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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅱ】
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Plus Extra : 第九特務騎士隊追想録。6



■ 五席クオン・レス・ユリ。



 皇弟近衛騎士隊の五席をいただきながら自由奔放なクオンは、今日も今日とて自由に動き回る。その自由度は隊長ツァインよりもひどいかもしれない。


「やっぱりここにいたか、クオン」


 とはいえ、あるじが邸でおとなしくしているときは、クオンも基本的に邸内のどこかにいて、そして必ず見つけられる場所にいる。


「どうしました、殿下」

「おまえに改まってそう呼ばれる気はない。ふつうに呼べ」

「はあ。しかし、とりあえず僕も騎士隊の一員ですしね」

「かまわん」

「……やめておきます。ユグドが煩いですから」

「またユートか……」


 サリヴァンの苦笑に、さてなにかあったのだろうか、とクオンは首を傾げつつ、登っていた木を下りる。昼寝にちょうどいい大木だったのだが、サリヴァンに声をかけられて眠気が飛んでしまった。


「で、僕になにか用ですか?」

「いや、とくにない」


 ひどい、と思うのはクオンのお門違いではないと思う。せっかくいい気分で昼寝をしていたのに、それを起こしておいて用がないなんて、誰でもひどいと思うはずだ。


「用もないのに僕を見つけたんですか……」

「おかげでいい運動になった」


 にんまり笑うサリヴァンを、思わず睨んでしまう。クオン捜しがいい運動になるなんて、まあ否定はしないが、やっぱりひどい。

 が、しかし、邸内の警護任務中にそれを放り投げていただろうと言われたら痛いので、文句は表情だけにしておいた。


「今日も異常はないか」

「いつも通り、結界も正常に働いていますし、不審者も……ああ、ひとりいましたね」

「不審者?」

「とくに害はないので放置しました。もう帰ったかな……」


 そういえば、妙な気配が結果内に入り込んでいた。知っている天恵の感じではあったので放置していたが、今はもうそれも感じられない。


「誰だったんだ?」


 不審者に対して首を傾げたサリヴァンに、答えたのはクオンではなく、同僚のクラウスだ。


「ジークフリートさんですよ」


 あの妙な天恵の気配は、そうそう、そんな名前の奴だった。

 サリヴァンがげんなりする。


「また来ていたのか……飽きないな、兄上も」


 ジークフリートは、クオンの記憶が正しければ、確か皇帝の幼馴染で《天地の騎士》という天恵者だ。常にサリヴァンの兄サライのそばに侍り、その身を護っているが、サライの頼みでたまにサリヴァンの様子を見に来ることがある。大抵はサリヴァンのところに辿り着く前に、侍従長ラクウィルに見つかって逃げ帰っていたはずだ。


「今日も殿下のとこに辿りつけなかったみたいですね」

「正面から堂々と来ればよいものを、こそこそ来るからそうなるんだ。ラクを刺激してどうする。自分の身が危うくなるだけだろうが」

「その辺りが阿呆だと言われる所以かな……」

「まあラクもやり過ぎではあるが……」

「侍従長は容赦ないですもんね」

「ははは……」


 空笑いしたサリヴァンが、最後に「はぁぁ」と呆れたため息をつく。クオンも肩を竦めた。


「今日のところはそれくらいですね。今は、平和なものですよ」


 今は、という部分を強調して、この一時の平和を見渡す。激動の日々を振り返れば、こんな日くらいあってもいいだろう。


「本当に、いろいろとありましたね……まあ、今後もなにかとあるのでしょうけれど」


 ふう、と息をつけば、サリヴァンも同じように周囲を見渡し、淡い笑みを浮かべる。


「おれが世に出るというのは、なにもないことでは済まされない……それくらい、理解している」


 吹きつけた緩い風が、サリヴァンの柔らかな髪を揺らした。出逢った頃より白味が増した白金の髪は、陽光を受けるとひどく眩しい。そういえば、こんな眩しさをどこかで見た気がする。


「……どうした、クオン?」


 無意識に目許を手のひらで覆い隠していたクオンは、ふと自分のその行動に疑問を感じる。眩しいなんてことが、これまでに本当にあっただろうか。


「……どこかで、見たことが……」

「ん?」


 感じる違和は、それとも自分もものではないのか。

 ふっと、息を吐く。


「……人間はままならない」


 面倒な生きものだ、とよく思う。記憶になくても、身体が憶えているものだってあるのだ。


「……おまえはたまに、よくわからないな、クオン」

「そうですか? 僕はあなたのほうが、よくわかりませんけれど」


 あの眩しさはなんだろう。そう思ったのはクオンだが、感じたのは自分ではないような、そんな妙な違和感がある。

 クオンは眩しいあるじをじっと見つめた。優しさに溢れた光りだと、以前は思った。今もそれは変わらない。妙な人だという感覚も、変わらない。

 クオンが、クオンという人では、ないせいだろうか。


「……副隊長の気配がします。帰ってきたみたいですよ」


 結界内に入った者のことを口にし、これ以上はあまり考えたくないのでそれを隅に押しやると、クオンのそれに気づいたか不明なサリヴァンは、すっと後方を振り返る。


「なんだ、出かけていたのか。どうりで姿が見えないと……そういえばユートも出かけているのか?」

「ユグドは奥さんのことでちょっと出かけています。戻るのは夜でしょうね」

「……コカになにかあったのか?」

「詳しいことは知りませんが、まあ、そうなんでしょうね」


 ふむ、と唸ったサリヴァンは、おそらくは関係ないだろうに、副隊長のところへ行くつもりらしい。くるりと踵を返し、クオンが任務放棄していたことを咎めるでもなく、クラウスとマノウをつれて立ち去った。


「……相も変わらず、どうしてそこまで……本当に、よくわからない人間だ」


 ぼんやりとサリヴァンらを見送り、クオンは小首を傾げる。

 よくわからないあるじだが、あるじだと認めている自分も不思議だ。


「僕も、人間らしくなってきたのかな……」


 視線を手のひらに落とし、そこにあるぬくもりに目を細める。この手は、確かに、サリヴァンの手を取った。一緒においで、と差しのべられた手を、クオンは縋るように掴んだのだ。あれは、そう、たった数年前のことだ。異国で、クオンはサリヴァンに拾われた。あのときから、クオンはクオンとして、生きている。このぬくもりは、そのときからこの温度だ。


「……まあ、いいか。後悔はない」


 ぎゅっと手のひらを握る。

 サリヴァンが立ち去った方向とは逆のほうへと、クオンは身を滑らせた。







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