 次子は姫だと信じて疑わないサリヴァンであった。







リクエストありがとうございます。

ツェイルとサリヴァンの次子フレンの出産エピソード、及び領地に引っ越してからの物語になります。

楽しんでいただけたら幸いです。


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