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仮初めの皇帝、偽りの騎士。  作者: 津森太壱。
【PLUS EXTRA.Ⅱ】
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Plus Extra : 第九特務騎士隊追想録。5



■ 六席クラウス・トラベルタ。



 同僚のココノエと任務を交代した騎士隊六席クラウス・トラベルタは、護衛対象であるサリヴァンのところへ行く途中、物陰に潜む怪しいものを発見し、しかし呆れたため息をつきながらそっとその不審者に近づいた。


「なにをしているんですか、ジークフリートさん」

「ぅわあ!」


 気配を消していたわけではないのだが、不審者は前方にばかり気を取られ過ぎて、背後から近づいたクラウスに気づかなかったらしい。本当なら簡単に背後を取れるような人物ではないのだが、この不審者、ジークフリート・カリステルは、皇帝の傍らに侍る《天地の騎士》という天恵者でありながら、サリヴァンの侍従ラクウィル・ダンガードが非常に苦手で、ヴァルハラ邸にいるときばかりはその注意のすべてがラクウィルに向かうという、なんだか残念な騎士だった。

 もっとも、ジークフリートが残念なのは、そこだけではない。


「お、驚かすなよ!」

「さも不審者ですとばかりにいられては……なにしてんですか、ここで」

「べべべ、べつ、べつに!」

「侍従長呼びますよ?」

「サラが様子見てこいって言うから仕方ねえ来たんだよ!」


 ラクウィルが怖過ぎて素直な性格がさらに素直になるジークフリートは、彼に憧れる従騎士や騎士を目指す若者を失望させると思う。

 ココノエもユグドを苦手とし逃げ回るが、その手の行動とは一味違うのがジークフリートであり、かつ、残念な性格と頭が彼を阿呆にしか見せない。

 それでも、ラクウィルと真剣勝負させれば、実力的に勝利するくらいの剣技であるらしい。また、われらが皇弟近衛騎士隊の隊長ツァインとも、ほぼ互角に渡り合えるという。

 嘘か本当か、確認したことはないが。


「殿下でしたら宿舎のほうにいますよ。あんまりうろちょろしてると、それこそ侍従長に見つかって切り刻まれますよ?」

「きりきざまれっ?」

「そろそろ帰ってくるでしょうし、本当にそうなりかねないと思いますが……」


 とにもかくにも、ジークフリートが邸内にいたところで特に問題はないが、皇帝のそばに侍る彼が長くここに留まるのはどうかと思い注意を促すと、瞬きの間にジークフリートはクラウスの目の前から消えていた。


「……相当嫌われてるな、侍従長」


 ココノエのユグドに対する態度も相当だが、ジークフリートのそれのほうが上回る。いや、悪乗りするラクウィルが本気で殺意をジークフリートに向けるので、それも原因ではあるだろう。それに、あのラクウィルだ。笑ってジークフリートを殺そうとするなんて、日常的なものである。さすがにユグドはココノエにそこまでやらない。せいぜい、呆れたため息をつきながら避けられる速度で剣を向ける程度だ。そもそも、ラクウィルとユグドでは、本気の度合いが違う。ラクウィルのジークフリートに向けてのそれは本気の殺意であるが、ユグドのココノエに向けるそれはちょっと行き過ぎたお仕置きである。


「まあなんにせよ、人間らしくていいか……得手不得手がはっきりしているというのも、こちらが動き易い」


 検分したところで、クラウスにはまあ、果てしなくどうでもいいことだ。任務に支障をきたすことさえなければ、それでいい。サリヴァンが笑っていて、その傍らにツェイルが寄り添う、その穏やかで緩やかでほのぼのとした光景が見られるのなら、クラウスの世界は非常に平和である。


 再びクラウスは、サリヴァンのところへ向かうべく歩を進める。まもなく外に出ると、騎士宿舎という名の離れのほうへ赴き、そしてすぐサリヴァンと騎士隊末席マノウを見つけた。


「おう、クラウス。なんだ、ココはそっちに逃げたのか」

「はい、殿下。まあ仕方ないでしょう。そこに、バルサもいますからね」

「バルサは喋れんというのに……」


 ココノエが逃げた先を、クラウスが来たことで察したサリヴァンが、猫な精霊バルサを撫で回しながら笑う。撫でられ過ぎてバルサがぐったりしているように見えなくもないが、まあ心地よかった結果だろう。


「バルサは、本当に喋れないんですかね」

「ラクの精霊が言うには、そうらしいな。ラスだからどうとか」

「精霊位が関係するらしいというのは聞いたことがあります。ですが、言葉そのものは憶える気があるかないか、らしいですが」

「だとしても、喋ろうとせん。鳴くけどな」

「バルサにとって、それが喋るということなのかもしれませんね」

「……その意味がユートに伝わるとでも?」

「ユグド隊長ですからねえ……」


 あの人ほど慎重に空気や雰囲気を読める人はそういない、とクラウスは思う。ユグドの妻を考えれば、彼女も言葉に不自由している身であるから、その雰囲気だけで気持ちを察してしまうユグドの洞察力はすごい。ツェイルとも、雰囲気だけで会話しているようなユグドだ。


「ところでクラウス、ツェイの様子は?」

「ああはい、未だ夢中ですよ。相手がシュベルツですし、もうしばらく飽きないでしょうね」

「くそぅ……あ、またツェイ相手に賭けはしてないだろうなっ?」

「しませんよ。……しばらくは」

「しばらくってなんだ!」


 ツェイルで遊ばれた、と思っているサリヴァンは、一度それをやって以来、ひどく賭けごとに敏感だ。しかし、言い包められて乗せられるので、言葉次第では特に問題ない。またいつかやろう、とシュベルツは言っていたし、クラウスもそれには反対しなかった。


「おれのツェイで遊ぶな!」


 怒るサリヴァンに、ふとクラウスは笑う。遊びはしないが、その反応を見て楽しむくらいはいいだろう。


「だいじょうぶですよ。姫も少しずつ強くなってますし、そのうちおれたちでは敵わなくなるでしょうから」

「そう言って、またツェイで遊んだら容赦しないぞ」

「殿下も敵わなくなるかもしれませんね」

「それはない」


 盤上遊戯に絶対的な勝利を持つサリヴァンは、さすがは元皇帝だろう。負けたことがあるのは宰相ルカイアが相手のときだけで、クラウスたちは手を抜いたわけではなく、あれは本当にサリヴァンの実力だ。運がいいのも、運がサリヴァンに味方するくらいの実力があるだけに過ぎない。

 ツェイルがサリヴァンに勝つ日は遠いだろう。


「しかしな……ツェイルがまだあれに飽きないなら、おれももうしばらくふらついているか」


 バルサを撫で回すのに満足したのか、ふと動き出したサリヴァンに、マノウがびくつく。また投げ飛ばされるのかと警戒したようだが、サリヴァンはそれにも少しは満足したらしく、ふらりと歩き出した。


「殿下、どちらへ?」

「ん? んー……」

「今日は邸外へ出られないほうが……侍従長もまだ帰ってきていませんし」

「邸の外に出るつもりはないが……」


 気もそぞろに歩くサリヴァンは、とくに目的も見つけていないようで、のんびりと風任せに歩く。たまに立ち止まって空を見上げたり、小鳥の囀りに耳を傾けてみたり、ただただ穏やかに邸内を散歩する。そのうち邸の厨房近くを通りかかり、騎士隊四席リアン・タリアの姿を見かけると、また新しい料理にでも目覚めたか、と笑っていた。


「あら、殿下じゃないの。駄目よ、わたし手が離せないの」


 誰もがドン引くリアンの口調だが、サリヴァンはまったく気にした様子もなく、ほどほどにしておけよ、と声をかけるだけにして、さらに歩いた。


 取り止めもなく邸内を歩くサリヴァンの後ろを静かについて歩くと、なんだか城にいた頃を思い出してしまうクラウスだ。仮初めの皇帝であった頃、サリヴァンにはこんな緩やかな時間はなくて、けれどもふとした時間にこうして散歩していた。それはまるで世界を感じようとしているような姿で、クラウスは無性に胸がしめつけられたものだ。


「なあ、クラウス、マノウ」


 と、サリヴァンが立ち止まってクラウスらを振り向く。

 その穏やかな微笑みに、なぜだろう、泣きたいような衝動が込み上げ、クラウスは一瞬だけ息をつめた。


「今日は、天気がいいな」


 気分がいい、とサリヴァンは言っただけだ。それなのに、この泣きたくなるような思いは、いったいどこから起きるのか。


「ええ……とても」


 口を突いた返事はサリヴァンをさらに微笑ませる。

 また歩き出したサリヴァンの背を、クラウスは少しの間じっと見つめた。


「……この温かな世界が、あなたに優しいものでありますように」


 この一瞬一瞬に、願わずにはいられない。


「天よ、地よ、どうかわれらが光りに、慈しみ深き恵みを」


 泣き叫ぶことも許されず、ただ、座するしかなかったお方に、これから先、幸福だけが訪れればいい。

 クラウスは小さな祈りを捧げ、どこまでもついて行こうと決めた人の背を追った。







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